第33話 札束と炎
「はぁ? 魔力を込めたら魔道具が吹き飛んだって……お前さんアホなのか?」
あきれたような表情でハゲが俺を見ている。
「ぐ……っ! い、いや。この件に関しては俺が悪かった、弁償する」
くっそぉ、言うに事欠いて、このクソハゲめ……。
しかし、俺は何も言い返せないぞ!
「いや、どうせ売れ残りの品だし、弁償なんていいんだが……。魔道具を爆発させたなんて奴の話、今まで聞いたこともないぞ。よもや、とんでもない不良品が混じっとったんだろうか? 商品チェックは必ずしとるし、正直考えにくいことだが」
魔道具爆破テロ事件の後、実行犯の俺は、店に戻って来たハゲに素直に爆破を報告。謝罪した。
目撃者がゴレと幼女だけなので、なんとでもごまかせそうな気もしたが、そのような行動を俺の文化人としてのプライドは許さなかったのだ。
爆発したサイコロ以外には、特に被害はない。
実際は爆発したというよりは、内圧ではじけたという感じだな。サイコロを持っていた俺の手も、まったくの無事だ。
ただ、爆発の直後に、ゴレが俺の手のひらを心配そうになでた後、いきなり鬼のように商品棚のサイコロ達を破壊しようとした時には、本当に焦った。
やめてくれゴレ、おそらく弁償額で俺が死ぬ。
急いで抱っこして止めたが、かなりギリギリだった……。
まぁ、テルゥちゃんが爆発に驚いて泣いたりしなかった事だけが、不幸中の幸いと言えるだろうか。当初びっくりして小さなおめめをぱちくりさせていたが、すぐにぴょんぴょん飛びはねてよろこんでいた。
俺、気づいたのだが、テルゥちゃんって、見た目に反して結構メンタルが強い子だよな。
ん? ちょっと待て。さっきのハゲの話……爆発は珍しい現象なのか?
てっきり初心者である俺の操作ミスかと思っていたのだが。
「普通は爆発しないのか? 何か俺の触り方が悪かったのかと思ったんだが」
「お前さんなぁ……。ちょっと触り方が悪かったくらいでいちいち爆発しとったら、売り物になんぞならんだろう。何なら、ほれ、そこの他の魔道具で試してみればいい」
ハゲはあきれた表情で、店の商品棚の魔道具を指さす。
正直、俺の中で、爆発する魔道具はトラウマになりつつある。ここで頑張って恐怖を克服しておかないと、俺は一生魔道具が使えなくなる可能性がある。
やるしか、ないのか。
「い、いいのか? 本当にいいんだな? 爆発しても俺は絶対に弁償せんぞ」
「びびりすぎだろう、お前さん。……いいからやってみなさい」
俺は商品棚から、丸っこい白い魔道具を手に取った。
先ほど幼女先輩が、後輩の俺に使用法を実演して見せてくれたやつだ。
俺は意を決し、手のひらの白い玉のような魔道具に魔力を込めた。
細かな光の粒子が、一瞬だけ魔道具に集束する。
魔道具が、ぼうっと淡い光を放ち始めた。
「ほらな? べつに爆発したりはせんだろう?」
「あれ? 本当だ」
ば、爆発しないのか……?
爆発しないぞ!?
爆発しない!!!
成功だ! やった! 俺にも魔道具が使えたぞ!
楽しくなった俺ははしゃぎまくり、店の在庫品に次々に魔力を込めまくった。
ハゲはあきれた様子で見ていたが、そんなことは知らん。
どれも爆発しなかった。
水が出る棒みたいな魔道具。
小さな氷が作れるネジみたいな魔道具、などなど。色々試してみた。
便利だ。魔道具すごい。
というか、この水が生成できる水色の棒きれみたいな魔道具、超便利だな。後で買おうかな……。
ただ、魔力を込めても、まるで反応しない魔道具もいくつかあった。
ハゲの説明によると、魔道具はおおよそ3つのタイプに分類できるらしい。
1つは、その属性の魔力変換率が低い人や無い人にも特定の魔術を使えるようにするタイプ。さっきの光り玉なんかがそれだな。土属性以外の魔力変換率が皆無な俺にも、雷属性の魔術が使えている。ただ、これらの魔道具で再現できるのは、入門魔術とか、せいぜい一部の初級魔術止まりらしい。この世界の人たちの生活家電ってところだろうか。
2つ目は、特定の魔術の威力や範囲を強化・拡張したり、補助するタイプ。スペリア先生が風の索敵魔術の強化に使っていた、青緑色の水晶の耳飾りなんかがこれに該当する。
先ほどまったく反応しなかった幾つかの魔道具は全てこれだ。俺には適性がないので作動すらしなかったのだ。こいつは本職の魔術師用の魔道具だな。
最後の3つ目は、非常に特殊な術の使用を可能にするタイプ。上の2つとは完全に別物で、すでに製法が失われているような物が多く、ほとんど出回っていないらしい。古代魔具……とか何とか言うらしいが、入手困難な上に値段がくそ高いとなれば、俺には完全に縁のない物だ。わりとどうでもいいな。そもそも“古代”と名がつく物にはろくな思い出がないぞ。当然ながら、ハゲショップのごとき零細個人商店には一つとして存在しない。
「そう言えば、この爆発した四角いやつは、一体どういう魔道具なんだ?」
俺は商品棚から土色のサイコロを拾い上げつつ、ハゲに訊ねた。
こいつだけ大量に売れ残っているんだよな。
「ああ、それか。ほれ、土魔術であるだろう、野外用の簡易トイレを作る術。あれって、トイレを使っている間中魔力を維持し続けないといけないから、すごく大変で、そのままだと全然使えないだろ? そこで、そいつを使って補助するのさ。まぁ、見ての通りまったく売れないが……」
あの術かよ!
