エピローグ ~憧れの勇者 成るべき勇者~
「これが今回の事の顛末です。」
「ふむ・・・」
勇者アズリードの力によってベンゼエルマが去り、街を脅かしていた脅威の元凶が去ったことで避難している人々もかなり落ち着きを取り戻した頃、最初に街に来た時と同じ馬車に乗ってタツミの目の前に現れたマーリンは開口一番に「予定していた一週間にはまだとても早いが、今回の任務における少年の報告を聞かせてくれたまえ」と発言し、タツミ達はその際隣に居たガルディード神父から案内された大聖堂で彼女と向き合っていた。
なぜ王都にいるはずのマーリンが、全てが終わったこのタイミングで一週間の予定を崩してまで現れることができたのかはタツミによって召喚された父親、勇者アズリードが戻った先で話すことを想像すれば別に不思議でも何でもなかった為、急にマーリンが現れたことに対してタツミは驚くことは無かった。
むしろもっと早くこの場所に姿を現すこともできただろうが、敢えて一段落付いたこの状況で彼女が現れたことによって、タツミは自分の見たこと、聞いたことを冷静にマーリンへと伝えることができた。
もしかしたらその為に敢えてゆっくりと馬車でここまで来たのかもしれないが、その真意はタツミにはわからない。
「つまり教会前の病院、そこの院長として活動していた魔人ベンゼエルマとルーナ・デャングが死者を蘇らせる魔法を使ってこの街の人々を自らの配下にして操ろうとしていた・・・・というのが少年の見解かい?」
マーリンはそう言ってタツミの方を見る。
「はい。 ルーナ・デャングが自らの意志でベンゼエルマに従っているのか、それとも操られているのかまではわかりませんでしたが、目的については間違いないと思います。」
「ベンゼエルマか・・・」
マーリンは、何か思うところがあるのか一瞬遠い目をするも、すぐに目線をタツミへと戻し口を開く。
「死者を蘇らせる魔法について聞きたいのだが、巨大なナメクジのような魔獣を死体の体内に入れることで蘇るのだったな?」
「はい、それはこの目で見たので間違いないはずです。そして死体に入れる巨大ナメクジの数によって蘇った人物の生前の能力により近づいていく傾向が見られました。」
王国最高の魔法使いであるマーリンも、やはり不可能とされている魔法については気になるのであろう。
「ふむ。 死体に魔獣を・・・」
「彼女がその魔獣を呼び出す為に描いたと思われる魔法陣がこの教会の敷地内にありますので後ほど案内します。」
「それは助かる。 後で解析してみよう。」
魔法陣というものは、魔法式と呼ばれる図形や文字の集合体で構成されている。
魔法式というのは、言わば『魔法』という結果を得る為に必要な魔力の流れや量を操作し、調節する為に一人一人が組み上げる歯車のようなものである。
そして、仮に求める結果が同じであったとしても、人によって使用している歯車の大きさも数も質も異なったりすることはザラにあり、それは求める結果、つまりは魔法が複雑になればなるほど顕著に現れる。
故に簡単な魔法ほど魔法陣は似る傾向にある。
タツミはそれほど魔法に長けている訳ではないが、マーリンほどの魔法の知識や経験に長けた人物ならば、その魔法陣やそれを構成している魔法式を読み解くことでその魔法がどのようなものでどういった効果を及ぼすモノなのかを判断できるだろう。
「そしてベンゼエルマ達の拠点も病院内の隠し部屋のような場所にあり、ルーナ・デャングとベンゼエルマ以外に黒幕の一味はいない・・・と、これが少年の見解だね。」
「はい、ベンゼエルマとの戦いを終えた後、病院で勤めている看護師達にも聞き込みをしましたが、地下の隠し部屋へと通じる入口を知っている人物はいませんでした。勿論、嘘をついて隠していることも考えられますが、だとすればベンゼエルマとの戦闘の際、あれだけ大きな振動や音を地下から響かせていたので様子くらい見に来ると思います。」
