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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第6章 襲撃の冒険者
100/107

第97話 夕焼けと賞金首

 

今回は連載開始100回記念ということで、なんと通常更新の約三倍のボリュームでお届けしております。

お茶と菓子でも用意して、のんびりとお読み下さい。

 


 

 里の南側の畑の一角に、沢山の大きな天幕が張られている。

 ここは陣所と呼ばれる、藩兵達の仮設本部っぽい場所だ。

 現在、俺はゴレと共にこの天幕のうちの一つに出頭し、懸賞金についての説明を受けていた。


「……というわけで、お手元の手配書の男の懸賞金額は、金貨150枚ということになっとります。ここまでの説明で、何ぞご不明な点などありませんでしたかな、魔術師ネマキ・ダサイ殿?」

 折りたたみ式テーブルの向かいに座る老齢の軍人が、ゆったりとした口調で訊ねてきた。

 この男性もいわゆる、藩兵だ。

 といっても、部隊の中でかなり地位の高い指揮官格の人物だろうと思われる。彼は周囲の他の平兵士達とは明らかに装備の質が違っている。

 立派なマントを羽織っているし、振る舞いにも心なしか品があった。


「いえ、特に疑問点はありません。親切にご説明頂きありがとうございました」

「左様ですか、安心いたしました」

 年老いた藩兵は、穏やかな表情で目を細めた。

「それにしても、何ですな。積み重なる賊の遺体の凄惨な状態や、捕らえた者どもの証言内容からすると、ダサイ殿はもっと、こう……。烈火のごときご気性の、武人然とした人物だろうと思っとったのですが。実際にお話ししてみると、予想以上に上品でお優しい御仁のようですなぁ」

「は、はぁ。ありがとうございます」

「それに貴殿は、言葉遣いが正しくとてもお綺麗だ」

「言葉遣い、ですか?」

「ええ。言葉の端々に自然に折り混ぜなさる雅言(がげん)なぞは、まるで昔帝都で見た宮廷の高名な魔術師様方のようです。いやはや、お若いのに立派なご教養……」

 うーん。それは多分、俺の翻訳能力の仕様なんじゃないかなぁ。

 何せ製作者のリュベウ・ザイレーンが元宮廷の人間だし。


 とはいえ、向かいに座る笑顔のご老人に、そんなことを言えるわけもない。

 それに今の俺は、実はまったく別件の理由によって、内心ひどく動揺していた。

 頭の中のポンコツ辞書翻訳ソフトの無駄な高級仕様や、渋い軍服のお爺ちゃんからの無駄な好感度の上昇などに構っていられる精神状態ではなかったのである。


 現在、俺の目の前のテーブルには、一枚の紙が置かれている。

 動揺している理由は、まさにこの紙切れだ。

 机上の紙切れ、すなわち賞金首の手配書に書かれた数字に、俺はちらりと視線を落とした。

 そして、やや引き攣り気味の小さな声で、確かめるようにそれを読み上げた。


「金貨、150枚……」


 金貨150枚。

 この数字は、『スヴェリの大馬陸(おおやすで)』という二つ名を持つ、イゾル・ベウリアなる蟲使いに懸けられていた賞金額だ。

 要するに、うちのゴレが森で倒した、例の鼠顔の蟲使いのことである。

 このイゾルという男は蟲を使って過去にも色々と悪事をやっており、その筋ではかなり名の知れた悪党だったようだ。

 そう改めて言われてみれば、確かに納得の事実ではある。

 今回の襲撃者のうち、現地のこの世界の人間としては、あの鼠男だけがぶっちぎりの驚異的な強さを誇っていた。

 何せ攻略法が判明するまでは、うちのゴレですら手こずっていたほどだ。


 しかし、とはいえあの男、普段は軟殻百足(なんかくむかで)みたいなヤバい蟲は使役していないそうである。

 『スヴェリの大馬陸(おおやすで)』なる彼の二つ名はすでに述べた。

 スヴェリってのは多分どこぞの地名だろうと思うんだけど、問題はその後ろだ。

 そう、“ヤスデ”なのだ。“ムカデ”ではない。

 鼠男が本来用いていたのはその二つ名通り、鎧馬陸(よろいやすで)という、大きなヤスデみたいな蟲なのだそうだ。


 どうも、この鎧馬陸と軟殻百足の二種の使役方法が似ているという理由から、鼠男は例の仮面男に襲撃の実行犯として雇われたようだ。

 そもそも軟殻百足というのは、本来は危険種として法律で使役や繁殖が全面的に禁止されている生物らしい。個人での使用はもちろん、国家間での戦争における使用も“条約”――話を聞く限りの印象では、おそらく戦時国際法のたぐいだろう――によりNGだ。

