2-27 【墜ちた聖女】
狙うのは大人数の死体を操る本人であるルーナへの直接攻撃。
ルーナの操る死体達の戦闘力はわからないが、この狭い部屋の中で一度囲まれてしまえば流石に無事では済まない。
広いとはいえ室内という限られた空間の中を蠢く死体の数々。
時間をかければかける程、ハルベリアの不利が圧倒的となってしまうのは自明の理。
故に目指すは短期決戦。
だが、そんな思惑を持って跳躍するハルベリアの進行方向に一人の死体が立ちふさがる。
「なっ!?」
ハルベリアの剣を身体で受け止めると、そのまま剣を掴んで離さない。
「邪魔だ!!」
それを払い除ける為に左腕で握り拳を作り、そのまま死体へと放つ。
赤鎧の籠手が鈍い音を響かせ、剣を受け止めていた死体は吹き飛ぶが、その隙に別の死体がハルベリアに抱き付く。
「くっ・・・」
ガガガッ
二人、三人と一度動きを止めたハルベリアに対し、次から次へと死体が抱き付いて身動きを封じる。
数十体の死体に抱き付かれ、外からではハルベリアの姿が確認できない程の肉の玉と化す。
「はい、おーしまい。」
もはや動くことすらできないであろうハルベリアに対して勝ち誇った顔を向けるルーナ。
「タツミとエリスちゃんが来るまでに片付けられて良かっ---」
ピシッ・・・
肉の玉の真下の床石に亀裂が入ったかと思うと、次の瞬間にはまるで畳返しのように床石が捲れ上がり、大きく割れた破片によって肉の玉ごとハルベリアを飲み込んだ。
ガラガラガラガラ・・・
崩れ落ちる瓦礫と共に、血の気を失ったように肌の色が変色し、石片に潰された死体の山が転がり落ちる。
その中央でハルベリアだけが、剣先を地面に突き刺した状態で、ルーナの方を真っすぐ見据えている。
「何を片付けたんだ?」
身体にかかった塵を払う素振りを見せ、ルーナにそう言い放つハルベリアの赤鎧には傷一つ付いていない。
流石に無傷、とまではいかないがかなりの威力が軽減されていることがその様子を見てわかる。
「・・・やっぱ良い鎧だね、それ。」
「あぁ、私の魔法程度では傷付かない。父上から頂いた自慢の鎧だ。」
「物理的に堅いってのもあるんだろうけど、魔法防壁がかけられてる感じかー、それも超強大なやつが。最初、自己紹介の時に見てその鎧が一番嫌だなって気がしてたけど、当たっちゃったか。」
ハルベリアは当初、ルーナと顔を合わせた時に彼女がこの鎧に興味を抱いていたのを思い出す。
「そこまで堅いと魔宝具としてのランクもかなり高そうだなぁ。うーん、この子達じゃハルベリアちゃんにダメージを通すのは難しそうだ。」
ルーナはそう言うと、長杖の柄で床を一度叩く。
全ての死体の足元に魔法陣が浮かび上がり、それらの全てから巨大ナメクジ達が出てくる。
「なんだ? またそいつらで直接攻撃してくるつもりか?」
「まさか、そんなわけないじゃん。言ったでしょ、この子達は戦闘用じゃないんだって。」
長杖を真上に掲げると、全ての巨大ナメクジ達が祭壇の上へと登っていく。
「おやおや、もうこれを使うのですか?」
祭壇の上で座っていたベンゼエルマが笑いながら立ち上がり、巨大ナメクジ達の邪魔にならないように隅へと寄る。
「このまま続けてると沢山の兵隊を失うことになりそうだからね。今から兵隊を増やそうとしてるのに、同じくらいの数を失っちゃったら話にならないでしょ。」
祭壇の上へと登った巨大ナメクジ達はそのまま次から次へと水釜の中へ飛び込んでいく。
「ははは、それもそうですね。 あ、前気を付けた方が良いですよ?」
ベンゼエルマがルーナの前を指差し、それに振り返ればそこには剣を振りかぶり、振り下ろす瞬間のハルベリアがいた。
「っ!」
咄嗟に長杖で剣撃を受け止めるルーナ。
「何をするつもりかは知らんが、大人しくさせてもらえると思うな。」
「もうっ、この杖はこうやって直接攻撃とか防御に使う用のやつじゃないんだから。壊れたらどうすんのよっ。」
「それで君が死体操作出来なくなるのなら願ったり叶ったりだ。」
二撃、三撃と剣撃を繰り出すハルベリアにルーナが焦った様子で長杖を使って受け止める。
どうやら直接戦闘は苦手と見える。
渾身の力を込めてハルベリアは剣を横に凪ぐ。
ギィィィン
「あっ-」
長杖がルーナの手から弾かれ、くるくると宙を舞う。
「終わりだ。」
ルーナを護っていた死体達は今、それを動かす巨大ナメクジ達を失いその辺で倒れている。
もはや彼女を護る者はおらず、ハルベリアはルーナへ剣を振り下ろす。
「そうだね、終わったよ。」
「!?」
ゴォォォォォォォン!!
