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2-28 【五連蛇柱】

「意外だね。」


ルーナがタツミに向かって話しかける。


「何がだ?」


タツミは構えを崩すことなく、目線をリリスとルーナに向けながら返事をする。


「ハルベリアちゃんやエリスちゃんもそうだったけど、もっと驚いてくれるものだと思ってたのに。」


「驚いたよ。なんならエリスから話を聞くまでは疑ってすらなかった・・・いや、疑いたくなかったっていうのが本音かな。だが、少なくとも巨大ナメクジの犯人がルーナだって聞いた時に違和感を感じることなく納得できた。」


「へぇ?」


「思えば、最初にお前が迷うことなく教会の大浴場や大聖堂に案内してくれた時から違和感はあった。あの時はルーナがエリア教の人間だから教会の内部を知っていることに対して何とも思わなかったが、その後シムス達の目を盗んで勝手に調査に行こうとした際、護衛のマコンかソーのどちらかがトイレの場所をガルディード神父に尋ね、シムスがそれに同意してガルディードに案内を頼んでいたのを聞いている。」


タツミはそう言いながらも、視線の中心にはルーナとエリスを捉えながらも部屋全体の構造の把握に勤める。


やはりこの部屋には見覚えがある。


一度、教会の本尊である池の配管から忍び込んだ石造りの部屋で間違いないだろう。


「何度もこの街には来てるんだろ? 目的はやっぱ死者を蘇らせる実験ってヤツか?」


タツミの目の前で戦闘態勢を取って構えているリリスを、改めて直視しながら問いかける。


先程、タツミが短剣を放って与えた脹脛への切り傷が、もう治りかけているのがわかる。


「そうだね。母様が死んで、母様の為に建てられた教会のあるこの街に死体を埋めることになったあの日、死体を運ぶ馬車に忍びこんで着いて来たのが最初。それからはもう何度来たかなんて数えてない。」


ルーナは楽しい思い出を語るかのような朗らかな笑顔を見せて話を続ける。


「元々母様の熱心な信者の多かった街だったから、母様の死体を埋めるんじゃなくて魔力の満ちた水釜に入れてこの教会の本尊として扱おうっていう私の話に反対する人なんていなかったわ。ガルディード神父を初めとしたこの街の教会の信者達を言い含めて、死体を埋めたように見せかけ、病院の地下であるこの石造りの霊安室へとこっそり移したの。そして、死体を教会の本尊として扱おうってことになって水釜に死体を保存してそのまま教会裏の本尊に流れ込むようにしたって訳。まぁ死体が何年も腐ることなく原型を留めていたのは予想してないことだったんだけど。」


水に溶けた魔力の影響なのだろう。


時に魔力というものは思わぬ作用を引き起こしたりする。


実際、タツミは配管からこの部屋に忍び込んだ際、水釜の中で檻に入れられた綺麗な女性の死体を確認している。


「流石は聖女様だ! って皆驚いてたわ。私も流石は母様! って喜んだもの。で、そうなるとやっぱり考えちゃうよね。なんとかして生き返らせることができないかって。」


「ってことは教会の皆もグルってことか。」


「うーん、そうね。一応共犯ってことにはなるかなぁ。母様を蘇生させようとしていたのは私だけで、教会の皆はそれを知ってて知らないフリをしてくれていただけだから。」


ルーナは自嘲気味に笑いながら続ける。


「そりゃそうよね。誰も母様を、死んだ人間を生き返らせることができるなんて信じちゃいないもの。できる訳がないもの。実際、私もこの部屋を借りて好きにやらせてもらってたけど、全く蘇らせることなんてできそうになかったもの。でもそんな時に私に手を差し伸べてくれたのがベンゼエルマだった。」


ルーナはそう言って祭壇の上でジッとタツミを観察している白衣の男性を指す。


「どうも。」


自分に話題が及んだことに対して、ベンゼエルマはタツミに向かってペコリと一礼する。


そのベンゼエルマの視線、雰囲気からその男が只者では無いということを直感で感じるタツミ。


ルーナとリリスに意識を集中せざるを得ない状況ではあるが、この男が動くそぶりを見せれば一番に警戒しなければならない相手だということを感じ取る。


「魔界の科学者を名乗って近付いてきたベンゼエルマが言うにはこの子達(巨大ナメクジ)を召喚して、それを死体に寄生させることで死体を操ることができるって教えてくれたの。そして私にその魔法陣を教えてくれて、それからはずっとその魔法の練習の日々。一度に何体もの召喚はできないから、こっちに忍んで来る度に段々と数を増やしていって今では千体を超えたわ。さっきの街への襲撃で三百くらい減らされたから、今母様の中にいるのは少なくなっているけれど。」


「・・・どういうことだ? 普通、役割を終えた召喚獣っていうのは呼び出される前の元の場所に還っていくものじゃないのか? 呼び出したら呼び出したまま、何体も何体も溜めていけるものなのか?」


