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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第1章 野蛮なる王妃
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第13話 夜空とプロポーズ

 

 勝ち誇った表情の猿達が、両手を天にかざしている。

 上空には、ラグビーボール大の茶色い石弾が生成されていた。


 まぁ、見ていてくれ。

 まずこのタイミングで、対象の方、つまり敵の魔術に向かって、右腕をかざす。

 正確に言えば、手をかざす必要は必ずしもないのだが、こうした方が意識を集中しやすいので、技の精度がやや上がる気がする。

 そして敵の魔術に向かって、心の中で、軽くお願いする。


 ――そんな猿どもよりも、俺のお願い事を聞いてくれないか? と。


 おそらく、適当に命令形で指示しても大丈夫だと思うのだが、俺には文化人として最低限の譲れない誇りがあった。だから礼節をもって、相手に心からお願いすることにしていた。

 さて最後に、号令だ。

 この号令が、発動のトリガーになる。

 これがおそらく魔術の“詠唱”に該当する行為なのではないかと思う。

 号令の言葉自体は、別に何でもいい。

 例えば、いつぞやのように〈開けゴマ〉でもいいし、〈ちちんぷいぷい〉でもいいのだ。

 今回は何にしようか、ええと……。


「〈食らえ、モンキーども〉っ!!!」


 土色だった石弾達が、みるみるどす黒く変色していく。

 この変色をもって、支配完了だ。敵の魔術の制御権は、既に俺の手に移っている。

 ……しかし、いつまでも適当な号令なのは良くないな。

 何といっても、俺の唯一の必殺技だ。近いうちに、かっこいい技名を考えたい。


「ふははは! 野蛮なモンキーどもめ! 真の霊長類最強の力を思い知れ!」


 真っ黒のラグビーボールたちがビュンビュンと飛び回り、猿を追い回す。

 猿たちは、恐怖に絶叫しながら逃げまどい、散り散りになって崖の向こうに消えていった。

 ざまあ見やがれ。

 あ、一匹崖から落ちた。


 大量の猿の群れに包囲され、飽和攻撃を食らいそうになったあの一戦から、半日が経過しようとしていた。

 何度か猿の群れとやりあった結果、俺は既に、この技を完全にモノにしていた。

 すごいぞこれ。一度敵の魔術のコントロールを奪ってしまえば、後はやりたい放題だ。

 敵の魔術が、まるで手足みたいに操作できる。

 以前、大岩扉を黒く変色させてこじ開けたり、石の本の拘束具を黒く変色させて爆発させたのも、おそらく犯人はこの技なのだろう。

 ただ、当然この技は相手が魔術を使ってくるのを待たないと発動できないので、戦闘では完全に専守防衛的な能力になってしまうのが難点だが。

 おまけに、術を使わず殴りかかってくる武闘派の猿の前には、無力である。

 相変わらずうちのチームには、ゴレ太郎のパンチと蹴りしか通常攻撃手段はない。


 それにしても、魔術のコントロールを奪った時点で、魔獣というのは完全に戦意を喪失するようだ。

 自らが放った石弾が変色し始めたのを見るときの、猿の表情の変化は、凄い。悲壮という一言に尽きる。

 自分が一番信頼していた物を一気に失ってしまったような、絶望の表情をする。

 ああいうのを、何と表現すべきだろうか。うーん。

 そうだ。あの顔はまるで、長年連れ添った奥さんを、配管修理の人に寝取られたみたいな――


「……よし、決めたぞ」

 俺はゴレ太郎の方を振り向いた。

 そして、満面の笑顔で告げた。



「この必殺技の名前は、〈NTR〉(エヌティーアール)だ!」



 どうだい、ゴレ……うわっ、顔近っ!?

 う、うん。なんだかゴレ太郎も、俺のネーミングセンスを褒めてくれているような気がするな。

 まぁ、こいつは良い奴なので、仮に俺のネーミングセンスが壊滅的になっている別の平行世界が存在したとしても、俺のことを見捨てたりはしないと思う。


 そんなこんなで、初の必殺技である〈NTR〉を習得した俺なのだが、実際のところ、この技を使った猿との戦闘は、最初のあの一戦が最大規模だった。

 その後の戦闘は、すべて散発的。先ほど俺が追い払った群れも、20頭そこそこだ。

 ゴレ太郎は猿による完全包囲をすごく警戒しているようで、猿を見つけ次第、即排除して回っているのだ。

 岩陰に隠れていようが、崖裏の完全な死角にいようが、即見つけて叩き潰す。

 すごい。まるで、台所の害虫を見つけた主婦のような容赦の無さである。

 実を言うとゴレ太郎のやつ、俺が〈NTR〉を使っている時あまりに楽しそうにするものだから、問題なさそうな頭数の群れだけ、たまにわざと索敵網を素通りさせているような節すらある。

