1-6 【初めての】
「おぉ・・・すごいな。」
城門をくぐると、そこには沢山の人の姿があった。
往来を行き来する人々、そしてその人々の着ている服の統一性の無さ。
侍従達が着ていたようなお揃いの黒い侍従服でも、王城内で催しとして行われる際に貴族や街の有力者達が着るドレスのような服ではなく、普通の布切れを数枚重ねただけのようなシンプルなものを着ている人や、あえて肌を露出し肉体美を誇るかのような際どい服を着た人、分厚い獣の毛皮のようなものを背中から腰にかけて羽織っているような人等、本当に多種多様の人々が多種多様の目的の為に往来を縦横無人に歩き、走りまわっている。
初めて見る城の外の風景にタツミは少し、喜びを感じていた。
「これが外か」
結局、自分の部屋から城を出るまでの間、コディ以外の誰とも会わなかったこともあり、もしかしたらこの『試練』の参加者以外を、マーリンの魔法によってタツミは認識できなくなっているのではないかとも思っていたが、その心配は杞憂に消えた。
「広いんだなぁ、こんなにも」
産まれた時はアズリードの屋敷で、6歳になってからは王城の中で生活を強いられてきたタツミにとって壁に囲まれていない世界というものは初めてなのであった。
いつも視界の先には壁が存在しており、この壁の向こうには何があるのだろうか等と妄想を膨らませ外に出る日を楽しみに過ごしていたこともあった。
「ただ、惜しむらくは、この喜びを誰とも分かち合えないことくらいだな。」
改めて自分には仲間がいないことに気付かされるのであった。
「いやいや悲しんでいる場合じゃない。試練だ試練。」
タツミは目的を思い出す。
とりあえず、どう行動するか。そんなことを考えていたタツミの肩に軽い衝撃が加えられる。
「おっと、悪いな兄ちゃん。」
大きな材木を肩に担いだガタイの良い兄さんが王城の門へと向かって歩いているのにぶつかってしまったらしい。
「いえ、気にしないで下さい。」
「すまねぇな。でもこんな城門の真ん前、それもど真ん中で突っ立ってると危ないぜ?」
「危ない?・・・はっ!? ありがとうございます!」
タツミは何かに気付いたかのようにパッと表情を明るくしてガタイの良い兄さんに礼を言う。
「ん~?変な兄ちゃんだな。ぶつかられたのに礼を言うなんて。」
ガタイの良い兄さんはそのまま木材を担いで城の中へと入って行った。
考えれば当たり前のことなのである。タツミの眼前に広がるのは城門へ繋がる道、つまりはこの王都のメインストリート。王都の中でもおそらく、断トツの交通量をほこるであろうこのメインストリートの、それもど真ん中で考え事をしながら立っているのだ。
ぶつからない方がおかしいのである。
さっきまでの成人の儀では、タツミは一目でウィルフレッドの家の者だとわかる式服を着ていたので、誰もがタツミを見て、ウィルフレッドの家の者だと知り、相応の態度で接してきた。
王城での生活では、ウィルフレッドの家名を持つ者の中では立場が下であったとはいえ、侍従の人々や王城へ訪れた客人等はタツミに対し、それなりの敬意を持って接してくれていたのである。
しかし、今のタツミは少し良い素材を使ってはいるものの、動きやすい服装をした、ただの青年なのである。
お付きの者でもいればそれなりに見えるのかもしれないが、悲しいかなそれもいない。
道中で立ち止まって考え事をしていれば、勝手に侍従たちが避けてくれていたのである。
そう、今までは。
「あぁ~、これが、外かぁ。外なんだな!」
そのことに再び感動を覚え、また物思いにふけようとするタツミであったが
「うわっと危ない。こら!ガキ!気をつけろ!」
「す、すいません!」
とりあえず、落ち着ける場所を探す為、王都を散策することにした。
メインストリートを真っすぐ、王都の外へ向かって歩いていくタツミ。
「やっと人ごみを歩くのにも慣れてきたぞ。」
人の流れに付いて行き、周りの速度に合わせて歩く。周囲の動きと別の方向に曲がりたい場合などは流れに合わせながらゆっくりと、目的の方角へ身体を徐々に進ませる。