 これって、元の世界でいうなら化学兵器(毒ガス)並に厳しい規制である。

 あのムカデが今回以前に戦いで使用された最後の記録というのは、何でも三十年以上も昔のことなのだとか……。

 要は、元々わりと強かった悪党を、違法な蟲で無理矢理ドーピングした結果があの異様な強さ、といったところなのだろうか。


 この辺りまでの範囲が、現在捕虜の取り調べにより判明している事実だ。

 といっても、軟殻百足のようなヤバい蟲を一体どうやって仮面男達が入手出来たのかなど、判然としない事実はまだまだ多いみたいである。


 …………。

 いや、待ってくれ。害虫や変態マスクの話など、今はどうでもいい。

 そんな事よりもだ。



「金貨150枚、だと……?」



 もう一度言う。『スヴェリの大馬陸(おおやすで)』の首にかかっていた賞金額は、金貨150枚だ。

 これが丸ごと、討伐者である俺の懐に入る。

 金貨150枚という額が、具体的にどの程度の価値なのか。

 例の俺の適当な異世界通貨日本円換算の計算式を適用してみよう。おおざっぱにこの世界の金貨1枚を50万円とした場合、金貨150枚は、つまりおよそ7500万円だ。

 7500万円……。

 な、ななせんごひゃくまんえん……。



 うぷっ、金額が大きすぎて吐き気が……。



 一体何だ、この大金は。

 7500万円って、うまい棒が何本買えるんだ?

 なお、一応補足しておくが、今俺の手元の鞄の中に入っている治癒規(ちゆぎ)は、時価5億2千万円相当の品だ。ここから考えると、7500万円というのは、そう身構えることもない金額だと思われるかもしれない。

 しかし、それは大きな誤りだ。

 治癒規はハゲからもらった大事な品で、譲ってくれたあいつの気持ちを考えると、俺の性格上売却なんてとても考えられないアイテムだ。すなわち換金が不可能である以上、その価値が5億円だろうが5万円だろうが、結局のところ実際上は何の差異もない。どちらも鞄の中に入れて大切に使うだけだからな。

 だが、今回の賞金は、治癒規(それ)とはまったく意味合いが異なる。

 自由に処分可能な所得が、いきなりポンと7500万円増えるんだぞ。

 この意味が分かるか? つまり7500万円もの……うぷっ、しまった。金額を連呼していたらまた吐き気と目まいが……。


 おかしい。絶対におかしいぞ、この展開は。

 鼠男の懸賞金がこれほどの高額だったという事実自体は、まぁ理解できる。冷静に考えるとあいつはたしかに、それぐらいの強敵だったかもしれない。

 だが、この展開は解せない。

 俺の現在の所持現金は、全部あわせても金貨5枚ちょいだ。

 金貨5枚というこの金額は、俺がゴレと共に召喚の地を旅立って以降、ほとんど増えも減りもしなかった。

 この異世界では、なぜか美女ではなくハゲやババアへの強制ヒモイベントが連続するからだ。ハゲやババアは美女とは違い、年相応の堅実な生活力がある。したがって俺はここまで、生活費など気にする必要もなかった。

 俺はもう一生、金貨5枚のヒモとして生きていくような気がしていた。


 そんな完全に空気と化していた金袋の中身が、ここへきて唐突に膨れ上がるだと?

 金ぴかに光るコインをじゃらじゃらと両手のひらで弄びながら、げへげへと下卑た笑顔をこの俺が出来る日がやってくるだと?

 ふふん、ありえんな。

 怪しすぎる。

 あまりにも、おいしすぎる話だ。

 俺は知っている。この世界というのは、俺に対して決して甘く出来てはいない。

 魔術はカス属性しか使えず、穴だらけの翻訳能力しか持たず、唯一の貴重な戦闘能力である魔導は、人前で使えば即逮捕。しかもなぜか俺の周囲には、野郎と幼女とお年寄りしか集まってこない。異世界の現実とは非情である。

 そうだ、こんなにもうまい話があるわけがない。たった半日の働きで、7500万円も稼げただと? 時給換算で1000万円を軽く超えているではないか。

 何だそれは、ふざけるなよ。労働者をなめるな。俺は騙されんぞ。

 確実に、何か罠があるに違いない。

 輝く黄金色の硬貨の裏に隠された、巨大な闇の陰謀が。


 ……すでにお気づきだろう。

 異世界で貧乏人としてのヒモ暮らしがすっかり板につきつつあった俺は、高額の現金収入に対し、完全に臆病になっていた。


「では、説明の続きに入らせていただくが……」


 老軍人の声に、俺はびくりと顔を上げた。

 そうだった、慣れない大金に自失しかけていたが、説明はまだ終わっていない。

「実は今しがた、部下の方から新たに報告が上がってきておりまして」

 彼はそう言いながら、机上に置かれた書類をぺらりとめくる。

「東の農道で死亡していた弓使いなのですが、この男は『早贄(はやにえ)』のギャズ・レンという手配犯です。どうやら奴め、偽名を使って冒険者として何食わぬ顔で活動していたようですな」

「……早贄の、ギャズ・レン?」

 誰だそれ?

 というか、弓使いって、一体どの弓使いだ??