タツミは召喚魔法に詳しい訳では無いが、それでも召喚魔法の基本的な部分についての知識は王城内で教育されている。


召喚魔法とは召喚される側の生物と、召喚する側の生物との『契約』によって行われ、召喚される側は『与えられた役割を果たす』ことで報酬を受け取り、召喚する側は魔力や身体の一部、精神や供物など様々な形で報酬を用意し、その力を使役する魔法である。


呼び出された生物は与えられた役割を果たすか、もしくはその魔法陣に予め込められた魔力が切れれば元の場所へと還っていくのが通例となっているはずである。


「簡単な話よタツミ。与えた役割を果たして無い召喚獣は還らない。誰も蘇生させてない間はこの子達は役割を果たして無いもの。そしてこの子達を維持する為の魔力はとても微力で済む。だってこの子達自体は強力な生物じゃないからね。それに-」


ルーナが説明していると、祭壇の上からベンゼエルマが不意に言葉を挟んでくる。


「ルーナ。説明が過ぎます。この巨大ナメクジ達、名をエリクサーと言うのですがこれも一応私の研究成果の一つなのです。貴方のエリクサーを召喚する才能を見込んで私の研究成果の力を分け与えているのです。おいそれと不特定多数の人間にペラペラと喋られるのはあまり良い気がしませんねぇ。」


そんなベンゼエルマの言葉にムッとした顔を向け、ルーナは答える。


「私だって誰にでも話す訳じゃないって。タツミだから話してるんだよ。」


「・・・どういうことです?」


ベンゼエルマの問いかけに、ルーナは答えずにタツミの方をジッと見つめる。


「ねぇタツミ。私と一緒に来ない?」


「は?」


「タツミを殺そうと思って巨大ナメクジに部屋を襲わせて失敗したあの夜ね。私、タツミの隣だと久しぶりに落ち着いて眠ることができたの。本当に、母上と一緒に眠っていた時のような安心感があったわ。だからタツミとなら私-」


「断る。」


「・・・え?」


まるで予想してない答えが返ってきたかのように驚いた表情を浮かべてルーナは聞き返す。


「断るって言ったんだ。死んだ人間を使って何をするつもりかは知らないが、俺はそんな怪しい奴に手を貸す気は無い。」


タツミはそう言ってベンゼエルマの方を睨む。


「おやおや、怖いですね。」


タツミの視線を受けて、ベンゼエルマはおどけてみせる。


「そう、わかった。じゃぁ仕方ないね。」


ルーナは杖を構える。


「殺してから言うことを聞かせるわ。」


「!?」


ダンッ!


ルーナがそう言うのとリリスが動き出すのがほぼ同時であり、その一瞬でリリスはタツミとの距離を詰めていた。


構えている長棒を振うには近すぎる程接近を許してしまったことで、リリスが振りかぶっている拳を上半身を捻って躱すタツミ。


すかさずタツミの下半身のバランスを崩そうと、最早完全に治ったようにみえる脹脛を気にする素振りも無く下段蹴りを繰り出すリリス。


「くっ!」


それに反応し、長棒を支点に跳躍することで蹴りを躱し、その勢いを殺さずに空中で身体を捻って円月蹴りをリリスの側頭部へとお見舞いする。


ゴンッ!


頭蓋骨が砕ける鈍い音が鳴り響く。


通常の人間であれば致命傷。


これで決着が着くはずであるが、相手は蘇生された武道家でもある聖女リリス。


「いっ-」


攻撃を受け、白目を向いていた両目がギョロりとタツミを捉えると、そのままタツミの足を両足で掴み、身体全身を使って一回転。


「-たいわねぇ!!」


勢い激しくタツミを床へと叩き付けた。


「がはぁっ!!」


掴まれたのが足であったので両手で受け身を取るも、その衝撃はグロリアスモンキーのボスの投擲をまともに受けた時のことを思い出す程。


一度叩き付けられた後も、未だに掴んだままの足をもう一度振りかぶるリリス。


「もう一発!」


「させるかよっ!」


タツミを振り上げ、もう一度振り下ろす際の一瞬。


タツミにかかる力がゼロになるその一瞬をついて、タツミは掴まれている足を支点に身体を縮めてリリスの首裏へと腕を回す。


「なっ!?」


タツミを振り下ろす力を利用し、首裏へと回した腕を軸に反動の力を使って、まるで空中で巴投げを喰らったかのような弧を描いて逆にリリスを床へと叩き付ける。


その衝撃で足が離れた為、タツミは受け身を取ってリリスから距離を取って構える。


完全にリリスの脳天から床へと直撃させたがはずであるが、外傷はゆっくりと治っていき彼女は立ち上がる。


エリス並の速さで動き、タツミ並の体術を繰り出す。


ルーナの魔法なのか、それとも死んでいるリリス自身の魔法なのかは判断しかねるが、身体強化によって両手両足の力を強化し、致命傷ですら蘇生の力で治して襲って来るリリス。


「この坊や、中々やるわね。」


「そうだよ。タツミは結構強いよ。だから本気でいかないと負けちゃうよ。」


「あら、本気出しても良いの?ルーナ。」


「もちろん、母様が本気を出す為の魔力ぐらい私もあるんだから。」


「違うわ、そういうことじゃなくて・・・」


リリスがそう言いつつ指先を使って空中に魔法陣を描く。


「殺した後この坊やを使うんでしょ? 原型無くなるわよ?」


ゴァァァァァ!!