ハルベリアが立っていた場所に向かって猛スピードで黒い塊が飛んでくる。
思わず攻撃の手を止め、防御態勢を取るハルベリア。
飛んできたのは折り畳まれひしゃげて小さくなった棒状の金属の集合体。
赤鎧のおかげで大したダメージは無かったが、その衝撃に足を踏ん張る。
「これは・・・檻?」
小さくなってしまった金属を見て元の形状を思い浮かべながら、ハルベリアはその塊が飛んできた方向を向く。
祭壇の上、先程まで無数の巨大ナメクジの群れと、こちらを楽しそうに見ている白衣の男ベンゼエルマがいた場所に、今はベンゼエルマと全裸の女性が立っているのみとなっていた。
「・・・誰だ?」
「紹介するね。 私の自慢の母様。」
言われてみれば髪の色や雰囲気がルーナと似ているような気がする。
「久しぶりね。ルーナ。」
なんてことを思っていると、ルーナが母親だと紹介した女性が声を発する。
「なっ!?」
今までルーナが操作していた死体は誰一人声を発することが無かったが、急に現れたこの女性は喋っている。
「死体ではないのか・・・・?」
「母様! あぁ、母様!」
ハルベリアが驚いている間にルーナの傍へと移動していた、ルーナが母親だと呼んだその女性に対して、ルーナは見たこと無いような笑顔を浮かべ、抱き付く。
「そんな姿じゃ寒いでしょ。これ着て。」
ルーナは上着を脱いでその女性へと渡す。
「あら、ありがとう。 気が利くわね。」
女性は上着を受け取り、全裸の上からそれを羽織ると再び抱擁する。
そしてルーナとの抱擁を続けたまま、女性はハルベリアへ顔を向け声をかける。
「始めまして、赤鎧の方、ふふ随分と厳めしい鎧を着てらっしゃるのですね。 私の名はリリス。 ここにいるルーナの母親です。」
状況から見て、この女性が水釜の中にいたことはほぼ間違い無いのだが、どこから見ても普通の人間にしか見えない。
ハルベリアの仕える主であるタツミの話によれば、ルーナの母親は魔人に襲われて命を落としており、その時のことがトラウマとなってルーナは夜に一人で寝ることをとても恐れるという話を思い出す。
故に自らの意思で動き、そして自らの意思で話しているようにさえ思えるその女性を見てハルベリアが戸惑うのも無理はない。
それほどまでに自然で違和感の無い仕草。
「あの子達ってね。数を入れれば入れる程、その人間の生前の姿に似せる精度がすごく高まるの。だから私が母様をこうやって蘇らせる時はいつもその時できる最大数でやるって決めてるんだ。」
ルーナの死者操作の精度に驚きつつも、ハルベリアは剣先をルーナを抱擁したままのリリスへと向ける。
「なるほど、少し驚いたが冷静に考えれば、無数の死体が相手だったのがたった一人に減ったのだ。多少強くなっていても問題は無い。」
剣先に魔法陣が輝き、展開された魔法はハルベリアとリリスとの間に存在する石床が捲れ上がった衝撃となって二人を襲う。
「多少? 違うな。」
リリスはそう言うと、石床を捲れ上がらせて迫って来る衝撃に向かって右手を伸ばし、それを素手で受け止める。
パァン!!