 今回俺に矢を放ってきた奴の数が多すぎて、どいつのことだかさっぱり分からない。

「ふむ、ダサイ殿はご存知ありませぬか。まぁ、奴は遠方のレアム藩出身の犯罪者ですしなぁ。さもありましょう」


「……この『早贄』の首にかかっていた賞金が、金貨40枚ですな」


 な、何いいいぃぃぃ!?

 記憶にすら残っていない雑魚が、2000万だと!?


「あと、南の畑で貴殿が討たれた賊の中にも、おそらく賞金首が一人混ざっておりましてな」


 はああ!?

 まだ増えるのか!?


「こちらの遺体は損壊がやや激しく、確認に手間取っとるのですが……。捕らえた賊どもの証言によれば、あの恐るべき弓の名手、『エルクト山の三連弓(さんれんゆみ)』である可能性が高いかと」

 あの恐るべき弓の名手って、どの恐るべき弓の名手だ??

 頼むじいちゃん、さも常識みたいに語らないでくれ。

 解説をまったく理解できない俺の願いを置き去りにして、ご老人は勝手に話を進めていく。

「『エルクト山の三連弓』の懸賞金額はこの一年半で膨れ上がり、現在、金貨84枚相当になっとります。つまりあやつの遺体の確認が取れれば、ダサイ殿の総受取金額は金貨274枚ということになりますな」

 ご老人が、にっこりと笑った。

「とはいえ、これはもうほぼ確実でしょう。もちろん今後の捜査の進展次第では、ここからさらに金額が増える可能性も十分あります」

 俺は混濁しつつある意識の中で、必死に計算をおこなっていた。

 か、掛け算だ。小学校で習った掛け算をしなければ。

 金貨が1枚50万円、それが274枚。ということは、えっと、つまり――

 500,000×274=137,000,000


 1億3700万円……。


「お、おお、うおお……」

 もはや言葉を失い原始の猿へと戻りつつある俺の様子には構わず、ご老人はどんどん手続きを進めていく。

「それでは、こちらの書類にご署名をお願いできますかな。ダサイ殿は魔術師協会の上級会員の資格をお持ちとのことですので、あとはそちらの会員証さえ確認させてもらえれば、この場における手続きは完了です」

 俺はご老人の言うがままに書類へサインをし、ぽちりと拇印を押した。

 そして、先日魔術師協会で発行してもらった、例の黒地に銀色の文字が輝くカードを確認してもらった。


 それにしても、この会員証。

 警察から職質を受けた際の切り札程度に思っていたのだが、まさかその最初の出番が、1億3700万円を受け取るための本人確認書類になろうとは……。



------



 書類上の手続きは、拍子抜けするほどにあっさりと終わってしまった。

 俺はゴレと共に陣所の天幕を後にした。


 なお、賞金はこの場で支払われるわけではないそうだ。

 役所等で諸々の正式な手続きを終えた後、魔術師協会の会員用の口座宛てに、後日送金される形になるのだとか。

 というか、あの協会に俺名義の口座なんてものが開設されているのか? そんな事、今初めて知ったのだが……。


「なぁ相棒、俺達急に金持ちになってしまったぞ……」


 斜め後ろを振り返り、一緒に歩くゴレへ声をかけた。

 彼女の長いエルフ耳が、返事をするように微かに動く。

「もうこのまま、ふたりで賞金稼ぎに転職してしまおうか? どう見ても滅茶苦茶ぼろい商売じゃないか。わけの分からん雑魚を倒して、あっというまに1億円だぞ」

 冗談めかしてそう言ってみると、ゴレの顔が急にずいっと近づいた。

 何だか予想外の食いつきだ。間近に迫る彼女の赤い瞳が、好奇心と憧れに満ちた強い輝きを放っている。

「…………?」

 はて。どうもこれ、賞金稼ぎになるという提案に賛成しているのとは、若干違うような気がする。

 この不器用に一生けんめい話の続きをせがむような仕草は、むしろ江戸幕府の歴史とか、日本での生活の話だとかをしてやっているときのそれに近い。

 ここでようやく、俺はある事に思い当たった。

「ああ、そうか。お前は()を知らないのか」

 ゴレのやつ、俺の発した「1億円」という言葉に反応していたのだ。

 こいつ地球の情報にはやたらと敏感だからなぁ。

 アセトゥやジャンビラは俺がこの世界の文化に興味津々なのを面白がっているが、ゴレが俺の世界の話を聞くときの熱心な視線の温度は、そんなものとは比較にならない。

「円ってのは……そうだな、つまり通貨の単位だよ。ほら、この国で流通している金貨も、たしか正式にはヘイレミア正金貨って呼ぶんだろ? 要はあれみたいな感じで――……」



