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破滅の魔導王とゴーレムの蛮妃  作者: 北下路 来名
第1章 野蛮なる王妃
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第10話 二度目の出会い

「よし、万歳しろゴレ太郎。はい、ばんざーい」


 澄み渡る青空の下、俺はボロ布でゴレ太郎の純白ボディをピカピカに磨いていた。

 ゴレ太郎はおりこうにばんざいする。よしよし、脇の下まで輝く白さにしてやろう。

 ……うん。バイクとかテッカテカに磨く人の気持ちがマジで分かるわ。


 裏庭で〈ゴーレム生成〉を試みた日から、3日が経過していた。

 いや、正確な日数はわからない。どれくらい意識を失っていたのか不明だからだ。2日間ほぼ寝たきりだったから、あくまで最低3日、ということにすぎない。

 寝込んで隠れ家に引きこもっている間、外での果実の採取は、ゴレ太郎が行ってくれた。

 こいつはでかい図体からは想像ができないくらいに器用だ。ゴレ太郎の腕は人型ロボのマニピュレーターみたいな、ごっついパンチ力ありそうなやつなんだが、ものすごく繊細に動かす。もし細い指なら、裁縫だってできそうなくらいだ。俺の造形技術が拙いせいで申し訳なさすぎる……。

 また、俺がクランベリー林檎様ばかり食べたがるので、こいつはすでに熟して美味いクランベリー林檎様の実の選定方法をマスターしつつあった。か、かしこすぎる……。

 とりあえず、性能面のやばさは置いておくとしてだ。

 2日間ほとんどの時間をベッドの上で過ごした俺なのだが、ゴレ太郎に日本の話を色々と聞かせることで、全く退屈せずにすんだ。この点は本当に助かった。こいつ話を聴いてるとき、やたら顔の位置が近くて圧迫感あるけどな。ものすごく真面目な奴だ。


 それにしても、2日も寝たきりになってしまうとは……。

 俺はかつて、大岩扉を開けようとしてグチャグチャのグロ画像を作成し、本の拘束具を外そうとした結果、メントスをガイザーさせてしまっている。

 続く〈小石生成〉では、自然破壊の大惨事を引き起こした。

 最後の〈ゴーレム生成〉にいたっては、特に最悪だ。意識を喪失した挙句、ダメージで寝込んで、このざまだ……。

 もはや認めるしかない。俺には魔術の才能が、ない。

 とりあえず、〈ゴーレム生成〉はもう一生やらないと思う。


 俺の体調はほぼ回復している。もはや気だるさもほとんどない。

 ちなみに俺は今、下着一枚の野性味溢れるワイルドな姿である。

 今朝まで寝たきりだったからな。回復して一番に、庭で身体を拭いていたのだ。

 要するに、ゴレ太郎を磨いているのは、そのついでである。

 

「よし! 頭下げろ、ゴレ太郎」

 ゴレ太郎は背中を丸めてお辞儀をする。うん、おりこうさんだ。

 俺はボロ布でゴレ太郎のつむじをキュキュっと磨くと、ぽんと頭を叩く。

 ついでに頭を撫でてやった。


「よっしゃ終了! お前の頭はホントすべすべだな!」


 さて、今日からいよいよ本格的に活動再開だ。

 ……ん? まて、今のやりとり、何か違和感があったような。


 しかし、俺はその違和感について、結局深く考えることがなかった。

 なぜなら、もっと大きな、別の違和感に気付いたのだ。

 俺達は今、家の裏手の水場の前で身体を拭いていたわけなのだが……。


 そこから少し先、木立の近くの地面に――ぽっかりと穴が開いていた。


 はて。こんな穴、今まであっただろうか?

