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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第3章 はじめての街
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第27話 手刀となでなで


 

 ほとんどノープランで、チンピラ3人組と対峙してしまった俺。

 しかしこの場合、俺がやるべき事というのは、実はすでに決まっている。

 

 そう。話し合いでの相手の説得を試みるのだ。

 

 きちんと領収書さえ書いてもらえれば、それで解決なのだから。

 まぁ、できればハゲの治療費とかも出してやってほしいところだが。


「ああ!? 何だてめぇ?」

 リーダー格の長髪の男が俺を睨みつけ、肩を怒らせながら大声で威嚇するように叫んだ。

 そんな大声を出さないでくれ、ちゃんと聞こえている。

「えっと、もう一度確認しておくぞ。その、領収書を……。そこで寝ているハゲに書いてやって欲しいんだが……」

 ちゃんと俺の言葉が通じているだろうか。不安だ。

 俺の翻訳能力が、DQNに対応した高度な物である保証はない。

「てめぇあれか? そこに転がってるボロ雑巾の親戚か何かか?」

 駄目だ。やはり通じていない。こいつ、無視して無関係な質問をしてきた。

 これだから思考ロジックの違う人種は苦手なんだ……。

「いや、親戚というわけでは……。ただの通りすがりというか、むしろ宿敵というか……」

 つい、言いよどんでしまう俺。

 仕方がない。俺にはハゲを助ける客観的な理由が、ほとんどないのだ。

 これで助けに入った相手が美少女とかなら、キザな台詞の一つも言えるのだろうが……。

 助けられた当のハゲ本人ですら、状況が理解できずに、うずくまったままぼけっと俺を見上げているような有り様である。

 長髪はそんな俺の全身をじろじろと無遠慮に眺めた後、ふいに何かに思い当たったように、にたっと笑った。

 その表情に、俺は侮蔑の色を見た。

「てめぇアレだろ? 東方から流れてきた魔術師だろう」

 たしかに、そういう設定だ。

 一応話を合わせておこう。

「ああ、そうだが……」

「はっ! 高そうなローブなんて着てるから何様かと思ったがよぉ、とんだ負け犬のクズじゃねえか!」

 男は勝ち誇ったように両手を広げ、高らかに笑いながら言い放った。

 彼のこの芝居じみた大ぶりな挙動は、おそらく周囲の群衆に向けたアピールの意味合いもあるのだろうと思う。

「戦から逃げて、国からも逃げて、こんな他人様の国でまで恥を晒して、なーんで生きてんの? どうせなら戦って死ねよ! 他人の家の事情に首を突っ込める御身分じゃねえだろうよっ!」


 俺はこの男のあまりの品性の無さに、思わずたじろいでしまった。

 当然ながら、俺はこの世界の東方出身者ではない。だから、こいつにこんな罵倒をされても、正直何のダメージもない。でも、もし俺が本当に東から戦乱を逃れてきた人だったら、きっと悔しくて悲しくて、泣いているだろう。

