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2-30 【諦めの悪さ】

余裕の笑みを浮かべているベンゼエルマの両隣へ、ソーとマコンの二人が一瞬で距離を詰めて現れる。


ソーとマコンの二人はそれぞれ、二本の長剣を両手で持ち、計四本の長剣をベンゼエルマの左右から見事な連携で繰り出す。


ほぼ同時に繰り出されるその斬撃は、ある程度の実力者であったとしても全くの無傷で躱すことなど不可能であろう。


しかし、その見事な四筋の斬撃をベンゼエルマは視線を動かすことなく両腕を左右に広げ、ソーとマコンの二本ずつの攻撃を片腕で止めてしまう。


「「!?」」


まさか止められるとは思っていなかったのであろう、ソーとマコンの二人は驚いた表情を見せる。


「良く訓練されていますね。」


ベンゼエルマはそう言うと、左右それぞれの腕に力を込める。


「ぐぅ・・・」


「ぬぅ・・・」


ミシミシと音を立てて軋む両腕にソーとマコンは苦悶の表情を浮かべる。


「時間稼ぎご苦労。」


魔法陣を描き終えたルークが突然、言葉を放ったかと思えばベンゼエルマの足元から無数の鎖が噴出し、ベンゼエルマの全身を雁字搦めに縛り上げる。


海底亡者達の碇バーソロミューアンカー


鎖で身動きが取れなくなり、縛り上げられるベンゼエルマ。


その一瞬の隙をついてベンゼエルマから離れる護衛の二人。


「・・・今だ、兄様。」


ルークがそう言って振り返ると、そこには巨大な魔法陣を展開させているシムスの姿があった。


「水の女神アクエリアに仕えし大海の王よ。女神の信徒たる我にその力の一端を貸し給え。」


シムスの胸のアミュレットが輝き、展開している魔法陣の輝きが更に明度を増す。


海神の三又矛(ティタノマキア)!!」


ズンッ!!!


巨大な魔法陣から放たれる巨大な三つ又の矛が、鎖によって全身を封じられたベンゼエルマを貫く。


ベンゼエルマを貫いた衝撃で背後の祭壇すら粉砕したその矛の威力を前にタツミは思わず声を上げる。


「・・・凄ぇ。」


召喚魔法に疎いタツミには、ルークの行った動きを封じるための鎖や、シムスが放った巨大な矛がどのような魔法で、どのような性能を持っている魔法なのかは全く見当も付かないが、少なくとも一連の攻防の中でルークが召喚した鎖が凄まじい拘束力を持っていて、シムスの召喚した三つ又の矛による一突きが凄まじい威力を誇る一撃であることは容易に想像がついた。


リリスがタツミに対して放った五連蛇柱(メイルシュトローム)よりも、破壊力という点では間違いなく上だろう。


「いかに魔人と言えども海神の一撃は耐えられまい。」


シムスはそう言って、終わったとばかりにルーナの方を振り返る。


「なっ!?!?」


しかし、振り返った視線の先に白衣の男性、ベンゼエルマの姿を見つけ驚くシムス。


「あぁ怖い怖い。仲間にあんなことしますかねぇ、普通。」


ニヤけた表情を見せながらシムスに対してそう言うベンゼエルマ。


「・・・はっ」


シムスは急いで先程貫いたハズのベンゼエルマの方を見る。


魔法の効力が切れ、巨大な三つ又の矛と無数の鎖が消え去ったその場所に立っていたのは護衛の一人であるソーであった。


「シ・・・・ム・・ス・・・・・・・様・・・」


腹に大穴を開け、大量の血を流しながらソーは倒れる。


「貴っ様ぁぁあああああああああ!!」


ルークが怒声を上げながら、自らの前方に三つの魔法陣を展開。


「待てルーク!」


シムスの制止も構わずルークは魔法陣へと魔力を流し込む。


三連水砲(カノンストリーム)ぅぅぅうううううううう!!」


三つの魔法陣から黒塗りの砲身が覗き、それらが一斉に巨大な水の砲弾を放つ。


全ての弾が---


---タツミに向かって


「・・・え?」


まさに青天の霹靂。


全身への肉体強化を解除し、身体を休めていたタツミにそれを躱すことも受け切ることも不可能な一瞬の出来事。


(直撃する!)


「タツミ様!」


パァァァァァン!!


