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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第7章 不死身の幼竜
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第101話 トカゲと焼きもち


 

「あれ? 文鎮(ぶんちん)がどこにも見当たらないな……」


 テテばあさんの屋敷の離れ家で、俺は部屋を見回していた。

 相棒のゴーレムであるゴレは、母屋の方に行っている。

 今、この離れには俺しかいない。

 こうして静かな部屋で一人、のんびりと午後の勉強を開始しようとしていたところなのだが……。


 ……なのだが、先ほどから俺の愛用の文鎮が見つからないのだ。

 文机の上に置きっぱなしにしていたはずなんだが、どこへ消えたのだろう?


 俺の文鎮というのは、土色の大きな卵みたいな形をした、丸っこい石だ。

 えっと、あれは一体何の石だったっけか……。

 あ、そうだ。思い出した。たしか以前ぶっ倒した、例の古代地竜(きょうりゅう)の胃石だな!

 あの石はなぜか不思議と転がったりもせず安定していて、重さもそこそこ良い感じなのだ。だから、いつも勉強時には文鎮として利用している。

「あれが無いと地味に困るんだけどなぁ……。ま、無いものは仕方ないか」

 多少便利な文房具とはいえ、まぁ、ぶっちゃけ、元はただ拾っただけのガラクタも同然である。店で売ろうとしても値がつかないような品だし。

 そもそも家の外に持ち出したような記憶はないから、放っておけば、きっとそのうちどこかから出てくるだろう。


 俺は文鎮探しをあっさりと中止し、囲炉裏脇の文机の前に腰を下ろした。

 午後の勉強は、毎日の日課だ。

 文字の練習も欠かさずやっている。

 まぁ、見ていてくれ。

「私の名前はネマキ・ダサイ。賢く文化的で女性にモテる男です……っと」

 俺は文机の上の紙に、ペンでさらさらと自己紹介文を書いた。

「よし、書けたぞ」

 我ながら、なんと見事な文字だろう。

 確実に上達している。もはや、ほとんど現地の人と変わらないと言っていい。見よ、俺は日々成長しているのだ!


「この上達ぶりなら、次からは契約書にも綺麗なサインが……いてっ」


 上手く書けた文字を前にご満悦だった俺は、このとき、ふいに小さく顔をしかめた。

 何だか今、足がちょっと痛かった気がする。

 微妙にチクっとした。

 痛いというか、かゆいというか。

 乳歯が生えそろったばかりの幼犬にかみつかれたみたいな。

 一体何だろう? 俺は、文机の下であぐらをかいていた己の足を見た。

「は? 何だこれ?」


 ……トカゲだ。


 一匹のトカゲが、俺の足をあぎあぎと噛んでいる。

 土色を濃くしたような黒っぽい色をした、子猫くらいの大きさのトカゲだ。

「何で家の中にトカゲがいるんだ……?」

 一瞬面食らったが、すぐに考え直した。

 元の世界でも、田舎ではヤモリなんかがしょっちゅう家に入り込んでいた。ここは周囲が大自然に囲まれているから、どこかから迷い込んだのかもしれない。

 空気がおいしいので、窓も開けっ放しにしていたし。

 それに、野生動物や昆虫が無駄にでかいこの世界の基準で考えれば、この程度のサイズのトカゲなど、完全に常識の範疇(はんちゅう)のミニマム生物といえる。

 グリーンイグアナの方がでかいし。


「というかこのトカゲ、さっきから微妙に痛いし、うざいんだが……」

 俺は足を甘噛みし続けるトカゲの首根っこをつまんで持ち上げた。

 このとき、トカゲと目が合った。

 黒い瞳が、くりくりとしている。

「お、何だこいつ。一丁前に角が生えてるじゃないか」

 トカゲの頭に、先の丸っこい角みたいな突起が数本生えている。

 ええっと、一本、二本……。

 三本生えているようだ。

 いや、よく見ると小さな出っ張りがもう二つあるな。これらも仮にカウントすると、合計で突起は五本か?

 まぁ、そんな事はどうでもいいのだが。


 それにしてもこいつ、何だか妙に態度が悪いなぁ。

 短くてちんまい手足を動かしながら、俺と必死に戦おうとしているように見える。

 とはいえ、知能の低い野生動物のすることだ。当然、心の広い俺は許す。

 トカゲを手にぶら下げたまま、庭にでも逃がそうと腰を上げかけた。


「いてっ!」

 何かが、こつんと額に当たった。

 何だ……?

