2-32 【無力】
地下にあった石造りの部屋が崩れたことにより、病院の外観が少し傾いているのが、教会の敷地内で腰を落として座り込んでいるタツミにはよく見えていた。
石造りの部屋において戦闘を行っていた者の内、ルークとハルベリアの二人は安静が必要な状態ではあるが、他の人達と比べるとまだ軽傷であった為、早々に治療を終えて教会の敷地内の空き部屋にて養生している。
シムス、エリス、そしてマコンの三人は一刻も早い治療が必要な程予断を許さない状況であり、傾いた病院の集中治療用の部屋において、病院に勤務している全ての治癒魔導士、治療魔導士、そして外科医師等を総動員して治療を受けている真っ最中である。
そして残念なことではあるが、シムス達を護衛する為にマコンと共に教会を訪れていたソーは、タツミが地下の石造りの部屋から教会内の敷地へと運びこんだ時にはすでに息は無く、その生命活動を終えていた。
遺体の処理方法はシムスが意識を覚醒させた時にでも聞こうと思い、一旦病院の中にあった石造りの部屋ではない方の通常の霊安室に保管してもらっている。
「お呼びですかな。」
ただずっと、黙って病院の方を見つめていたタツミの背後に、教会の神父であるアンドレ・ガルディードが立ち、声をかけた。
「あぁ・・・アンタ、知ってたんだな。ルーナのこと。」
タツミは石造りの部屋で、ルーナが操るリリスと戦闘している際、アンドレ・ガルディードを初めとした信者の何人かはルーナがリリスを蘇生させようとして行動していたことを知っていたのだという話を聞いている。
「・・・はい。」
「どうして視察に来ていたシムスやルークにもそのことを伝えなかったんだ? 教会本部から『どういう理由で』視察に来たのか聞いていたはずだよな。」
「『死者を蘇らせる実験』・・・ですな。もちろん知っておりました。」
「じゃあどうして-」
タツミの言葉を遮るようにガルディードは言葉を紡ぐ。
「もしも、タツミ様のお知り合いの方が死者を蘇らせたいと願っていたとして、その為に何か色々と活動していたとしましょう。アナタは本気で、その方が死者を蘇らせることに成功すると考えますか?」
「・・・っ」
ガルディードの問いかけに、タツミは黙り込む。
魔法の発展している世界ではあるが、この世界で不可能と言われていることが四つ存在している。
一つ目は、無から有の生成。
魔法を行う際、必ず代償(主に魔力)を消費し、代償無しに結果(魔法)を得ることは不可能とされている。
二つ目は、有の無化。
既に存在しているモノ(物質、非物質を問わない)を代償無しに消し去ることは不可能とされている。
三つ目は、死者の蘇生。
死んだ生物を生前の状態のまま再び生命活動を再開させることは不可能とされている。
四つ目は、時間の遡及。
時間を巻き戻すことは不可能とされている。
以上に挙げた四つが、魔法ですら不可能の領域とされており、仮にタツミの知っている人間がこれら四つに当てはまる魔法を研究していたとして、その研究が成功すると信じることはおそらく無いだろう。
言わば夢物語のような話なのである。
「私達はただ・・・ただあの子に笑顔でいて欲しかった・・・ただそれだけなのです。」
ガルディードはまるで許しを乞う信者の様に膝を付き、地面に項垂れる。
「リリス様を失った時のあの子が、どれだけ悲痛な表情をしていたか・・・リリス様に、大恩人によく似たあの子がそんな表情をしているのを我々が耐えられるはずもなかった・・・」
「・・・」
タツミはガルディードの、まるで懺悔のような言葉をただ黙って聞き続ける。
「研究を始めるようになって、段々と表情にも笑顔が戻り、行動も活発になっていったあの子を守れるのならと、我々は死者を蘇らせる研究の存在を知っていながらも黙っておりました。」
街を原因不明の伝染病から救った聖女、その聖女と外見も似ている女の子。
その子を街全体で守ろうとした人々の気持ちは、タツミにも十分に理解できた。
まさか、その子が研究を成功させて、この街の住人全員を殺そうと考えていたなどとは夢にも思ってなかっただろう。
ルーナの言葉を聞いたのが、タツミ達だけであることもあって、タツミはその事実をガルディード達には伝えていない。
まだ話ができる状態ではない、ということもあるが、シムスやルーク達にすら、まだ話していない。
ルーナが何を思い、何を考えて行動していたのか。
ベンゼエルマという途轍もなく強かったあの魔人に操られている訳ではないと、ルーナは話していた。
勿論、操った上でそう言わせていることもあるだろうし、無理矢理言わされている可能性だってある。
だが、何となくだが、タツミはルーナが自分の意志で行動していたのだろうと感じていた。
だからこそタツミはどこまで話すべきなのか、そしてどう伝えるべきなのか
タツミはこの場所にガルディードを呼び出した時からずっと、それを考えており、未だに決めきれずにいた。