「――なんだいネマキ、あんた昼寝は終わったのかい?」



「どぅわおおおおおっ!?」

 どや顔で社会科の授業を始めようとしていた俺は、思わず ずっこけそうな体勢で飛び下がった。

 テテばあさんが、いつの間にか俺の真後ろに立っていたのだ。


「何やってんのさ、その珍妙な踊りは一体何だい?」

「う、うるっさいわ! おい、ばあさん、毎度毎度予告もなしにいきなり俺の背後に出てくるんじゃねえ! 心臓に悪いだろうが!」

 あきれ顔のテテばあさんに、俺は涙目で怒鳴った。

「はあ? 普通に歩いて近寄って来ただけだろうが。ぼさっとしてるあんたが悪いよ」

「…………」


 い、今のは本気で危なかった。

 もう少しで、テテばあさんに日本の社会科の授業を聞かせてしまうところだった。

 警戒心の強いゴレがかなり甘えた仕草ですり寄ってきていたものだから、つい、周囲に話を聞いている人間が誰もいないものと思い込んでいたのだ。


 相棒よ。魔獣より恐ろしい妖怪ババアが後ろから接近しているなら、きちんと俺にそう教えてくれ。

 お前はちとこのババアに対して無警戒すぎるぞ。


「……ふん」

 テテばあさんが小さく不満げに鼻を鳴らした。

「ま、いいさね。ちょうど今しがた賊の取り調べも終わったところだ。ここでの用は済んだし、さっさと一緒に帰るよ」

 ばあさんはそれだけ言うと、正門に向かって畑道を歩き出した。

 俺とゴレもそれに従った。


 三人で歩きつつ、俺は少し歩調を早め、テテばあさんの隣に並んだ。

「……なぁ、ばあさん。あの鼠顔の蟲使い……えーっと、イゾル・ベウリアだっけか。あいつら何か新しい情報を喋ったか?」

 問いを受けた彼女が、ちらりと俺の方を見る。

「いいや、ありゃ駄目だね。肝心な情報は何一つ出てきやしない」

「なんだ、そうなのか……。意外に強情な奴らなんだな、見た目は軟弱そうに見えたが」

「別に連中の忠誠心や意思が固いわけじゃないよ。私直々に徹底的に(・・・・)取り調べたんだ。あれで何も吐き出さないってことは、事件の全体像について本当に何ひとつ知らされちゃいないんだろう。あんたらが倒したっていう仮面の男の素性についても実際にはろくに知らないようだし、(ほこら)の林の手前で死んでいた妙な蟲使い一味とも、蟲の受け渡しのとき以外に直接の交流はなかったらしいよ」

 テテばあさんはそう言って、肩をすくめた。

「つまり結局のところね、『スヴェリの大馬陸(おおやすで)』イゾル・ベウリアですらも、里を包囲していた有象無象の雑兵どもと同じってことさ。敵にとっては、ただの使い捨ての駒のひとつに過ぎなかったってわけだよ」