激しい炸裂音が鳴り響くと同時に、大きな衝撃がタツミを襲い吹き飛ぶ。


「ぐっ・・・」


しかし、タツミへと伝わったのは衝撃のみであった。


タツミは受け身を取り、体勢を整えると同時に自分を庇う為にタツミの前に飛び込んだ少女の名を叫ぶ。


「エリス!!」


目の前で倒れているエリスへ駆け寄り、声をかける。


「申し訳、ありません・・・・・・咄嗟のこと・・・でしたので・・・」


エリスは苦しそうな表情でタツミに謝る。


「喋るな。傷口に響く。」


「足を痛めていなければ・・・・タツミ様ごと躱せたのですが・・・」


悔しそうにそう言った後、エリスは目を閉じる。


タツミは一瞬焦ったが、呼吸を確認すると痛みで意識を失ったのだと理解する。


「謝るのは俺の方だ・・・エリス。」



一方、自分がベンゼエルマへと放った攻撃がタツミを狙ったことに驚き呆然と立ち尽くすルーク。


「そんな・・・俺は・・・・」


「はい、そこ邪魔です。」


そんなルークに対し、ベンゼエルマによる容赦のない蹴りが放たれ、ルークは吹き飛び、壁へと激突。


その一撃で意識を失ったのか、死んでしまったのかは分からないがルークに起き上がる様子は無い。


「ルーク!!」


吹き飛んだルークへ向かって叫び声を上げるシムス。


「戦闘中に余所見はダメでしょう。」


「なっ!?」


油断をしていた訳ではない。


むしろシムスは、ベンゼエルマを警戒しつつ、ルークを確認したつもりであった。


だが、いつの間にかベンゼエルマはシムスの前まで移動しており、ベンゼエルマはその腕を大きく振りかぶっていた。


「シムス様!!」


それを止めようと護衛であるマコンが二本の長剣を使ってベンゼエルマへと斬りかかる。


「ほぅ」


シムスへの攻撃を中断し、マコンの攻撃を躱すベンゼエルマ。


躱す為に捻った身体のバネを利用し、そのままマコンの顔面を掴まえる。


「ぬぅ!?」


「潰してあげましょう!」


そのまま床へとマコンを思いっきり叩き付けようと振り上げたベンゼエルマの腕に対して


「だぁぁぁぁあああ!」


倒れているソーの持っていた長剣を拾い上げながら部屋を駆け、長剣を振り降ろすタツミ。


完全に死角からの一撃であるはずのそれを、ベンゼエルマは腕を引っ込めることで躱す。


しかし、お陰でマコンは床へと叩き付けられることなく、解放される。


「うん、惜しい。」


余裕たっぷりの表情を浮かべながらタツミを見るベンゼエルマの顔に、タツミは更に身体を捻って蹴りを繰り出す。


しかし、タツミの放った蹴りはベンゼエルマに届くことなく彼の目の前を掠めるだけに終わる。


(なっ・・・届かない・・・?)


避けられた訳でも、防がれた訳でも無く、宙を蹴るだけに終わった自らの蹴りに驚くタツミ。


最初から当てないつもりで蹴りを繰り出した訳でもない。


だが、自分が目測を誤ったとは到底思えない。


蹴りを空振ったことによってできた大きな隙を、ベンゼエルマは逃さない。


ベンゼエルマは右手の指を真っすぐ伸ばし手刀を作ると、そのままタツミへ向かって一直突き。


身体強化によって強度も硬度も上がっているタツミの腹部を簡単に貫いた。


「がっ・・・・はっ・・・」


タツミは激しい痛みに顔を歪め、血を吐く。


しかし、ベンゼエルマの攻撃は止まることなく続く。


残った左腕を大きく広げ、タツミの顔面目掛けてベアークローを繰り出す。


タツミにトドメを刺す為にベンゼエルマが技を放つその隙に、彼の死角からマコンが両手に持った長剣で袈裟切りを交差して繰り出す。


「ちっ・・・」


完全に死角であるはずの一撃を、舌打ちと共に躱すベンゼエルマ。


だが、お陰でタツミは身体を貫く右腕から逃れることができた。


「二人ともそこを離れろ!」


不意にシムスの叫び声が聞こえる。


と同時に、ベンゼエルマの真下を中心とした巨大な魔法陣が床一面に浮かび上がる。


タツミとマコンの二人は咄嗟に魔法陣から外へ跳躍。


「上級召喚魔法『海坊主』!!」


次の瞬間、巨大な黒い生物が一面に展開された巨大な魔法陣から現れベンゼエルマをその大きな口で丸呑みしてしまう。


「魔人よ、海坊主の腹の中で永遠にもがき続けるが良い。」


シムスは苦しそうに胸を押さえながら言葉を放つ。


上級召喚魔法。


普通、一人では発動できない程の莫大な魔力を必要とする召喚魔法。


大抵は十人程の召喚魔法の使い手が揃って詠唱し魔法陣を展開し、そこへ全員が魔力を注ぎ込む事によって発動する難易度の高い魔法であるが、シムスはそれを一人で行ったのだろう。