そんなに不評だったのか? 俺にとっては、土属性でほぼ唯一といってもいいレベルの神魔術だったのだが……。
俺には全然苦にならないんだけど、そうか、一般の人には難しい作業だったのか。すごく便利で素敵な魔術なのに、こいつまでカス扱いされていたなんて、とても悲しい。
俺は心の中で、今は亡き『魔術入門Ⅳ』のトイレ生成のページを、慰めるように、優しくそっとなでた。いいんだ、大丈夫。お前の良いところは、俺がちゃんと分かっている。
今は亡き俺のバイブル『魔術入門Ⅳ』。俺の脳内設定では年上おっとりお姉さんである、著者のエメアリゥ先生との学習の日々に思いをはせた。ザイレーン? 知らん名だな。
そして、何気なくサイコロにそっと魔力を込めてみる。
ほんのりと手のひらに、土の粒子が優しく集まっていき――
次の瞬間、サイコロは餅のように膨れ上がり、派手に土の粒子をまき散らしながら、粉々に破裂。爆散した。
「……。すまん、弁償する……」
俺は半泣きになっていた。
何て学習のできない愚かな人間なのだ、俺は。
ゴレがとても心配そうに、俺の手のひらを優しくなでていた。
ひとしきり手のひらをなでまわし、怪我が無い事を確認して安心したのか、ゆっくりと離れていく。
お前は本当にいい奴だな。
だが、直後に彼女は、全身からすさまじい殺気を放ちながら、右腕を商品棚のサイコロめがけて振り上げ――
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「ふむ……。二つも破裂したとなると、これはとても偶然とは思えんな」
先ほどからハゲは何やら考え込んでいる。
怒り狂って商品棚ごと全てのサイコロを破壊しようとしたゴレは、現在俺に抱っこされている。
幸い、ゴレによる器物損壊は未遂で済んだ。腕の中でしばらくもぞもぞしていた彼女も、今はおりこうに大人しくしている。
心なしか脱力してぐったりしているのが、少し心配だが。
「ありえるとすれば、お前さんの土属性の魔力変換率が異常に高いって可能性か……。元来魔道具には、その属性の魔力変換率を引き上げる効果が組み込んである。相乗効果で爆発的に増加した魔力が閾値を超えて、魔道具の耐久力を突破したって線なら、理屈としては説明不可能なこともないが……」
腕組みをしながらしばし唸っていたハゲだったが、やがて、憐れな生き物を見るような目で俺を見つめて、こう言った。
「ネマキよ。お前さんの才能は、本当に偏っとるんだなぁ……」
お、俺をそんな目で見るんじゃない。
こ、この、クソハゲが……!
ともあれ、俺は平和的紳士である。
ハゲへの殺意はそっと胸にしまいつつ、色々と考えていた。
考えごとをしている間中、ずっとゴレは抱っこしっぱなしである。
こいつ抱っこしてるとすごく大人しいから、もう街中では、ずっと抱っこしていようかなぁ。
そういえばうちのアホ犬も、動物病院に連れていったときは、トラブルを起こさないように抱っこしっぱなしだった。あいつも、抱っこすると安心したようにじっとしていた。
……やはりゴーレムは、犬なのだなぁ。
ちなみに考え事というのは、先ほど壊してしまった魔道具についてだ。
ハゲは弁償しなくていいと言っているが、こいつに借りを作るのは何だか癪だ、という事である。プライドの問題だ。
あ、そうだ。代わりに何個か、店の不良在庫魔道具を買ってやろうかな。
財布を取り出そうと、肩掛け鞄を漁る。
その時ふと、鞄の中に入っている札束の存在に気付いた。
そういえば、このセルヴェ藩札とか書いてある謎の札束の正体について、ハゲにはまだ聞いていなかった。
「なぁハゲ、この札束って、一体何なのか知っているか?」
俺は特に何も考えず、札束を、ぽんと店のテーブルに置いた。
札束の横ではテルゥちゃんがお絵描きをしている。
札束と幼女という、平和な日常の光景がそこにはあった。
しかし、札束を見たハゲは血相を変えた。
そして彼の口から飛び出した言葉は、平和な日常にはそぐわない物だった。
「ネマキ! アホ! 早くしまっとけ、その金はここらで使うと罰されるぞ!」
ハゲは慌てて後ろを振り返り、誰も見ていないかを確認する。
大丈夫だ。お前の店に客は来ない。
とはいえ、罰されるなどと言われれば、基本的に法を遵守する文化人の精神を持つ俺は、非常に焦る。
「な、何……? そうだったのか?」
慌てて札束をひっこめた。
何かやばい物だったのか、これ?
