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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第3章 はじめての街
32/107

第32話 コーヒーと店番

 

 今、俺達はハゲの店である“チョトス魔道具店”、俺の中での通称ハゲショップに来ている。

 ハゲは業務中だ。

 客はまったく来ないんだが……。

 俺とテルゥちゃんは、店のテーブルでおやつの焼き菓子を食べている。

 ゴレも隣の席におりこうに座っている。

 今俺達が食べているのは、甘いクッキーのようなお菓子だ。

 サクサクで、蜂蜜とミルクみたいな味がする。

 こいつはわりと庶民的なお菓子のようだ。近所の屋台でも売っている。


 ちなみに、店主のハゲは午後から店を留守にする予定だ。

 朝からいそいそと何やら身支度をしていたし、今日は服も少し小奇麗な物を着ている。

 まぁ、ハゲがいくらおしゃれをしたところで、正直、誤差だが。

 ハゲが無駄な努力をしている理由。実は、どうやら例の猿の魔導核の一部に、さっそく買い手が見つかったらしいのだ。

 めでたいことである。

 魔導核は売り手市場で、常に一定の需要があるって話だしな。

 そういえば、魔導核を買う人って、あんな石ころどうするのだろう? マダムのアクセサリーにでもするのだろうか。


「なぁ。そういや魔導核って、一体何に使うんだ?」


 俺はハゲにたずねた。ぽろぽろと焼き菓子をこぼすテルゥちゃんの、小さなおひざにハンカチを敷いてやりながら。

 何気ない質問のつもりだったのだが、ハゲの反応は予想以上の驚愕に満ちたものだった。

 ぽかんと口をあけ、やがて訝しげな表情で俺を見る。

「はあ……? 何に使う、って。わしをからかっとんのか、お前さん?」

「いや、べつにからかってないし。本当に知らないんだが……」

「ゴーレムだろうが! ゴーレム! 魔導核には色々と使い方があるが、一番の花形といえば、ゴーレムの核にする使い方だろう。……というか、お前さんのゴレタルゥにも使っとるはずだろうが」

「何ィ!? そうだったのか? まったく知らなかったぞ?」

 俺、そんな物ゴレに入れたっけ?

 まったく記憶にないのだが。

「いやいや。魔術師なのに、何でそんなことも知らんのだ?」

 驚愕の新事実に目を見開く俺を見て、完全にあきれ顔のハゲ。

 だが、やがて一人納得したような表情になった。

「あー……。ひょっとしてお前さん、ゴレタルゥのことは使役権承継で動かしとるだけで、生成はしとらんのか? 本当に良い家の坊ちゃんだったんだなぁ。いやしかし、それにしたって、あれだけ使いこなしとるのに、そんなことすら知らんとは……」

 ハゲはまるで可哀想な物を見るような目で俺を眺める。

 そして、深いため息をついた。

「ネマキよ。最初から薄々思ってはいたんだが、お前さん、やはり想像以上にアレだなぁ……」

「アレって何だよ!? はっきり言えよハゲ!」

 

 ともあれ、魔導核はゴーレムの生成に使う物だったのか。

 ひょっとして、入門用ではない、崩壊しないゴーレムの秘密はこれなのか。

 しかし、ゴレを生成するときにそんな物を入れたおぼえはない。

 第一、俺が猿の魔導核を拾ったのは、ゴレを作った随分後の話だ。むしろ拾う時にゴレも一緒に手伝ってくれたくらいなのだから。

 まさか俺の知らない間に、原材料に異物混入していたとでもいうのか?


 困惑顔の俺に対し、ハゲは、アホな小学生を諭すように説明を始めた。

「……いいか、ネマキ。ゴーレムは胸に入っている魔導核によって、魔力をまるで血液のように素体内に循環させているんだ。これが、いわゆる“循環魔力”と呼ばれとる物だな」

「循環魔力……?」

 俺は大人しくハゲの講義を聞くことにした。

 もはや無知がばれてしまったのならば、仕方がない。聞くは一時の恥というやつである。

「こいつは要するに、魔獣どもが魔導核を使って魔力の流れをコントロールする原理を応用しているわけだな。本来は土属性魔術の生成物であるはずのゴーレムの素体が粒子崩壊しなくなるのは、この循環魔力が通ったせいで粒子間の結合が強化されとるおかげだ」

「へえ、崩壊しないゴーレムには、そんなからくりがあるのか……」

 ってことは、猿が体表に生成している石が崩れないのも、同じ理屈なのかな。

 あいつらの石は、ゴーレムの素体もどきだという話だったし。

「ちなみに、強力なゴーレムが外部からの魔力の干渉を受けにくくなるのは、この循環魔力の副次的作用だな。このあたりになってくると専門的な話になってくるから、わしも詳しいことは知らんのだが。なんでも、循環する魔力の流れに弾かれた魔術が散って、粒子に戻っちまうとかいう話だ」

 あ、それスペリア先生の授業で見たやつだ!