「・・・・・・」
伝えることが優しさなのか、伝えないことが優しさなのか。
そんな複雑な感情を抱えたタツミの顔を、ガルディードはジッと見つめたかと思うと口を開いた。
「もし、黙っていたことが罪だというのであれば、我々は罰を受け入れるつもりでおります。それが国から課せられるものであれ、エリア教の本部から課せられるものであれ、あの子の笑顔を守る為に我々が行った行動を私達は無かったものとしたくない。」
ガルディードの声には、はっきりと、決意を込めたかのような語気を感じられた。
「ですが、もしも・・・」
ガルディードが遠い目をしながらタツミに問いかける。
「もしも私が、私達がルーナ様が死者を蘇らせる研究をしている、ということを伝えていれば・・・ルーナ様が攫われることを防げたのでしょうか。」
「っ・・・・・」
ガルディードの問いかけに、タツミは言葉を詰まらせ、答えることができなかった。
「危ないところでした。」
ベンゼエルマが、担いでいたルーナを降ろすと、そう呟いた。
「・・・召喚してたあの子達、全部消えちゃったね。」
ルーナが、そんなベンゼエルマの言葉に反応するかのように力無く答える。
「元はと言えば貴女が地下に来た女性二人を倒すと言い出し、そこでしっかり倒しきれなかったのが原因ですがね。あの時に私が相手していれば勇者の息子が来ることも、アズリードが現れることも無かったでしょう。」
「そうだね。・・・ごめん。」
ルーナは目を伏せる。
「シムス兄様も、ルーク兄様も、タツミも・・・みんな怒ってたなぁ・・・」
血に染まった白衣を脱いでいる最中のベンゼエルマに、ルーナは声をかける。
「ねぇ・・・私間違ってるのかな?」
「・・・」
ベンゼエルマはルーナの問いかけに、すぐには答えない。
「お世話になった人達も、大切な人達も、皆大好きだから、一回死んでから私が蘇らせてあげれば、皆もう死に怯えることもなくなるんだけどなぁ。」
「・・・貴女が自分の行いをどのように解釈しようが勝手です。ですが、魔界の生物である巨大ナメクジをこちらの世界の貴方が、こちらの世界の召喚魔法を使用して呼び出すことによって、死体に寄生し、死ぬ前の性格そのままに操ることができることは間違いなく事実です。」
ベンゼエルマは白衣を脱いでそう言った後、目の前に魔法陣を展開する。
「魔界では何の取り柄も無かった下等な生物が、こちらの世界の魔法を通じて召喚することでまさかこのような力を発揮するとは大発見でした。いや、それとも貴女が呼び出したからこのような能力を発揮したのか、まだまだ研究の余地がある力です。」
目の前の魔法陣にベンゼエルマが魔力を流し込むと、魔法陣は薄明りを灯したかと思えば、魔法陣の上にリリスの死体が現れる。
「さてと、それでは死体の補修でも・・・」
「ち! りょ! う!」
すかさずルーナから訂正が入る。
「・・・治療でもしますかねぇ。」
「やったー!ありがとー!」
先程まで元気を失っていた様子のルーナが、いつもの調子を取り戻したかのように少し元気に返事をする。
「我々の利害が一致している間はお互いに協力関係なのです。出来る限りのことはしてあげますよ。今回のことで大量の死体を保管する場所を失ってしまったのは大きな痛手ですが、幸い私も貴女も、そしてこの死た・・・リリスも、あのアズリードを相手にしてなんとか無事に逃げることができたのですから良しとしましょう。」
ベンゼエルマはそう言うと、リリスの身体に、先程ベンゼエルマがアズリードとの戦闘で使用していた針の付いた袋を突き刺す。
途端、リリスの体中の傷が癒え、欠損箇所が修復されていく。
「さぁ、どうぞ。」
ベンゼエルマがそう言うと、ルーナは魔法陣を複数展開。
数体のエリクサーが召喚されたかと思うと、それらはすぐにリリスの死体へと入り込む。
「ごめんね、母様。今はちょっと魔力を使い切っちゃったからこれくらいしか入れてあげられないけど・・・」
ルーナがそう言うのと同時に、死体のリリスは起き上がる。
「またすぐに喋れるくらい入れてあげるからね。」
「とりあえずはまた拠点探しでもしましょう。あの街で基本的な実験はほとんど出来ました。今度からは時間をかけずに、尻尾を掴まれる前に定期的に拠点を変えつつ確実に戦力を増やしていきます。皆と合流するのはそれからです。」
ベンゼエルマはそう言うと、一瞬空を見上げる。
そして周囲の景観、星の位置などから大体の方角を予想すると歩き出す。
「はーい。」
ルーナはリリスに抱き付きながら返事をする。
そんなルーナを抱きかかえながら、リリスは無言でベンゼエルマの後を歩いて行くのであった。
次で第二章『勧誘編』は終わりの予定です。本当は次のと合わせて一話分にしようとも思ったのですが、それをするとまた更新が火曜日とか水曜日とかまで遅れてしまいそうなので一先ずここまで。