 床を見ると、小指の先っちょくらいの石ころがころりと転がっていた。

「何だこりゃ? ……いてっ! いてっ!」

 額に、豆粒みたいな石ころがぺしぺし当たる。

 豆粒が飛んできた方向を見るが、そこには玄関の土壁しかない。


 いや、よく見ていると――壁面に、土の粒子が集束した。


 粒子の集まった壁から、豆粒がいきおいよく発射される。

 豆粒はそのまま、俺の額へ見事に命中した。

「いてっ! ……ってこれ、土魔導じゃねーか!?」

 一体誰がこんな物が飛ばしているのだ。

 現在この部屋には、俺とトカゲの他に誰もいないはず。

 ということは、まさか、このトカゲが土で作った豆粒を飛ばしているのか?


 つまみ上げているトカゲを見ると、勝ち誇った得意げな顔をしている。

 俺はこの表情に見覚えがあった。

 召喚されたばかりのころ、東の土の瘴気の地で散々見てきた顔なのだ。

 そう。魔導を使って石弾を発射するときの、勝ち誇った猿どもの懐かしい表情である。


 間違いない。

 100%このトカゲが、豆粒飛ばした犯人だわ……。


 魔導を使っているってことは、このトカゲ、魔獣なのか。

 同じ土の魔獣でも、猿と比べるとえらいザコである。

 こんな豆粒のへなちょこ土魔導では、そこらのアリんこを倒せるかすら怪しい。

「このザコっぷりでは、すぐに自然淘汰されてしまうかもしれないな……。だが、それも厳しい野生の掟だ。せいぜい、がんばって生きろよ」

 俺はトカゲの首根っこをつかんだまま、玄関の戸を開いた。

 そして、庭先の土の上にトカゲを降ろした。

 ちょこんと尻もちをついたトカゲが、俺を見上げている。

 さらばだ、強く生きろ。


 家に戻ろうと後ろを振り返った途端、後頭部に豆粒が当たった。

「くあ! くあ!」

 トカゲが鳴いている。こっちを向け、という感じである。

 無視して玄関に入り、扉を閉めようとした。ちらりと後ろを振り返ると、なんとトカゲが俺について、よちよちと玄関に入ってこようとしている。

 危ない、うっかり戸で挟んでしまうところだった。

 俺は閉めかけていた戸を、あわてて開いた。

「いや、すまないんだが……。うちにはもう、大きな犬がいるんだよ。これ以上ペットは飼えない。それに、ここは大家のババアがすごく恐いからな。お前、見つかったら絶対保健所に連れていかれるぞ」

 俺は玄関にしゃがみ、トカゲを優しく諭した。

 黒いトカゲは首をかしげるような感じで、俺の顔を見ている。

「わかったな? 大人しく森に帰れ……あたっ!?」

 額に、豆粒が命中した。

 こ、この……。


 こ の ク ソ ト カ ゲ え え ~~~~ッ!!


 こいつ人が下手に出ていれば、調子に乗りやがって……!

 なんという知能の低いクソトカゲなのだ!

 というか、さっきからぺちぺちぺちぺちと、微妙に痛いんだよ。いくらザコモンスターの弱攻撃とはいえ、当たるとうざいし、節分の豆くらいのダメージはあるぞ。

「おい、いい加減にしないと俺も怒るぞ下等生物。さっさと森に帰……いてっ! いてっ!」

 俺に豆粒を発射するトカゲは目をくりくりさせて、どや顔をしている。実に懐かしいあの猿どもの表情だ。

 だがお前、俺のことを完全になめているだろう?