 お前はどんだけお気遣いの紳士なのだ、ゴレ太郎よ……。


 しかし、これだけすごい感知能力があるのに、なぜあのとき、こいつは猿の包囲を許してしまったのだろうか。

 単体での戦闘力が違いすぎるから、油断していたのだろうか。


 ……いや。むしろゴレ太郎は当初、猿を敵として認識していなかったのか?


 そう考えると俺自身、遠目に猿を見ながら、ゴレ太郎に対して、呑気に地球のお猿さんについて解説していた気がする。

 まさか、あの危機感の無さが原因か。すべて俺のせいだったというのか。


 しかし、だとすれば、どのあたりから敵として認識したのだろう。

 この世界の魔獣が猿だけとは思えないし、おそらく今後も様々な危険は起こる。ゴレ太郎の危機意識のあり方を把握しておくのは、今後の安全を考える上で、わりと重要な気がする。

 何より、今回戦端を開いたのは、ゴレ太郎の方からだったような気がするのだ。

 あのとき、一体どんな状況だったか。

 考え込んだ俺は、ふとある事を思い出した。


 そうだ。たしか最初の攻撃の直前、俺が猿のことを「かわいい」とほめて――


 突如、轟音が響いた。

 ゴレ太郎が蹴り飛ばした岩陰の大猿が、崖にめり込んで、絶命していた。


 ええっと、何の話だったか。

 そうだ、大猿の話だったな。気になっていた事があるのだ。

 街道を西に進むにつれて、猿のサイズが微妙に大きくなっている気がする。

 最初の群れは、ニホンザルくらいの大きさだった。

 だが今は個体の平均サイズが、あの群れのボス猿くらいになっている。

 それでも、まぁ、猿とゴレ太郎の間には、蟻と象並の戦闘力差があるのだが。


 街道に溢れる魔獣たち。

 そして、半日以上歩いて、いまだ一人の人間ともすれ違っていないという事実。

 俺は仄かな不安を抱きつつ、日が傾きつつある道を、西へと進んだ。



------



 夜空の下。俺はまだ眠っていなかった。

 一度は寝たが、目が覚めたのだ。

 

 「さ、寒い……」

 身を切るような寒さに、俺はがちがちと震えながら呟いた。

 月明かりに照らされる吐息は真っ白だ。

 夜間になるとここまで気温が下がるのか。これは、完全に内陸性の気候だ。

 あの盆地の中は一体何だったんだ。

 これではまるで、あそこだけ別世界ではないか。

 ここまで酷いとなると、思い当たるのはリュベウ・ザイレーンの遺していた記述しかない。

 奴はたしか、盆地内は地形だけでなく結界で外界と隔離されている、的なことを書いていたような気がする。

 あれか、あれのせいなのか。

 結界魔術って、そんなにすごいのか。てっきり神社の結界みたいなものかと思っていたのだが……。


 焚き火の番はゴレ太郎がしてくれているから、常に火は絶やされていない。

 だがこの寒さは、焚き火と薄い毛布一枚でどうにかなるものではない。

 そういえば、日が落ちる前ぐらいから、猿の襲撃がぱったりと無くなっていた。

 奴らはこれを知っていたのだ。

 あの猿ども、今頃は巣穴でぬくぬくと過ごしているわけか。くっそお……!

 現代日本という温室で育った俺は、基本的に自然の猛威には慣れていない。

 まずいな、これは。俺はここまで、ほとんど盆地内の気候を基準に行動プランを立てていた節があった。

 一体どうすれば……。


 途方にくれる俺の前に、ゴレ太郎が座っていた。

 ひかえめに両手をひろげている。

 まるで、膝の上においで、と誘っているようだ。

「お、お前、風よけになってくれるのかゴレ太郎……?」

 すまん、ありがとうゴレ太郎。俺、自分が情けなくて涙が出てくる。

 

 昔の偉い人はこう言った。

 ――寒さと飢えは、心を弱らせる。


 ゴレ太郎の膝の上に座ってみた。

 柔らかい。シリコンのようだ。

 もはや疑いようがない。こいつは、体表の硬度を自律調整できる。

 それもこれも、脆弱で矮小な俺を傷つけないように、気を遣ってのことだ。

 あ、また泣けてきた……。


「というか、ゴレよ。なんか温かいよな、お前の身体……?」

 何故かゴレ太郎から、やさしい温もりを感じる。

 マジか。どうなってんだこれ?