 何故こういう人種は、人の心を抉るような言葉を、こんなにも気軽に使えるんだろう。

 自分より立場の弱い人間なら傷つけてもいいと、本気で思っているんだろうか。

 なりたくて難民になる人なんて、誰もいないのだ……。

 元の国では皆ちゃんとした生活があって、多くは教養もあって、家族だっていた人達だ。

 俺は何とも言えない悲しい気持ちになった。


「立場が分かったなら、とっとと消えてくんねーかな。逃亡魔術師さん」


 俺がたじろいだのを見て、長髪はあきらかに勢い付いた。

 そして、俺に向けて手を伸ばそうとした。

 おそらく彼は俺を突き飛ばすか、押しのけようとしたのだと思う。

 いや、もしかすると、小馬鹿にしたようにぽんぽんと肩を叩こうとしただけだったのかもしれない。


 ……俺はこの瞬間まで、完全に失念していた。

 俺の斜め後ろには、いつも過保護な純白の美女神エルフギリシャ彫刻が立っているということを。


 だが、実はこの時、より重要だったのは、むしろ「なぜ俺が彼女の存在を失念していたのか」という、その理由の方だったのかもしれない。

 理不尽に痛めつけられるハゲを助けること以外に頭が回っていなかった、というのは確かにある。

 しかし、実際にはそれ以外にも重大な理由が存在していたのだ。


 この場にいる誰もが決して気づくことのなかった、その理由。

 ……彼女はこの時、俺に存在を一切感じさせていなかった。


 まず、俺に危険が迫ると常に前に出てくる彼女が、この時、俺の前には立っていなかった。

 そして、正面に対峙している三人組の内の誰一人として、俺の背後に控えているはずのゴレを警戒するような動きを取っていなかった。


 彼女は、最初から、俺の背後などにはいなかったのだ。


 じっと気配を殺し、息を潜め、待っていた。

 相手の脅威度と俺の身の安全の確保を、正確に、冷静に見極めながら。

 “指切り”の約束をふいにせずに――敵対者を、殲滅するタイミングを。


 めきっ。


 気付くと、俺に触れようとしていた長髪の腕を、ゴレの白い指が握っていた。

 握られた彼の右腕は、おかしな位置から折れ曲がって、ぶらりと力なく垂れ下がっている。


 ゴレが長髪の腕を、握り折っていた。


 俺はこの瞬間、街に入るときの、ゴレとの約束を思い出していた。

 街で人に攻撃していいのは、俺が許可を出したときか、相手が“手を出してきた”ときだけ――

 俺は、前方に突き出された状態でだらりと折れ曲がった長髪の右手を見た。

 …………。

 た、たしかに出している! こいつは“手”を俺の方に向けて“出している”が! 早い! 早すぎるぞ、ゴレ!

 本当に、ただ、前に突き出しているだけじゃないか!

 こんなものは絶対に正当防衛すら認められないタイミングだ!

 

 てか、存在を完全に忘れていたけど、ゴレのやつ今まで一体どこに居たんだ??

 ゴレが今立っているのは、俺から見て長髪の左隣。

 いつも戦闘開始時に彼女がいる俺の斜め前とか、平常時の斜め後ろのお気に入りの定位置から咄嗟に出てきた状態では、こんな位置関係には絶対にならない。

 そこで気付いた。

 こいつ、そこの野次馬達の中にじっと紛れていたのか……?


 長髪は、絶叫すらしていない。

 彼の脳が痛みを理解するより前に、俺の視界の隅でゴレの右掌がひらめいた。

 まずい。

 この構えは、手刀だ。

 この技でゴレは大猿の頸椎を、首回りの岩の外殻ごと、あっさりと豆腐みたいに切断する。

 聖堂での対ゴーレム戦で執拗に首を狙われて以降、たまに見せるようになった技だ。

 間違いない。

 

 ゴレは、この男の首を落とす気だ。


 駄目だ。殺させては。

 この瞬間、俺は、チンピラの身を案じたとか、理性から殺人を忌避したとか、そういう事よりはむしろ、ゴレの身を案じていた。

 ここでこの男を殺させてしまうと、ゴレの中で何かの決定的な歯止めが効かなくなってしまう、そんな気がしたのだ。


 「殺すな、ゴレ!!!」


 俺は叫んだ。

 咄嗟に出したその声には、思った以上の怒気が含まれていた。

 ゴレに対してこんなに強い言葉を発したのは、おそらく初めてのことだったと思う。今まではそんな必要などまるでなかった。それに俺自身、何だかんだ言って、こいつの多少の粗相に対しては甘い部分があることも自覚している。

 ゴレの腕が、一瞬びくりとしたように止まった。

 すでに放たれつつあった手刀は、長髪男の首横でぴたりと静止している。

 男の長い髪の片側がすっぱりと切り落とされ、はらりと肩に落ちた。

 まさに紙一重。ぎりぎりセーフだ。

 俺はほっと胸をなでおろし、安堵のため息を吐いた。


 ……が、ゴレは首の横で止まった手のひらを、そのまま裏拳気味に、相手の肩めがけて振り下ろした。


「ぐっぎゃあああああああああああああッ!!!」

 骨が砕ける鈍い音がした。

 ティバラの街に、耳をつんざくチンピラの絶叫がこだまする。

 肩の骨を完全に砕かれ腕の折れ曲がったチンピラが、悲鳴を上げながら地面をのたうち回っていた。

 あ、あちゃ~~……駄目か。我慢できなかったか……。


 「て、てめぇゴーレム使いだったのか!」

 取り巻きのチンピラ二人が血相を変えて腰の剣を引き抜いた。

 いや、正確には完全に引き抜く前に、ゴレの回し蹴りで二人まとめて吹き飛ばされた。

 もはや脳が現実逃避しつつあった俺は、ゴレのやつ綺麗な太ももしてるなー、とか思いながら、ぼーっと突っ立って事故現場を眺めていた。


 はっ! いかん、ぼけっとしている場合ではない!

 慌てて、店の壁を破壊して半ばめり込んだ状態のチンピラ二人の姿を見る。

 二人とも派手に出血して昏倒しているし、一人は足がぐんにゃりと変な方向に曲がっている。

 だが、弱々しい呼吸をしていた。

 まだ、動いていた。

 生きている、生きているぞ! やった、ありがとう神様!