 言っておくがな。俺は土属性の魔獣相手になら、絶対反撃能力で完全にチートな無敵性能を誇る“魔導王”だぞ。ぶっちゃけ、お前にとっては相性最悪の存在だ。


 どや顔のトカゲが再び、土の粒子を集束させ始めている。

 俺はそこへ向けて、ひょいと右手をかざした。

「……この技を使うのも、随分と久しぶりだが」

 見るがいい、我が最初にして最強の必殺技。あらゆる土属性の魔力攻撃を服従させ、自己の手足として用いる、魔導王の悪夢の技を。


「――〈NTR〉(エヌティーアール)!」


 トカゲが一生けんめい生成した豆粒が、一瞬にして真っ黒に変色する。

 よし、支配完了だ。楽勝だな。

 これでこの豆粒は、完全に俺のコントロール下に入った。

 あとはこの豆粒を操作して適当にトカゲを小突きまわして、森へ帰らせよう。

「ふふん。どうだ見たか、クソトカゲめ。多少のお灸は覚悟しろよ?」

 言いつつトカゲの方を見た。

 トカゲは黒く染まった豆粒を見つめ、恐怖と絶望の表情をしている。

 魔獣ってのは、魔導を乗っ取られた瞬間に、皆この顔をして戦意を失うからな。

 ここまでは想定の範囲内だが……。


「……ん?」

 俺は小さく首をかしげた。

 何だろう、トカゲの様子が妙だ。

 トカゲは小さな背中と短いしっぽを丸めて、全身をぶるぶると激しく震えさせている。

 あまりにも異常な怯えようだ。これはちょっとおかしい。

 かつて俺は瘴気の地で、多くの猿から土魔導の制御権を奪ってきた。たしかに魔導を奪われた魔獣は、皆恐怖に表情(・・)を変える。だが、このちびトカゲのように、全身を痙攣のように震わせるほどの過剰な恐怖の反応を示す奴というのは、一度も見たことがない。