「ちょっと待っていろ」
ハゲはそそくさと店じまいを始めた。
ひょっとして俺のせいか? 何かすまんな。
彼は手際よく鎧戸を閉めると、店内の照明を点灯する。
そして店の商品棚から、赤い棒きれのような魔道具を持ち出してきた。
「おいネマキ、お前さんの藩札を一枚、ちょっと貸してみなさい」
俺が札束から一枚抜き取って渡すと、ハゲは赤い棒切れをかざす。
棒切れの先に赤く輝く炎の粒子が一瞬集まり、ぱっと小さな火がついた。
おお。便利だな、それ。
しかし感心する俺を尻目に、ハゲはあろうことか、その火で札に着火しやがった。
何やってんだ!? ついに狂ったかハゲ!?
「お、おい! 何を……」
「そう慌てるな。……まぁ見ていろ」
おや? よく見ると、藩札が燃え上がらない。
札を包むように緑色の光がぼうっと光って、やがて、火が消えた。
テルゥちゃんが目をきらきらさせながら、緑色に光るお札を見ている。お兄さん、君の気持ちはとても良く分かる。
「この藩札の真贋はな、こうやって確認するんだ。燃えないか……。やはり、本物だな」
ハゲは俺に札を返し、赤い魔道具を商品棚に戻しながら、話を続けた。
「そいつはセルヴェ藩札といって、魔術で加工された特殊な紙幣なんだがな。北方の大森林にある、セルヴェ藩以外の場所だと使えんのだよ。当然両替商でも、両替なんてしてもらえんからな。持ち込んだりするんじゃないぞ? 妙な誤解を受けるかもしれん。お前さんはアレなところがあるから、一応注意しておくが……」
あっ、また人のことを“アレ”とか言いやがったな。やるのか貴様!?
……いや。そういえば確かに、俺はかつて、この札束を両替商に持ち込もうとしていた。
なかなか鋭いな、ハゲよ。
「というかだ、ネマキよ。セルヴェ藩札なんて一体どこで手に入れたんだ? お前さん、東方の出身だろう?」
そんなこと俺に聞かれても。
ザイレーンの書斎から、慰謝料としてかっぱらって来ただけなのだ。
「いや、正直俺にも何が何やら……。こいつは、ここへ来る途中でたまたま手に入れたんだが……」
「ふむ……。まぁ、深くは聞くまい。ともあれ、セルヴェ藩の外で使えないというだけで、紙切れってわけじゃあないんだ。もし北方へ行く機会や、そういう伝手があるなら使うこともできるな」
何だ、そうなのか。
無駄にびびってしまったではないか。
「ちなみにこの札束って、どれくらいの価値があるんだ?」
「うーん、そうさなぁ……。わしも詳しくは分からんが。でも、そこまで大それた額にはならんと思うぞ。少なくとも、土大鬼の魔導核ほどの価値はないはずだ。そいつの換金目的で遠いセルヴェへ向かうのは、本末転倒になるかもしれんな」
ハゲは俺がテーブルに置きっぱなしにしている札束を見やった。そして、腕組みしたまま不思議そうに首をひねる。
「そのセルヴェ藩札、見た感じでは束になっている枚数が、ちと中途半端な気がするな。ほら、束ねている紐もこんなに余っとる。……ひょっとして、すでに何か買い物に使った残りなんじゃないか?」
ハゲの言葉に、俺も首をひねっていた。
このセルヴェ藩札という地方紙幣。こいつが領外での使用を禁止されてる事自体は、そうおかしくもないと思う。厳しい罰則がある事も含めてだ。
周辺の他の藩は普通に金貨や銀貨を使っているのだとすると、藩札の使用を放置すれば、悪貨ともいえる紙幣を発行するセルヴェ藩にぼんぼん他藩の金や銀の良貨が流れ込んでいくことになるだろうからな。セルヴェ藩の一人勝ちになる。そりゃヤバいわな。
……だから、むしろ気になるのは、東で召喚の儀式の準備を進めていたはずのリュベウ・ザイレーンが、そんな遠い北方の一地域限定でしか使えない紙幣を何故持っているのかという事だ。
俺は書斎でザイレーンの著書に載っていた作者経歴を見ているが、あいつは遥か西にある帝都の人間だ。経歴を見る限りでは北の地との関連性など、まるで無かったように思う。そんなザイレーンが、セルヴェ藩でしか使えない紙幣をわざわざ大量に所持していたということは、セルヴェ藩で何か大きな買い物をしたという事ではないだろうか。先ほどのハゲの推測も、それを裏付けるものだ。
滅ぼす予定の世界に未練などあろうはずもなく、真っ先に自身も死ぬつもりの人間が、そんな遠くの地までわざわざ赴いて一体何を買ったのだろうか……。
ふと、腕の中のゴレが、テーブルのセルヴェ藩札をじっと見つめているのに気付いた。
こいつ普段は俺が人と話しているときでも、会話は聞かずに俺の顔しか見ていないんだが。珍しいな。
それに、なんだかちょっと元気がない。長い耳がしゅんとしている。
その札束、嫌いなのか?