しかし、おそらくその代償としてかなりの魔力を消費したのが分かる程、疲労の色が見て取れる。


「危ないところを助けていただきありがとうございます。シムス様。」


マコンが汗を拭いながら、シムスへ感謝の辞句を述べる。


「怪しげな能力を使う魔物であったが、奴ごと全て丸呑みにしてしまえば問題あるまい。」


シムスは息を整えながら答える。


「海坊主の腹の中は激流渦巻く闇の中だ。深海に沈められるのと同様の--」


ボゴンッ!


シムスの声を遮って、海坊主の黒い巨体が揺れる。


「なっ・・・!?」


ボゴンッ!!ゴンッ!!ゴンッ!!


その振動音が響く度に、呼び出された海坊主がウォォォンと低い唸り声を上げる。


「ばかなっ・・・」


シムスがそう言ったのとほとんど同時であった。


手刀が海坊主の身体の中から生えてきたかと思えば、海坊主の身体を引き裂いて、ベンゼエルマが中から現れる。


大きな血飛沫を上げ、石部屋全体を真っ赤に染めながら、海坊主は真っ二つに裂けて行く。


「流石に上級の召喚魔法ともなれば強力なものですねぇ。」


真っ赤な返り血を全身に浴び、面影の無くなってしまった白衣を見て残念そうに溜め息をつく。


「この服、清潔感があって気に入ってたんですけどねぇ。」


タツミとシムス、マコンの三人は驚きのあまり声すら出ない。


マーリンの作った架空の世界の中で、いくつもの偶然が重なった結果とは言え一度は魔人を倒していることもあって、自分一人でも少しは戦うことができるだろう、とタツミは考えていた。


それに加えて、エリア教の教主の息子であるシムスとルーク。


更にその二人を護衛する為に本部からやってきた腕利きの従者ソーとマコンの合計四人が加わっての戦闘である。


彼らの実力を正確に把握している訳ではないので皮算用でしか無いのだが、そこへタツミの従者であるハルベリアとエリスを加えると七対一の圧倒的有利な構図がタツミの脳内で出来上がっていた。


実際はハルベリアは、その前のルーナとリリスとの戦闘によって戦闘不能状態に陥っていた為、六対一の構図となってしまっていたが、シムスやルーク、ソーとマコンの四人はタツミの想像以上にかなりの使い手であった。


前にマーリンの作った架空の世界の中で戦った魔人程度の相手であれば普通に倒すことが可能である程の戦力だろう。


だが今、目の前の魔人ベンゼエルマは殆ど無傷で立っていて、ハルベリアとルーク、エリスとソーの四人は戦闘不能となり、シムス、マコンの二人は殆ど満身創痍の状態で呆然としている。


最早この目の前の圧倒的な戦闘力を持った魔人に勝てるとは思っておらず、半ば諦めているかのような表情が見て取れる。


現実をそのまま受け止めるとするならば、間違いなくタツミも勝てるとは思えない程の相手である。


昔からどこか現実主義的な考え方をしているタツミももちろん、最早勝てるとは考えていない。


しかし現実主義である以上に、諦めが悪く、そのせいで何度も過去に王城内でキースの顰蹙を買い衝突を繰り返していたタツミは、冷静に考えを巡らせていた。


(勝てるとは到底思えない。だが、勝てないとしても、ここで俺が死んでしまうとしても)


マコンが使っていたのを拾った長剣を握る拳に力が籠る。


(負けるにしたって負け方がある。)


