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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第2章 不死身の地竜
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第20話 地竜と妃


 空中から見る古代地竜の、山のように巨大な背中。

 竜はその巨躯を揺らし、ゆっくりとこちらに振り向こうとしている。


 俺は、無理矢理思考を切り替えようとしていた。

 この世界で初めて出会った気の良いおっさんのことは、極力考えないようにしていた。

 ここで後悔に判断を鈍らせると、俺はおそらく死ぬ。

 そうだ、いつだって俺は頭の切り替えができる男だ。

 問題ない。俺は頭の切り替えが――


 ゴレはすでに落下を始めている。

 こいつは凄まじい脚力でジャンプしているだけで、別に空を飛べるわけじゃない。

 上昇しきれば、もちろん後は落ちるだけだ。


 落下中、古代地竜と一瞬目が合った。

 ぞっと鳥肌が立った。

 何の感情も窺えない、只々真っ黒な目。

 殺気すら感じない。

 こいつは俺達の存在を、おそらく羽虫程度にも思っていないのだ。



 ゴレはほとんど音もなく着地し、俺を地面にそっと降ろした。

 俺が立ちあがるのを見届けると、すっと重心を落とし――


 そのまま真っ白い矢のごとく、一気に地竜めがけて突進した。


 白い拳が唸りをあげる。ゴレの第一撃は、見事に決まった。

 今まで全ての敵を一撃で屠ってきた、必殺の右ストレートだ。

 地竜の横っ腹に直撃した瞬間、その岩盤のような鱗の外皮が、巨大なクレーターのように一瞬凹んだ。


 ――が、古代地竜は倒れない。


 ゴレはそのまま猛ラッシュを始めた。

 左右から高速で繰り出される殴打の嵐が、地竜の腹部を無茶苦茶に乱れ打つ。

 致死の威力を持つ重い一撃一撃が叩き込まれるごとに、地竜のほとんど外殻と呼ぶべき分厚い外皮が、ぼこぼこと大量のクレーターを作った。


 しかし、古代地竜はたいして揺らぎもしない。


 まて、確実に内臓が逝ったと思うんだが、今のは……。

 相手が倒れないと見るや、ゴレはそのまま敵の肩伝いに首筋まで一瞬で駆け上る。

 そこから独楽のように回転し、巨竜の太い首に、上からギロチンのごとき延髄切りを放った。

 空転するゴレのしなやかな白い脚が、鞭のように唸る。

 凄まじく重い衝撃音が響いた。

 いくら地竜の巨体でも、確実に首がへし折れているだろう轟音だ。

 その山のような体躯が一瞬数メートル沈み込むのを、俺は確かにこの目で見た。


 しかし、古代地竜は倒れなかった。

 身体のサイズだけでなく放つ存在感も馬鹿でかい、ほとんど黒に近い濃縮された土色をした竜は、揺らぎもせずにただそこに立っている。

 奴の目は相変わらず無感情で、わずかな苦痛の色すら浮んでいない。

 まるで効いてないってのか? 今の鬼みたいな攻撃が!?

 こいつが蛋白質とカルシウムで構成されている以上、あれをくらって細胞の破壊すら起きていないというのはおかしい、ありえない。

 “ゴレがいくら強くても古代竜は殺せない”、という言葉が脳裏をよぎった。

 こいつ、ひょっとして物理攻撃が効かないのか……?


 あっけにとられ、茫然と地竜を見上げる俺。

 突然、何か見えない壁にはじかれたように、ゴレが空中に放り出された。

 何だ、一体何が起こった。

 ゴレの方に地竜が顔を向ける。

 大きく開かれたその口に、土の粒子が集束していくのが見えた。

 

 直後、まるで石柱のように巨大な岩が、ゴレに向かって放たれた。


 さっき俺達の立っていた地面を消し飛ばしたのはこの技か!

 まずい。

 ゴレは今空中だ。しかも完全にバランスを崩している。

 放たれた巨岩に向け、俺はあわてて右腕をかざした。


「――〈NTR〉エヌティーアールッ!!!」


 俺は今まで幾度となく、猿に対してこの技を使っている。

 正直、俺は猿の石弾なら、同時に何十万発撃たれてもすべて弾き返せる自信があった。

 それぐらい〈NTR〉は強力な技だった。

 そして、聖堂でゴーレムを支配しようとした時とは違い、今、しっかりと技のとっかかりの感覚を感じている。つまり、この石弾に対して〈NTR〉は、間違いなく効果がある。コントロールを奪って弾き返せる。