「そうか。となると、やはり……」

 となるとやはり、主犯格の仮面男から情報を引き出せなかったのは、予想通り痛かったのか。


 俺は何となく、斜め後ろを歩くゴレを振り返った。

 彼女は今、俺とテテばあさんの中間真後ろくらいの位置を歩いている。

 長い耳が少しぴんと張っている。きちんと話を聞いているようだ。


 普段他人との会話内容にまるで興味を示さないゴレではあるのだが、俺とテテばあさんの会話に関しては、こんな風に例外的に真剣に聞いている事が多い。

 これはどうも、俺がばあさんの話を真面目に聞かずによく杖で叩かれるので、代わりに自分が一生けんめい聞こうとしているみたいだ。

 その証拠に、ばあさんの言いつけを忘れて俺が遊びほうけていたりすると、よくゴレが袖を小さく引っぱったり、身体を押し付けて必死に知らせようとしてくる。

 なんとも健気でいじらしい奴である。


 ……うん。

 仮面男の生け捕り失敗の件について、口に出すのはやめておこう。

 話を聞いたゴレが、責任を感じてひどく落ち込んでしまうのは目に見えている。

 うちの相棒のメンタルは、スポンジケーキ並にもろいのだから。



------



 特に会話もなく、黙って畑道を歩く。

 周囲の空間は、すでに夕暮れの鮮やかな色に染まりつつあった。

 一面の広大な収穫済みの麦畑と夕日が、オレンジ色の美しい海を生み出している。

 そんな静かな大海原を歩く気分は、悪くないものだった。


 このとき、俺はふとあることに気付いた。

「あれ? そういや、デバスは一緒じゃないのか? どこにも姿が見えないが」

 テテばあさんの相棒の、茶色い強面(こわもて)ゴーレムがいない。

「ああ。片付けやら何やら、今は少しでも作業の手が欲しいからね。デバスはそっちの手伝いに回ってもらっているよ」

「マジかー。あいつ賢いよなぁ……」

 うちのゴレだって賢いけど、俺にべったりで側を離れてくれないからなぁ。他人のお手伝いなんてとても無理だ。

 それ以前に、俺抜きでゴレに他人との共同作業などをさせたら、100パーセントの確率でトラブルが起こるだろう。最悪死人が出る。

 いいなぁ、ばあさんちのデバスはおりこうで。


 それにしても、片付け作業か……。

 夕暮れ時の麦畑に、里人の姿は一人として見当たらない。皆すでに防壁外での作業を終え、里の中へと戻ったのだろう。

「陣所で懸賞金の手続きをしている間に、結局肥料づくりは見逃してしまったか……。惜しいことをした」

炭殻蟲(たんかくちゅう)の死骸を発酵させて作る、例の肥やしかい。あんたって本当にそういうの好きだねえ」

「あの巨大カメムシ、炭殻蟲っていうのか?」

 なるほどそう言われてみると、外殻が真っ黒で炭みたいな質感だった。

 炭ならば、さぞかし良い肥料になるだろう。

 元の世界でも、バーベキューの後に残った炭をよく家庭菜園に撒いていたものだ。


 美味しい焼肉にのんびりと思いを馳せる俺。

 そういえば、そろそろ飯時だ。先ほど梨は食べたが、おやつは別腹である。

 と、このとき、隣のテテばあさんがぽつりと言った。


「……ネマキ。あの炭殻蟲と戦ってみて、あんたはどう感じた?」


 やや低く真面目な声音に、俺の思考は焼肉から現実へと引き戻された。

 ともあれ、カメムシと戦った感想だと? 特に何もないが……。

「どうって……。あれはただの雑魚だろう? 足止め要員の」

 これに関しては、別に俺だけが抱いた特殊な感想ではないはずだ。里のゴーレム使いの皆も同意見ではないかと思う。

 そもそもあの巨大カメムシとの戦闘で、里側には一人の死傷者も発生していない。あの蟲は、一般的な戦闘用のゴーレムよりはるかに弱いのだ。現に、最終的には俺達抜きで駆除が完了しているほどだ。

「ただの雑魚、か……。ふん、なるほどね。続けてみな」

「? 続けろと言われてもな……。まぁ、こう言っちゃあなんだが、あのカメムシにとってゴーレムってのは、実はそれほど相性の良くない相手なんじゃないか? あいつらは重ゴーレムより動きが鈍いし、軽ゴーレムのパワーでも十分に攻撃が通っていた。普通の歩兵にとっては槍や弓でどうにも出来ない恐ろしい生物なのかもしれないが、ゴーレム使い相手にあの蟲の能力はさして意味がないよ」

 ご要望の通りにカメムシの感想を述べ終え、俺はテテばあさんの反応をうかがった。

 質問者は黙って俺の回答を聞いている。特に何か発言する様子もない。


 ……おい、ばあさん。何かツッコんでこい。


 早くも無言の時間に耐えられなくなった俺は、仕方がないので敵の巨大カメムシの運用方法についての総括を述べることにした。

「えーと……つまりだ。今回の敵は蟲に関しては専門家で、綿密な作戦を立てて行動していた。決して俺達にとって都合のいい馬鹿の集団なんかじゃない。カメムシとゴーレムの相性ぐらい、当然事前に把握していたはずだ」

 これが意味している事はつまり、相手方にとっても、あのカメムシはただの肉壁役にすぎなかったという事実である。

「敵は正門を突破する必要なんてなかったし、正門に群がる蟲は別にあのカメムシでなくとも良かったんだろうと俺は思ってる。頭数を揃えられて短時間ゴーレムの足止めをできる程度の強さの蟲であれば、何でも良かったんじゃないだろうか。本来の敵の計画通りに事が推移していれば、軟殻百足(なんかくむかで)の投入直後にあっさりと戦いの決着はついていたはずなんだから」

 複数頭の軟殻百足が防壁内で暴れまくる状況というのは、それだけで、里にとって決定的な致命打になる。たった1頭侵入してあの状態だったのだ。当初存在していた6頭がすべて同時に出現したら、里の防衛機構など一瞬にしてズタズタに引き裂かれていただろう。

 組織立ったゴーレムによる抵抗がなくなった後は、防壁内に例の大量の毒蜘蛛でも放てばいい。

 殺戮劇の9割9分は、それで完了するはずだ。

 おそらく最後に腕利きのゴーレム使いが確実に数人は生き残るだろうが、そこで変態マスクの野郎は、仕上げに自らが颯爽と登場するつもりだったのだろう。

 ゲームや漫画の主役気取りのあいつがやりそうな事だ。格下相手に勝ち誇った厭らしい顔で見せつけるように剣を振り回すその姿が、容易に想像できる。

 この流れだと、里の防衛線が崩壊するまでに長くて10分。里人が全員死ぬまでにおそらく1時間もかかるまい。

 つまりカメムシとゴーレムがまともな戦闘をする局面というのは、せいぜい最初の数分間だけだ。


「……むしろ必要な戦闘時間からして、カメムシの損耗自体ほとんど発生しないと敵は踏んでいたかもな」

 最後の血生臭い憶測について、俺はあえて言葉をぼかした。

 終わった事だ。こんな胸糞の悪くなる話、わざわざ口に出す必要もない。


「……おい、ばあさん。きちんと感想を言ったぞ。何かリアクションをしろ」

 あまり俺にシリアスな解説をさせるなよ!! こういうのは柄じゃないし、色々と心がささくれ立って疲れちゃうだろうが!