 少し頭を捻った後に、気付いた。

 そうか、ここはゴレ太郎の素体を生成したときに使った、白い石柱があった位置だ。

 石柱の下にはこんな穴があったのか。

 何の穴だろうか。一見すると、井戸のようでもあるが。

 

 穴の様子を覗いてみようと思い、近くに歩いていった。

 ゴレ太郎は水場の前から動かない。

 

「……どうした、ゴレ太郎?」

 

 妙だな。

 こいつ、いつもは雛鳥みたいに、俺の歩く後ろをどこにでも付いてくるのだが。トイレの中にまで付いて来ようとしたときには、流石に閉口したくらいなのに……。

 

 ……いや、思い返してみれば、どうもゴレ太郎はこの2日間、俺をこの裏庭から遠ざけようとしていた節がある。

 水汲みはこいつが頻繁に行って常に絶やさないものだから、俺はこの水場に近づく必要すら全くなかった。それに、今日もここへ水浴びに来る直前には、俺の服の袖を軽くひっぱったりして、微妙な抵抗を見せていた。2日もベッドで寝ていたせいで身体がちょっと気持ち悪かったので、俺が無視して強引にここまで来たのだ。

 というか、袖をひっぱっていたのは、遊んでほしいのかと思っていたぞ。

 犬は良くこれをやる。俺はわりと無視する。


 ゴレ太郎の行動に疑問を抱きつつも、俺は気楽にひょいと穴の中を覗いた。

 そして、軽く後悔した。

 ゴレ太郎、お前は正しいよ。


 ――うす暗い穴の底に、横たわる人影が見えた。



------



 俺は、あわてて家の中に引き返した。

 すぐに服を着替えて装備を整え、適当にローブを羽織ってから裏庭に駆け戻る。

 まさかパンツ一丁で穴に潜るわけにもいかんしな。

 それに、人前に出るときの最低限の紳士の嗜みでもある。

 え、ゴレ太郎? いいんだよ、こいつは家族だからパンツ一丁で接しても。


「おい、そこのあんた! 大丈夫か!?」

 裏庭の穴の上に立ち、中に向かって何度か声をかけてみた。

 予想はしていた事だが、穴の底からの返答はない。

 正直言って、あの暗がりの中にいる人物が生存している可能性は、限りなくゼロに近い。

 

 でも、ゼロじゃないんだ……。

 基本、文化人である俺の精神は、これを放置することを許さんのだ。


 穴の深さは、あくまで目測だが、おそらく4・5メートル以上はあろうか。

 うす暗くてよく分からないが、地下の空間は、入り口に比して横幅がかなり広いようだ。

 少なくとも、これでただの枯れ井戸という線は消えた。

 元々石柱が塞いでいた場所にある穴だから、入り口も直径1メートル以上ある。

 俺が侵入するには十分といえた。

 すでに納戸にあった長い縄をひっぱり出してきてある。

 ゴレ太郎に穴の上でこの縄を持っていてもらい、内部に降りる算段だ。

 当初は穴に近寄ろうとしなかったゴレ太郎だが、俺が内部に降りる決断をしたと見ると、穴の側まで付いて来てくれていた。マジでいい奴だ。ナイスガッツだぜ、ゴレ太郎。


 俺は、ゴレ太郎の胴にくくりつけた縄を、自らの手に握った。

 かなり古い縄なんだが、大丈夫だよな、これ?

 ま、まぁ途中で千切れて落っこちたところで、おそらく死にはすまい。

 でも、骨折はするだろう。

 …………。

 や、やっぱ降りるのやめよっかな……。


 ふとゴレ太郎の顔を見た。

 そうだ。何を臆病風に吹かれているのだ、俺は。

 ゴレ太郎の教育の為にも、俺は文化人としての態度をここで見せつけなければならない。

 それに、実際のところ……もし穴の中に横たわっている人の命がまだ消えていない可能性が、ほんの砂粒ほどでも残っているならば、俺はその人のために出来ることをしてあげたかった。

 今この場所で何かできる人間は、俺しかいない。


 俺は意を決し、縄伝いに穴の底へと降下を開始した。

 意外とスムーズに降りていけた。途中で縄が軋んで恐怖におののいた事を除けば。

 降下中、いろんな意味で、俺は極力下を見ないようにしていた。

 そろそろ、底に到着しそうだ。

 降りながら横目に側面の内壁などを見ている感じでは、この地下空間、規模的には枯れ井戸の中を前後左右に数メートル拡張したみたいな、そんな程度の物みたいだ。さして広いわけではない。


