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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第4章 怪しい商会
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第36話 図鑑と宿屋


 

 何度か馬を休ませたり、食事休憩を取ったりしつつ、荷馬車は街道を北へと進んだ。

 荷台から望む緑の景色が、ゆったりと後ろに流れていく。

 時刻はすでに正午を回っている。


 さて、少し暇になったな。

 俺は鞄の中から、1冊の本を取り出した。

 昨日本屋で購入した、例の『ゴーレム図鑑』だ。

 先ほど畑のゴーレム達を見ていて、こいつを買っていたのを思い出したのだ。

 時間が余っている馬車での移動中は、それこそ読書にはうってつけだろう。

 もう一つ『食べられる野草』の本もあるけれど、とりあえず、こちらの図鑑から読んでみようと思う。

 今はべつに野草をかじる緊急の必要性は無いし。

 先に大切なゴーレムのことについて勉強しておきたい。

 

 それにしても、改めて見るとこの本、結構立派な装丁である。

 本屋のおばあちゃん、あんなに値引きして大丈夫だったのだろうか。

 たしか銀貨6枚のこの図鑑は、最終的に銀貨1枚と銅貨10枚にまで値下がりしていた。銀貨や銅貨を使っている買い物のときはいまひとつピンとこなかったが、改めて6万円の本を1万円にまで割引いてもらったという風に考えてみると、微妙にやばいような気がしてくる。


「おや、昨日買った本というのはそれか」

 図鑑の表紙を眺めていた俺に、ハゲが話しかけてきた。

「ああ。ところでこれ、銀貨1枚くらいで売ってもらったんだが……。店は採算取れるのか?」

「銀貨1枚? なんと。破格だな、そりゃあ。儲けどころか確実に赤字だぞ」

「げっ……。やっぱそうなのか。本屋のおばあちゃんに申し訳ない事をしてしまった」

 もしや、あのおばあちゃん、値段を間違えたのではないだろうか。

 知らなかった事とはいえ、もしかして、結果的にお年寄りにつけ込む詐欺師のような真似を働いてしまったのかもしれない。

 誇り高き文化人としては、許されざる行為である。俺は早くも自責の念に駆られはじめた。

 だが、これを聞いたハゲは納得したように明るい顔で笑った。

「ああ、なるほど! デアシィばあさんの店で買ったのか。なら、それは値段のつけ間違いなどではないだろう。ありがたく貰っておけばいい」

「? 何か知っているのか?」

「ばあさんの孫が先月、ダズウ一味に大怪我をさせられたんだよ。幸い一命はとりとめたんだが、あれは本当に気の毒だった……。お前さんがダズウを派手にのしてくれたから、ばあさんもきっと溜飲が下がったんだろう」

 なるほど。そういう事だったのか。

 せっかく褒めてもらっても、原因がチンピラとのトラブルによる違法な暴力沙汰なので若干肩身が狭いのだが、それでも彼女の気分が晴れたというのなら本当に良かった……。

 しかしこの様子だと、あの借金取りどもは、ティバラの街で相当にやりたい放題やっていたみたいだ。

 そいつらを平然とけしかけてきたペイズリー商会ってのは、俺の想像していた以上のド外道なのではないか。かなり不安になってきたぞ。

 ハゲは何故そんな所から金を借りたのだ。アホにもほどがある。

 というかだ、ハゲよ。お前は何をどう勘違いしているのか知らんが、あの大男をぶっ飛ばしたのは、俺じゃなくてゴレだ。


「おばあちゃんの役に立てたらしいぞ。よかったな、ゴレ」

 俺は隣に座るゴレの頭をなでた。

 ゴレはうれしそうだが、なでられた理由が分からなくて微妙に混乱しているようだ。動揺して動きが挙動不審な感じになっている。

 お前、またハゲの話を聞いていなかったのか……。



 ともあれ、そういう事情なら、おばあちゃんのご厚意に甘えて、ありがたくこの本を読ませてもらおう。

 俺は図鑑の表紙を開いた。

 この『ゴーレム図鑑』は、おそらく元の世界で言えば、おおよそ中高生向けくらいの学習図鑑の類だと思う。この世界での扱いはよく分からないが、少なくとも、内容のレベル的にはその程度の物だ。