 地竜が放った石弾は、猿のそれにくらべて確かに巨大だ。

 しかし、それでもせいぜい直径2メートル弱、奥行きも数メートル程度。

 おまけに数はたった一つ。

 質量や術の規模としては、まったく問題なく一瞬で制御下における範囲の物のはずだった。


 ――しかし、古代地竜の石弾は、止まらなかった。


 若干スピードが鈍った程度で、そのままゴレに向かって直進したのだ。

「な……!?」

 絶句する俺。

 とはいえ、ゴレの対応は早かった。

 石弾が鈍った一瞬の隙に体勢を立て直し、地面を蹴って迫りくる石弾に向かい右腕を振りかぶる。

 ゴレの必殺右ストレートと、古代地竜の吐いた巨岩が、正面から激突した。

 巨大な力同士のぶつかり合いで、周囲に衝撃波が発生する。

 叩きつけられる強烈な風圧に、俺は思わず顔をしかめた。


 石弾は地面を滅茶苦茶に抉りながら、拳を突き出したゴレを後方へ押し戻す。

 ゴレと石弾が通過した跡は土砂と瘴気が大量にまき散らされ、破壊された地表には一筋の溝が形成されていった。

 あのゴレが、パワー負けしている。

 おそらく質量が違いすぎるのだ。

 だがこの時、徐々に地竜の石弾に中心から亀裂が入り始めた。

 亀裂は巨石全体を覆い尽くし――

 直後、はじけるように石弾は砕け散った。

 破砕の衝撃に巻き込まれたゴレも、数メートル後方に押し飛ばされた。

 だが、無事だ。彼女はしっかりと大地を踏みしめて立っている。


「よかった……。何とかしのいだか……!」

 思わず安堵の溜息を吐く俺。

 だが、そのとき、異変に気付いた。

 ゴレの右腕の付け根に、横に一本亀裂が入り始めている。

 やがてその亀裂は、ゴレの細い右腕を一周し……。


 ――彼女の腕が根元から折れ、ごとりと地面に落ちた。


 ゴレはそのままよろよろとバランスを崩し、仰向けに転倒した。

 必死に立ち上がろうとしているようだが、身体がこわばって動いていない。

 どうしたゴレ。

 俺は血の気が引いた。

 もつれる足で全力ダッシュし、慌てて側まで駆け寄った。

 地面に膝をつき、横たわるゴレの身体を抱き起こす。

 ゴレの体表に、土の瘴気の残滓のような物が纏わりついているような、そんな妙な違和感がした。

 まさか、あいつの魔力だか瘴気だかにあてられちまったのか?

 この状態で地竜の第二射がくれば間違いなく俺は巻き込まれて死ぬのだが、そんなことは言っていられない。放っておいたら、うちのゴレが死んでしまう。

 幸いにして地竜は沈黙している。

 そういえばこいつは、俺達が上空から無防備に落下している最中も追撃してこなかった。

 あの石弾、ひょっとして連射はできないのか……?

 ともあれ、俺は急いでゴレの肩を抱き寄せた。

 顔がわずかに動き、赤い瞳が俺を見つめる。

 良かった、意識は無事なようだ。

 いつもなら俺が触れた部分を、執拗なほどに柔らかくしたり温かくしたりしてくるこいつなのに、今その身体は本物の彫刻のように、固く冷たくなっていた。

 やばいぞ。俺はゴーレムの応急処置の講習など受けていない。


 俺が途方に暮れたとき、ついに地竜の口元に、再び土の粒子が集束し始めた。

 第二射が来る。

 動けないゴレをこのままにして攻撃を回避するなんて選択肢は最初から無い。

 この場に踏みとどまって、俺が防ぐしかない。

 俺は左腕にゴレを抱き寄せ、右腕を地竜にかざした。


「くそっ! ――〈NTR〉ッ!!!」


 迫りくる巨岩の先端が、ほんのわずかに黒く変色したのが見えた。

 頼む、効いてくれ。

 曲がれ!

 ほんのわずかに……ほんのわずかだが、しかし、確かに軌道が逸れた。

 ものすごい風圧と轟音が俺達の横を突き抜けていく。


 風圧が通り抜けた右側を見れば、地面はめちゃくちゃに破壊されている。

 そこには、瘴気をまき散らす真っ黒で巨大な溝が出来ていた。

「た、助かったのか……」

 だが、なぜ……?

 俺の頭は再び急速に回転を始めていた。

 なぜ今回は軌道を逸らせたんだ?

 軌道が逸れる直前には、石弾の半分くらいを変色できていたように見えた。

 ほとんど〈NTR〉が効いていなかった、最初の一発目との違いは何だ?


 思えば、初弾に対して〈NTR〉を発動したのは、ゴレに命中する直前だった。

 しかし、予測していた二射目に対しては、地竜による石弾の生成とほぼ同時に〈NTR〉を発動している。

 ――時間だ。

 おそらく、時間が足りていない。

 魔力なのか瘴気なのかは知らんが、地竜の石弾が帯びている信じられないほどに濃密で膨大なあの力のせいで、いつもは一瞬で完了する支配のための時間が大量に必要になっているのだ。

 だが、これ以上早いタイミングで発動することなんて、できないぞ……。

 ということは、弾道を逸らすのが限界か。


 完全な制御下に置けない以上、〈NTR〉を使っての反撃はできない。

 おまけに、この地竜の石弾に干渉するのは、馬鹿みたいに膨大な魔力を食う。

 そう何十発も弾くことなど、到底不可能に感じる。

 防戦を続けても、やがて俺がガス欠を起こせば、その瞬間に負けが確定する。

 かといって、俺の足で動けないゴレを抱えて逃げ切れるわけがない。

 抱える……か。そういえばゴレって体重どのくらいなんだ?