10分くらい歩いてようやく、人通りの多い通りを歩いていても自分の行きたい方向へ進むことができるようになったタツミは、王城の外に出たらやってみたいことがあったことを思い出す。
「そうだ。あれをやってみたいんだ。」
タツミの目線は今まで道の先、つまり自分の進行方向の向こう側にあったが、今度はそれがメインストリートの左右に所狭しと並んでいる露店へと向けられる。
「買い物!」
露店にも様々な種類の店があるが、メインストリートに多いのはもっぱらアクセサリーや武具、防具等の類の金属類が多かった。
「兄ちゃん、良いのが揃ってるよ!見てってよ!」
客の目線を感じるとすぐに声をかけてくる、商売人はすごいなと感心しながら品揃えを確認していく。
「・・・あれ?」
タツミの目が一本の刃で止まる。いや、正しくは一本の折れた刃の切っ先で、タツミの目線が止まった。
「おぅ兄ちゃん、それは売りもんじゃないんだよ。すまないねぇ。」
店主は他の武器も見てくれとばかりに手を広げ、タツミに話しかけてくる。
「この刃、折れてますね。ちょっと触ってみても良いですか?」
折れた刃に興味を示し続けるタツミを見て、少し嫌そうな顔をするも渋々、店主は承諾。
「刃だからな。怪我はするなよ。」
そう言って店主はタツミに、その刃を渡してくれた。
「こいつぁ元々、剣だったって話さ。なんでも有名な鍛冶屋が打ったらしく、それを有名な冒険者が使ってた有名な剣さ。だが、その使い手も最近また頻繁に発生するようになってきている魔物を退治しに行って負けてしまったらしい。これはソイツと一緒に冒険していた仲間が形見として持って逃げ帰ってきたんだよ。」
「逃げたソイツも、その戦いで受けた傷がトラウマになっちまってもう魔物退治なんてものからはすっかり足を洗っちまってよ。戦友の形見だってのに売っぱらっちまって、今じゃすっかり、ただのふぬけになってしまってるのさ。」
「そう、だったのですか。」
「その話を聞いて、俺はついつい買っちまったがよくよく考えたら有名な鍛冶屋が打ったって言っても、剣に銘を刻むのは大体が柄の方、折れて先っちょの方しかないこれじゃぁ誰が打ったかわかりゃしねぇ眉唾物さ。到底売れるようなものじゃねぇよ。」
その話を聞き、タツミは折れた切っ先から店主へと目線を戻し
「でもこの剣、とても大切に扱われていたとても良いものだというのはすごくわかります。」
「ほぅ どうしてだい?兄ちゃん。今の話はもしかしたら俺にこれを売りつけたその男のデタラメかもしれないんだぜ?」
「この剣、魔法石で打たれてるんです。魔法石は他の金属と比べて自分の魔法を乗せて扱いやすい金属。値段も割とすると聞きます。」
「へぇ、兄ちゃん。魔法石なんてあまり市場に回らないレアなもんだぜ?これを見て一目で魔法石だと判断できるのかい。」
タツミは王城で、これと同じ素材で作られた武器や防具を何度か見たことがある。
なんなら触ったこともある。
後でおもいっきりグレースに怒られたが。
「ええ、詳しくは明かせないのですが、立場上良く見かける機会があったものですから。魔法石の特徴を知っていて、質感さえ覚えていればこれは魔法石としか考えられません。魔法石は、一定のリズムで魔力を通すと光るんです。」
タツミは刃を持つ手に力を混め、魔力を一定のリズムで刃へと送り込む、するとほんのりと刃が輝く。
「兄ちゃん、魔法使えるのかい。」
「ちょっと訓練を受けたことがありまして。少しだけですが。」
「へぇ~。優男に見えたけど案外やるもんだな。」
褒められたことに少し照れを覚えつつ、タツミは続ける。
「それにこの刃、長年愛用されていたのでしょうね。沢山の砥痕が見えます。きっとかなりの数の死線を共に超え、それを切り抜け、剣としての切れ味が鈍る度にまた砥いでを繰り返していたのだと思います。ここまでの砥痕はそうそう見かけません。少なくともこれを持って行った戦闘は十回や二十回なんてものじゃない。」
「・・・」
店主は黙り込む。
「最後に今のこの状態です。これはおそらく店主さんがなされているのだと思いますが、定期的に柔布か何かで磨いておられますね。俺にたくさんのことを教えてくれた人が使ってた武器も、よく柔布で手入れしていたのを見て育ったから覚えているのですが、この刃もその人が使っていた武器と同じように輝いていますから。」