 というか、まだ〈NTR〉を発動しただけだぞ? コントロールを奪った豆粒を操作して、追いかけ回してすらいないのだが。

 ここまでビビる必要ないだろうに。

「お前、ちょっと怯えすぎじゃないか……?」

 よく見れば、ちび黒トカゲのくりくりの目が涙に濡れている。

 のぞきこんだ俺の目と、見上げるトカゲの目とが、ばっちりあった。

 この瞬間、トカゲは完全に腰が抜け、その場にへたり込んでしまった。


「お、おい! 大丈夫か!?」

 慌ててトカゲを抱き起した。

 だが、トカゲは小さくなって弱々しく震えるのみである。


 しまった、なんという事だ……。

 無力な野生動物相手に、大人気もなくやりすぎてしまったかもしれない……。



------



 およそ一時間後。

 俺はトカゲを膝に乗せて、黙々と文字の練習をしていた。

 弱り切ったトカゲは、膝の上で丸まっておとなしくしている。


 最近の俺は単純な文字の練習ではなく、書き取り練習みたいなことを主にしている。こうしてテテばあさんに指定された本の内容を、せっせと紙に書き写しているんだ。

 文字以外の勉強にもなる、有意義な教育カリキュラムである。

 そもそも、すでに文字自体は使用に問題ないレベルにまで上達しているから、後はいかに美しく書けるかの仕上げ練習みたいなものだ。


 ちなみに今書き写している本は、叙事詩みたいな内容の書物である。一冊の中に、複数の色んな短い説話が入っている。

 一日一話のペースで書き写すことにしている。これくらいが無理がない。

 さて。今日のお話のタイトルは……。

 “つぶてを投げる聖女”か。

「なるほど、聖女様の物語か……。うん、やはり時代は可愛い女性主人公物だよな。野郎が語り手の物語なんて、誰も読む気がおきないよ」

 そんな至極当然の世界の真理を呟きつつ、俺は筆を動かし始めた。


 礫を投げる聖女。

 物語の大枠は、こうだ。

 あるところに、不思議な力を持つ女性がいた。

 その力とは、石つぶてを投げる能力。

 彼女が投げる石つぶては百発百中。絶対に外れないのだ。

 このうら若い黒髪の女性は、ある日どこからかひょっこりと突然現れて、色々な土地をふらふらと一人で旅し始める。

 彼女は不思議な力だけでなく、優しい心と知恵と勇気を持っていた。石つぶてで悪漢を撃退したり、大きな化け物を退治したり。

 彼女の通った後には、いつも人々の笑顔が溢れている。

 いつの頃からか彼女は、聖女と呼ばれるようになった。

 だが、あるとき悲劇が起きる。不思議な力を持っているのは、聖女一人だけではなかったのだ。

 礫を投げる聖女は、氷の霧を吐く男の卑劣な罠によって殺されてしまった。


「……何だよこの、“氷の霧を吐く男”って。いきなり何の脈絡もなく話に登場してきて、しかも村人を人質に取って主人公殺すとか、最悪すぎるだろ」

 俺は本を読みつつ、大きな溜息を吐いた。

 そして、そのまま机に突っ伏した。

「というか、バッドエンドかよ……」

 辛い。

 救いがない。

 まぁ、元の世界でも、昔の説話や英雄譚というものには、こんな風に現代人視点で見ると理不尽なバッドエンドを迎える話がわりと多かった。

 ことさら珍しいことではないのだけれど。

 でも、優しい聖女様には幸せになってほしかったなぁ……。


 何だか、若干気が滅入ってしまった。

 俺は筆を置き、座ったまま伸びをした。

 何気なく下を見ると、ちびくろトカゲがまだ膝の上で丸まっている。

 完全に抜けてしまっていた腰は、そろそろ力が戻ってきている様子だ。さっきから、俺の服の袖をあぎあぎと甘噛みしている。

 小さなトカゲを眺めていると、横手の囲炉裏から良い香りがした。

 見れば囲炉裏で温めていた餅が、美味そうに膨らんでいる。


「おや、そろそろ餅が食べごろみたいだな」

 この餅は、例のさつま芋みたいなのを練り込んだ里の餅だ。

 親切な相棒のゴレが、俺が勉強中ひもじい思いをしないよう、あらかじめ下ごしらえをして置いていってくれたものである。

 俺は串にささった熱々の餅を取り寄せ、ふうふうと吹き冷ましながら食べた。

 うん、ほんのり甘くて絶品だ。

「くあ! くあ!」

 膝の上のトカゲが鳴いている。

 見れば、餅を見て一生けんめいに口をぱくぱくさせている。

「……お前、もしかして餅が食いたいのか?」

 この世界のトカゲというのは、餅を食うのだろうか。

 試しに餅を小さくちぎり、丁寧に吹き冷ましてから、トカゲの口に近づけた。

 トカゲはくんくんと匂いをかぐような仕草をした。

 そして、むちゃむちゃと餅を食べ始めた。

「おい、あまり急いで食うなよ。のどに詰まるかもしれんからな」


 その後、俺はトカゲといっしょに餅を三個食べた。

 なお、俺は高潔なる文化人として、野生動物の餌付けはしない主義である。

 なのだがしかし、今回は弱って動けない動物を保護しているというケースだ。当然ながら、餌付け禁止の対象外である。


 それにしても、今日はトカゲに絡まれたり、トカゲにずっと餅をちぎって食わせていたりで、ろくに勉強ができていない気がする。

 ぶっちゃけ最初に書き取り練習を少しやった程度で、あとはずっとトカゲと餅を食っていた。今どきの小学生の方が、今日の俺などよりは確実に勉強量をこなしているだろう。


 だが、仕方がない。

 人生には、こういう日もたまにあるのだ。



------



「……さて。それじゃそろそろ、このトカゲを野生に戻しに行くか」

 俺はトカゲの首根っこをつかみ、庭の方へと歩き出した。

 トカゲはちんまい手足を動かし、抵抗を見せている。

 しかし、俺は無視して歩みを進める。


 離れの玄関脇に植えてあるクランベリー林檎様の若木達の横を通り抜け、庭へと出た。

 召喚直後に貴重な食料として、俺の命をつないでくれたクランベリー林檎様。この若木達は、以前に保存していたその種をまいて、発芽した例の個体だ。

 この植物は、どうやら成長がかなり早い品種のようである。

 ゴーレムの里へ来てそう間もない頃に種を植えて、たしか藩都への旅行から帰った頃には発芽していて。こないだ賊が襲ってきた頃にはまだ若芽の状態だったが、その後急速な成長を見せている。