「つまり、戦闘の際、誰一人として隠し部屋に様子を見に来るような人物はいなかったという訳だね。」
「はい。」
タツミはマーリンへと今回の任務を報告する際、ベンゼエルマとルーナの仲間の有無という点において唯一、敢えて少し暈した表現を用いていた。
アンドレ・ガルディードを始め、一部の教会の関係者は病院にルーナが出入りしていることも、ルーナが死体を蘇らせる研究をしていることも知っていながら黙っていた行為は、見方によれば完全に共犯者である。
しかしタツミは一切そこに触れることなくマーリンへと報告を行っていた。
「ルーナとベンゼエルマの二名のみと考えています。」
マーリンが現れる前にアンドレ・ガルディードと話し、彼の思いを聞いたタツミには、ガルディード達が到底、悪意を持ってルーナの事を隠そうとしていたようには思えなかった。
むしろ、人として、宗教家としてルーナの事を見守ってあげたかっただけなのだと、タツミにはそう思えた。
タツミに、彼らを庇うつもりは無い。
だが彼らの行いを悪だと断ずるつもりも無い。
故にタツミは、彼の報告によってガルディード達が罰せられる可能性を消し、尚虚偽の報告とならないよう敢えて、濁した言い回しを使った。
「ふむ。では、教会の者たちが死者を蘇らせる研究を行っているという当初の噂はまったくの出鱈目だったという訳かな?」
マーリンは含んだ笑みを見せながらタツミへと問いかける。
「っ・・・」
知ってか知らずか、マーリンがタツミに問いかけたこの質問に「はい」と答えてしまえば、タツミは嘘をついてしまうこととなる。
ガルディード達がルーナの行動を知っていた以上は、まったくの出鱈目だった とは言い切れない。
勿論、ここで「はい」と答え、マーリンが後に、他の調査員の手によってガルディード達の真実を知ったとしてもタツミが嘘を付いたことがバレる訳ではない。
タツミが「そんなことは知らなかった」と答えればタツミの調査力不足ということで済む話である。
ただ、できれば嘘はつきたくない。
そんな思いからタツミはマーリンの問いかけにすぐに返事ができないでいた。
「ふむ。なるほど、それが答えだね。」
咄嗟に言葉に詰まったタツミを見て、マーリンは納得した表情を浮かべる。
「・・・え?俺はまだ何も」
「ここまで明朗に答えてきた少年が急に言葉に詰まったんだ。 そんな人間がそういう反応を見せる時は相場が決まっているものさ。その質問に答えたくない質問か、それとも思いがけない質問だったかのどちらかさ。」
マーリンは笑みを崩すこと無くタツミへと話を続ける。
「今の質問が思いがけないような質問だとは到底思えないからね、自ずと答えは出る。」
「・・・申し訳-」
タツミの心理を見透かされたかのようなマーリンの言葉に、タツミは敢えて暈した表現を用いたことを謝罪しようと口を開くのを、マーリンは遮って更に話を続ける。
「勘違いしないでくれ。 私はそれについて少年を責めているつもりはない。少年が『そのように』判断したのであれば私はそれを尊重したいと思っている。」
「・・・」
「少年の言葉を借りて言うならば、黒幕はベンゼエルマとルーナ・デャングの二人だけだった。 それが少年の出した答えであり、選択の結果なのだろう?」
「・・・はい。」
「ならば謝ることは無い。 胸を張ってそう言いたまえ。」
「はい!」
マーリンの言葉に、自らを肯定する意思を強めたタツミは、先程よりも少し強く返事を返す。
「さて、まぁ報告についてはこんなもので良いだろう。詳細の摺合わせ等はもう少し色んな人の話を聞いてからにするつもりだが、それらを踏まえた上で少年に言いたいことがある。」
先程まで笑顔を見せていたマーリンが急にタツミへ真面目な表情を向けたので、タツミは黙ってマーリンの次の言葉を待つ。