 幼稚園児以下の魔導王である俺には、これでも多少敷居が高いのかもしれないのだが、そこは、まぁ仕方がない。頑張って読もう。

 ぱらぱらとめくってみたが、具体的な魔術の術式などには言及していない、あくまで図鑑なので、例の翻訳の文字化けは起こらないようだ。ほっとした。


 改めて頁をめくりながら、ゆっくりと図鑑を読んでいく。

 時間はたっぷりあるからな。

 ふむふむ。

 興味深いな……。

 

 なるほど。ゴーレムには、「軽ゴーレム」と「重ゴーレム」という、2つの等級が存在するようだ。

 重ゴーレムってのは、どうも身長が3メートルから5メートル前後あるみたいだ。めちゃくちゃでかいな。まるで戦車じゃないか。

 とはいっても、重ゴーレムはほとんどが軍用か、一部の土木作業用ゴーレムだけらしい。世のゴーレムの全体の総数の9割以上は、軽ゴーレムなのだそうだ。

 見たところ、ゴレも多分軽ゴーレムなのだろうと思うのだが。

 この“軽”とか“重”ってのは、重さで分けているのかな? それともサイズとか馬力で分けているのだろうか。


「なあハゲ。このゴーレムの等級分けっていうのは、どういった基準で……」

 質問しようと顔を上げると、いつの間にかハゲはだらしない顔で寝息を立てていた。

 テルゥちゃんもすぴすぴと眠っている。

 さっき昼飯を食って、満腹になったせいだろう。

 ……それにしても、よく眠る親子である。

 全然似てない父娘だが、こういう所には不思議と血のつながりを感じる。


 話し相手もいなくなった俺は、再び図鑑に目を落とした。

 ゴーレムには、軽重の等級分けとは別に、色々な種類があるようだ。

 要するに、うちのゴレがよく呼ばれている“聖堂ゴーレム”とか、先ほどから畑で見かける“農作業用ゴーレム”みたいな、姿形による種類分けがいっぱいあるらしいのだ。

 おそらく重ゴーレム・軽ゴーレムというのは、大型犬・小型犬の差で、聖堂ゴーレムとか農作業用ゴーレムとかは、柴犬とかゴールデンレトリバーみたいな犬種の話だろうな。

 何やら賑やかで楽しそうではないか。聖堂のゴーレム達とは喧嘩になってしまったけど、ひょっとしたらゴレのお友達になってくれるゴーレムもいるかもしれないぞ。


 この本には各ゴーレムの解説と共に、シンプルなイラストがついている。わりと分かりやすい。さすが本屋のおばあちゃんの推薦図書である。

 これなら実物に出会ったときにも、種類を判別できるかもしれない。

 ふむふむ、なるほど。重ゴーレムの中で最も数が多いのは“盾ゴーレム”と呼ばれる種類のようだ。前面に分厚い強固な外装を持っており、陣形を組んで突撃させるとほぼ無敵らしい。何やら凄そうだな。

 図鑑の挿絵には、T字型の巨大な前面装甲とL字型のこれまたでかい腕部の装甲をもった、ごついゴーレムが描かれている。たしかにこいつの印象を一言で表すならば、間違いなく“盾”だろう。

 この盾もおそらくは例の特殊石材製だと思うのだが、聖堂のゴーレム達の胸甲とは、厚みがまるで違いそうだ。彼女達の鎧は、それこそ甲冑を多少分厚くしたという程度の物だったように思う。