 こうしてハゲの解説を聞いていると、スペリア先生が俺に対して、平易な言葉で初心者向けの説明をしてくれていたという事がよく分かる。

 ひょっとして、最初からあの人には、俺が幼稚園児以下という事はバレバレだったのだろうか……?


 そんなことを考えていると、ハゲが俺の前にコーヒーの入ったカップを一杯、ことりと置いた。

 お、ハゲのくせに気が利くではないか。

 幼女と一緒に甘いクッキーを食いまくっていたせいで、ちょうどお茶かコーヒーが欲しくなっていたのだ。

 見れば、隣のテルゥちゃんにはホットミルクが出されている。

 児童にカフェインを摂取させない心配り。やるではないか、ハゲよ。

 テルゥちゃん、5歳児なのに3歳くらいにしか見えないからな……。ミルクをたくさん飲んで、元気に大きく育ってほしい。

 児童の将来を案じつつ俺もコーヒーを飲もうとして、ふと気付いた。

 ……果たしてこの異世界謎飲料、本当にコーヒーなのだろうか?

 

 素朴な陶製のカップに入った、温かい湯気を放つ黒っぽい飲み物。

 やや警戒しつつ、香りをかいで、一口飲んでみる。

 あ、やっぱ普通にコーヒーに近いな。微妙に風味が違うんだが。

 ちょっとチープな味わいだが、異世界のインスタントコーヒーだと割り切って飲めば、普通にいける。悪くない。


 上機嫌で異世界コーヒーを味わう俺。

 自身もテーブルの向かいに腰かけてのんびりと異世界コーヒーを飲んでいたハゲだったが、そこで思い出したように口を開いた。

「……あ、そうそう。魔導核といえば、もうひとつ忘れてはいかん要素があるぞ。魔導核には、そのゴーレムの“疑似人格”が付与されているという事だ」

「疑似人格?」

「まぁ、魔導核はゴーレムの脳みそみたいな物ってことだな」

 人工知能みたいな物だろうか。

 この世界、高度な機械なんてなさそうだし、魔術で再現しているのかな。

 言われてみれば、入門者用のゴーレムとうちのゴレとでは、知能の桁がまったく違う。ラジコン玩具と超高性能アンドロイドくらい違っている。

「なるほど。魔導核の入ってない入門用のゴーレムと違って、ゴレが賢いのはそのせいなのか」

 でも俺、やっぱそんなもの入れたかぁ……?

 うーん……??

「そういうことだ。もちろんゴレタルゥの胸にも、しっかりと魔導核は入っとるはずだぞ。素体と違って、魔導核は破壊されたら修復ができんからな。大切にせんといかんぞ」

「お、おう。わかった」

 実感の湧かない俺の微妙な回答に、ハゲはやや不満げである。

 コーヒー片手に、彼はさらに言葉を続けた。

「ゴーレムの疑似人格というのはな。記憶と経験の積み重ねと共に形成されていく、そのゴーレムの心そのものと言ってもいい。お前さんのゴレタルゥは、普段の無操作の状態でもそんなに賢いんだ。きっと、ご先祖様達が長い時をかけて大切に使い続けてきたんだぞ」

 そうだったのか……。ありがとうご先祖様……。

 俺は謎のご先祖様へと感謝しつつ、魔導核が入っているであろうゴレの胸元を見つめた。

 うん、いつもどおりの、非常に形の良いお上品な胸をしているな。

 しかしこいつは分類上聖堂ゴーレムらしいのに、なぜ聖堂にいた爆乳ゴーレム達のような乳になってくれなかったのだろうか。どうせサービス精神を発揮するなら、俺としてはエルフ耳よりはどちらかと言えば爆乳の方が――

