3-4 【時間を下さい】
「しかし困ったな。」
午前中の返却作業を終え、昼休憩を図書館の椅子に座って休んでいたタツミが呟く。
「困りましたね。」
タツミの前の椅子に座り休憩をとっているエリスも疲れた様子でそれに答える。
ひと月でミレニアムに返却される本の一日分の量を午前中に返しきることができるようになることを言い渡された次の日には、一日の量の十分の二以上も返却することができ、その次の日には十分の三、その二日後には十分の四、さらにその三日後には十分の五、つまり半分を返却できる程順調に進んでいたタツミ達であった。
しかしそれから十日余り、殆ど進歩が無いのである。
「いや困った。音を立てずに効率的に動けるように色々と動きを改善しつつやってきたけど、もはや何をやってもこれ以上多く返却できる気がしない。」
身体強化の魔法が得意であるタツミは、図書館では静かに、という注意を受け一挙手一投足に意識を傾けることで速度の調整や跳躍の際の踏み込みの仕方等、ほとんど音を立てずに返却できるようになっていた。
エリスに至っては、風の強弱や向き、勢い等事細かく調整し狙い通りの場所へと優しく本を返却できるようになっており、その返却速度はマルコルイスやシュルリアにはまだ遠く及ばないものの、時間効率で考えれば昼までに一日の返却量全てを返しきることが出来るほどの速度にまで到達していた。
しかし風の緻密なコントロールは、エリスの魔力を想像以上に消費しており、一人で全体の三分の一程を返却すると休憩を取らないことには魔力が底を尽き、その休憩を挟んでいると本を返却するのに昼を超えてしまうというのが現状である。
「・・・タツミ様、少しよろしいでしょうか。」
今まで一言も喋らなかったハルベリアが決意を固めた表情を見せながらタツミに向かって話しかける。
タツミ、エリスと二人が自らの能力を使い、順調に一日の返却量を増やしている中、彼女は未だに自分の能力の活かし方を見出せずにいた。
初日と同様に身体を駆使して返却しており、その速度自体は速くなってはいるものの、タツミやエリスと比べると返却量に大きく水をあけられているのが現状であった。
人には向き、不向きがあると理解しているタツミや心優しいエリスがそんなハルベリアに未だに文句一つ、恨み言一つ言わずにいるこの状況に彼女は一つの決意をする。
「私に時間をいただけませんか。」
「時間?」
タツミはハルベリアの言葉に問い返す。
「このままでは期日までに一日の返却量を午前中に返却できるようにはならないと思います。」
「ま、まだあと十日以上ありますし、やってみなければわかりませんよ。」
エリスが疲れた顔で笑顔を作りながらハルベリアに言う。
「タツミ様もそうお考えですか?」
「・・・」
ハルベリアの問いかけに、タツミは沈黙する。
現実主義的な考え方をしているタツミには、現状の状況を鑑みると、安易にエリスに同意することができなかった。
「やってみなければ分からないこともあります。案外このままでも間に合ったりするのかもしれません。でも、その可能性は低いと私は考えています。特に私自身がもっと役に立つことが出来なければこれ以上の速度改善は難しいでしょう。」
「・・・そうだな。」
ハルベリアの言葉に、タツミは同意を示す。
厳しいようだが、現実的に考えればハルベリアの言は理にかなっている。
「だから私に時間を下さい。必ず期日に間に合うように何らかの形で結果をここに持って帰ります。それまで返却の業務から私を外してくれませんか。」
ハルベリアはそう言って頭を下げる。
期限付きの条件をマルコルイスに言い渡されてから二十日ほど。
その間、タツミとエリスは自らの能力を高める為に努力をし、何とか午前中に一日の返却量の半分まで返せるようになってきた。
そこにハルベリアの貢献度は二人に比べると殆ど無いものに等しい量であることはタツミも理解している。
しかし、だからと言ってハルベリアが全く自らの能力を高める努力をしていない訳ではないこともタツミは理解している。
自らの得意魔法を何とか活かせないかと魔法式を構築しては試し、時には苦手魔法さえも練習を熟し、何度も何度も試行錯誤を繰り返していたことを理解している。
たまたま本を返却する為に使えそうな魔法が得意だったエリスやタツミよりも、よっぽど悩み、苦しみ、考え抜いたのが彼女であることをタツミは、そしておそらく隣で疲労感を漂わせながらも心配そうにハルベリアを見ているエリスも理解している。
故にタツミは一切の迷いなく答えることができた。
「楽しみに待ってるぜ。」
「ありがとうございます。」
タツミの返事を聞くと、ハルベリアはすっと頭を上げる。
「四日、いえ三日程で帰ってきます。」
そして、こう言い残すとハルベリアはこの部屋を去っていった。
「何か上達の手がかりでもあるのでしょうか。」
エリスはタツミに聞いてみる。
「何も考えなくこういうことを言う奴じゃないってことは理解ってる。もしかしたらエリスよりも早く返却できるようになって帰ってきたりしてな。」
タツミはそう言って笑った。
返却の部屋を出たハルベリアは寄り道せず、真っすぐに受付へと到着していた。
「どうされました?まだ本の返却中ではありませんか?」
ハルベリアへとそう声をかけてきたのは、図書館ミレニアムの受付を担当しているアンドール・シュルリア。
そんなシュルリアの質問を無視し、ハルベリアは彼女に問いかける。
「本の返却や整理整頓、物の片づけ等何でもいいので、何か役に立ちそうな情報が載っている本を借りたいのですが。」
想定とは異なる回答が返ってきたことに驚いた顔を見せたシュルリアだったが、何かの意図を察したのか少しニヤリと口角を上げる。
「少々お待ちください。」
受付らしく淡々と答えたかと思うと、シュルリアの手元の用紙に次から次へと本のタイトル、そしてその所在が書き記されていく。
「これ以外にも『本の返却』『整理整頓』『物の片づけ』に関連する書籍は、この図書館にはまだまだありますが、今あなたが必要としている情報はおそらくこの用紙に書かれた本の中にあると思われます。」
そう言ってシュルリアは一枚の紙をハルベリアへと渡す。
受け取った用紙にびっしりと書き込まれた本のタイトルに、ハルベリアは一瞬眉を寄せるも、すぐに笑顔を見せ
「ありがとう。」
と言い残し、用紙に書かれた本の場所へと向かって歩き出す。
「その中にお探しの物がなければ、またお尋ねください。」
そういってシュルリアはハルベリアを見送り、受付らしく淡々と一礼するのであった。
「この国一番の蔵書量を誇る図書館なんだ、絶対に何かしらの手がかりは見つかるはずだ。」
ハルベリアは用紙に書いてあった本を一通りかき集めると、タイトルに目を通していく。
流石はミレニアムの受付が選んでくれた本である。用紙がいっぱいになる程書かれていたタイトルのどれもが、本の返却に役立ちそうな魔法やその魔法式の構築方法について細かく書かれていた。
「この中から私にも適性のありそうな魔法を探し出す。必ずやってみせるさ。」
ハルベリアはそう言うと、一冊目の本のページを開くのであった。