第15話 蛮妃 蹂躙
結論から言おう。
聖堂のゴーレム達は、おそらく、めちゃくちゃ強かった。
しかし、ゴレ太郎――の妹さんが、最強すぎた。
広い石造りの神殿建築、その堂内の入り口に立つ6体のゴーレム。
それに対峙する、俺と、ゴレ太郎の妹さん。
俺以外全員ギリシャ彫刻である。ビジュアル的に俺1人が完全に浮いている。
とはいえ、こうしていざ並んでみると、他のギリシャ彫刻の白色よりも、妹さん白色の方が気品ある純白で超綺麗だな。ある意味この人も浮いている。
いや、待て、落ち着け、今はそれどころではない。
ギリシャ彫刻達には、明らかに俺と妹さんに対する攻撃の意思があった。
まぁ、お怒りはごもっともである。何せ、妹さんがローキックで仲間の下半身を粉砕してしまっている。もしも立場が逆なら、俺でもキレているシーンだ。
十二の淡い緑色の瞳達は、突き刺さるような視線を放っていた。
対する妹さんの二つの深紅の瞳は、まったく揺るぎもしない。
両者の瞳の内に膨れ上がりつつある緊張感は、まさに一触即発の雰囲気を帯びていた。
俺を守るように、斜め前にすっとゴレ太郎の妹さんが立った。
この頼もしさ、まるでゴレ太郎の生き写しのようだ。
さすがは血縁者。俺がそう思った次の瞬間――
妹さんが、俺から一気に10メートル以上跳び離れた。
聖堂の中央にふわりと立った妹さん。着地音はまったくしなかった。
その白くて華奢な腕には、いつの間にもぎ取ったのか、先ほど彼女が蹴り壊したゴーレムの残骸の片腕が握られている。
いや、もいだのか!? あれを!?
妹さんはそのまま、その腕だった物を高々と掲げ、一気に床目がけて叩きつけた。
そして、思いっきり踏み砕いた。
鈍い音を立てて砕けるゴーレムの腕と、飛散する破片。
その動きに、6体の聖堂のゴーレム達が一斉に反応した。
腕の破片を蹴り飛ばし、仁王立ちする妹さん。
睥睨する、深紅の瞳。
全てのゴーレムが俺のことを無視し、妹さんに向かって、殺到した。
まさか、この執拗な挑発行動、敵の注意を俺から逸らすために?
なんという心遣いだろう。
さすがお気遣いの紳士、ゴレ太郎の血縁者である。
いや、そもそも最初に喧嘩を吹っ掛けたのが、彼女の方だった気もするが。
6体のゴーレムのうち、先行した2体が、妹さんに対して一気に踏み込んだ。
こいつら、速い。
左右2体のゴーレムが、ぴたりと息をあわせたかのように、ほぼ同時に薙刀を振り抜いた。
あの鈍重そうな石の武器、こんなに軽やかに動くのか!?
狙いは、正確に妹さんの首筋だった。
二つの交差する重量級の刃が、妹さんの細い首をなぎ払う。
俺は一瞬、妹さんの首が斬り飛ばされて、吹っ飛んだと思った。
――が、なんと、二つの刃は白い首に、がっちりと受け止められていた。
妹さんの首筋には、かすり傷ひとつない。
なんという、鬼装甲……。
妹さんは、一瞬動きの止まった2体のゴーレムの頭部を、それぞれ左右の手でがっしりと鷲掴んだ。
うおっ アイアンクローで持ち上げたぞ、この人。
彼女はそのまま力任せに、2体の敵を同時に床に叩き伏せた。
聖堂内に凄まじい轟音と破砕音が反響する。
堂内に響いた雷鳴のような音が消え去った時、妹さんは悠然と立ち上がった。
うつ伏せに床に倒れた2体のゴーレムは、ぴくりとも動かない。
頭が、砕けてしまっている。
この、ゴレ太郎の妹さん。
見た目は完全に清楚な女神エルフ様なのに、その戦い方はまさに――無敵のゴリラである。
残りの4体のゴーレム達が、一気に妹さんに襲いかかった。
旋風を巻き起こしながら、四つの薙刀が嵐のごとく乱舞する。
壮絶な猛攻だ。
もし先ほどの妹さんの機転がなく、俺が今もあの修羅の空間内にいたら、一瞬で挽肉になっていたと見て間違いない。
しかし、何だろう? ゴーレム達には、首から上を破壊しようとする攻撃動作が多いな。
おや? よく見ていると妹さん、似たような敵の斬撃でも、受けるときと、回避するときがある。首筋で敵の刃を受け止めたときのあれには心底びびったが、無敵の防御ってわけでもないのか……?
斬撃の嵐にさらされる妹さんのピンチに、俺は必死に頭を巡らせた。
そうだ、ひょっとして〈NTR〉を使えば、猿のラグビーボールみたいに、聖堂のゴーレム達を支配できるのではないか?