「どうして戦闘を行ったんだい?」
「・・・どういう意味でしょうか?」
マーリンの質問に聞き返しはしたが、実際のところタツミはその質問の意図を理解していた。
「私は最初に任務の説明をした際、少年に『お試し期間』だと告げたはずだ。今の少年にはまだ懲罰の権限は無い、と。 あくまでも私は少年に『噂の真偽の調査』を命じたはずだ。」
当初、馬車でこの街へと向かっている際、タツミはマーリンから暗に戦闘行為を禁じられていた。
「調査任務は私への報告を以てそれを完了する。 これは理解できるね?」
「はい。」
「つまり優先順位として、何よりも最優先に私への報告を行う必要が少年にはあった。 それはどういうことかと言うと、君は何よりも優先して生きて私の前に帰って来なければならない、ということだ。 にも関わらずだ、少年は配下の子から地下においてルーナ・デャングとベンゼエルマがハルベリアと戦っていると報告を受けた際、戦うことを選んだね?」
エリスが息を切らしてタツミの元へ駆け寄り、地下の隠し部屋でルーナと魔人と思われる生物がハルベリアと戦闘を開始したと聞いた際、タツミは『勝利する為に』エリスへとシムス達を呼ぶように指示し、自らはエリスから聞いた隠し部屋へと通じる入口へと向かった。
「まだもう一人の配下の子を助け出し、その場から撤退する為に隠し部屋へと向かったのであれば、当初私が許可した自己防衛の為の戦闘だと捉えられないこともない。」
そう言うマーリンは、じっとタツミの目を見つめている。
「だが少年は倒すことを、戦闘することを選んだ。その理由を私は聞きたいのさ。」
「・・・」
タツミは、マーリンからこの質問をされることは予想していた。
エリスから地下の隠し部屋で戦闘を行っていると報告を受けた際、タツミは一瞬ではあるがハルベリアを回収した後で撤退することも一度は考えていた。
だが、タツミのポケットに入っていた小さくて綺麗なガラス玉がそれを否定した。
「あそこで俺が退くことを判断してしまえば、街の人々の被害は甚大なものになると思ったからです。マーリン様の作った架空の世界の中での話ですがそこで一度魔人と戦ったこともあります。 だから俺は魔人がどれだけ危険な存在であるか、放置することでどれだけの被害が出るかも十分に理解しているつもりでした。」
「結果的に十分に理解は出来ていたのかな?」
「・・・いえ。理解が甘かったのは十分承知しています。」
だが、それがタツミの選択した結果であった。
「ですが、あの場面で任務の達成の為に自分達だけ生きるような、そんなことは俺には出来ませんでした。」
故に、先程マーリンに指摘されたことを体現し、タツミは、胸を張って言葉を続ける。
「俺が目指している勇者は、そこで退かずに街を守るために戦うような、そんな勇者ですから。」
タツミは父親であるアズリード・ウィルフレッドの姿を思い浮かべ、そう答えた。
真剣な眼差しで語るタツミに、マーリンは驚いたような顔を見せたかと思うと、ふふっと笑った。
「自分の理想を守る為の戦い。という訳か、なるほど、それもまぁ言い換えてしまえば一種の自己防衛かもしれないな。」
「・・・何か可笑しかったですか?」
タツミは真剣な言葉を笑われたのかと思い、すこしムッとする。
「いや、すまない。決して君の決意を笑った訳ではないんだ。ただ、少年とよく似たことを言う男を昔見たような気がしてね。少し懐かしくなってしまったのさ。」
こうやって少し怒った表情を見せるところもそっくりだと、マーリンはそう思った。
「それなら私から君に言うべきことはこれだけだ。少年。」
マーリンはそう言うと立ち上がり、タツミを優しく抱きしめる。
「よく生きていてくれた。」
「・・・・・!?」
思いがけないマーリンの行動に、タツミの言葉が詰まる。
「理想を追いかけることも、未来を見据えることも大切だ。だが、少年は今の自分のことももっと見るべきだよ。
