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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第2章 不死身の地竜
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第22話 さよならの教科書


 ゴレの右腕は、あっさりくっついた。

 拍子抜けするほどに。

 なんとか治せないものかと思って腕の断面同士をくっつけてみると、その瞬間からじわじわと接合が始まり、おおよそ2分くらいで傷口は修復した。


「ゴレ、身体の感じはどうだ? ……動きそうか?」

 答えるように、ゴレが小さく手をにぎにぎした。

 動きのぎこちなさが随分と消えている。ひどかった身体のこわばりは、ほぼ抜けてきているようだ。

 この調子なら、じきに動き回れるようになるだろう。

 よかった。

 俺はほっと胸をなでおろした。

 万が一後遺症が残っても、俺が介護してやればいいだけの話だ。

 しかし恐ろしいな、古代地竜の石弾は。

 そもそもゴレが機能不全に陥った原理自体、無知で無学な俺にはわからない。だが、頑丈なゴレですらこの有り様なのだ。もし生身の俺が石弾に直接触れていたら、一体どうなっていたのだろうか……。

 まぁ、触れる前におそらく風圧だけで挽き肉になるが。


「ゴレ、しばらくここで、おりこうに待っててくれ。俺ちょっとスペリアのおっさんの様子見てくるから」

 おっさん、さっき崖にいるのを見たとき、さらにボロボロになってた気がするんだよ。

 今もあの場にへたり込んでるみたいだし、ちょっと心配だわ。

 おっさんも、もういい歳だろうし。


 一人で崖に向けて歩き出したとき、背後で、どさりと大きな音がした。

 振り向くと、俺についてこようとしたゴレが、よろめいて転倒していた。

 …………。

 わかったよ。

 お前が歩けるようになるまで、ここで待っていればいいんだな。


「よっこらせ、っと」

 俺はゴレの隣に腰を下ろし、改めて周囲の破壊されつくした大地を見渡した。

 酷いものだ。

 古代地竜が倒れた直後から、土の瘴気は徐々に薄れつつある。

 しかし、破壊された地面が元に戻るわけもない。

 ゴレが地面に置きっぱなしにしていた背負い籠も、当然、跡形もなく吹き飛んでしまった。

 ふたりで協力して一生けんめい作った物だったのに……。

 中に入っていた衣類も食料も、そして俺のバイブル『魔術入門』も、皆死亡してしまった。とても悲しい。

 ああ、魔術入門……。俺とエメアリゥ先生の学習の軌跡が……。え、ザイレーン? 誰だそれは。

 ともあれ、貴重品が入っている俺の手元の雑嚢が無事なことだけは、不幸中の幸いと言えるだろう。そもそも、あの化け物と戦って生きているだけで儲け物という話なのだ。


「しかし、食料もほとんどなしでは、急に先行きが厳しくなったな……」

 俺は、特に考えもなしに事実を呟いた。

 迂闊だった。

 隣に座るゴレが、途端に小さくなってうつむいてしまった。

 こいつ、背負い籠を放置したことに責任を感じてしまったのだ。

「!? い、いや、おい、待て、お前は悪くないぞ」

 本当にゴレは何も悪くないのだ。

 あの状況では、どう考えても仕方がなかった。

 それどころか今にして思えば、あの時こいつが背負い籠を放置したのは、俺が抱っこしたまま無理矢理岩陰に引きずり込んだせいのような気もする。

 …………。

 

 何ということだ。

 完全に俺のせいだった……。



------



 スペリアのおっさんは、やっぱり崖の上に座り込んでいた。

 崖と言っても、元々あった物ではない。あの古代地竜の馬鹿げた威力の石弾のせいで、地形が抉れて崖になってしまっただけだ。

 彼は俺達が近づいてくるのを見ると、片手を上げ、力ない笑顔を作っている。

 擦り傷が沢山出来てはいるが、怪我自体はたいしたことはなさそうだ。

 それにしても、その姿はまるっきり、仕事で疲れたおっさんである。

 かなりの無理をさせてしまったようだ。

「いやぁ……ははは。二人とも無事で良かったよ」

「スペリアさんのお蔭でほんと助かりましたよ……。危うく死ぬところだった」

 力なく手を振り返す俺。

 おっさんの方から見れば、俺も似たようなひどい有り様だろう。

 いや、よく見ると、元々あまり良くなかったおっさんの顔色が、もはや土気色に近い。

 脂汗もびっしょりかいている。

 俺は心配になった。

 見たところ、外傷はそう酷くないと思うのだが。

 おっさんに病院での肝臓の精密検査をすすめるべきだろうか。

「あの、スペリアさん、とても顔色が悪いのですが。大丈夫ですか……?」

「〈嵐の砲弾〉なんて使ってしまったからねぇ。正直もう、ふらふらで失神寸前だ。でも、大丈夫。しばらくこのまま安静にしていれば問題ないと思うよ」

 やっぱ凄かったんだな、あの風魔術。

 物理的には、ゴレのフルパワーの右ストレートに質量差で押し勝つ古代地竜の石弾。しかも最後の一発はとびきりでかかったのだ。それをほんの一瞬とはいえ、数センチ押し戻していたからな、あの風魔術は。

