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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第1章 野蛮なる王妃
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第12話 猿と流星雨

 赤茶けた大地に、小高い丘が延々と続いている。

 相変わらず、枯れた灌木以外には草も木もほとんど生えていない。

 東西にのびる広い街道に出た俺とゴレ太郎は、人里を目指して道なりに西に向かって歩きはじめていた。

 黒い悪魔に遭遇した後、街道はすぐに見つかった。

 どうも奴は街道前に陣取って、やって来る俺達のことを待ち構えていたようだ。


 悪魔の首なし死体はあの直後、黒い粒子を放出しながら崩壊していき、液状になって溶けてしまった。

 生物としてはありえない光景だが、このとき俺が最初に連想したのは、初期に生成したゴーレムたちが崩れていく姿だ。

 あの黒い悪魔も、魔術で生成されたものだったのではないか?

 入門書にはそんな魔術載っていなかったように思う。でも、そもそもが所詮入門書にすぎないし、俺は魔術全体の概論書と土の入門魔術の解説書だけしか読んでいないのだ。


 ゴレ太郎に付いていた黒い返り血も、いつの間にか蒸発したみたいに消えていた。

 でも、あの黒いやつは、ばっちい物かもしれない。

 なので、俺は濡らした布で、ちゃんとまじめにゴレ太郎の全身を拭いてやっている。

 ちなみに水は陶製の甕にたっぷり入れて、一応蓋で封をしてからゴレ太郎の背負い籠に入れてあるので、相当の余裕がある。というか、多分この水甕が一番場所を取っていると思う。通常ならありえないレベルの雑な運搬方法だが、ゴレ太郎の超常のパワーと理解を超えたバランス感覚がそれを可能にしていた。まるで教科書が入ってない小学生のランドセルみたいに軽々と背負っている。

 ゴレ太郎は身体を拭いてもらうのが、すごく大好きなようだ。

 そういや、犬もブラッシング好きなやつ多いよな……。

 ゴレ太郎は全然わがままを言わない奴なのだが、身体を拭くことに関しては、ひかえめだがわりと自己主張をしてくる。俺が一人で水浴びしていると、こいつ用にしている拭き布を自分で持ってくるし、俺が他の用事で水浴びを後回しにしていると、服の袖をかるくひっぱってきたりする。

 だから俺は一日一回かならず、こいつのツルツル純白ボディを布で磨いてやることを、日課として決めていた。

 俺、ゴレ太郎には世話になりっぱなしだしな。これくらい安いものだ。

 というか、労働の正当な対価ってことなら、むしろ一日70回くらい磨いてやらないといけない気がする。身体磨きが大好きなんて、そんなのほんと、かわいいものだと思うよ。

 しかし、あれだよな。ゴーレムは、ほんとに犬だなぁ……。



 犬で思い出したが、この世界、猿がいる。

 街道を歩いていると、崖の上や岩山の斜面などに、ときどき姿が見えるのだ。


 お猿さん。モンキーだ。

 大きさ的にはニホンザルくらいか。

 茶色い猿。まぁ、猿は大体茶色いものだ。しかしこの場合、ちょっと意味合いが異なる。

 その体表の皮膚が茶色く……硬化している、ように見える。

 まるで石をたくさん貼りつけたみたいだ。

 俺は最初遠目に見たときには、ウロコの生えた猿かと思って仰天したくらいだ。

 わりと近くで見るようになって、なーんだ、表皮が角質化してるだけなんだろうな。この世界に生息するそういう種類の猿なのだろう、と納得し、とても安心した。

 俺は基本的に常識人なので、たとえ異世界であっても、猿にウロコが生えていたらびびる。

 身体が岩で出来ている猿? ふふん、ありえんな。

 先ほど青いゼリー状モンスターの話をしたが、まぁ、あんなものは軽く冗談めかした話であって、もし本当に粘菌が脊椎動物並の高速移動をしながら襲いかかってきたら、現場にいる俺の常識人としての脳は理解を拒絶し、クラシック音楽と美しい湖畔の映像を脳内再生しはじめる可能性がある。

 実際のところは魔術ですら、最初にアクシデント的に実使用していたからこそすんなり信じることができたわけで、そうでなければどうなっていたか分からないのだ。とは言うものの、最初の頃の黒く変色してはじけた門や本のカバーなどは、何の魔術を使ったのか、今もって全く不明なのだが。


 その猿が一匹、俺の近くまで寄ってきていた。

 あ、ひょっとして人懐っこいかんじか、これ?

 でもごめんな。

 俺は誇り高き文化人だから、野生動物の餌付けは、絶対にしないんだよ。

 お前にとっても、地域の人にとっても、不幸な結果にしかならないからね。

 しかし俺はお猿さん、嫌いじゃないよ。

 皮膚がぼこぼこしていて人によっては気持ち悪いと思うかもしれないが、俺はそんな表面的な見た目で生き物を区別したりはしない。

 人懐っこい動物っていうのは、いいものだ。


「ふふ。こいつ、かわいいな!」


 俺がそう言った瞬間。

 ゴレ太郎が、猿を思いっきり蹴り飛ばした。


「え!? ちょっ おまっ ゴレ、えええええええええ???」


 ぶっ飛んだ猿は、近くの崖の壁面に激突した。

 首と手足が変な方向に曲がっている。


 し、死んでる……。


「おまえ、ゴレたろ、おま、お前……」


 お前、なんてことを!