 盾ゴーレムの他にも、重ゴーレムは色々といるみたいだ。

 たとえば、“(いしゆみ)ゴーレム”。こいつは巨大な弩で遠距離攻撃ができるゴーレムなのだそうな。その超重量の石矢の威力は、城壁すらもたやすく穿つと書かれている。何やらやばそうだな。

 でも、この弩ゴーレム、威力はあるのだが短射程な上に射撃精度が低すぎて、攻城戦や大勢で弾幕を張るような使い方しか出来ないみたいだ。まぁ、たしかに射程があるなら、こいつに猿の退治をお願いすればいいという話ではある。

 挿絵には、右腕が巨大な弩になった、どっしりとした重そうなゴーレムが描かれていた。


 他には重ゴーレムだと、“槌ゴーレム”とか“戦象ゴーレム”とか……。なるほど、この辺りはほとんどが軍用なのか。

 一方の軽ゴーレムは、農作業用から戦闘向きの物まで、それこそ多彩なバリエーションがある様子だ。

 ゴレが一応籍を置いている“聖堂ゴーレム”については、わりとページが割かれていた。

 どうも聖堂ゴーレムというのは、ゴーレムの中でも位置づけがやや特殊みたいだ。本来は聖堂と呼ばれる各地の特殊な宗教施設の防衛がメインの仕事で、あまり表には出てこない存在なのだそうである。生成方法も、宗教団体によって秘匿されている。

 ただ、見た目が優雅なので、外見だけ聖堂ゴーレムを真似ているようなゴーレムはわりと多くいるらしい。模造品は中身が完全に別物で、一般的に性能は低いようだ。

 あと、聖堂ゴーレムは『古代ゴーレム』の一種だと書かれている。この古代ゴーレムというのは、生成方法自体は現存しているのだが、一部原理が解明されていないのだとか。

 良く分からないが、オーパーツみたいな物なのだろうか?

 まぁ、彼女達のあの胸は、ある意味オーパーツだよな。


 他に面白いのだと、この“鳴きゴーレム”ってやつだろうか。どこぞの少数民族が狩りに使ったりするゴーレムで、口から世にも恐ろしい鳴き声を出す。狩りの際にそいつで獲物を追い込むんだとか。

 まるで猟犬じゃないか。やはりゴーレムは、犬なのだなぁ。

 

 俺は馬車に揺られながら、のんびりと図鑑を眺めた。

 本当に様々なゴーレムが載っている。まるでファッションカタログ……いや、どちらかと言えば、自動車カタログを読んでいる感じに近いか。

 お、このゴーレムはかっこいいな。

 古代ゴーレムの一種で、その名も、“鎧鬼(がいき)ゴーレ――”……。

 ……うぷっ、気分が……。



 馬車の中で読書をするなどというアホな行為により、俺は酔った。



------



「おーい、ネマキ。そろそろ到着するぞ」

 ハゲのモーニングコールにより俺は目を覚ました。最悪の目覚めである。

 馬車酔いをした俺はすっかり気分が悪くなって衰弱し、ゴレによる必死の介抱を受けた後、そのまま彼女の膝枕で眠ってしまっていたようだ。

 見ると、テルゥちゃんもハゲの膝枕ですやすやと眠っている。

 俺、ゴレとハゲからは、きっともう完全にテルゥちゃんと同レベルの扱いをされているよな、これ。さすが幼稚園児以下の魔導王だな……。

 心の奥で絶望の涙に濡れる俺は、ゆっくりと起き上がった。

 そして、馬車の前方、御者台の先に広がる景色を眺めた。


 おお、確かにわりと大きな街だ。

 馬車から眺めるジビルの街並みは、ティバラと比較的似た感じではある。

 でも、規模的には倍以上あるかもしれない。二階建ての家も多い。

 街の外壁も立派だ。ティバラの外壁は、猿どもが放つ必殺のラグビーボールを受けると軽く5・6枚くらい貫通しそうな貧弱さだった。しかし、このジビルの街の外壁なら、2・3枚重ねれば猿のラグビーボールに、あるいは耐えられるかもしれない。