 そうか、ゴレはちゃんと手加減をしたんだ。おりこうだ!

 このときの俺は、被害者生存の喜びのあまり、ゴレが問答無用で剣を抜く前の二人を蹴り飛ばしており、実はあまりおりこうでなかったことなど、完全に失念していた。

 だがいずれにせよ、この瞬間に俺が取らなければならない行動は一つだった。


 俺はゴレをおもいっきり引き寄せ、力を込めて抱きしめた。

 そして、ゴレの頭を力の限りなでた。

「ゴレ! おりこうだったぞ! ちゃんと手加減できた! えらいぞ、そうだ、街の人は殺したらいけないんだ! よしよしよしよしよし、おーよしよしいい子いい子!」

 そう。俺は犬のしつけの経験上、知っていた。

 良い事をしたら、ほめる。しかも、その場ですぐに、だ。

 特に、攻撃を我慢したり、苦い薬を飲んだり、犬の本能に逆らうような行動を取ったときには、すぐにほめてやって、うれしい事があると教えてやらなければならない。

 俺はゴレをなでた。なでまくった。腕の中でもぞもぞと動くゴレが、やがて小さく痙攣しはじめ、心なしかぐったりと脱力するまで、なでまくった。


 ゴレは「てかげん」をおぼえた。


 ゴレが俺にしがみついたままぐったりしはじめた頃、ふと顔を上げると、チンピラ達が引き上げをはじめていた。

 といっても、約2名は意識もなくほとんど死にかけているような状態で、とても歩けない。救援に来たチンピラ仲間達が肩を貸している。

 こういう手合いのことだから、おそらくハゲが逃走しないよう、他にも人員を数人配置して裏口辺りを固めていたのだろう。

 砕けた肩と折れた右腕を抑えながら、酷い顔色でぐっしょりと全身に汗をかいた長髪チンピラが、ふらふらと通りの方へ歩いていく。

 すごいな。俺ならその負傷だと絶対に動けんぞ。なんという根性だ。

 俺の視線に気づいた彼は、苦痛に歪む表情で呻くように叫んだ。

「か、必ず……必ず後悔するぞ、ゴーレム使い! てめぇには絶対に落とし前をつけさせてやる……」

 やはり訴訟を起こされるのか……。

 まずいな。負けるぞ、確実に。

 

 捨て台詞を吐き、よろめきながら通りに出た長髪。

 しかし、彼は数歩進んだあたりで、力尽きて転倒してしまった。

 路面に倒れ伏すその身体は、力なく痙攣し始めた。

 男はあわてて駆けつけた仲間の手で、引きずるようにして運ばれていった。

 まぁ、普通に考えると、激痛で失神したのだろう。やりすぎだゴレ……。

 とはいえ、彼らの怪我は大丈夫なのだろうか。

 この世界には治癒魔術があるし、何とかなると信じたい。


 チンピラ達が引き上げていくのとほぼ同時に、野次馬達がさあっと引いていった。

 皆血相を変えて、まるで逃げるように散っていく。

 通りに面した周辺の店主などは、大慌てで店じまいをはじめ、あっというまに店の鎧戸を固く閉ざしてしまった。

 一体何なんだこいつらは……。

 

 残されたのは、荒れた店先に立ち尽くす俺とゴレのみ。

 足元には、猿の魔導核入りの皮袋が転がっている。チンピラがゴレの裏拳で肩を砕かれたときに取り落としたのだ。

 あと、ハゲも床に転がっている。

「おい、大丈夫か……」

 善意から一応声をかけてやったが、ハゲはそんな俺を無視してうずくまったまま震えている。

「も、もう駄目だ。お終いだ。わしは奴等に殺される……」

 失敬な奴だな。

 俺のなけなしの魔導核を買い叩きやがった貴様のことは、確かにぶち殺してやりたいが、俺はそんな野蛮人ではないぞ。

 

 それにしても、ハゲは酷い有り様だ。

 蹴られまくった顔は青痣だらけで、鼻血が噴き出ているし、口の中も切ったのか血が出ている。服も埃まみれでぼろぼろだ。

 薄い頭髪も乱れてしまい、もはや落ち武者っぽいどころの話ではない。そこにはパーフェクトな落ち武者の姿が完成していた。

 

 俺にもし治癒魔術が使えたら、お情けでほんのちょっとくらい、有料で治してやってもいいんだが。

 すまないな。俺は土属性しか使えない宗教に属している。

 


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