 俺は抗議の念を込めた目で、隣を歩いているはずのテテばあさんを睨みつけた。

 そして、このときになってようやく気付いた。

 テテばあさんが唖然とした表情のまま、こちらを見つめて固まっている。



「お、驚いた……。あんた他人の命がかかってる緊急事態だと、びっくりするほど頭が回るんだね……」



「は?」

 訝しむ俺に対し、老婆は大きな溜息を吐いた。

「はぁ~~……。普段でもこの半分、いや、せめて五分の一でいいからきちんとしてくれていりゃあねえ。そしたら私も、あんたのせいで余計な苦労をしないで済むんだが……」

 おい、こらババア。何だその言い草は。

 というか貴様、俺のことを褒めているのかディスっているのか、どちらかはっきりしろ!

「ふむ。しかし、本気を出せばやれるってことは、やっぱり普段ゴレタルゥが甘やかしすぎてるのが、ネマキの教育上良くないのかねえ……」

「おい」


 俺は若干ふてくされた顔で、ぽりぽりと頭を掻いた。

「なぁ、ばあさん……。そんな事を言うために、俺にわざわざカメムシの感想を聞いたのか?」

 その言葉に、テテばあさんがこちらへと向き直る。

「違うよ、先入観のないあんたの意見を試しに聞いてみたかっただけさ。まぁ、予想外に満点に近い答えだったんで、ちと面食らっちまったがね」

「満点に近い(・・)ってことは、満点ではないのか」

 そいつは、ちょっと残念だ。

「正直に言えば、おまけで満点をくれてやってもいいくらいだがね。あんたが戦場での断片的な情報のみから組み上げた推論は、実際見事なもんだ」

「お、おう」

 なんだよ、ばあさん。いきなりストレートに褒めるんじゃねえよ。

 背中の辺りがむずむずしてくるだろうが。

「あんたの言う通り、私たちゴーレム使いにとって炭殻蟲はただの雑魚にすぎない。だがあの蟲については、まだあんたの知らない事実がある」

「俺の知らない事実……?」


 気付けば俺もテテばあさんも、畑道の上で完全に立ち止まっていた。

 背の低いばあさんが、俺の視線に合わせるようにゆっくりと顔を上げた。

「なぁ、ネマキ。炭殻蟲の死骸を燃やさず土に埋めて肥やしにするよう指示を出したのはね、実はこの私なんだよ。……どうして皆にわざわざそんな指示を出したと思う?」

「そりゃ、すごく良い肥料になるからだろう? 皆そう言って喜んでいた」

「そうだね、それはその通りさ。炭殻蟲の群れが死んで、そこから森が生まれたなんて古い逸話もあるくらいだ。あれが優れた肥やしになるのは間違いないだろう。だけど、あの蟲の死骸だけを例外的に焼却処分しなかった理由は、実はそれだけじゃない」


「……燃やせない(・・・・・)のさ、あの蟲は、絶対に。外殻におそろしいほどの耐熱性があって、超高温の大規模火魔術でもびくともしない。実際にはゴーレムで砕いて埋めちまうくらいしか、死骸の処理方法がないんだよ」


「何、そうだったのか……」

 あのカメムシがそんな特殊能力持ちだったとは。

 だけど、それがどうかしたのか? 熱に強かろうが何だろうが、ゴーレムでぶん殴ってしまえば同じだろう。戦闘において、さして重要な要素とは思えない。

「炭殻蟲は、蟲としては珍しく火魔術に強い。しかも、それなりに生息数の少ない貴重な蟲だ。この里を襲うだけのつもりなら、そんなものをぞろぞろと連れ歩く必要なんて本来どこにもないんだよ」

 テテばあさんの表情は真剣そのものだ。

「ばあさん、あんたさっきから少し様子が変だぞ。一体俺に何を言いたいんだ……?」

 疑問顔の俺の目の前を横切るように、テテばあさんの手がすっと伸びた。

 その指先が、夕焼けに染まるシドル山脈の西の空を指している。

「この山脈の西の端には、もうひとつ、この里と同規模の有名な里がある」

「もうひとつの里……?」

「ああ、“焦げ谷(こげだに)の里”なんて名で呼ばれているがね。そこは代々火魔術使いの有力氏族が治めている閉鎖的な場所だ。向こうの里の魔術師は火魔術使いの家系がほとんどで、血統的にもまともなゴーレム使いなんてのはいやしない。要するに、うちの里とは真逆の里ってわけだね」