 目に涙をためて抗議しようとした俺だが、周囲の異変に気付いた。


 猿が、いっぱいいる。

 街道沿いの斜面、進行方向の路面上、さらに、後方の元来た道まで猿で埋まっていた。

 ――いつのまに、囲まれていたんだ?

 いや、まてよ。思い返せば、岩陰や崖の上から視界にチラチラ見え隠れする猿の数が、時間経過と共にどんどん増えていた。しかも、見ようによっては奴ら、俺たちと同じ方向に移動しているように見えた。

 まさか、最初からなのか。

 この猿ども、俺達を包囲しつつ、徐々に数を増やしながら、地形に隠れてずっと並走していたのか……?

 一体何のために? 何のためにって、それは、おそらく……。


 猿を蹴り飛ばすと同時に、俺の斜め前まで移動して来ているゴレ太郎。

 俺はその白い背中に視線を向けた。

 ゴレ太郎は既に、背負い籠を地面に下ろしていた。

 戦る気か、ゴレよ。


 群れの中から猿が一頭、こちらに向かって猛然と飛びかかってきた。

 奇声を上げながら獰猛に牙をむき出し迫り来る猿。

 が、あっさりゴレ太郎が叩き落とした。

 恐るべき力で地表に叩きつけられた猿は、即死した。

 地面にめり込んだ、物言わぬ猿の死体。

 悠然と佇む、白いゴーレム。

 怒り狂った猿の群れが、ゴレ太郎と俺に次々と襲いかかった。


 今、開戦の狼煙が上がった。


 ゴレ太郎が、ものすごい勢いで猿をなぎ倒しまくる。

 白い拳が繰り出される度、猿の死体が宙を舞う。

 特に、俺を目がけて襲いかかった個体に対しては、ゴレ太郎は本当に容赦がない。明確にえぐい倒し方で残酷にオーバーキルしまくっている。うぷっ、気分が……。

 とはいえ、どうする。

 ゴレ太郎が猿どもに後れを取るとは正直思えないが、俺も援護するべきか?

 基本的に文化人としての態度を貫きながら育った俺には、拳で野生の猿を圧倒できる野蛮なゴリラパワーはない。

 となると、魔術か。

 俺が現状使える魔術は、〈小石生成〉と〈ゴーレム生成〉。

 〈ゴーレム生成〉は、あらゆる意味で論外だ。しかも、下手すると気絶のリスクまである。

 ならば、〈小石生成〉か? おそらく十数メートル級の岩を生成できるであろう、あの魔術。たしかに、敵の群れのど真ん中にあの岩を生成できれば、有効そうではある。敵の一角を、崩せるかもしれない。

 しかしあれ、生成が滅茶苦茶派手だった。魔力の奔流と巻き上がる土の粒子で、あの時は前方の視界が完全にふさがれていた。あんな現象が今この状況で巻き起これば、不意打ちのリスクも激増して、ゴレ太郎の足を引っ張ってしまいかねない。

 そして、最も致命的なのは、発動から生成終了までのタイムラグだ。結構時間がかかっていたような気がする。おそらく大部分の猿には、石が完成する前にあっさり逃げられる。

 この魔術は、あきらかに戦闘向きじゃない。

 

 あれ? 俺、まったく役に立たない……?

 

 このままでは、俺、完全にゴレ太郎のヒモ状態なのでは……。

 非情な現実を突きつけられ、絶望する俺。

 そんな俺の周囲を、ゴレ太郎は旋風のように走り回りながら、突出してきた猿を次々にはじき飛ばし続ける。

 気付いたのだが、ゴレ太郎はちょっと過保護なくらいに常に俺を守ることを最優先に動いているので、こうして大量の敵に前後を完全に包囲されてしまうと、後手に回る。常に俺の後ろに存在することになる敵が気になって気になってしょうがなくて、俺から一定以上離れられない。敵の本陣に突っ込んでいけないのだ。


 とはいえ、ゴレ太郎と猿1匹1匹の力量差は、天と地ほどに開きがあった。

 おまけに、派手に暴れ続けるゴレ太郎の動きには、鈍る気配もまったくない。

 徐々に積み上げられていく死骸に、猿達の間には苛立ちが見えはじめていた。

 しかし、これだけ味方が死にまくっているにもかかわらず、一向に引こうとしないとは……。

 こいつらも凄まじいな。

 気性の問題なのか、それとも、よほど俺達を仕留めきれる自信があるのか?