 この人、実は結構すごい魔術師なのかもしれない。


「しっかしスペリアさん、よく無事でしたね。俺、てっきり最初の石弾で巻き込まれて吹き飛んじゃったのかと……」

 いや、本当に無事で良かった。マジでほっとした。

「あの時は高速射出系の風魔術で、ゴレタルゥとは反対方向に緊急回避したんだよ。まぁ、無茶をやったんで、着地の衝撃でご覧の有り様なわけだが」

 それですり傷だらけになって、さらに服のボロボロ度が増してしまったのか。

 まぁ、服の方は元々ひどい破れっぷりだったからな。今さら少々破れたところで、正直誤差なのだが。

 

 苦笑していたスペリアのおっさんだったが、ふとその表情に暗い影が落ちた。

「その後は、地竜がひたすらおそろしくてね。ずっと岩陰に隠れていた。本当に情けないよ」

 彼は俺の顔を見て、面目無さそうに呟いた。

「……もっと早く援護に入ってあげるべきだったのに。君には申し訳ないことをした」

 何を言ってるんだ、このおっさんは。

 アホだなぁ。

「貴方のその高速移動術があれば、俺たちが地竜の注意を引いている間に、一人で逃げることだってきっと可能だったはずだ。そうでしょう?」

 俺はそのくたびれ切った中年魔術師の瞳を正面から見据えた。

 そして、座り込んだ彼にまっすぐに右手を差し伸べた。

「……でも、貴方は助けに来てくれました。真に勇気ある尊敬すべき人です」

 俺は知っている。

 他人の為に自らの命を投げ出すことができる人間は、この世にたった二種類しか存在しない。

 それは、死を恐れない蛮勇の戦士と。

 

 そして、誇り高き文化人だけである。



「本当にありがとうございました。――スペリア“先生”」



 彼は目を見開いたまま、俺の顔をじっと見ていた。

 その瞳の奥には、様々な感情が去来しているように思われた。

 やがて彼はすっと元の穏やかな表情に戻り、照れくさそうに頭を掻いた。

 そして、俺の差し出した右手を、しっかりと握り返す。

「まいったなぁ……。これじゃ私は、とてもネマキ君に酷いことなんて出来そうにないよ」

 そんなことは初めから知っている。

 先生は立派な文化人だからな。俺に酷いことなどしない。



------



「ふむ。〈小石生成〉でそんなことがねぇ……」

 俺は先ほどの〈小石生成〉のサイズの変化について、スペリア先生に質問した。

 この問題は、俺が暴発させずに魔術を使用する上で、かなり重要な案件だと思われたからだ。

 暴発の原因と対策が分かれば、俺も今後普通に魔術が使用可能になるかもしれないのだ。先生はおそらく腕の良い魔術師である上に学者だから、何か知っているかもしれない。

 すでに彼の顔色も、徐々に回復しつつあった。


「普通はね、生成物の大きさっていうのは、術ごとにほぼ一定なんだよ。いくら沢山の魔力を込めても、大きくなったりはしない。まぁ、流入した魔力によって、質量や強度は上がるけどね」

 マジかよ。

 そんな原則があったのか。

「うーん、そうだなぁ……。ネマキ君の場合なら、ゴレタルゥで想像するのが早いだろうね。おそらく、そのゴレタルゥは最初に素体を生成する時点で、相当に膨大な魔力をつぎ込んでいると思うんだが、別に巨大なゴーレムになったりはしていないだろう? 大きなゴーレムを作りたいなら、大きなゴーレムを作るための、別の術式を用意する必要があるってことだ」

 なるほど。自分で作っているだけにわかりやすい。

 確かにそうだ。

 初心者の俺が込めた魔力は毎回適当でバラバラだったわりに、試作ゴーレムたちも初期のゴレも、出来上がりのサイズ自体は綺麗に2メートル弱で揃っていて、ずっとほぼ一定だった。

 ちなみに、ゴレのときは白い高級そうな石柱を使っていたので、生成にかなり気合を入れていた気がする。

「まぁ、ゴレタルゥの場合は素体自体の強度よりも、むしろその後に込められた循環魔力量の膨大さの方が、おそらくはより性能上重要なのだろうがね。とは言っても、私もこのあたりについては専門ではないし……っと、話が逸れたな」

 スペリア先生は軽く咳払いをした後、ずり落ちていた眼鏡をかけ直した。

「……要するに、だ。大規模な魔術は、それに見合った高度な術式でしか生成できない。教科書通りに作ったのなら、教科書通りのサイズになる。それが魔術の基本だ」

 ではなぜあのとき、今は亡き入門書の「属性の理解」の頁を読みながら生成した小石は、あんなに巨大になってしまったのだろうか?