 今回救援に来てくれた火魔術使い達の中にも、焦げ谷の出身者が何人もいるよ。と、ばあさんが付け加えるように言った。

「賊があのまま西に進んでいれば、いずれは焦げ谷にぶつかったはずさ。そして、もし仮に、その焦げ谷の集落内に炭殻蟲の大群が雪崩れ込んでいたら――」

 ここへきて、俺もようやく彼女の言わんとしている事に気付いた。

「……軟殻百足をけしかけられたゴーレムの里と、まったく同じような状況がその里でも起こっていたはず。と、そう言いたいのか。ばあさん」

「そういうこった。炭殻蟲を中核にして多少の戦術的な細工を施されれば、おそらく焦げ谷はひとたまりもなく壊滅しちまっていただろう」

「じゃあ、何か? つまりあのカメムシどもは本来、その焦げ谷を攻め落とすための戦力だったと?」

 何だか、話の規模がどんどんでかくなっている。

 今回の事件、ゴーレムの里や南の港町で収まる内容の話ではなかったのか。

「ここから先の話は、多分に私の推測を含んでいるが……」

 目の前の老婆の眼光が、この一瞬、まるで猛禽のような鋭さを帯びた。



「――賊の本来の目的は、シドル山麓の小集落を舐めるように滅ぼし尽くしながら、山脈をぐるりと一周する事にあったんじゃないかと私は見ている」



 状況からそうとしか考えられない。と彼女は言った。

 彼女の導き出した恐ろしい結論に、俺は目をみはった。

「な、何だそれは……」

 山脈を丸ごと、滅ぼし尽くす?

 あの仮面男は、そんなイカれた真似をしようとしていたってのか?

 だが、そんな事をしなければならない理由が、俺にはまったく分からない。

「一体何のためにそんな事をするんだ……?」

 俺の問いかけに、老婆は小さく首を振る。

「そいつは私にも分からないよ。いくつかの憶測が出来ないこともないが……。正直何とも言えないね、どれも根拠が薄すぎて」

「そう、か……」


 それきり、二人とも沈黙してしまった。

 今のテテばあさんの話は、考えてみると俺にも思い当たる節があった。

 戦闘中に魔導の感覚強化を使って盗聴した、敵のイケメン蟲使い達の会話が、思えばそんな感じの内容だったのだ。

 あのとき聞き取れた言葉は断片的だったし、直後に奴らは仮面男に殺されてしまった。その後の怒涛のような展開の連続で、正直細かい会話の内容など頭から吹き飛んでしまっている。

 だが、テテばあさんの推理に符号するような内容を、あのイケメン達は確かに喋っていた。

 そうだ、奴らは喋っていたぞ。他にも、何かもっと別の情報を――


「……なぁ、ばあさん。“姫君”って言葉に心当たりはないか?」


「姫君? 何だい、そりゃ」

「実は、仲間割れで殺された賊がそんな事を話しているのを聞いたんだ。もしかしたらその姫君ってのが、今回の事件の関係者なんじゃないかと思ったんだが」

「ふむ。姫君、ねえ……」

 テテばあさんは、少し考えるような仕草をした。

「しかし、そいつはどうにも意味の広すぎる言葉だねえ。皇族や藩主の娘から、数多いる貴族や商家の箱入り娘、腕利きの女魔術師に女流剣士、はたまた男所帯の傭兵団の紅一点。果ては高級娼婦や芸妓(げいぎ)でさえも……。世の馬鹿な男どもにかかりゃあ、高嶺に咲く花はみな姫君さ。一見明確な実体があるように見えて、その実なんとも掴みどころのない呼び名だよ」

「だよなぁ、やっぱり手がかりにはならないか……」

「とはいえ貴重な情報のひとつではあるよ。頭に留めておこう」


 俺とテテばあさんは、再び畑道をゆっくりと歩き出した。

 並んで進む俺達の後ろを、ゴレがおしとやかに付いてくる。

 会話中、ゴレはずっと空気を読んでおりこうにしていた。ばあさんと俺しかいないときのゴレは、何も問題を起こさないとってもいい子である。


 深刻な表情になっていた俺を心配したのか、ゴレが肩ごしに顔を出してきた。

 これをやられると、エルフ耳がさわさわと当たってくすぐったい。

 狙ってやっているのか、ゴレは一生けんめい耳の先でさわさわしてくる。くすぐったくて、思わずちょっと笑ってしまった。


 うっすらと笑顔になった俺は、ゴレのほっぺたをつつきつつ、となりのテテばあさんを振り返った。

「……でも、ま、正直なところさ。敵の狙いが別にこの里そのものじゃなかったらしいと分かって、内心かなりほっとしたよ」

「それに関しちゃ私も同感だ。敵の背後に何者がいたにせよ、こんな大それた真似はおそらくそう何度も出来るもんじゃない。もちろん、今後も気を抜かないに越したことはないが」