タツミはグレースがよく、王城の侍従達が持つ武器である細剣をそうやって手入れしていたのを思いだす。
「兄ちゃん、名前は何て言うんだい?」
黙ってタツミの話を聞いていた店主が何かを決断したかのような顔をして、口を開く。
「えっと、タツミ・・・と言います。」
ウィルフレッドの名は出さない方が余計な混乱を招いてしまわないだろうと判断し、名前だけを教える。
「タツミか、そうか、良い名だ。質問なんだが、見たところタツミは冒険者なのかい?」
「え、えぇ、まぁそんなところです。ちょっと用事があって王都の南にある森林地帯に行くところです。」
「そうかい、じゃぁ大変だな。」
「そうなのですか?」
「なんたって今は、まぁ昔、魔王が現れた時程じゃないがまた魔物や魔獣がウヨウヨとどこからともなく表れてきているっていうじゃないか。この前も、その森林地帯の方で商業キャラバンの一行が襲われて壊滅したって噂だ。」
「・・・」
「タツミ、見た所君はその腰に下げた木剣と、その巾着を縛り付けてる棒くらいしか武器になりそうなものを持ってるようには見えないが?」
「武器はー、えーっとこれから集めて行く予定で・・・」
タツミは城に飾られてあった鎧の装備一式でも内緒で拝借してくれば良かったと少し後悔した。
「まぁ魔法が使える君だ。魔法で戦うのかもしれないな。」
店主は勝手に納得する。
「しかし、それでもやはりそんな装備じゃ危ないのに変わりはない。だからソイツを君にやろう。」
「え?」
ソイツとは、店主の目線を見ても、今の会話の流れをみても間違いなくこの魔法石でできた刃のことであろう。
「もちろん、そいつをそのまま武器として使えるだなんて思っちゃいけない、なんせ折れた切っ先だけの剣だ。持つ為の柄も無けりゃ、それを収める為の鞘もない。でも、どう考えても木剣とその長い棒しか持って無い今の状態よりは、絶対君の役に立つはずだ。」
「そんな、でも店主さんが大切にしていたものをいただく訳には」
「もちろんタダじゃねぇ。タツミ、ここは露店で俺は店主だ。そいつを渡すには条件がある。」
「・・・なんでしょうか。」
店主が露店に並んでいた武器の中から小さめの小刀を一振りと、そして店主の持ち物の中からかなり大きめの大毛布を取り出す。
「コイツは俺が扱ってる商品の中でいちばんオススメの小刀さ。切れ味抜群で狩った動物や魚を捌くのにもすごく便利な一品さ。」
「あ・・・」
タツミは完全に、ご飯を町や村で食べられるつもりでいたことに気付く。
外で、野宿をすることだってある。むしろ今から向かう場所は森林地帯。
野宿をし、狩りをして生活する方が圧倒的に多いはずである。
「そんでこの毛布。俺が使ってたから、ちょっと臭いが寝心地ばつぐん、軽さはまるで羽の様な超優れもの。しかも、使わない時は丸めてその刃を収める鞘代わりにすれば良いってくらい丈夫。」
こちらも寝る時は宿を取れば良いと簡単に考えていたが、タツミが向かう先は森林地帯。宿なんてあるとは到底考えられない。
自分の考えの甘さというものを実感させられる。
「この2つセットで5万タスポ。どうよ?」
店主は笑顔でタツミに問う。
「割といい額を取りますね。」
「ったりめぇよ!これでも大分安くしてんだぜ?この刃の魔法石としての価値だけで元取れるくらいの良心的な値段だ。」
「なるほど。」
「それにこの刃も、俺の手元にあるよりアンタみたいな価値のわかる人間に使ってもらった方が浮かばれるのさ。武器は飾るもんじゃねぇ。使ってこそ武器さ。」
店主はタツミをまっすぐ見つめ、手をおおらかに広げタツミに問う。
「さぁ、俺だってこの商売はタツミを漢と見込んで持ちかけてんだ。もし断るっていうなら明日からもう露店を畳んじまうくらいショックを受けて寝込んじまうかもしれねぇ。」
そこまで言われてタツミも食い下がる訳にはいかない。
「わかりました。じゃぁそれで!」
タツミの初めての買い物は、部屋から持ってきた金貨袋の中に入ってある全財産の4分の1を使ってしまうほどの大きな買い物になった。