 ここまで考えて、ある事に気付いた。

 ……まずいな。俺、いつのまにか対象の防御力を猿で計るようになっている。


 ジビルの外壁の門の前では、数台の馬車が列を作っていた。

 どうやら街に入る為の手続きが必要な様子だ。

 ティバラみたいにノーチェックではないのだな。やはり街の規模が大きいせいなのだろうか。いや、もしかすると、そもそもの街の成り立ち自体が違うのかもしれないな。ティバラは元々宿場町として発展したという話だったし。

 ほどなくして、俺達の荷馬車の順番が回ってきた。

 御者のお爺さんとハゲは、詰所のような場所で何やら手続きをしている。

 あ、金を払ってる。俺も払わなくて大丈夫だろうか。

 べつに割り勘でもいいんだが。

 ハゲは同伴者を自分の子供だと説明しているようだ。

 俺がハゲの息子だと!? なんという失敬な奴だろう!


 …………。

 ふん。まぁ、許そう。俺は寛大だ。



 門内は賑やかだ。やはりティバラよりも人が多い。

 とはいえ、既に日は傾いているし、人手のピークは過ぎているんじゃないだろうか。よく分からないが。

 今日は時間が遅いので、商会へは明日向かうとハゲは言っていた。

 窓口の営業時間、もう終わっているのかもしれないな。銀行とか、閉まるの早いし。

 俺達4人は、荷馬車のお爺さんに礼を言い、ここで一旦彼とは別れることになった。

 テルゥちゃんが元気よくおりこうにお礼を言う姿に、お爺さんも破顔しておられた。この最高のサービスばかりは、俺とハゲには逆立ちしたって無理な芸当である。

 ほら、ゴレ。お前も俺の顔ばかり見てないで、ちゃんとお爺さんにありがとうしなさい。

 俺は両手でゴレのほっぺたをむにゅっと挟んで、お爺さんの方に向けた。

 ゴレは俺の動きにはまったく抵抗しないので、すんなりお爺さんの方に顔が向いた。

 しかし、手を離すと、ぐりんっと顔の向きが俺の方に戻って来た。

 ブーメランか、お前は。

 こら、駄目だろうが。ちゃんとありがとうしなさい。むにゅっ。

 ぐりんっ。

 むにゅっ。

 ぐりんっ。

 数回ゴレとの格闘を繰り返した後、ふと気づくと、ハゲとお爺さんから可哀想な物を見るような目で見られていた。

 俺は心の中で泣いた。


「……で、今日はこのまま宿に向かうのか?」

「わしはこの街には何度か来ているからな。飯の美味い良い宿を知っとる。そこへ行こう」

「へえ。ちなみに宿代はいくらなんだ?」

「ええと、一部屋たしか銀貨1枚だったかな」

 お、銀貨1枚か。

「ふふん、そこそこのグレードの宿だな」

 俺は自信たっぷりに堂々と言い放った。

 どうだハゲよ。俺は知っているぞ、この世界の物価を。

「何でお前さんはそんなに自慢げなんだ……。というか、それ教えてやったのわしだからな……」

 ちっ、忘れたな。そんな過去の事は。


 醜い言い合いをする俺とハゲを、テルゥちゃんがうれしそうに見上げていた。



------



 その後、宿で食事を取り、部屋へと案内された。

 わりと雰囲気の良い宿だ。

 四人一部屋で泊まることにした。料金は部屋単位だから、節約した方がいい。

 このパーティ編成(?)の場合は、ベッド二つのツインの部屋でギリギリ大丈夫なのだ。

 まず、ハゲとテルゥちゃんは一緒に寝ればいい。さして広くもないベッドだし、これが毎日だと大変だが、どうせ今日一晩だけの話だ。万が一寝苦しくて睡眠不足になっても、この親子はどうせ帰りの馬車でもすぴすぴ寝息を立てている。