 もうだめだ。無能で無学で無知蒙昧な俺には、全然原理が分からん……。



------



 それから、およそ30分後。

 温かくやわらかいゴレ太郎の腕と毛布に包まれ、焚き火で炙った干し肉をかじりながら、俺は夜空を見ていた。

 この干し肉は、塩ではなくスパイスを使っているみたいだ。

 軽く炙ってみると、非常に味が良い。おそらくは高級品だろう。

 

 頭上には、海のような深い藍色の空が広がっている。

 夜の中に浮かぶ二つの月は、とても美しい。

 やはり、この世界には月が二つあるんだな。改めて、異世界だなぁ、と思う。

 いや、待てよ。二つとは限らんかもしれんぞ。

 月といっても、結局のところは、この惑星のまわりに衛星があるってだけのことだろうからだ。まだ、三つか四つくらいあるかもしれない。待てよ、そうか。つまり状況次第では……。


 小さく(かぶり)を振った。

 ……いや、もう自説を賢しらに披露するのは、やめておこう。

 俺は自分の自然知識に、まったく自信がなくなりつつあった。はっきり言って、もう、風前の灯火状態だ。


 ああ、そうだな。あれは、きっと魔法の月なのだろう。

 仙人が気孔波を打ったら、消えてしまうのかもしれないな。


 思えば、この世界の真夜中の空をこうやって眺めるのは、これで2度目だ。

 俺が夜間に行動したのは、実のところ、召喚の初日だけなのだ。

 この世界には照明がない。いや、違うな。正確には、おそらくあの隠れ家にも、大岩扉の洞穴内のような照明装置があったと思われるのだが、俺には使い方が分からなかった。

 だから、日が落ちたらさっさと眠ることにしていたのだ。

 火おこし関連の器具がまるで見当たらなかったのも、本当に辛かった。おそらく元家主のザイレーンは、火属性魔術を使えたのだろう。


 ちなみに、うちのゴレ太郎は火おこしがめちゃくちゃ上手い。

 そう。土属性魔術が、火属性魔術に打ち勝った瞬間である。

 俺達コンビに、いや、むしろこの世界に、火属性魔術などもはや不要。完全なる過去の遺物である。この一点に限っていっても、俺がゴレ太郎を生成した歴史的意味があったと言えよう。

 ゴレ太郎のパワーと器用さなので当然と言えば当然なのだけど、着火までがあっという間なんだ。

 本当に助かるよ。ゴレ太郎には本気で頭が上がらない。


 パチパチと火がはじける。

 俺を抱きかかえるゴレ太郎が、ゆっくりと焚き火に枝をくべていた。

 そういえば、盆地の外は見てのとおり不毛の荒野なのだが、枯れ木が多い。だから、こうして薪にはまったく困らない。

 樹高のある枯れ木が林立していて、それこそ林か森でもあったのではないかと思うような場所も、何度か通過してきている。

 この一帯、わりと最近まで、普通に樹木が生えているような気候だったのか?

 ならば、今はどうして、こんなことになっているのだろうか。


 考えごとをしているうちに、うとうとと眠くなり始めていた。

 ここは温かいし、今は腹もふくれて、いい気持ちだ。


 ゴレ太郎の腕の中の、なんともいえない安心感、これは一体何だろう。

 ……あ。あれだ。真冬の羽毛布団に似ている。

 ゴレ太郎よ、お前は俺のお布団だったのか……!?

 忍び寄る睡魔に、だんだんとうすれゆく意識の中で、俺はぼうっと考えていた。

 ゴレ太郎のおかげで、こんなに温かい。安心して眠れる。

 こいつに、ありがとうって言わないとな。

 俺は基本的に文化人であり、かつ、日本人としての平均的美徳をもっている。

 平均的日本の文化人は、温かいお布団に対して最大限の感謝を伝えるとき、こう述べる。



「俺、もうゴレ太郎と結婚する……」



 そう、お布団に、プロポーズをするのだ。

 一瞬 ゴレ太郎が俺を抱く腕に力がこもったような気がした。

 しかし、その時すでに、俺の意識は深いまどろみの中へと落ちていた。

 


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