俺べつにこんなのいらんし、お前にそんな悲しい顔をさせるくらいなら、さっさと燃やしてもいいのだが。
あ、そういや燃えないのか、これ……。
「なぁ、俺正直こんな物いらないんだが、欲しいか?」
「わしだっていらんよ……。北方に伝手などないし、せっかくお前さんのおかげで店が立て直せそうなのに、そんな物で妙な難癖をつけられてしまってはかなわん……」
「マジか。燃やせないし処分もできないとは、まるで産業廃棄物じゃないか。セルヴェ藩札というのは」
呟きながら鞄の中へ、札束を無造作に投げ込んだ。
そんな俺にハゲが怪訝な表情でたずねてきた。
「サンギュゥハイキ……なんだ、それは?」
「あ。すまん、俺の故郷の言葉だ。どうしようもないゴミって意味だな」
そうなのだ。今のハゲの反応。
実は俺の謎翻訳能力には、専門書のゴリラ化現象以外にも、弱点と言うか、穴がある。
つまり、この世界にない概念の言葉は、翻訳できない。
するっと無意識のうちに、日本語が口から飛び出て来ているようなのだ。
恐ろしい事に、俺自身は意識しないと日本語になっている事にほとんど気づかない。
俺はスペリア先生に対しては、最初から尊敬できる年長者として言葉を選んで丁寧に接していた。初めて出会った異世界人に初期は少し警戒していたこともあり、ボロを出すような単語も使っていないと思う。また、ゴレは俺が何を言っても優しく興味深そうに聞いてくれる。だから、スペリア先生とゴレ相手の会話ではまったく気づかなかった、衝撃の新事実だ。このハゲとはかなり適当にしゃべっているので判明した。ハゲも無遠慮に突っ込んでくるしな。
ちなみに、ネット用語やゲーム用語だと、かなりの高確率で翻訳をすり抜けてしまう。
例えば、俺が常々求めている妙齢の女性との恋愛フラグであるが、この「フラグ」も翻訳対象外だ。もはや悪意を感じるレベルである。
まぁ、フラグって単語自体がコンピュータ用語から派生して、相当複雑な経緯で膨大な意味を含んできている言葉だしな。そりゃ無理だわな……。
他には何があったっけ。あ、そうそう。チンピラはOKだったが、DQNは弾かれていた。
……基準が微妙に分からんな、これ。
そして気になるのは、ネット用語が高確率で弾かれるのに対して、コンピュータ用語自体は結構な確率で翻訳されると言う事だ。ソフトとか、プログラミングとか。
つまりこの世界には、コンピュータ相当の何か、もしくは似た系統の技術が存在しているのではないだろうか……?
抱っこされながら珍しくしゅんとしているゴレをなでつつ、そんな事を考えていた。
ゴレは徐々に元気を取り戻しつつある。もぞもぞしている。良かった。
その時、ふとハゲが思い出したように明るい顔で言った。
「あ、そうだそうだ! 店に戻って早々、お前さんが魔道具が爆発したなんて泣き顔で言い出すもんだから、すっかり忘れていた。実は今日の魔導核の売上金で、なんとか借金の返済が出来そうなんだ」
おお、マジか。そいつは良かったな。
俺は別に泣いたりはしていないがな。
ハゲは事実無根の虚偽情報で俺をディスりながら、本当にうれしそうに喋っている。
だが、彼のその表情の中には、同時に少し緊張が見えた。
「……だからわしは数日中に、北の“ジビル”の街にあるペイズリー商会の支店まで、返済に行こうと思う」