【失敗しそうになった時や失敗した時、諦めたらそこで終わるからね。】


これは幼い頃、よく母親が言っていた言葉だ。


幼くして王城に預けられたタツミは、母親の顔をぼんやりとしか覚えてないないが、母親がタツミに言って聞かせていたこの言葉はよく覚えている。


タツミの母の言うそれは決して『諦めずに続けていれば報われる。』や『諦めずに挑み続ければ勝機は訪れる』という意味では無かった。


「覚えておくのよ? タツミ。 私は別に貴方に綺麗ごとを言う人間になれって言ってるんじゃないの。」


じゃぁどういうこと? と母親の言葉の真意がわからず、聞き返すと彼女は答えた。


「物事を諦めざるを得ないような状況に立たされた時、まぁ私の今までの人生を基準にして考えても七、八割はまず間違いなく失敗するでしょうね。でも二割ほどの確率でなんとかなるから最後まで成功する努力は怠らずに頑張れ。 って、私が言いたいのはそうじゃなくて、失敗するにしても一番影響の少ない失敗をしなさい、ってこと。」


母親の言葉を聞いても、幼い自分はまだ難しい顔をしていたのだろう。


そんなタツミに向かって笑顔を見せ、母は語る。


「例えばすごく高い所から足を滑らせて落ちてしまった時に、諦めてそのまま落ちるんじゃなくて、空中でうつ伏せの状態を取って、手で頭をガードしてから落ちなさい。」


母はそう言って優しくタツミの頭を撫でる。


「結局落ちるのは止められないけれど、それでも仰向けで落下して後頭部を打つよりは生きられるから。失敗した時に諦めて何もしないよりもずっと、失敗した後に何とかなるんだから。」


昔の記憶の、母との思い出の中でも特に印象に残っていた話を思い出す。


「ふぅ・・・シムス様、マコンさん、逃げて下さい。」


タツミはそう言って一歩前に出る。


「タツミ君・・・?」


「この魔人との戦闘に巻き込んでしまったのは俺の責任です。エリア教の要である皆さんをこんなところで失う訳にはいきません。倒れているルークさんとソーさん、そしてルーナ。・・・余裕があれば俺の従者であるエリスとハルベリアの二人も運んでくれると有難いです。」


タツミは決してベンゼエルマから視線を逸らすことなく、シムスとマコンへ話を続ける。


「そして病院と教会の中に避難している皆をできる限り逃がして、一人でも多く助かる人を増やして下さい。俺はできる限りここで奴を食い止めます。」


「何を言っているんだ。君だって勇者の息子だろう!命を粗末にできる立場ではないはずだ!!」


「・・・そうです。勇者の息子なんです。だから一人でも多くの人を助けることができるように動くんです。その為に使った命を、俺は粗末に扱ったとは思いません。」


「・・・」


シムスは一瞬黙り込んだかと思うとすぐに口を開いた。


「腹が立つやら恥ずかしいやら、全く嫌になる。自分がすでに諦めていたということに。この前成人の儀を迎えたばかりのタツミ君にそれを教えられたと言うことに。」


そしてエリスとハルベリアの二人を指して続ける。


「先ずはあの二人を上へ、上にいる人々に街から出るように伝えた後、今度はルーナとルークを頼めるか。」


マコンはシムスの指示を受けると


「はっ」


と肯定の声を発し、エリスとハルベリアの方へと向かって行く。


「何言ってるんですか。貴方も一緒に-」


タツミの言葉をシムスは途中で遮って答える。


「君が勇者の息子であり、人々を守るように、私も教主の息子だ。信者を守るべき立場の人間だ。そしてここはエリア教の人達が多い街。私が戦わなくてどうする。」


さらにシムスは、続けて答える。


「あれほどの強さの魔人だ。君一人では大した時間も稼げないだろう。少なくとも私はタツミ君、君よりは強いさ。」


圧倒的な実力差を見せられ、先程まで完全に諦めていたシムスとマコンの二人の眼に、再び輝きが灯ったのを感じ取りベンゼエルマは感嘆の声をあげる。


「ほぅ・・・なるほど。」


タツミもシムスも最早、退く気は無い。


エリスとハルベリアを運ぼうとしているマコンですら、今にも奇襲をしかけてきそうな表情をしている。


「・・・魔王直下八将『蜃気楼』科学者ベンゼエルマでございます。」


不意にベンゼエルマが名乗りを上げる。


タツミとシムス、マコンの表情、視線から、何か思うところがあったのだろう。


「これだけ力の差を見せつけても逃げようとせず、そればかりか自らを犠牲にして一人でも多くの人を逃がそうというその姿勢に敬意を表し、名乗らせていただきました。」


ベンゼエルマの顔から笑みが消え、真面目な様子でタツミとシムスを見ている。


「タツミ・ウィルフレッド。勇者の息子だ。」


「エリア教 シムス・デャング。」


名乗りを上げた相手に対しては、名乗りを返すのが礼儀である。


そしてタツミとシムスの二人は戦闘態勢を取る。


「敬意を表し名乗らせていただいた以上、ここからの私は一切手を抜きません。すぐに終わらせてあげましょう。」


名乗りを上げ、タツミとシムスの二人を敵だと認めた以上、本気で倒しに来るのだろう。


ダンッ!!