 もう一つのベッドは、俺が使わせてもらう。

 そして、ゴレには俺が床に特製の寝床を作ってやるのだ。


 宿の人にお願いし、厚手の柔らかい毛布を数枚借りてきた。

 それをベッド脇の床に丁寧にしきつめる。

 ゴレ用のふかふかベッドの完成である。


 そう、俺は犬を飼っていた経験上、ちゃんと知っていた。

 どんなに大切で仲が良くても、相棒をベッドの上に寝させてはいけない。

 一見非情なようにも見えるが、実は、犬と人が一緒に幸せに生活していく上で、これはかなり重要な線引きの一つだ。

 といってもまぁ、俺の場合は夜眠るときだけだがな。普段はわりとベッド周りでも自由にさせていた。これも本当は、しつけ上あまり良くないのだが。

 だって、うちの実家には猫もいたから……。猫の奴は俺の部屋に入り浸っているくせに、俺の言うことを全然聞いてくれない。あいつ、勝手に俺のベッドで寝てたりするんだ。そしたら、犬だけ仲間はずれになっちゃうだろ? かわいそうでなぁ。

 いつもゴレは何度も何度も、すごく俺のベッドに登ってきたがる。とてもかわいそうなのだが、眠るときだけは、俺は心を鬼にしてゴレを床の毛布に連れ戻すことにしていた。

 これは盆地のボロ家のベッドで寝ていたときから、厳しく一貫している習慣でもある。


「おーい、ネマキ。それじゃそろそろ部屋の灯りを消すぞ」

 向こうのベッドから、ハゲの声がした。

「おう、わかった」

「ネマキおにいちゃん、おやすみなさい!」

「はい、お休みテルゥちゃん」

 ハゲは照明用の魔道具に布をかぶせた。すっと部屋が暗くなる。

 布から漏れるわずかな光があるので、明るさ的には豆電球くらいだ。


 実は、この世界の寝室に置いてある、時間経過で消える異世界謎照明装置。正体は雷属性の魔道具だったわけだが、一旦魔力を込めて光を生成すれば一定時間光りっぱなしだ。そういう雷属性の入門魔術を再現しているわけだから、当然スイッチでオフになんて出来ない。したがって、こうやって布をかぶせることで明るさを調整しているのだ。

 この宿の部屋にも、数種類の厚さの布が用意してある。

 実はハゲハウスの俺達の寝室にも、きちんと布は数種類置いてあったのだ。だが、そんな事とは知らない俺は、ゴレを拭くための布だと思っていた。

 というか、初日の夜に何故かゴレが唐突に持っていた拭き布の正体は、まさにこれだ。ゴレは俺が照明装置の調査に夢中になっている間に、ちゃっかり一番肌触りが良い柔らかな布を選び、こっそり台所で濡らしてきていたのだ。

 おそるべき、ふきふきへの執念である。

 ……もちろん、翌日俺はハゲに完全にあきれられている。


 さて、部屋の灯りは消えた。

 ゴレも手作りベッドでおりこうにしているし、俺も寝るか。

 そこそこのグレードの宿の、そこそこ柔らかいベッドの中で、俺はまどろみ始めた。

 そのとき、ほんの微かに、ベッドが軋んだような音がした。

 だがそれは、部屋の中の誰一人として気が付かないくらいの、ほんの小さな音だった。


 何か温かいものが布団の中に潜り込んで来たような、そんな気配がした。


 だが、この温かくて柔らかいものは、普段からわりと事あるごとに俺に押しつけられているもののような気がする。慣れ親しんだその優しい温もりに、俺は何の警戒心も抱くことがなかった。

 それに、布団に潜り込んでくるその動きは、まるで毎日やっている事であるかのように、あまりにも熟練された自然な動作で、何も違和感がなかった。



 すでに殆ど手放されかけていた俺の意識は、そのままゆっくりと眠りの世界へと落ちていった。

 

 

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