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1-7 【エリス・シアンブル】

「あぁ、久しぶりにゆっくりしてる気がする。」


太陽はすで燦々と真上に輝いており、気が付けば完全に昼時、タツミはやっと落ち着くことのできる大衆食堂のような場所で一人、休憩していた。


「そろそろ行動の予定を決めておきたいな。」


タツミは一通り王都を巡り、必要最小限の荷物を買い足し旅支度を整え、後は森林地帯とグロリアスモンキーとかいう動物の情報を可能な限り集め出発するだけ、となっている。


「休憩がてら、ご飯を食べ終わったら、ここのお客さんや店の人に何か役立つ情報が無いか聞いてみるとするか。動くのはそれからにしよう。」


タツミが当面の行動予定を決めていると


「はいよ、お待たせ。400タスポだよ。」


注文した料理が運ばれてきた。

タツミは食堂の店主に代金を支払い、料理をすかさず口に入れる。


「あぁ、俺は今、城の外で料理を注文して食べてんだなぁ」


なんて感動すら覚える。


「城の料理も美味しかったけど、王都の料理もおいしいなぁ。」


城の中ではいつも、料理を食べる時は一人か、もしくはグレースと一緒に食べていた。

故に、この大衆食堂のような周囲の人々が自由に喋りながらガヤガヤと賑やかな様子の中、食事するのも新鮮さを感じる。


そして、タツミは料理を黙々と口に運びつつも、周囲の会話に耳を欹てる。


「ここ一カ月は武器の需要が多くて助かるぜ。」


「成人の儀で勇者様の子達についていく予定の貴族や金持ちのおかげだな。」


壁際に座っている4人組の男たちが景気の良さそうな話で盛り上がっているのが聴こえてくる。

王都全体が活気に溢れているのは良いことだ、と思えばその反対の壁に座っている3人組の一団は


「あーっくそったれが!何が上質な武器だクソッ!」


「あの店で買った斧、ちょっと木を切っただけで取っ手の方がポッキリ折れちまった!」


「ちょっと売れてるからって適当な物まで店先に並べやがって!」


「武器の需要のある時期はいつもこうだ!」


「飲もう飲もう!飲まずにやってらんねぇよ!」


などと、最近の王都で売られている道具の質の悪さの愚痴を肴にお酒を飲んでいる。


たくさんの人達がそれぞれの理由で生きている。


そしてその人たちが街を支え、城を支え、国を支えているのだ。とは、グレースの言葉。


タツミはまさに今、城の外に出てその言葉を実感している。


「あの!す、すいません」


そう、今先程店に入ってきて、一直線にタツミの隣に座り、こちらに向かって話しかけてきている白いフード付きのローブを被った女性もそれぞれの理由で生き、街を支え、城を支え、国を---ってあれ。