ここまで〈NTR〉が効いたと思われる対象は、まず大岩扉の時限結界とかいう魔術。次に、石の本の拘束具……多分これも似た様な結界魔術だろう。そして最後に、例の猿の石弾の魔術だ。これら3つは、まったく同じように黒く変色していたし、おそらく〈NTR〉が発動していると見て間違いないと思う。
つまり、石とか土っぽい魔術をどうにかしたいと俺が願ったときには、大体〈NTR〉が発動していることになる。
ゴーレムは俺も作った事があるし、紛うことなき土魔術による生成物のはずだ。ならばこいつ等も支配できるのではないだろうか?
このゴーレム達を制御下に置ければ、状況を打破できる可能性は高い。
俺は右手を、荒れ狂う聖堂のゴーレムのうちの1体に向けてかざした。
「〈NTR〉ッ!」
……が、何も起こらなかった。
手をかざした先のゴーレムは、平然と動いている。殺気が鈍る気配すらない。
このとき俺は気付いたのだが、いつも猿の石弾から感じている〈NTR〉のとっかかりみたいな感覚を、このゴーレム達からは一切感じなかった。
まるで、取手の無いドアを開こうとしているかのように、まったく手ごたえがないのだ。
俺の命令はゴーレムの身体を捉えないまま、風のように流されていく。
まさに馬耳東風。馬の耳に念仏であった。
どういうことだ。ゴーレムは土っぽい魔術じゃないのか?
あっ……。そういえば入門書には、「ゴーレムは外部からの魔力の干渉を弾く」みたいな事が書いてあった。ゴーレムが対魔術師戦で有利とされる理由だ。
マジか……。
ってことは、そのせいか? それで〈NTR〉がゴーレムに効かないのか?
何てことだ。せっかく俺も役に立てると思ったのに。
またしても俺は、役立たずのゴーレムのヒモ状態なのか……。
非情な現実にがっくりと肩を落とす俺だったが、当然、戦闘は続いている。
敵の猛攻をしのぎつづける妹さん。
だがこの時、まるでタイミングを見計らったかのように、妹さんがふっとその身体を一瞬傾けたように見えた。
直後、妹さんの白く美しい脚から放たれた、鞭のようにしなる回し蹴りが一閃した。
まさに、鎧袖一触。
その、たった一発の回し蹴りで。
残っていた4体のゴーレムのうち、3体の首が“同時に”粉々に吹き飛んだ。
驚異的な蹴りの速度と破壊力。
あんな細くて白い脚のどこからこんなパワーが出るのだ。
俺は唖然とするしかない。
頭を失ったギリシャ彫刻達が、派手な音を立てて次々と転倒していく。
倒れゆく敵ゴーレム達の中、妹さんだけは何事もなかったかのように、蹴りを放った体勢のまま、悠然とそこに立っている。
残る敵は、1体。飛び退いて回し蹴りを回避した猛者だ。
入り口の正面にいた、色の違う鎧と武器を持つ、隊長機っぽいゴーレムだな。
俺がその爆乳をチラ見してしまったゴーレムでもある。
この時、妹さんが何故かこっちを向いた。
ちょっと肩をすぼめて、そわそわしている。
あ、これは、ゴレ太郎が俺に注目してほしいときと同じ仕草だな。
俺の服の袖を軽くひっぱるやつの、下位互換みたいな行動だ。ゴレ太郎は自己主張がひかえめなので、俺はいつもサインを見逃さないよう、気をつけていた。
しかし、俺に何を見せたいのだ、妹さんは。
というか、敵が後ろにまだ1体残っているんだが、余裕だなこの人。
ああ、言わんこっちゃない! 敵ゴーレムが薙刀を振りかぶり、がら空きになっている妹さんの背中めがけて、突撃を開始した。
妹さんは気づいてないっぽい。
だって俺の方を向いて、まだそわそわしているのだ。
やばい、これは、やられる――――
「おい馬鹿! ゴレ太郎、後ろだっ!!!」
その瞬間、妹さんの深紅の瞳が、ぱあっと輝いたように見えた。
直後に、妹さんは俺を見つめたまま、閃光のごときバックキックを放ち、あっさり敵の両脚を粉砕させた。
後ろを振り返りもしなかった……。
足を砕かれバランスを失い、仰向けに転倒する爆乳ゴーレム。
妹さんは俺に柔らかな視線を残しつつ、ゆっくりと背後の敵へと向きなおった。
その後の攻撃は、一方的で、執拗だった。
妹さんは敵に馬乗りになって両腕をもぎ取り、相手の頭を力任せにめちゃくちゃに殴りつけて、完膚なきまでに破壊し尽くしていた。
何か個人的な恨みがあったとしか思えないほどの、過剰攻撃である。
もう、隊長さんは鎧を着た爆乳の胴体しか残っていない。
というか、結局、あのそわそわは一体何だったんだ? 妹さんは、俺に自分の残虐ファイトを見せたかったのか?