 こいつ普段はおそるべき体さばきで、接触している俺に体重なんて一切意識させないからな。

 いや、むしろ普段ゴレから感じる過剰なほどの軽さの中には、なぜだか、まるで意中の殿方の前で体重を詐称する、恥じらう乙女のごとき匂いすらすることがある。

 今抱き寄せていてそこそこずっしりとした重みは感じているのだが、こんなこと自体が初めての経験だ。

 いずれにせよ、こいつが怪我をしている以上、連れて逃げるのは不可能だ。

 俺の性格上、こいつを置いて逃げるなんてことは、もっと不可能だ。

 ……こうなったら無駄でも何でも、地竜の石弾発射の間隙を突いて、俺から奴に攻撃を加えることで何とか活路を見出すしかない。


 俺は『魔術入門Ⅳ』で読んだいくつかの入門魔術を思い出していた。

 暴発を恐れて今まで実際に使ったことは無かったが、この危機的状況になってまで安全性のために使用を躊躇するのはただのアホだ。

 それに、俺は“魔導”が使えるはずなのだ。

 生成しっぱなしの普通の土属性“魔術”とは一味違う。

 びゅんびゅんラジコンみたいに飛ばせるはず。猿どものごとく。

 俺は意を決した。

 足元の地面に生成の座標を定め、意識を集中。詠唱を開始する。


「――〈土の大槍〉」


 地表に土の粒子が集束していく。

 棒状にまとわりつくように粒子たちが形をなしていき、長さ2メートルほどの土色をしたごつい槍が生成された。

 よし。出来た。

 成功だ。教科書通りだ。

 すごい。俺にも出来たぞ。

 入門書には斧や槌を生成する魔術もあったけど、俺の場合飛ばすのを前提にするから、投擲武器の槍がベストチョイスのはず。石弾と同じ要領で飛ばすなら、おそらく形状的に最も貫通力が出る武器でもある。


 ……問題は、ここからだよな。

 魔導って、基本的にどうやって使うんだ?

 おそらく原理的には、普段使っている〈NTR〉とそう大差ないはずである。敵の魔術を操作するのか、自分で生成した魔術を操作するのかという、対象の違いこそあるが。

 それにあの猿どもが普通に使っているのだ。

 猿にできて万物の霊長たる俺にできないはずが無い。

 俺はあの猿には絶対負けられない。

 とりあえず、〈NTR〉と同じ要領で、槍に丁寧にお願いしてみることにした。

 ――槍さん、あの大きな蜥蜴を倒したいんだが、是非協力してもらえないだろうか……。


 直後、槍がみるみる真っ黒に変色しはじめた。

 禍々しい漆黒に染まった槍が、すうっと空中に浮遊する。

 その威容、まさに、魔王の地獄の槍。


 おお、やった!

 見たか猿ども! ついに俺はお前らに並んだぞ!

 というか、自分で生成した魔術を操作する場合は、〈NTR〉のときみたいに号令をかけなくても動いてくれるんだな。

 試しに軽く動かしてみる。

 槍は俺の手元に浮いたまま、くるくると見事に回転した。

 うん、しっくりくる。良い感じだ。

 俺は地竜の額に槍の狙いを定めた。


「槍よ、貫け!!!」


 ミサイルのように〈土の大槍〉がぶっ飛んだ。

 地竜の額めがけて一直線に突っ込んでいく。

 音速の槍の一撃は、そのまま竜の眉間をぶち抜くかに見えた。



 ――が、槍は地竜の額に到達する直前に、謎のバリアーに受け止められた。



 はあ!? 何だそりゃ!? 

 俺は事前に説明を受けてないぞ、こんなものは!


 穿とうとする大槍と、立ち塞がる見えない障壁。

 大槍は猛烈な勢いでギュルギュルとドリルのように回転し続け、一方の障壁も揺るぎもせずに押し戻し続ける。両者は激しいせめぎあいを始めた。

 そこで気付いた。

 もしやこいつか。最初にゴレを空中に吹き飛ばした、見えない壁の正体は。

 

 熾烈なつばぜり合いを演じる、黒い大槍と透明の障壁。

 ……だが、やがて力尽きた俺の槍が、黒い粒子になって崩壊した。

 

 そ、そんな、槍さん。

 俺の初の通常必殺技が……。デビュー戦でこんな簡単に敗れるとは……。



 巨大な地竜は、悠然とそこに立っている。

 その瞳に、感情の色はない。

 喪服のような黒い瞳を見つめたまま、俺は茫然とした。

 

 ゴレの最強物理攻撃は無効。

 虎の子の〈NTR〉は、ほとんどシカトして物量で押し切ってくる。

 そして、せっかく覚醒した魔導攻撃は、なんと謎バリアーであっさり無効。

 土属性の魔導は質量を伴っているから、本来魔術的な防御に対して強いという話だったのに、さも当たり前のように弾きやがった。



 こいつ、完全に反則(チート)じゃねえか……。


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