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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第2章 不死身の地竜
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第23話 先生と卵


 スペリア先生が、焚き火の上の鍋のシチューをかき混ぜている。

「……よし、そろそろ良いかな」

 鍋には、不思議な瓶詰めみたいな容器に入っていた肉と、干した野菜などが加えられていた。

 食欲をそそる、とても良い匂いが漂ってくる。

 時刻は、そろそろ昼前だ。

 俺達は古代地竜の骨の残骸を見下ろす崖の上で、早めの昼食を取ることにしたのである。


 スペリア先生が異世界クッキングにいそしんでいる間、俺はひたすらゴレに負傷したおでこを優しくなでられ続けていた。

 ゴレは腕のこわばりが消えて以降、ずっとこの調子なのだ。

 この様子だと、おそらく手が繊細に動かせない間は、触れるのを我慢していたのだろう。

「あの、ゴレ……。もう治ったから、大丈夫だから……」

 俺の額の切り傷は、すでにきれいにふさがっている。

 先ほどスペリア先生が、治癒魔術で治してくれたのだ。例の水属性魔術だ。

 ありがとう、水属性。

 俺の水属性に対する好感度が、また上がった。

 額は派手に血が出やすいから、元々見た目ほど傷が深いわけではなかった。

 しかし、もはや痕すら残っていない。

 治癒魔術すごい。

 ひょっとして、現代救急医療はすでに敗北しているのではないか?

 そういえば、スペリア先生に最初に出会ったとき、破れた衣服にわりと大量の血が滲んでいて、けっこうやばいような気がしていたが、治癒魔術が使えたのなら、こんな風にぴんぴんしているのも納得かもしれない。

 もしや、この世界の必須のサバイバルスキルなのだろうか。

 まぁ、その、何だ。たとえ必須でも、俺には使えないわけだが……。


「あの、ゴレ? だから、もう俺の怪我は大丈夫だよ。なでなくても……」

 やんわりとした拒絶の意思表示を無視し、ゴレはなお心配そうに俺のおでこを優しくさすり続けている。

 あまりにも一生けんめいさすってくれるので、強く拒否できない。

 一体いつまで続くんだ、これは。

 終わりがまるで見えない……。


 そういえば、ゴレはかなりスペリア先生に慣れてきたようである。

 今もこうして普通に馴染んでいる。

 最初のころはゴレがピリピリしていて、俺は内心とても心配していた。

 だが、今ではスペリア先生の扱いが、“邪魔な殺害対象”から“無関心”くらいにまで、大幅にランクアップしている。

 とはいえ、ゴレのやつは結構人見知りなのかもしれないな。

 この調子だと、今後人里に出たときにちょっと不安があるが……。


「……さ、どうぞ。召し上がれ」

 スペリア先生が木皿にシチューをよそってくれた。

 ありがたく頂戴し、温かいシチューをすすった。

 はぁ……。疲れた身体に染み渡る……。

 というか、シチューに入っているこの肉、やたら旨いな。

 何だろうこれは。牛肉か?

 まるで良く煮込んだタンシチューのように、口の中で少しの歯ごたえを残しながら肉がとろりと消えていく。絶妙の食感だ。

 いくらでも食えるぞ、これは。

 おかわりだ。

「気に入ってくれたみたいだね」

 シチューのおかわりに熱中する俺に、スペリア先生は満足気な様子だ。

「すごく美味いですね、この肉」

「ふふ、聞いて驚きたまえ。こいつはとっておきの帝都の珍味でね。風鳴大山羊(ウィンドゴート)という魔獣の舌肉を熟成させて加工した物さ。生還祝いってことで、奮発してみたんだよ」