 すでに現在、樹高は一メートル弱程度にまで達していた。

 今では立派な我が家の玄関の植え込みだ。

 流石はクランベリー林檎様のご子息達である。


 成長したお子様方の晴れ姿に溢れそうになる感動の涙を抑えつつ、俺はちんちくりんのトカゲをぶら下げたまま、敷地の外へ向かって歩いていった。

「くあー!」

 トカゲが鳴いている。おろせ、という感じである。

「駄目だ。下ろさんぞ。お前は庭に逃がしても、絶対にまた戻ってきそうだからな。里の外に連れて行って、森に直接逃がす……いてっ」

 豆粒が頭に命中した。

「ぐあ! ぐあっ!」

「うるっさいぞ、クソトカゲ。少しは静かに……あたっ! いてっ!」

 トカゲの豆粒をぺちぺちと食らいまくる俺。

「くあうあ!」

「だああああっ! もうっ!! お前はそのどや顔をやめろ!」

 トカゲのあまりの知能の低さに、思わず声を荒げた、まさにこの瞬間――


 母屋の扉が、内側から盛大に吹き飛んだ。


 戸板がど派手な音を立てながら、庭を十数メートル吹き飛んでいく。

 戸板はそのまま屋敷の門扉に派手に激突し、動きを止めた。

 だが、壊れてはいない。相変わらずこの家の建具は無駄に頑丈である。

 突然の出来事に呆気にとられる、俺とトカゲ。仲良く一緒に目をぱちくりさせながら、戸板の飛んできた母屋の方を振り返った。

 玄関は扉が消滅して、すっかり風通しがよくなっている。


 そこには、純白の美女神エルフギリシャ彫刻――ゴレが立っていた。


「あ、ゴレ……」

 ぽかんと呟いた俺と、圧倒的神々しさを放つ無言のギリシャ彫刻の目が合った。

 ゴレはそのまま小走りにこちらへと駆け寄ってくる。

「ゴレお前、母屋でテテばあさんとお裁縫の練習をしていたはずだろう? 急にどうしたんだよ?」

 問いかける俺の側に立ったゴレが、袖をぎゅっとつかんできた。

 彼女の赤い瞳は、激しい不安に揺れ動いている。

「……もしかして、さっきの俺の大声を聞いて、不安になって飛び出してきたのか? 本当に心配性なやつだなぁ」

 ゴレが不安になるたびにとばっちりで破壊される玄関の方は、たまったものではない。

 ともあれ、俺は心配性で心優しいこの相棒の頭を丁寧に撫でた。

「……驚かせてすまなかった。でも、別にたいした事じゃないから」

 頭を撫でられたゴレは、気持ち良さそうに長い耳をぴくぴくさせている。

 満足げな様子の彼女だったが、このとき、俺が手にぶら下げている小さなトカゲの存在に気付いたようだ。

 俺の袖をつかんだまま、ゴレがトカゲをじっと見つめる。

 ねっとりと湿度を帯びた彼女の視線が、探りを入れるようにトカゲの全身を這いまわり始めた。

「こいつのことが気になるのか? 離れに迷い込んでた、ただの野生のトカゲだよ。家の中でうろちょろされても邪魔だし、今からそこらの森へ放しに行こうと思っているんだが」

 俺は手にぶら下げたトカゲを、ぷらぷらとゴレに振って見せた。

「くあっ! ぐあっ!」

 雑に揺らされたトカゲが、怒って鳴いている。

 発射された抗議の豆粒が、ぺちん、と俺の側頭部に当たった。


 ――豆粒が俺に当たった刹那、トカゲを睨むゴレの全身から、ぞわりと氷のような殺気が噴出した。


 ……まずい。

 俺に対して攻撃を行った相手を、ゴレは決して許さない。

 あせった俺は、急遽(きゅうきょ)不本意ながらトカゲを抱き寄せ頬ずりし、ゴレに対して引き攣り気味の笑顔を作った。

「ははは、いや、どうってことはないぞゴレ。こいつの豆粒攻撃なんて、全然痛くない。それに、これはふざけて遊んでいるだけなんだよ。俺とこのクソチビは、その、あれだ、こう見えてもまぁ、実はそこそこ仲良しで……」

「くえあ! ぐあ!」

 クソチビ、と言った瞬間、トカゲが不満げに鳴いた。

 直後、俺の額に豆粒がぺちっと当たった。

「だああっ! このクソトカゲ、少しは空気を読め! というか貴様も野生動物のはしくれなら、自分の生命が今危機的状況にあることぐらい敏感に察しろ!!!」


 トカゲに説教をする俺の手から、当のトカゲの姿が忽然と消えた。

 ゴレが俺からトカゲを素早く奪い取ったのだ。

 彼女の手つきは、そっと、優しくて。

 まるで心配性のお母さんが、乳幼児から危ない玩具をこっそり取り上げるかのような仕草だった。


 だが、俺に対するゴレのこの慈愛に満ちた空気感に騙されてはいけない。

 横目でトカゲを睥睨(へいげい)する彼女の瞳は、うっすらと仄暗い闇色に染まっている。

 暗い瞳の奥底には、俺にちょっかいを出された事に対する怒りと憎しみが充満し、今、まさにそれらが殺意と暴力として溢れ出さんとしていた。

 白き美女神エルフはトカゲの尻尾を掴み、ぽいっと頭上に放り投げた。

「あっ……」

 くるくると黒いトカゲの小さな体が宙を舞う。

 ゴレはまるでバレーボールのサーブのような体勢で、背筋をしならせ腕を大きくスイングし――


 フルパワーの平手打ちで、トカゲを真下へ叩きつけた。


 シドル山麓の大自然に凄まじい爆音がこだまし、庭先の地面が派手に陥没する。

 トカゲが、大地にめり込んだ。


「う、うわああああ!!! クソトカゲえええええええっ!!!」

 

 



 

 いつもご愛読、本当にありがとうございます。

 すでに知っていらっしゃる方も多いとは思うんですが、今夏、2018年7月5日に書籍の発売が決定いたしました!

 もう少し細かい内容のご報告は活動報告の方に書いておりますので、ご一読いただければ幸せです。

 

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