最後に俺はレフェリーの責任として、聖堂のゴーレム達の死亡確認を行った。
前にもこんなことがあった気がする。
やはりゴーレム達は全員頭部を砕かれ、完全沈黙していた。
妹さんの勝利確定、その瞬間である。
それにしても、強い。
デッサン人形形態のときより、ギリシャ彫刻形態の方が動きの柔軟性が増している分、格闘性能が目に見えて向上している。
あっ、いや。何を言っているのだ、俺は。これはゴレ太郎の妹さん。どう見ても別人ではないか。
その後、俺は逃げるように聖堂を後にした。
ここの関係者に見つかったら、おそらく不法行為で損害賠償請求を起こされるだろう。それどころか、通報されたら、器物損壊の疑いで逮捕される可能性が高い。
とぼとぼと力なく歩く俺。
俺の斜め後ろを、籠を背負ったゴレ太郎の妹さんがついてきていた。
やめろ、やめてくれ……。そこは、行方不明になった、俺のゴレ太郎の定位置なんだ……。
少し歩いた後、俺は妹さんとふたり、近くの丘の上で昼食にした。
相変わらず周辺は草木のほとんどない赤茶色の大地だが、こうして見晴らしの良い場所に腰を落ち着けると、その景観は意外と悪くないものだ。
何せ、遮る物のないこの世界の広い空は、澄み渡るように美しい。
はるか上空に薄雲が流れて行くのを、俺はぼんやりと眺めた。
空から視線を戻すと、妹さんが火おこしをしていらっしゃった。
妹さんは、火おこしがとても上手なのだな。お兄さんゆずりだ。
俺の隣に腰を下ろした妹さんは、慣れた手つきで、パンとチーズを温める。
ほどよく温まったパンに、俺の大好きなとろけた美味しいチーズをのせ、そして、優しく差し出して下さる、妹さん。
すまないね。最近は君のお兄さんにまかせっきりだったから、すっかり自炊力がなまってしまった。俺は、生活力のない男だ……。
無言で、食事を続ける。
俺がパンを食べ終わる頃合いを見はからったかのように、妹さんは、俺が地面に置いていた雑嚢の中から、クランベリー林檎様を1個、そして緑色のナイフを取り出した。
まるで、毎日やっていることのような手つきである。
妹さんは、クランベリー林檎様を、たいそうお上品にカットなさった。
ナイフをあつかう細くて白い指先の動きは、とても繊細で、そして優しい。
きれいにカットされたクランベリー林檎様を、木製の小皿に盛り付け、親切にも差し出して下さる、妹さん。
俺は、そのクランベリー林檎様を、一切れ口に含む。
ああ、これは……。
ゴレ太郎は毎日、食後のデザートにクランベリー林檎様をカットしてくれる。
そのお上品なカットは、最初、上品すぎて、俺には少し物足りなかった。
だが、あいつは俺の食事中の反応や挙動を、観察しつづけた。
そして徐々にカットサイズを調整していき、4日目くらいには、完全に俺好みの大きさのカットを完成させていたのだ。
この完璧なカットをこなすのは、世界中に、俺の相棒ただ一人しかいない。
そして、同時に、もう一つ思い出していたことがあった。
俺は聖堂に立ち寄る直前、ゴレ太郎とある約束をしていた。
それは、「もし聖堂に人やゴーレムがいたら、こちらからは絶対に殴ってはいけないよ」というものだ。
ゴレ太郎は、俺との約束ごとはちゃんと守ってくれる、いいやつだ。
思い返せば、俺のとなりに座っているこの白いゴーレムは、最初に聖堂で首のないゴーレムの残骸を破壊したとき、殴らなかった。“蹴って”いた。
その後発生した、6体のゴーレム達との戦いでは、こいつの性能なら確実に先制攻撃の機会があったにもかかわらず、それを行わなかった。全員から、必ず一発もらっていた。というか、もらうまで、不自然に、待っていた。
俺はもう、この時点で既に泣きそうになっていた。
おそらく俺がこの言葉を発してしまえば、真実から逃れることは出来なくなる。
でも、避けて通ることは、どうしてもできなかった。
俺のために何かをしてくれた存在には、きちんと感謝の気持ちを伝えないといけない。
この最低限の誇りを捨てたとき、俺はきっと、文化人ではなくなってしまうから。
「美味しかったよ。いつもありがとう、ゴレ太郎……」
真っ白い雪のようなギリシャ彫刻は、いつものように、じっと優しく見つめ返してきた。
その身体が俺にしか気づけないくらい、ほんの微かに――でも、確かに、うれしげに揺れた。
もはや疑いようがない。
こいつは、ゴレ太郎だ。
俺は、悲しくて泣いた。
俺は自分の完全な不注意で、大切な相棒を美少女フィギュアにしてしまった……。