リリスが言い終えるのと同時に描かれた魔法陣から大顎を大きく開いた大蛇がタツミに向かって放たれる。


「ぐあっ!!」


大顎でタツミごと砕こうとするのを長棒を使って止めることには成功するが、その大蛇の突進の威力に踏ん張りがきかず壁へと叩き付けられる。


「くそっ・・・」


タツミを壁へと叩き付けた大蛇はその役目を終えて消え去る。


「まだよ。」


しかし、タツミが壁へと叩き付けられている間にリリスは空中に更に五つの魔法陣を描いていた。


「なっ・・・」


五つの魔法陣から放たれる五匹の大蛇。


その全てが大顎を開けてタツミへと真っすぐに突進。


五連蛇柱(メイルシュトローム)。私が生前に得意としていた必殺技よ。」


攻撃を終えた大蛇が消えると、全身を牙で裂かれ流血しているタツミの姿があった。


「あら良かったじゃない。この坊や割と頑丈よ。」


リリスがそう言ってルーナに笑いかけているのを聞きつつ、防御態勢を取り痛みに耐えながら肩で息をしていたタツミは、リリスから離れて距離を取る。


(身体強化に使っている全ての魔力を防御に回してなかったら死んでた。)


元々死者であり、武道家ということもあってハルベリアを肉弾戦で凌駕し、タツミと打ち合う程の能力を持っていた為すっかり忘れていたが、彼女は宗教家である。


宗教家は召喚魔法で戦う。というのはすでに聞いていた話だ。


近距離で打ちあっている最中にあれだけの威力を持った大蛇を、一気に五体も召喚されたのでは躱すことは不可能。


ある程度距離を取った今ですら、放たれれば完全に回避できるかどうかわからない。


室内で逃げ場が限られているということもあるが、呼び出されるのは意志を持った大蛇であり、それぞれが思うがままにタツミを狙って追ってくる。


(近接戦闘だと俺の方に分があると思ったが、こんな技があるとなると一気に厳しくなってくるな。)


しかし、今の技を放ったリリスにも目に見えて綻びが見える。


「おや?」


リリスの腕が、何の攻撃も受けていないにも関わらず床に落ちる。


「母様!」


それを見たルーナが慌てて長杖に力を込め、魔法陣をリリスの背中へと描く。


描かれた魔法陣はリリスの体内へと消えて行き、同時にリリスの腕が再び生えてきた。


「へっ、どうしたルーナ? 全く動いてないのに肩で息してるじゃないか。」


リリスへと魔法を放ったルーナが疲れた様子を見せているのに気付き、タツミは声をかける。


「・・・」


ルーナはタツミの声には答えない。


いつも明朗な返事を返していたルーナが、図星を突かれて焦ったような顔をして黙っている。


(なるほど、リリスの魔力はルーナから供給されるものであって、今の技を打った後、リリスには身体を維持できる程の魔力が残って無いってことか。)


タツミは今のルーナとリリスの一連のやり取りを見てそう仮定する。


ルーナ自身、タツミが今の攻撃を受けて生きているとは思っていなかったのだろう。


だから魔力を供給する様子をタツミに見せることになるとは思ってなかった。


いや、もしかしたらリリスに今の技を打たせたのが初めてだったのかもしれない。


だから今の攻撃の後、リリスの腕が落ちた様子を見て焦ったようにリリスへと魔力を供給した、と考える方が辻褄が合う。


タツミはそこまで考えた後、冷静に自分の怪我の程度を見て判断する。


(耐えれてあと一発ってところか・・・)


放たれる大蛇の一匹一匹が致命傷を与えるのに十分な殺傷能力を持っている。


決して一匹と言えども簡単に喰らって良いような威力をしていない。


タツミの見立てが甘ければ、また仮にリリスが今のよりも威力を上げて攻撃を放つことができるならば、タツミの身体は耐えきれずに引き裂かれるだろう。


(勝機はある。・・・次にあの技を打ってきた時。)


タツミは握る長棒に力を込めると、脚に力を込めて一気に跳躍し、リリスへ向かって駆け出した。


「勝負だ!! リリス! ルーナ!」



月曜日ギリギリセーフです。

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