「おお……」

 まったく意味は分からんが、一応礼儀として驚いておいた。

 なるほど、やはり何やら良い肉を使ってくれていたらしい。

 この不思議肉といいクランベリー林檎様といい、この世界って結構味の良い食材が多いのかな。

 だとすれば、ありがたい限りなのだが。


 自身も温かいシチューをすすり、スペリア先生は大きくうなずいた。

 納得のいく出来栄えだったご様子である。

「……しっかしなぁ、ネマキ君。きみ、神に数えられる古代竜の一角を、本当に倒してしまうとはねぇ」

「あの竜、神様扱いされていたんですか……」

 でもまぁ、神様といってもピンキリだからなぁ。

 日本にも便所の神様とか石ころの神様とか、大量にいるもんな。

「ふふ、そうとも。炎竜、風竜、氷竜、そして地竜……。彼ら古代竜は、不死身の神様だ」

 先生はとても楽しげである。

 それはまるっきり、面白い物を発見したときの学者の顔であった。

「おそらく今回の勝因は、古代地竜の魔導攻撃を、ネマキ君がそのまま撃ち返した事だろう。……実は、記録上には唯一、神たる古代竜が死んだのではないかと思われる事例があるんだよ。それが、“同士討ち”だ。かつて古代炎竜と古代氷竜が争い、氷竜が斃れたというんだ。非常に古い記録だし、信憑性が低いとも言われていたんだが、今回の一件で私は確信した。古代竜の半霊体は、おそらく同族の魔導攻撃によって崩壊する」

「ということは、やっぱり俺、ラッキーパンチでギリギリ勝ってたって事なんですね……」

 何となくそんな気はしていた。

 たしかに、〈土の大槍〉による魔導攻撃は、障壁さえ抜ければダメージが入りそうな手ごたえこそあったものの、正直なところ、1000発くらい撃ち込んでも殺しきれる気はまるでしていなかったのだ。

 仮に障壁を突破できたとしても、痛手を与えて退かせられれば御の字だと思っていた。

 あいつはでかくて強すぎた。

 だが、まさか戦闘中には防御手段として割り切っていた〈NTR〉だけが、実は唯一の攻略法だったとは……。


「そういえば、炎竜が氷竜を斃したという記録の信憑性が低いと言われていたのには、記録自体の古さの他にも、もう一つ理由があってね。……氷竜は、今も極北の地で生き続けているのさ」

「……? まさか復活したとか、そういう系の話ですか?」

「そう、そのまさかさ! 少なくとも、今私はその可能性が高いと思いはじめているよ」

 いやいや。いくらあのチートドラゴンの親戚とはいえ、流石にそんなことはありえないと思うぞ、先生。

 彼は困惑する俺の方へ向き直り、冗談めかした口調でこう言った。

「だから、ひょっとしたら古代地竜も、そのうちどこかで復活するのかもしれないよ。ネマキ君は、かなり恨まれているだろうからねぇ。もし今度会うときは気をつけないといけない。ふふふ」

「怖い事言わないで下さいよ……」

 もしそんなホラーみたいな怪奇現象が起こって、あんな化け物怪獣とのリベンジマッチが組まれたら、か弱い俺は今度こそ完全に死ぬしかない。

 

 おそろしい想像に心底びびっていると、食事中もずっと優しく額をさすっていたゴレの手が、そっと離れた。

 お、ようやくなでなでに飽きてくれたか。

 解放された俺は安堵し、隣のゴレを見る。

 彼女は、クランベリー林檎様をお上品にカットしはじめていた。

 俺がそろそろシチューを食べ終わるのを見計らったのだ。なでなでをやめたのは、このせいか!

 相変わらずうちの相棒は、タイミングの見極めが完璧であった。


 食後もそのまま焚き火を囲み、スペリア先生の所持品の例のハーブティっぽい飲料で身体を温めたりしつつ、俺達はしばらく歓談した。

 先生の話では、この街道をはるか西に進むと、彼のやって来た帝都にたどり着くらしい。この国の首都で、華やかな場所のようだ。

 俺は内心ほっとした。この世界の人類は滅びていない。俺とおっさんと猿しかいない世界ではなかったのだ。良かった。


 また、このときに判明したのだが、“ゴレタルゥ”というのは、殺戮と嫉妬を司る戦いの女神の名前なのだそうだ。

 最初の自己紹介のとき、微妙な反応をされたのはそのせいか。ゴレのやつ、見た目がものすごく儚げだからな……。殺戮の女神などには到底見えない。それに、思いやりがあって性格も優しいし、こいつは嫉妬などとは縁遠い気がする。

 だがスペリア先生は、実際に一緒にすごしてみると、ゴレタルゥはまさに名前の通りの存在だったよ、と笑っていた。

 ここ数日で、彼は一体ゴレにどんなイメージを持ってしまったんだ……。

 

 そんな風にハーブティを飲みながら笑っていたスペリア先生だったが、その時、ふと思い出したように言った。

 