 ようやく穴の底に足がついた。

 すでに周囲の薄闇には目が慣れつつある。

 横たわっているはずの人影は、着地地点より、もう少し脇の位置だ。

 覚悟を決めてそちらに目を向けようとしたとき、頭上で物音がした。

 見上げると、天井にぽっかりと開いた円状の入り口から、ゴレ太郎が中に入ってこようとしている。

 いや、お前はサイズ的に入るの無理じゃないか?

 ……お? わりと余裕で入れたみたいだな。


 いや、まてまてまてまて!

 お前まで降りてきたら、誰が俺を引っ張り上げるんだよ!!!

 ちょっ、まっ、ゴレ、だめ、


「ゴレ! ステイ(まて)!!!」


 一瞬、遅かった。

 ゴレ太郎は穴の縁に手をかけ、軽く反動をつけて斜めに飛び降りた。

 そして軽やかに内壁の側面を蹴り、空中で素早く回転。

 俺のとなりに、着地した。

 俺は絶句した。

 こいつ今、着地の音すらしなかった。


「お前、一体どんな運動神経してるんだ……」


 い、いや。まぁいい。今の動きなら、間違いなくゴレ太郎は自力で穴の外に出られる。

 帰りの心配は消えたのだ。とりあえずは、それを喜ぶべきだ。


 気を取り直した俺は、軽く深呼吸した。

 意を決し、足元に横たわる人影に視線を落とす。

 俺は目を見開いた。

 なんとそこにあったのは――



 ――そこにあったのは、白骨死体だった。



 ちくしょおおおおおおお! また白骨死体かよ!!!!!!

 そりゃ予想はしてたけど! この状況だし予想はしてたけどさあ!!!

 俺が異世界で遭遇する人類、今のところ白骨死体率100%じゃねえか!!!


 ……すまん、取り乱してしまった。


 そのとき、俺はふいに強い視線を感じた。

 視線の主は、ゴレ太郎だ。

 もちろんゴレ太郎には目などない。

 事実としては、顔がこちらに向いているという、本当に、ただそれだけだ。

 しかし、俺はゴレ太郎に、じっと表情をうかがわれている、そんな気がした。


 そしてこのとき俺は、ゴレ太郎から初めて、非常に強い感情の揺らぎのようなものが伝わってくるのを感じた。


 これは、恐れ……いや、強い不安か?

 だが、ゴレ太郎の強い不安の対象は、床にある死体ではなく、むしろ目の前の俺に向いている。

 なぜこの状況で、死体ではなく俺の方を気にする?

 俺自体を恐れているという感じとも、何かが微妙に違うような気がするが……。

 この感じ、なんだか、まるで親に叱られることを予感して、縮こまって泣きそうになっている子供のようだ。

 まさか、裏庭に俺を近寄らせなかったことで、俺が今更怒るとでも思っているのか?

 そんなことを確認するためだけに、あんなに近寄りたがらなかったこの穴の底に、わざわざ自分から降りてきたのか?

 ――いや、違うな。これは多分、そういうことじゃない。

 ならば、お前は俺に一体何を恐れている……?



 ……うん。わからん。

 俺はそこで思考を完全に切り上げた。


 まぁ、白骨死体とか初めて見たら、そりゃ怖いわな!