 ……はっ! いや違うぞ。俺は相手を胸の大きさで判断したりはしない。


 ともあれ、今のハゲの説明は、俺にとって非常に合点のいく部分が多いものだった。

 俺は聖堂の爆乳ゴーレムと戦った経験上、ゴーレムが頭を破壊、もしくは首を切断されると機能停止するらしい事はすでに知っている。

 だが、これに加えて、ゴーレムには胸に何か致命的な“急所”が存在するのではないかと、ずっと怪しんでいたのだ。

 彼女達は砕かれるとまずいはずの頭は露出しているのに、胸にはわざわざ甲冑のような特殊石材の増加装甲を着けていた。そして、喧嘩をしているゴレと爆乳たちは、お互いに、決して相手の胸は狙わなかった。まるで、それが試合のルールででもあるかのように。

 まぁ、ゴレの方はいつもの猿を殺すときの感覚で、本能のままに頭を叩き潰そうとしていただけのような気もするが。いや、間違いなくそうだろうな……。


 ここまで考えたところで、俺はある事に思い当たった。

 ひょっとして聖堂ゴーレム達がやたら爆乳なのって、別に製作者の趣味などではなく、胸の魔導核の保護を考えたデザインなのか? そうか。そういう理屈で考えれば、全員やたら後ろ髪が長いのも同じように説明がつく。あの髪型ならば、背面の攻撃から急所の胸と首筋が保護されるはずだ。

 しかし、だとすると、ゴレは爆乳じゃないのに聖堂ゴーレムを名乗っても大丈夫なのだろうか??


 ゴレの胸を凝視しながら、しばらく魔導核と爆乳についての思索に耽っていた俺だったが、ふと視線を上げてゴレの顔を見た。

 深紅の瞳が、まるで期待と喜びに満ちあふれているかのように、強い輝きをきらきらと放ち、長い耳が誇らしげに小さくぴくぴくと揺れている。

 一体何がそんなにうれしいんだ、お前は……。


 だが、そうだな。原材料に異物が混入していようが、何の関係もない。もし聖堂ゴーレムマニアから胸のサイズについて文句をつけられても、そんなやつは俺が命をかけて論破してやる。

 お前は、胸を張って誇れる、俺の最高の相棒なのだから。


「にしても、あんたゴーレムについて随分と詳しいんだな」

 実際ハゲはゴーレム知識がかなり豊富なように思う。少なくとも入門書のレベルは完全に超えているよな。学者であり有能な文化人でもあるスペリア先生ならともかく、無能なこのハゲにしては上出来である。

「そりゃあわしは職業柄、魔導核を取り扱うからな。このくらいは当然だ。むしろ何も知らんお前さんの方が恥ずかしいぞ」

「…………」

 答えるハゲは、完全に常識を知らない小学生を見る目をしていた。

 く、くっそお、このクソハゲがあ……!



------



 ハゲは先ほど出かけてしまった。

 俺はゴレとテルゥちゃんと、3人で店番をしている。

 そういえば、今日はテルゥちゃんも店に出て来ているんだよな。

 そりゃ、こんな小さくて病弱な子だ。これまでだって、ハゲも家で一人ぼっちの留守番なんてさせたくなかったに違いない。

 でもチンピラが荒らしに来るから、店には連れて来られなかったんだろう。


 客は全然来ないのだが、今日は出入りの業者さんが来るかもしれないので、荷物の受け取りをする必要があるらしい。魔導核を売りに行かねばならないハゲは困っていたので、暇な俺は特に何も考えず店番を交代したのだ。

 本当は今日本屋に行こうと思っていたんだが、テルゥちゃんをほっぽり出して俺だけ出かけるわけにもいかんしなぁ。

 俺はとりあえず、ハゲが借金を返済するまでの数日間は、ここに滞在しようと思っている。

 せっかく返済の目途がつきそうなのに、なんたら商会がまたチンピラを送り込んできて横領されたら、あまりにも可哀想だからな……。俺がきちんと抗議して、領収書を書かせようと思っていた。