「……おっと、そうだそうだ。ネマキ君、後で一緒に、崖の下の古代地竜の遺骸を確認しに行ってみないかい? 面白い物が見られるかもしれない」



------



 そんなわけで、俺達3人は、地竜の骨の残骸の前までやって来た。

 やはり、でかい。

 もはやボロボロの骨の一部しか残っていないのだが、まるで建物のようだ。

 しかしこの骨自体、やはり、そう長くは保ちそうにないように見える。

 でかいだけで存在感が薄い、とでも言おうか……。風が吹いたら崩れてしまいそうだ。ひょっとすると、中身はスカスカなのかもしれない。

 

 先ほどからスペリア先生は、地竜の胴体周辺をごそごそと漁り回っている。

「おっ! あった、あった! これだよこれ」

 何かお目当ての物を見つけたご様子である。

 戻って来た彼は、手に持った大きな石のような物体を見せてきた。

「一体何ですか、それ?」


「――これが古代地竜の、“魔導核”さ」


 よく見ると、彼の手に握られた石は、大きな水晶みたいな結晶体をしている。

 あ、これ知ってる。大猿の白骨死体の中にもあったやつだ。

 こいつは換金出来るかもしれないと思って雑嚢の貴重品の方に入れていたから、地竜に吹っ飛ばされずに無事だな、そう言えば。

 たしか魔導核って言うと、あれだ。前にこの人が解説してくれた、魔獣の体内器官のことだよな。生成された魔術を操作する器官とか、何とか……。

 そうか、これが魔導核だったのか。


 スペリア先生の手にある魔導核は、大猿のものより、はるかにでかい。

 それに猿の魔導核は黒っぽかったが、地竜の魔導核は完全に大地と同じ色だ。

 もし写真で見せられたら、ただの石くれだと思うかもしれない。

 ただ、実物を見ると見間違えようがない。

 この魔導核からは、形容しがたい、ものすごい圧迫感というか、気圧されるような強い存在感が溢れ出ている。

 猿どもの魔導核とは、明らかに次元が違う。しょせん、猿は猿だった……。


「魔導核がこうして体内で結晶化するのは、かなり濃密な魔力を体内で生成する個体に限られるんだ。いやはや、しかし、古代地竜の物ともなると、やはり別格だね、これは」

 要するに、強い魔獣からしか取れないって事だろうか?

 だから小猿中猿の死体からは何も見つからないのに、大猿の白骨死体にだけ結晶があったのかな。

 猿がでかかろうが小さかろうが、全部ゴレが一発で殺すもんだから、まったく強くなっている感じはしなかったが、やはり大猿はそれなりに強かったのかもしれない。

「この魔導核、私が預からせてもらっても良いかい? 研究に必要なんだ」

「ええ、べつに俺は構いませんよ」

 俺はもちろん快諾した。

 学術研究目的の利用なら、俺に否やはない。

 そもそも、地竜の死骸の中にそんな物があるなんて、俺は知らなかったのだ。

 先生が漁ってなければ、完全放置だよ。

 彼ならきっと世の中の為に有効活用してくれるだろう。

 現在経済的な不安を抱えている俺には、「売ればお金になるかも」という俗物的思考が、一瞬脳裏をよぎらない事もなかった。だが、基本的に文化人な俺にとって、学術的価値は経済的価値に勝るのだ。

 というか、猿どもの魔導核は売れるのかな。それが気になる。


 そんな俗物的な事を考えていた俺だが、この時、おや? と思った。

 魔導核を見つめるスペリア先生が、なぜかずっと黙りこくっているのだ。

 普段なら、ここで色々と解説が始まるところなのだが……。

 俺の視線に気付いたのか、彼はゆっくりと顔を上げた。

 その表情と声音は至極真面目なものだった。


「……さて、名残惜しいけれど、ネマキ君とはこの場所でお別れだな。私はこのまま、一人で北の地へ向かおうと思う」


「えっ?」

 俺は思わず声を上げた。

 いきなり何を言うのだ、先生。

 俺を置いて、行ってしまうというのか? 