最初に動いたのはベンゼエルマ。


タツミ、シムスが反応するより早く、ベンゼエルマはエリスとハルベリアを担ぎ終えたマコンの傍へと一瞬で距離を詰める。


「「なっ・・・!?」」


タツミとシムスが両方とも反応できなかったその動きに、ハルベリアとエリスを担いでいる最中のマコンも反応できない。


ズンッ!!


ベンゼエルマの手刀がマコンの胸を貫く。


「うがっ・・・・ぁ・・・・」


胸を貫かれ、足から崩れ落ちるマコン。


「ここにいる人間は全員、兵隊となってもらいます。連れて行かせる訳無いでしょう。」


そのマコンが床へと倒れるよりも前に、ベンゼエルマはタツミの目の前へと移動し、そう呟いた。


「!?」


目で追えない速度での移動。


更に反応できない攻撃に対して、タツミが咄嗟に取った行動は『勘』であった。


タツミはベンゼエルマの攻撃行動を確認するよりも前に、腰を捻って一歩後退。


攻撃を見てからでは躱せないと判断し、ベンゼエルマが先程までよく繰り出していた腹部周辺への手刀のみを警戒し、先んじて動いた結果、ベンゼエルマの手刀を紙一重で回避する。


「へぇ。」


しかし、攻撃を躱した際にベンゼエルマに生じた隙すら突くことができないまま、ベンゼエルマの追撃によって石部屋の壁まで大きく吹き飛ばされるタツミ。


「がはっ・・・」


壁は崩れ落ち、瓦礫がタツミに降り注ぐ。


(差がありすぎる・・・)


霞む視界の中、シムスが魔法陣から呼び出した巨大な貝を、まるで紙でも引きちぎるかのように簡単に貝殻ごと引き裂いているベンゼエルマの姿が見える。


(せめて何か・・・あの魔物に効くくらい威力のある一撃でもあれば。)


タツミの得意とする身体強化による肉弾戦ですら、ベンゼエルマには届かない。


シムスが渾身の魔力を込めて行った上級召喚魔法ですら、ベンゼエルマは抜け出してきた。


(俺に父上やマーリン様のような・・・そんな力さえあれば・・・)


タツミは力の入らなくなった左腕を押さえながら、なんとか立ち上がる。


立ち上がったタツミに気付いたのか、それとも壁にもたれかかっていたとしても最初からそうするつもりであったのかはわからないが、ベンゼエルマはシムスの胸倉を掴み、そのままタツミへ向かって投擲。


「!?」


辛うじてシムスを受け止めるも、投擲の勢いは殺しきることができず二人とも吹き飛び、タツミは再び崩れた壁へと全身を打ち付ける。


「がぁっ---」


一瞬、意識が飛んだ感覚、頭の中をここ数日の出来事が走馬燈のように駆け巡るも、すぐに意識を取り戻す。


タツミに被さるようにして倒れているシムスは、目を閉じたまま動く気配は無い。


なんとか呼吸を確認できたことで、彼も気を失っているのだろうとわかる。


身体強化の魔法によって丈夫な身体であるが故、タツミはまだ何とか意識を保てているが、もはや足に力は入らず、シムスを除けて立ち上がることすらできない。


蓄積したダメージで動かなくなった左腕、そしてベンゼエルマによって一度貫かれた腹部からは血がとめどなく流れていく。


「終わりにしましょう。」


ベンゼエルマはゆっくりとタツミ達の方へ歩いて進む。


(もっとだ・・・もっと近くに来い。)


最早死を待つしかできないような状況で、タツミは最後の賭けに出ていた。


一瞬、頭の中を駆け巡った走馬燈。


それによって、タツミの脳裏に蘇った一つの手段。


先程タツミが願ったように、勇者である父親や王国最高の魔法使いであるマーリンのような力を出すことができる方法をベンゼエルマへと放つ為に。


(まだだ・・・もう少し・・・)


段々と近付いて来るベンゼエルマの一挙手一投足をただジッと観察しながらタツミはその機会を待つ。


「おや・・・まだ諦めていないのですか?」


ベンゼエルマはタツミの視線に気付き、その足を止める。


「それともまだ何か奥の手でもあるのですかねぇ?」


(っ!?)