「もしかして俺に話しかけてます?」


タツミはふと我に返り、隣に座った女性の方を振り返り話しかける。


「は、はい。あの、私を覚えておられますか。」


白いフード付きのローブを被った女性が、少しフードを後ろに下げ、顔を見せる。

そしてその顔には見覚えがあった。


「成人の儀の・・・帽子の方ですよね。」


それは成人の儀で帽子を落とした亜人の女性であった。


女性はタツミが自分の顔を見て思いだした様子を見ると、少し嬉しそうな顔をしながらフードを深く被りなおす。


「あ、あの時は帽子を拾っていただいて、その、ありがとうございました。ちゃんとした礼もできず、急に逃げ出したりしちゃって、その、本当に申し訳ありません。」


女性は深々と頭を下げる。


「いや、こちらこそ。あの時は貴方の頭から無理に手を取ってしまって本当に申し訳ないことをしました。俺の配慮が足りず、謝らなきゃいけないのはこちらの方です。」


タツミも女性に向かって頭を下げる。


「い、いえ、その、すいません。」


「いやいやこちらこそ。」


意図せずしてタツミと女性の謝り合戦が起きる。


「ぷ、ふふっ」


女性は手を口に近付け笑いだす。


「す、すいません。」


笑ってしまったことを失礼に思ってか、女性は慌てて謝る。


「いや、お互いに何度も謝り合って、俺も面白いなと思ってたところです。」


タツミも気にしないで下さいとばかりに笑ったことを咎めない。

咎める気もない。


「その、やっぱりすごく物腰の低い方なんですね。勇者の家の方じゃないみたいです。」


女性は柔らかな笑顔でタツミに言う。


「俺の城の中での立場がすこぶる低かったもので、つい初対面の相手や、あまり知らない人が相手だとつい言葉を丁寧にしてしまうクセがあるのです。」


タツミも隠すことなく笑顔で自分の事実を伝える。


「す、すいません。そんな事情があるなんて露知らず。」


「いや、全然構わないよ。」


母親の身分が低いことは恥ずべきことでは無い。と考える彼にとって、それは隠すことでも何でも無いことなのである。


「ところで、どうして俺に話しかけて-」


タツミが本題に入ろうとしたその時、


「なんだとテメェ!?もういっぺん言ってみろコラ!」


壁際で酒を飲んでいた3人組の団体が、先ほど景気の良い話をしていた4人組と何か揉めて、大声を出して叫んでいるのが耳に入ってきた。


「何度でも言ってやるよ。買ったものに文句付けて武器屋を全部悪者にして悪評振りまく前に自分の鑑定眼の無さでも呪ったらどうなんだい!?えぇ!?」


どうやら先ほどの愚痴が反対側の壁にいた4人組の、おそらく武器商と見られる集団に聞こえてしまったのだろう。


「もぅ我慢ならねぇ!ぶっ殺してやる!」


酒を飲んでいた方の男が、机の上の空瓶を机に叩き付け、即席の武器を作る。


「いい度胸だ。3人が4人に勝てると思うなよ!」


商人の男たちも負けじと手元にあるナイフやフォークを持って構える。


「あの、店を出ませんか。このままだと喧嘩の巻き添えを喰らってしまいます。」


女性がタツミに提案する。


気付けば他の客も皆、外に出てしまっている。

もはや店の中に残っているのはタツミ達と争っている一団、そして店長のみ。


「そうしましょうか。」


当初、この喧嘩を仲裁するべきかと少し考えたタツミであったが、どちらが悪く、どちらに非があるのかわからないタツミにとって、ここに無理矢理割って入ることは、すべきではないと考え、女性の意見に賛同する。


店の主人も慣れた光景であるかのように、両手には箒とちりとりを、そして机にソロバンを持って待機している。

おそらく後片付けの準備と、終わった後の被害額の請求の準備をしているのであろう。

それに、店の騒ぎに気付いた表の通行人が王都を警備している衛兵を呼んでいる仕草も見えている。

騒ぎはすぐに収まるはずだ。


タツミと女性は争い合っている二つのグループから距離を取って店の外に移動する。


おそらく手が滑ったのであろうか、相手目掛けて投げた物が外れたのであろうか、

その移動の最中、二人目掛けて皿が飛んでくる。


「きゃっ!?」

「あぶないっ!」


タツミはとっさに女性を庇うも、フードが女性から外れてしまう。


「あ・・・」


女性は慌ててフードを被りなおす。


しかし、運悪くもその姿を偶然見ていた皿を投げたであろう男が言う。


「邪魔だ!亜人のクソが人間様の食堂で飯食ってんじゃねぇ!」


おそらく頭に血が上ってる最中に口から出た、ほとんど意識していない言葉だろう。

ついうっかり、狙いを外してしまって無関係の人の方向に皿が飛んでしまったが、頭に血が上っていることで謝ることもできず、早く店から出るように注意を促すつもりが、ああいう言葉遣いになってしまったのかもしれない。