 そんな。

 べっ別に寂しくなんてないが、でも、こんな唐突にお別れとは思わなかった。

 街まで同行してくれるはずではなかったのか。

 俺は、俺はべつに、全然寂しくなんてないが。ぜ、全然……。

「ど、ど、どういう事ですか……? 何か急用が、で、出来たんですか?」

「……ああ。今回の一件でね。新たに調査しなければならない事が出来た」

 答える彼の表情には、とても強い意思が見えた。

 すでに心を決めてしまっている顔だ。

 一瞬俺も同行させてもらおうかと思ったのだが、彼の発した「一人で」という言葉には、何か、強い力がこもっているように感じたのだ。

 なんだか、俺がどうこう口を出して良い雰囲気ではないような気がしてしまった。

 そういえばスペリア先生、この土地に古代地竜がいたことに、驚きまくっていたもんな。おそらく尋常な現象ではないのだろう……。


 スペリア先生はふと思い出したように、自らが肩に下げていた鞄から中身を取り出しはじめた。

 小さな携帯食料みたいな物。

 色々な見慣れない道具たち……おそらく、魔道具だな。

 彼はそれらの荷物を、腰に着けたポーチと、身に纏った破れたローブの中へぽんぽんと無造作に収めていく。

 俺は見るともなしに、その様子を眺めた。

 あ、今ひょいっと投げ入れたのは古代地竜の魔導核だな。

 一瞬ちらりと、彼がラノベくらいの厚みの本を、大切そうにポーチにしまい込むのが見えた。俺の教科書にそっくりだが、魔術学院で教鞭をとっているほどの彼が、土の入門魔術なんぞ今更勉強するはずもない。何か別の本なのだろう。

 

 こまごまとした物を移し終えたスペリア先生は、残った鞄を肩から外した。

 そして、その鞄を俺の方に差し出してきた。

 ごつくて黒い皮製の、年期の入った立派な肩掛け鞄だ。

 これ、何の皮だろう。よく見ると鱗っぽくも見えるが。


「……この鞄を持っていくといい。食料と水はこの中に入っている。あの背負い籠に入っていたネマキ君の荷物は、戦いの中で古代地竜に消し飛ばされてしまっただろう?」


 えっ? いや、確かにその通りだし、ありがたい申し出ではあるのだが、俺にこれ渡しちゃったら、あんたは一体どうするのだ。

 むしろ俺の方はゴレがいてくれる分、まだなんとかなりそうな感じすらあるのだが……。

「これ無しでスペリア先生はどうするんですか。このまま調査に出発するんでしょう?」

 俺の疑問に彼は悪戯っぽく笑い、ぐっと胸を張った。

「ふふふ。見くびらないで欲しいね。私はかつて、帝立魔術学院の神童と呼ばれたほどの男だよ。私の適性魔術は、なんと! 全12属性中、10属性さ。……まぁ、もちろん適性があるからといって、全ての術式が使いこなせるわけではないんだけどね」

 な、なんだと!?

 多芸なおっさんだとは思っていたが、10属性!?

 俺は1属性、しかもカス属性しか使えないのにか!?

 なぜ人の才能にはこんなに差があるんだ。神は残酷過ぎる。

「まぁ、実際のところね、2・3属性くらいの上級魔術が使いこなせれば、大抵の一人旅なんてどうとでもなるものなのさ。それよりも、ネマキ君は見たところ土魔術専門だろう?僕は、そっちの方が心配でね」

 先生の心配はもっともだ。

 我が愛すべき土魔術は、使い捨ての台座やトイレしか作れない。

「ありがとうございます……。本当に、何から何までお世話になってしまってすみません」

 俺はありがたく、笑顔の先生から黒い立派な肩掛け鞄を受け取った。



------



 スペリア先生は俺に明るい調子で別れを告げると、北の方角へと旅立って行った。

 俺達はもうしばらく、ここで休んでいくつもりだ。

 ゴレもまだ本調子じゃないだろうしな。


 それにしても、ここは何もない寂しい場所だ。

 音を立てて、風が吹き抜けていく。

 背後に崩れかけた地竜の骨がある以外は、荒涼とした大地が広がるのみだ。

 俺は、深いため息を吐いた。

 ……べっ別におっさんが一人居なくなったからって、ぜんぜん寂しくなんてないんだからな!