 この時、しびれを切らしたように、群れ後方のひと回り大きな一頭の猿が、咆哮を上げた。

 視線を向けた俺と、その猿の目が合った。

 そいつの表情が、一瞬歪んで笑ったように見えた。

 それを合図にするかのように、俺達を包囲していた猿達が一斉に、天に向かって両手をかざし始める。

 全ての猿達の足元から、狼煙のように土の粒子が上昇していく。一本一本の粒子の線は大した太さじゃない。けど、これだけ数があると、まるで逆流する滝みたいな光景だ。


 何だ。すごく嫌な予感がした。


 土の粒子がすべて上昇しきって、地表と空をつないでいた茶色い滝が、消失する。

 上空に、無数の石が生成されていた。


 小石生成、ってサイズではないな。

 ひとつひとつがラグビーボールくらいある。

 おそらく一発でも俺の脳天に直撃すれば、頭蓋が割れて即死するだろう。

 ……うん。これが戦闘用のジャストサイズだよな。分かってる。

 俺の小石は、ただでかいだけで、まるで使い道がない。


 などと感心している場合ではなかった。まずい、死ぬぞこれ。

 まるで空にドームを形成するような、おびただしい数の石の群れ。

 そしてそれは、俺たちに向けて一斉に落下を始めようとしていた。


 このような飽和攻撃は、ゴレ太郎もまったく想定していなかったようだ。

 上空に顔を向けたその動きの中には、明白な動揺があった。

 ゴレ太郎が、焦ったように俺の方を振り返る。

 そして次の瞬間、俺の視界が真っ白に包まれた。

 ゴレ太郎がものすごい勢いで、俺に覆いかぶさったのだ。


 なぜか一瞬、ふわりと女の子の匂いがしたような気がした。


 が、俺の思考はすでに全くそんなところにはない。

 俺は自分の身を案じる前に、覆いかぶさったゴレ太郎のことを考えて戦慄していたのだ。

 こいつ、まさか俺の盾になるつもりか。

 耐え切れるのか?

 俺にはゴレ太郎の耐久力が分からない。

 いや、むしろこれに関しては、ゴレ太郎自身、把握してないんじゃないか?

 こいつの戦い方は常に、異常なパワーとスピードにまかせた、先手必殺の完封攻撃だ。

 先制の第一撃目を受けた後に呼吸を続けている敵をまだ見たことがないし、当然ゴレ太郎はその身に反撃を受けた経験が一度もない。

 そして少なくとも俺は、教科書以上にこいつの素体の強度を引き上げたおぼえはない。


 ――やばい、うちのゴレ太郎が、死ぬかもしれん。



 じりじりと額が鈍く痛んだ。

 なぜか、道路に横たわる、小さな白い犬の姿が見えた。

 みるみる冷たくなっていくあいつは、あの時、どうして俺をかばったのか――



 それは衝動に突き動かされるままの、必死の動きだった。

 俺は、覆いかぶさるゴレ太郎の身体の隙間から見える、降り注ぎ始めた瓦礫の雨に向かって手を伸ばした。

 そして、喉が裂けるほどに声を張り上げて叫んでいた。

 情けない叫び声。

 でも俺にとってそれは、必死の祈りだった。



「〈やめろ、ちょっと待ってくれ〉っ!!!」



 一帯を静寂が包んでいた。

 いつまで経っても、石は降り注いで来ない。

 猿達が、唖然とした表情で天を仰いでいた。

 降り注いでいた上空の全ての石が、ぴたりとその動きを停止していたのだ。

 まるで、時間が止まってしまったかのようだった。

 よく見ると、赤茶けた大地と同じ色だったはずの無数の石くれたちは、全て“真っ黒に変色”していた。

 

「あ、あれ? 何これ……?」


 しがみついているゴレ太郎の腕の隙間から、俺は顔を出して空を見上げる。

 ちなみにゴレ太郎の抱きしめ方はすごく優しくて、俺の動きにまったく抵抗しないので、あっさり外に顔は出せた。もし力を込めて抱きつかれていたら、俺の力などでは1ミリも動けまい。

 

 しかし一体、何なんだこの現象は。

 空に向けていた手の平を、くいっくいっと、軽く何度か動かしてみた。

 すると上空の黒い石のすべてが、まるで統率された軍隊のように、俺の手の動きにあわせて、くいっくいっと、律動した。

 

「あ、なんか思い通りに動かせそうだな、これ……」


 俺は、地表に目線を下ろした。

 猿達はすでに空を見ていなかった。

 すべての猿が、顔を俺の方に向け、両目を驚愕に見開いている。

 その表情は、恐怖と絶望の色に染まっていた。


「……とりあえず、お返しするか」


 上空に浮かぶ、おびただしい数の真っ黒い石弾が、立ち尽くす猿の群れの頭上に、流星雨のように降り注いだ。


 次々に猿の脳天を貫通し余力で体幹を破壊した石弾は、そのまま地表に激突していく。

 連続する激突の衝撃で、恐怖に震えたように大地が揺れる。

 轟音と、絶叫と、無数の炸裂音。骨が砕けるような音、そして液体の飛び散る音がしばらく続いた。

 一帯が再び静かになったとき、そこに動いている影は一つもなかった。



 猿の群れは、絶滅した。


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