人々を守るのが勇者の姿だと、君はアズリードや王城内でのグレースの教育でそう信じているだろうし、私もその勇者の像に異論を唱えるつもりは無い。
だけどね、そんな勇者だって、誰かの守りたいものの一部だったりするんだ。
成人の儀で最初に少年を見かけた時、最初一人で成人の儀に挑んでいたのを私は知っている。
だが少年、君は今も一人かな?」
「・・・いいえ。」
マーリンの言葉を受け、タツミの脳裏にエリスやハルベリア、そしてグレースや母親の顔が浮かんでくる。
王城内で面識のある年下の数人や、同期の中でも一緒に行動することの多かったコディ、タツミに対して敵意を抱き続けていたキースや、ダルミアンの顔までが浮かんできた。
「君の父親は勇者だ。今や国の殆どの人はそう言うだろうし、恐らくそれを否定する人も最早殆どいないだろう。
幼い頃から父親と比べられ、兄弟姉妹と比べられ、その偉大な功績を追いかけることを強いられていることも知っている。
少年、いいかい。もっと自分の事を見るべきだよ。
君は勇者の息子だ。だが勇者ではないんだ。」
タツミはマーリンの言葉に返事をしようとしたが、上手く言葉が発音できなかった。
そこでようやく、タツミは自分が泣いているのだと理解できた。
「今、少年を含めた人々が抱いている勇者はアズリードのものだ。少年が勇者に憧れるのは問題の無いことだ。
だが少年がなるべきなのは勇者だと、私はそう思っている。
そして私もまた、守りたいものの中に『勇者』を持つ人間の一人なんだということを覚えておいて欲しいのさ、少年。」
王城で過ごすこととなってから久しく感じることの無かった母性とでもいうべき愛を、タツミは何故か痛い程感じていた。
ベンゼエルマやルーナと戦闘を行うことなった自らの判断を間違っていたとは今でも思わない。
だが、正しかったかと言われると、そうとも思えない。
もっと良い方法だっていくらでもあっただろう。
だが、これもまた彼の選択の、一つの結果である。
反省すべき点も山のようにあって、自らに足りないものにも気付くことができた。
だが同時に、タツミ自身がどうすべきか、どうなっていくべきかについても少し気付けたような気がする。
故にタツミは涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑顔を作りながら、ガラガラの声で、
しかし胸を張って返事をする。
「はい!」
成人の儀を迎えたばかりの小さな勇者には、それがいっぱいいっぱいの返事であった。
「良い返事だ、タツミ少年。 では、君の配下やシムス少年達が目覚めるのを待って、状況の説明をしたら一度王都へと戻ろるとしよう。 この街にはその後に復興の為の人員を要請して、そして君たちにも正式に懲罰委員会へと加入してもらうことになる。
王都でも少しいざこざがあったので、少しの間慌ただしくなるだろうし、今のうちに少年もゆっくりと休んでおくと良い。」
マーリンはそう言って、タツミから腕を離す。
「この大聖堂に人払いの魔法をかけておいた。今は寝たまえ。未来の勇者。」
マーリンはそう言うと、振り返ることなく大聖堂を去って行った。
タツミは、その背中をただ無言で、しかし目には確かな決意を込めて
ただ静かに見送るのであった。
少し遅れましたが、何とか第二部完結でございます。
ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。
自分の文章力を上げる為にと始めた連載でしたが、書いていくことによって文章力以上に色々と得る物、気付くことの多さに日々驚かされます。
主人公のタツミ・ウィルフレッドのように、自分もまた一歩ずつではありますが
成長できればと思います。
第三部もまだ続く予定ですのでそちらも是非、よろしくお願い致します。