 ため息ついでにその場に座り込み、背後にあった地竜の巨大な肋骨の残骸にもたれかかる。

 もはや俺の異世界白骨死体耐性は、MAXに近い。

 この程度では何とも思わない。

 古代地竜の白骨死体など、俺にとっては、もはや丁度良い背もたれにすぎない。

 ゴレも俺の隣に、さも当然のごとく腰を下ろしている。

 お前もすっかり耐性がついたなぁ。最初はあんなに骨に怯えまくっていたのに。


 ともあれ、今日はもう、本当にへとへとだ。

 この数時間で少しずつ回復してきているが、戦闘直後には魔力もほとんどすっからかんになっていたと思う。

 それでも、ゴレを作ったときに比べればマシなものなのだが。

 そうなのだ。これだけ無茶な戦いをやって疲労困憊しても、俺はまだ一応動けている。そう考えると、ゴレを作ったときは相当やばい状態だったのだろう。

 何しろ、あの時は全然身体が動かず、2日以上寝込んでいるのだ。

 ひょっとしたら意識不明期間も、俺の想像以上に長かったのかもしれない。


「……もう俺は一生、〈ゴーレム生成〉はしないぞ」

 そう固く心に誓っていると、隣のゴレがいきなりのしかかってきた。

 密着しそうなほどに間近に迫る深紅の瞳は、きらきらと輝いている。

 しなだれかかる柔らかな肢体が、強い熱気を帯びていた。

 俺の胸に押しつけられる、ゴレの華奢な肩。

 長い耳がうれしそうに、ぴくぴくと小さく動いている。

 何だお前は急に。えらいご機嫌だな。

 お前は一体何が嬉しいんだ? そんなに。

 ほんと人生楽しそうだなこいつ。

 その謎の元気と機嫌の良さを、疲れきった俺に分けてほしいくらいなのだが。

 すり寄ってくるゴレをなでながら、俺は昔飼っていたアホ犬のことを思い出していた。

 そういえば、あいつも俺が元気だろうが元気がなかろうが、おかまいなしにテンション高くのしかかってきていた。

 ゴーレムは、本当に犬なのだなぁ……。


 ゴレにのしかかられた俺は、何気なくそのまま後ろに体重をかけた。

 その途端、背もたれ代わりにしていた地竜の肋骨の一部が、圧力に耐えかねたかのように崩壊した。

 砂のようにバラバラになる、大きな骨の根元。

 うおっ!? やっぱこの骨、スカスカだったんじゃねえか!

 背中の支えを失った俺はバランスを崩して、そのまま仰向けに転倒する。

 だが、のしかかってきていたはずのゴレが、すさまじい体さばきで俺の背後に回り込み、身を挺して俺の地面への衝突を防いだ。

 ゴレよ、お前は俺のエアバッグだったのか……!?

「助かったよ。ありがとう、ゴレ」

 お礼を言いつつ起き上がろうとしたとき、何かがコツンと右手に当たった。


 茶色い卵だ。


 いや、違うか。形は卵に似ているが、よく見れば石っぽい感じがする。

 鶏の卵よりは大きいが、ダチョウの卵よりは小さい。

 中途半端なサイズだ。

 何だか不思議な存在感がある。

 でも、魔導核とは全然違うな……。

 あれはもっとゴツゴツしているし、結晶体だった。

 そもそも、古代地竜の魔導核は先ほどすでに、スペリア先生が回収していったはずだ。


 一体なんだろう、これは?

 流石に古代地竜の卵ってことはないだろう。

 卵というよりは、石っぽい気がするし、だいたいサイズが違う。

 あの超弩級巨大生物の卵なら、確実に俺よりでかいだろう。

 それに、母体の骨格がこんなぼろぼろの今にも崩れ去りそうな状態なのに、同じカルシウム成分で構成されているはずの卵殻が、こんなつるつるぴかぴかな保存状態で残っているだと? ふふん、ありえんな。

 ――すでにお気づきだろう。現実離れした古代地竜の脅威が去ったことにより、俺は常識人としての正常な感覚を取り戻しつつあった。

 とはいえ、死骸の体内に存在するこのような丸い石とは……。

 このとき俺は気づいた。

 胃石だ。

 動物の一部は、胃の中に石を持っている。その石で餌をすり潰して、消化を補助するのだ。要するに、歯の代わりみたいなもんだな。

 そうだ、これは胃石に違いない。

 たしか竜脚下目などの非常に体の大きい草食恐竜は、体内に胃石を持っていたはずだ。

 古代地竜は見た角の印象とかが、なんとなくトリケラトプスっぽかった。

 そもそも恐竜という言葉の定義自体が、学問上わりとゆるかったはず。


 ――つまり、古代地竜とは恐竜だったのだ! しかも、草食性の!


 マジか。あいつ恐竜だったのか。

 それにしても、魔王のくせに、でかいとはいえ草食性の恐竜やモンキーどもにあっさり殺されそうになるとは……。

 薄々思っていたのだが、魔導王とは、実はただのザコなのではないか??



「……とは言え、これ、なんだか高く売れそうだよな」


 俺はその石を、黒い肩掛け鞄の中に無造作に放り込んだ。

 古代地竜の胃石は高く売れそうな気がする。

 

 そう。クジラの胆石とかも、馬鹿みたいな高値で売れるしな。



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