動揺を気付かれてはいけないと、タツミは必死に表情を繕う。


「・・・ふむ。」


ベンゼエルマは少し考える様子を見せると、吹き飛ばされた際、タツミが落としてしまったソーの長剣を拾い上げる。


「念には念を入れますか。」


そう言って長剣をダーツの矢を放つかのように構えるベンゼエルマ。


タツミとの距離はおよそ四メートルほどの距離ではあるが、その場所からタツミを射殺すつもりなのだろう。


(もっと近づいてから確実に決めたかったが仕方ない・・・やるしかない!!)


タツミはベンゼエルマの行動を見てそう判断すると、唯一何とか動く右腕から一枚の紙切れを取り出す。


「・・・何です?」


タツミの血に塗れ、真っ赤に染まったその紙切れには魔法陣が描かれてあり、タツミの血を通じて魔力が注がれて眩しい程の輝きを放っていた。


「くらえっ!!」


それはマーリンが、王都へと帰る前。


マーリンから直接タツミへと手渡された一枚の紙きれ。


「その紙には私の魔法が1回分発動できるだけの魔力が込められている。何が発動するかは秘密だが、それでもきっと君の力になれるはずさ。少年。」


マーリンがそう言ってタツミへと預けたその一枚の紙きれに、タツミは全ての望みを賭ける。


(・・・え?)


瞬間、不思議なことが起こった。


取り出したと思った紙切れが、何故かまだ右手に握られており掌の中に収まっている。


「まったく恐ろしいものを用意してくれていたものですね。」


ベンゼエルマが長剣を投擲、長剣はタツミの右手に刺さり、掌の中に握られていた紙は真っ二つになって地に落ちる。


「大方、マーリンにでも持たされていたのでしょう。その紙からあの女の魔力を感じます。」


(バカな・・・俺は今完全にアイツに向けて・・・)


恐らくはベンゼエルマの持つ何らかの能力が作用したのだろう、これによってシムスは護衛であるソーへ向けて攻撃を放ってしまい、ルークはタツミに技を放つこととなった。


何らかの錯覚を起こす能力なのだろう。

それによってタツミはベンゼエルマへの最大最高の攻撃の機会を逃してしまった。


「あの女の魔法であれば確かに、この戦力差でも一矢報いることくらいはできたでしょうが、残念でしたね。」


ベンゼエルマはそう言ってタツミの目の前に立つ。


「くそっ・・・」


もうタツミにはこの場を打開できるような策は無い。


出来るだけのことはやった、とは思えるものの、こみ上げてくる悔しさに、涙が頬を伝っているのにタツミは気付く。


「死んだらまた会いましょう。兵隊として。」


ベンゼエルマはそうタツミに告げると、タツミ目掛けて手刀を振り下ろした。


ズンッ!!


衝撃で空気が震える。


だが、タツミへと伝わったのはその震えた空気だけであり、手刀が届くことはなかった。


「・・・え?」


タツミの目の前で、ベンゼエルマの手刀は、いつの間にかベンゼエルマの隣に立っていた男性に腕ごと掴まれ止められていた。


「よぅ。久しいではないか。ベンゼエルマよ?」


いつの間にかベンゼエルマの隣に立っていた男性は、ベンゼエルマへと話しかける。


「悪いがこの手刀は振り下ろさせる訳にはいかんのでな。」


「!?」


ヒュゴッ!!


男性はそう言うと、思い切りベンゼエルマを部屋の反対側の壁まで投げ飛ばした。


「なんで・・・どうしてここに・・・?」


目の前で起きた信じられない光景に、タツミの思考は停止する。


「がっはっはっは。大丈夫か?タツミ。」


急に現れ、ベンゼエルマの手刀を止めた男性。


『勇者』-アズリード・ウィルフレッド-はそう言ってタツミに笑いかけた。






どうしてもアズリードが出てくるまでをこの話に入れたかったので、今までの話よりもかなりボリュームのある文章量になっちゃいました。

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