 …………。

 いや、違う。俺はタダ飯とタダ宿に貪欲にありつこうとしているだけだ。

 決してクソハゲごときに情けをかけているわけではない。


 先ほどから膝の上にはテルゥちゃんが座り、お絵描きをしている。

 彼女はにこにこと上機嫌で、黄色いレモンの絵を描いていた。この世界にもレモンがあるんだな。

「これはねー、ネマキおにいちゃんの、さんだーぐりずりーさん!」

「へえ、そっくりだな。良く描けているね」

 ……この黄色いのは、さんだーぐりずりーさんだな。俺のパジャマの謎アニマルだ。

 当然俺は最初から気付いていた。

「こっちがね、ふれいむばいこんさんでねー。これはおはなさんでー」

「本当に可愛いね。テルゥちゃんは絵が上手なんだな」

 もちろん無学な俺には、この赤と黒のもじゃもじゃが何を意味しているのかは分からない。しかし、子供の才能とはほめて伸ばすものだ。これって、とても大切な事だ。

 絵をほめられて嬉しかったのか、テルゥちゃんが目をくりくりさせて、小さな身体を揺らしながら俺に抱きついてくる。

 

 ――突然、ゴレがテルゥちゃんを乱暴に抱え上げ、自らの膝の上に強引に座らせた。


 お、おう。

 突然のことにびっくりしたが、ゴレも抱っこしたかったのだろう。

 やはりこいつは子供好きだ。

 テルゥちゃんもきゃっきゃと喜んでいる。うむ、微笑ましい光景だ。

 

 とはいえ、テルゥちゃんがゴレの膝でおりこうにお絵描きを始めてしまうと、俺には全くやることがなくなってしまった。

 荷物を持ってくるはずの業者とやらは、一向に訪れる気配がない。

 客も一人も来ないし。

 でも、これは仕方がない。別にハゲショップの心象が悪いとかではなく、多分ろくに商品が入っていないせいだ。

 外の通りからでも、がらんとした店内に、全然商品が置かれていないのは一目で分かってしまう。

 これで入ってくる客がいるとすれば、無知な異世界人くらいのものだ。

 まぁ、客が来たら来たで、幼女とゴーレムと幼稚園児以下の魔導王というメンバーでは、確実に接客対応に困るのだが。

 

 俺はなんとなく商品棚の方へ歩いていき、大量に売れ残っている土色のサイコロを一つ手に取った。

 これも魔道具なんだよな?

 空白が目立つ棚の中で、これだけものすごい売れ残っているが……。

「ねぇ、テルゥちゃん。テルゥちゃんは魔道具ってどうやって使うのか、知ってる?」

 俺は後ろのテーブルでお絵描きをしている幼女先輩に質問をした。

 幼女先輩はゴレの膝から元気よく飛び降り、手をあげながらとことこと走り寄ってきた。

「はいはい! テルゥしってます! えっとねー、これをこうやってねー」

 彼女は小さな手のひらに、商品棚から取り出した丸っこい白い魔道具をにぎりしめた。

「こうやって、えいっ! てします!」

 すると手の中の魔道具が、ぼうっと光り始めた。

 おお、やっぱすげえぜ先輩! しかし、解説がおおざっぱすぎる!


 だが、このとき一瞬だけ魔道具に閃光のような粒子が集束するのを、俺は見逃してはいなかった。おそらく今のは、雷の粒子だと思う。

 ひょっとして、普通の魔術の生成のときと同じ要領で、魔力を込めればいいのか?

 

 俺は意識を集中し、土色のサイコロへと魔力を流し込んだ。

 この作業はわりと慣れている。ゴーレムを作るときは長時間魔力を流しっぱなしにしないといけないし、土槍地対空ミサイルだって、崩壊させずに形を維持するために魔力を流さないといけない。


 意識を集中したその先、魔力を流し込んだ茶色いサイコロに、土の粒子が集束していく。

 ――このとき、何故か、嫌な予感がした。


 グロテスクな百合の花と化してはじけた盆地の大岩扉。

 爆散(メントスガイザー)した石の本の拘束具。

 ザイレーンの隠れ家の庭先を滅茶苦茶に崩壊させた小石の生成。

 様々な過去の出来事が、脳裏を次々とよぎっていく。

 直後、俺の手のひらのサイコロは、ぷくっと餅みたいに膨れ上がり――



 サイコロはすさまじい爆音と共に盛大に破裂。

 土の粒子をまき散らしながら、無残に四散した。



 うっうわああああ! またやってしまったああああああああああ!!!

 




 

 ―どうでもいい裏設定2―


 今回の異世界コーヒーですが、実は作中のかなり早い段階で、すでに登場しています。

 盆地のリュベウ・ザイレーンの地下食糧庫にあった、調理法の良く分からない“やたら苦い豆”。あの豆の正体こそが、異世界コーヒー豆です。

 この国の南東部を中心に栽培されており、北部ではあまり飲用の習慣がありません。

 

 

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