 ゴーレムでも不安にもなるわ。忘れがちだけど、こいつまだ赤ちゃんだしな。

 ぶっちゃけ俺は召喚のしょっぱなで、いきなりザイレーンのクソ野郎の白骨死体と数時間同室ですごしたりして、何かもう、微妙に白骨死体に耐性が付きつつあるような気がする。下手に余裕が出てきてるせいで、余計なことに気を回しすぎているのかもしれん。

 この点、白骨死体遭遇の先輩として、初心者のゴレ太郎の不安を俺が取り除いてやる必要はあるな。

 俺はゴレ太郎の肩に軽く手を置いて、ぽんぽんと優しく叩いた。

 そしてゴレ太郎の顔を見て、にかっと笑ってみせる。

 ま、心配するな。白骨死体のベテラン(※当社比)の俺がついている。


 この瞬間、ゴレ太郎のまとう空気が、ふわりとやわらいで、ものすごく軽く、優しくなったように思われた。

 同時に、俺にまとわりついていた不安の視線が、幻のようにあっというまに霧散した。

 さきほど感じた一連の出来事が、全て俺の気のせいだったのではないかと、本気でそう思い込んでしまうほどにだ。


 とにかく、ゴレ太郎の方はこれで大丈夫そうな様子だな。

 俺はあらためて、床の遺体に目をやった。



 遺体――すでに述べたように、完全に白骨化している。

 年齢も性別も分からない。

 リュベウ・ザイレーンの遺体のときとは違い、こちらはすでに着衣の損傷もはげしい。外見からの推測は困難だ。


 しかし、俺の視線は、遺体のある点に固定されていた。

 遺体の両手足首、そこにはそれぞれ、手枷と足枷が嵌められていたのだ。

 大きな、金属の枷。

 手足はそこからさらに、鎖で地面に繋がれていた。


 思い出されたのは、リュベウ・ザイレーンの遺言だ。

 召喚の儀式に先立ち、奴は自身の生命の他にも、生贄の血を用意したと、確かそう書き遺していた。

 それが、今目の前にいる、この人物か。


 俺の視線は遺体に釘付けになったまま、まるで動かすことができない。

 一歩間違えれば、俺もこうなっていた。

 この人物は、あの日トンネルを通り抜けてしまった、もう一つの未来の俺の姿だ。


「こんな鎖は外して、明るい外に、お墓を作ってやろう」


 この鎖の短さでは、この人は、きっとこの固くて冷たい石の床の上で、最後まで立ち上がることもできなかったはずだ。

 無音の地下に反響する俺の呟きは、べつに、隣に立つゴレ太郎に同意を求めていたわけではない。

 ただの独り言だった。


「……――こんな暗くて寂しいところで眠るなんて、俺なら勘弁だ」


 着ていたローブを脱ぎ、遺骨を包んだ。

 ゴレ太郎も隣で静かに手伝ってくれている。

 細い遺骨を扱うこいつの指先の動きは、いつも通りに、とても繊細だった。


 人ひとり包んでいるにしてはとても軽すぎるそのローブを、そっと抱え上げようとしたとき、崩れた遺骨の着衣の隙間から、何か小さな物がこぼれ落ちた。

 その何かに気づいてしまった俺は、ひどく後悔した。

 そこには、年頃の女の子が身につけるような、小さな花模様の付いた髪留めが落ちていた。



------



 結局、この被害者の遺体以外に、穴の中には特に目ぼしい物はなかった。

 おそらく例の召喚絡みの、何かしらの儀式用の空間だったのは間違いない。

 遺体の下の床面から、小さな魔術陣が一つ出てきた。

 先に発見した二つの召喚用魔術陣と、似ているといえば似ている。

 だが、俺の知識では、それ以上のことは何も分からない。


 穴の底を離れる際、俺の足元、つまり出口の真下に位置するこの床面のみが、直径1メートル強の円形に浅く陥没していることに初めて気づいた。

 あ、ひょっとして、ここが例の白い円柱の根元だったのか……?

 つまりあの石柱は、穴の縁に乗っかっていたのではなく、そのまま地下に伸びて、遺体脇まで貫通していたってことか?

 しかし、だとすれば、俺はゴレ太郎の素体を生成する際、当初の想定の数倍の物量を誇る石柱を使用していたことになるのだが……。


 そんな風に考え込みそうになったとき、ゴレ太郎が俺の掴んでいる縄を、穴の上からやさしく引っ張り上げた。

 そのことで、俺の思考はそのまま一時中断した。


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