「あ、いや……違うんだ。そういう意味で言ったんじゃなくて。実は俺、この襲撃事件についてちょっとした勘違いをしていたんだよ」

「勘違い? はて、一体何をだい」

 小首をかしげ、不思議そうな顔でこちらを見上げるテテばあさん。

 俺はそんな彼女に対し、とびりきりの爽やかな笑顔で言い放った。

「ははは。いや、俺はてっきりな。ばあさんが過去の悪行で誰かの恨みをかったせいで、その報復として里が襲撃されたに違いないと――かぽォッ!!!!?」


 ババアの無言の杖の一撃が、俺の脳天に炸裂した。



------



 薄闇の中、空に星が瞬き始めている。

 夕日はすでに沈んでしまい、西の稜線にほんのりと赤めいた帯のような残滓を見せているのみだ。


「……というわけで、1ドル360円の時代はついに終わりを迎えたわけだ」


 俺は正門の上にゴレと並んで座り、彼女に社会科の授業を行っていた。

 ここは、里で一番空に近い場所だ。

 最初は日本の円についての説明をしていたはずなのだが、途中から話が脱線しまくり、気付けば今、なぜかベトナム戦争とニクソン・ショックについての解説を行なっている。

 だが、ゴレはそんな俺を見捨てることなく、真面目に話を聞いてくれていた。

 うちの相棒は本当にいい奴である。


 里で最も高い建造物であるこの正門は、下の櫓部分までは梯子を伝って登れるようになっている。でも、この屋上までは誰もやって来られない。

 俺とゴレの、ふたりっきりだ。

 星空の下、隣で肩を寄せうっとりと話を聞いているゴレを見ていて、俺はふとある事を思い出した。

「そういやさ、ゴレ。あの賞金の金貨274枚の使い道だが、一体どうしようか?」

 こうして門の上で社会科の授業をする原因となった、例の1億3700万円分の金貨のことだ。

 金は手に入ったものの、俺には今欲しい物など特にない。

 やはりあれか、老後に備えて貯金が正解なのか?

 いや、まてよ。そもそも鼠男を直接倒したのは俺じゃなくてゴレなんだから、賞金はゴレに使わせてやったほうがいいのだろうか。

 一応あの金貨274枚の中には俺が倒した雑魚達の賞金も半分くらい混ざっているわけだが、正直いって、いつ倒した誰の賞金だったのかすら分からんような有り様だ。もう、賞金は全部ゴレの手柄ってことでいい気もする。


「なぁゴレ、お前何か賞金で買って欲しい物はないか?」

 問いかけてみたが、ゴレの反応は薄い。

 相棒は先ほどから、俺の肩にひかえめに頬をすり寄せている。

 どうやら俺の肩にほっぺをすりすりすることは、こいつにとって1億3700万円よりも価値のあることらしい。

 俺の肩にそこまでの値打ちがあったなんて、今初めて知った。

「お前は相変わらずの平常運転だなぁ……。ま、いいか。別に急ぐような事でもないんだ」

 ゴレへのごほうびは、おいおい考えてやればいいだろう。


 俺の肩へのマーキング行為にご執心な相棒のことは放置しつつ、俺はのんびりと夜空を見上げた。

 空気がとても澄んでいるせいなのだろうか。見上げるたびに毎回思うが、この世界の空はいつ見ても本当に綺麗だ。色々な場所で、様々な表情を見せてくれる。

 こんな素晴らしい星空を見せてくれる世界を滅ぼそうとしたリュベウ・ザイレーンも、弱い人達に暴力を振りかざすことしか考えていなかった仮面男も、心底馬鹿なことをしていると思う。

 座って星を眺めている方が、ずっと有意義だろうに。


 俺はそのまま視線を落とし、眼下に広がる里の景色を眺めた。

 闇に包まれた里の中、その中央付近がぼんやりと明るく輝いているのが見える。

 たくさんの松明と大きなかがり火が生み出す光だ。

 あそこは里の集会場がある辺りなのだが、何でも今夜は集会場前の広場で、食事の大盤振る舞いをやるそうである。

 肉やら酒やらが、先ほど大量に貯蔵庫から運び出されていた。

 今宵は魔術師協会からの客人なども多く里に滞在している。きっと里中の皆が広場に集まって、昼間の戦いの事でも語り合いつつ、夜通し酒を飲んでどんちゃん騒ぎをやるのだろう。

 この世界の人達というのは、案外祭り好きのようだから。


「……よし、それじゃ相棒。俺達もそろそろ、楽しい宴会に参加するか」


 肉といえば、そう。シドル山脈名物の、食いごたえのある牛肉である。

 里で作られた地酒もかなり美味い。

 よし、今夜は飲んで食いまくるぞ。焼肉パーティーが楽しみだ。

 

 


 

 以上で、第6章は終了です。

 いつもお付き合いありがとうございます。励みになっております。物語全体としては、今回で連載開始当初から予定していた大きな山のひとつを越えた感じですね。

 第6章は珍しくヘビーな内容でシリアス気味な話が連続したので、次回は口直し的に、ゴレがメインのゆるいお話を投下する予定です。


 *


 ちなみに、主人公がいつの間にか倒していた賞金首二名の正体なんですが、『早贄(はやにえ)』のギャズ・レンは、東の農道の戦いで〈土の大槍〉に屠られた、顔に蛇の刺青のある男(第78話登場)。『エルクト山の三連弓(さんれんゆみ)』は、南の丘の戦いで、〈土の戦斧〉のブーメラン攻撃による巻き込み事故で敗れ去った弓使い(第83話登場)です。

 実際にはこの二名の他にも、ゴレが戦闘中に数人の有名犯罪者を仕留めてるんですけど、彼女の場合は怒りのままに全員の頭部を粉々に吹っ飛ばしてミンチにしてしまっているので、死体の身元確認など完全に不可能な状況になってます。

 

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