もしかしたら傷つけようと思って放った言葉ではないのかもしれない。


しかし、フードを被りなおしたその手は震えていて。


その顔はとても悲しそうに見えた。


次の瞬間、タツミは皿を投げたであろう男性の前まで一気に距離を詰めていた。


「っ!?」


男は急に距離を詰めてきたタツミに対して一歩下がる。


しかし、男の反応はすでに遅かった。


タツミの右腕が男の顎を正確に捉え、吹き飛ばす。


「今のは許せねぇ。」


タツミが吹き飛び、すでに気を失って伸びている男に向かって言う。


「なんだテメェこら!」

「邪魔すんな!」

「やっちまえ!」


急な乱入者に争い合っていた6人のヘイトがタツミに向けられる。


「よし、逃げよう。」


それを感じたタツミは女性の手を取って慌てて逃げるのであった。










「ふぅ、ここまでくればもう巻き込まれることも無いだろ。」


人気の無い広場まで二人は走っていた。

昼時ということもあって皆、昼食を食べに行っているのであろうか、人っ子一人見当たらない。

タツミは引いていた白いフードを被った女性の手を離して続ける。


「ごめんな。急に走らせてしまって。」


「いえ、その、こちらこそ、私のせいで争いに巻き込まれてしまったようなものですし」


女性は慌てて首を振る。


「前に成人の儀で俺が君の手を取ってしまった時も言ったと思うけど。俺も亜人の人がどういう扱いを受けているか知ってはいたけど見たことも会ったことも無かった。」


タツミは近くにあったベンチに女性を座らせ、自分も腰を降ろしながら言う。


「でも、実際に君を目にして、話してみて、少し外見が人間と異なるからと言って、人間以外の血が混じっているからと言って、そういう扱いを受けてるのはおかしいと思ったんだ。」


外見で人間が判断できる訳じゃない。血で人間が判断できる訳じゃない。


「だから俺はさっきの男に勝手に怒っただけで、別に君が悪い訳じゃないさ。」


母親の身分で人間の価値が決まる訳ではない。と思っているタツミだからこそ、


人を測るのにそういうものは関係ないと思っている彼だからこそ得た結論だったのかもしれない。


(あぁ・・・)


しかし、彼女にはそれで良かった。


(やはり思ったとおりの方なんですね。)


彼女の信頼を勝ち取るにはそれで充分であった。


女性はベンチから腰を上げ、フードを降ろし、そしてタツミの前に立つ。


「あれ?どうかしましたか?フード降ろしちゃ他の人が通ったら-」


「自己紹介が遅れました。私、エリス・シアンブルと申します。」


今まで、割と言葉に詰まって話していた彼女が、淀みなく、そして言葉に力を込めたかのように語りだす。


フードを降ろした彼女の姿をハッキリと見たのはこれが初めてだった。

ショートボブの茶髪、そしてその上にはっきりと存在を主張する三角形の猫耳。

成人の儀の時は帽子で、さっきまではフードではっきり見えなかったが、可愛らしい顔立ち。


「あ、えっと、タツミ・ウィルフレッドです。」


タツミも釣られて挨拶を返す。


「ふふっ、存じております。タツミ様。成人の儀で他の方に挨拶するのを聞いておりましたので。」


エリスは笑顔で返し、続ける。


「タツミ様のお力にならせていただけませんか。」


「俺の、力に・・・?」


「成人の儀で最後に言って下さった言葉。とても嬉しかったです。あんなこと言われたの。」


「えっと・・・本当に俺でいいのかな?他の候補の皆とも比べてみて、それで色々と決めた方が良いんじゃないかな」


予想がけないエリスの言葉に焦るタツミに、エリスは笑顔で答える。


「はい。エリスは、タツミ様が良いんです。」


考えがまとまらず、呆然としているタツミにエリスは問う。


「お答えを、聞かせていただけますか。」


ずっと一人でやらなきゃいけないと思っていた。

正直生きて帰れるか、すごく不安だった。

期限は無期限ってのが条件なのだから、このまま逃げてしまっても良いんじゃないかとさえ考えたこともあった。


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


今、タツミは、自分自身が抱えていた心の不安が、少し軽くなったのを感じていた。




猫→ ロシアンブルー → シアンブル → これだ! みたいな感じで名前が決まりました。

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