 

「可能性があるとすれば、入門者用の魔術陣を使用したことかもしれないね」


 あ、魔術陣。

 忘れていた。あったな、そんなものが!

 確かに属性の理解のときには、入門書に書いてあった魔術陣を使った。

「“属性の理解”は要するに、各属性の適性が有るか無いかを知るためだけの、検査のようなものだ。だから、普通の魔術とは違って、その属性の魔力変換率のわりと低い人……平たく言えば才能があまりない人にも、術を不発させずに成功してもらう必要がある。少しでもその属性の才能があることが分かれば、正確な計測はその後の個別の検査で行えばいいわけだからね」

 なるほど。そういう性質の検査だったのか。

 その甘々の検査ですら、土属性以外の才能がまったく発掘されなかった俺って、一体……。

「だから、ザイレーン師の考案した例の入門者用魔術陣には、原理的には生成される術の規模を拡張する効果も一部組み込まれている」

「なるほど、それで〈小石生成〉があんな巨大になったんですか……」

 納得しかけた俺だったが、スペリア先生はむずかしい顔で首を横に振った。

 え、違うのか?

「ありえないことだ。入門者用の魔術陣に通常期待できるのは、成功率の底上げくらいで、本来、たいして意味なんてないのさ。あくまで術の規模を0.9から評価可能な1.0まで引き上げるためのものであって、1.0を2.0に引き上げるためのものじゃあないんだから。あの魔術陣の構想自体は、緻密に計算されつくした非常に高度なものではあるけど、ご存知の通り、極度に単純化されたシンプルな簡易魔術陣だしね」

 彼はそこで一旦言葉を切った。

 そして、何かを推し量るように、じっと俺の顔を見つめる。

「……だが、規格外の魔力総量と理論上の最高値を超える属性魔力変換率を持っているような人物が、もし、仮に存在するとすればだ。そのような暴発事故が、ひょっとしたら起こるかもしれない。そうだね、これは、たとえばの話だけど――」



「――おとぎ話に出てくるような、世界を滅ぼしてしまう悪い王様とか、ね」



「……………っ!」

 言葉に詰まった。

 これは、ばれている。

 間違いなく、ばれてしまっている。

 スペリア先生は、俺のジョブが“魔導王”だということに、気付いている。

 そりゃそうだ。俺さっき、魔導とか使いまくっていたからな!

 それはもう、ビュンビュン使ってたもん。

 古代地竜のやつに全然効かないから、ムキになって発射しまくってたもん。

 おそらく完璧に見られてしまっている……。

 そもそも、彼が援護してくれたときに俺が使っていた〈NTR〉自体、おそらくは魔導の使い方の一種だろうと思われる。もはや、言い逃れは出来ない。

 まさかスペリア先生に、世界破滅等準備罪で誤認逮捕されてしまうことになろうとは……。

 仕方がない。弁護人にはゴレになってもらおう。

 無実は証明してくれないかもしれないが、確実に拘置所の檻は破壊してくれる。


 黙り込んだ俺を見て、スペリア先生は苦笑しながら続けた。

 まるで、出来の悪い生徒を諭すように。

「いいかい、ネマキ君。聡い君にあえて言う必要もないのだろうけど……。今日、古代地竜との戦いで使った技は、今後人前で使ってはいけないよ」

「わかりました、気をつけます。……ありがとうございます」

 先生は、黙って笑顔で頷いた。



「さて、物騒なおとぎ話については、ここで一旦終了だ。しばらくは魔力が回復するまで、焚き火でも囲んで休憩にしようか」

「そうですね、流石にへとへとです」

 俺が同意すると、スペリア先生は鞄の中から、木炭のような物を取り出しはじめた。準備が良い人だ。

 それにしても、あの肩掛け鞄は何でも入っているな。まるで魔法の鞄だ。


 地面に土が盛られ、中に炭が組まれた。

「……これでよし、と。後は、火をつけるだけだね」

 おっ、火おこしか。

 しかし火属性使いスペリアよ。貴方は魔力が尽きているでしょう。

 つまり、今、火魔術は使えないはずだ。

 しかも炭への点火というのは、結構大変な作業である。

 暖炉で薪に火をつけるのとは、わけがちがうのだ。

 ふふん。ここでうちの相棒の出番というわけだな。

 ゆけ、ゴレよ! 見るがいい、我が土属性最強の火おこしを!

 そして屈服せよ、魔力切れごときで使用不能になる、すべての惰弱で無能な火魔術たちよ!


「スペリア先生は魔力切れでしょう。ここはうちのゴレに火おこしを……」

「ん? 大丈夫だよ。火魔術はとても燃費が良いからね――〈発火〉」


 彼は笑顔で右手をひょいと構え、俺と会話しながら炭に火をつけた。

 焚き火が美しく燃え上がる。

「なっ……!?」

 一瞬の出来事だった。



 古代竜に勝利した魔導王は、火属性入門魔術への完全敗北に震えた。

 涙目でうつむく俺の背中を、隣に座るゴレが、おろおろと撫で続けていた。


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