大きな衝撃音と共にハルベリアの攻撃はかき消され、リリスがまるで何ともなかったかのような顔をしながらハルベリアに対して話しかける。
「今までの死体とは比べ物にならないくらい私は強いわ。」
リリスは両腕に魔法陣を展開させ、ハルベリアに向かって跳躍。
「速っ-」
ハルベリアとの距離を一気に詰める。
目の前に岩の壁を作り上げるよりも前に一撃、リリスの拳がハルベリアの脇腹に放たれる。
ビキビキビキッ
「ぐうっ・・・!?」
ハルベリアの赤鎧がリリスの一撃を防ぐも、衝撃が内臓へと伝わったのか胃から酸がこみ上げてくる。
追撃の構えを見せるリリスに、ハルベリアはこれ以上攻撃をさせまいと剣による横薙ぎを繰り出すが、リリスは軽いステップでそれを躱すともう一撃、今度はハルベリアの顎に拳による突き上げを決める。
鎧で守られていない部位、それも人体の急所の一つである顎に強い衝撃を受け、ハルベリアは吹き飛びながら自身の身体から力が抜けていく感覚を覚える。
だが、リリスの追撃はまだ終わらない。
顎に攻撃を決められ一瞬宙に浮くハルベリアへと、胴回し回転蹴りを叩き込みリリスはやっと攻撃の手を止める。
胴回し回転蹴りを受け、その威力によって部屋の壁へと吹き飛ばされたハルベリアは両膝を地面に着き、肩で息をしたまま立てないでいた。
「あら、今のでも死んでないなんて、ちょっとショックね。死んでる間に腕が鈍ったのかしら。」
「ハルベリアちゃんの鎧のお陰だね。それをくれたお父さんに感謝した方がいいよー。」
ルーナとリリスがそんなことを言っているのを、ハルベリアは遠くなりつつある意識の中で朧気ながら聞いている。
「ちょっとだけ長生きできましたーって。はははっ。」
(立たねば・・・せめて・・・タツミ様がここに到着するまでは・・・)
自分では足に力を入れ、立とうとしているつもりだが、今の一連の攻撃によるダメージがそれを許さない。
「どう? 父様のお嫁さんになる前は修行しながら世界を回る武道家だった母様の強さは。」
言葉を放つこともできず、立ち上がることもできないハルベリアはルーナの問いに睨みつけるような目線で返す。
「大丈夫。ここで死んでも私がちゃんと生き返らせてあげるから。そしたらまた一緒に買い物行こうね。ハルベリアちゃん。」
ルーナがそう言うのと同時にリリスが、両膝両腕を地面に着いたまま肩で呼吸をしているハルベリアの後頭部へと踵を振り下ろす。
(申し訳ありません・・・タツミ様・・・)
死を覚悟し、ハルベリアが目を閉じようとしたその瞬間に、高速で放たれた一本の短剣がリリスの脹脛を貫き、ハルベリアへの攻撃を中断させる。
「母様!?」
心配そうに大声を出して心配する様子を見せるルーナを自らの背後に庇うかように立ち、リリスは短剣が放たれた方向へと目線を向けて言う。
「どちら様かしら?」
「それは俺の台詞だ。 お前は確か水釜の檻の中で死んでた女だろ。」
エリスによってこの場所へと案内されたタツミが、部屋の入口で長棒を構えて立っていた。
「あっ、タツミ! ちょっと待っててね。先にハルベリアちゃんを倒したら次はタツミの相手をしてあげるか--」
ルーナが言い終わらないウチに、タツミは床を蹴って跳躍。
高速でリリスの前へと迫る。
それに反応したリリスが高速で近付いて来るタツミに対し、先程短剣を受けた足で蹴りを繰り出し迎撃。
カウンターを狙ったその一撃を、タツミは冷静に長棒で受け止め、いなしつつも脹脛に刺されたままの短剣の柄を握りそのまま一気に縦へと短剣を引き抜く。
「母様!!!」
「あらら、足が。」
血こそ出ていないものの、リリスの脹脛は大きく裂けバランスを少し崩したような様子を見せる。
その隙にタツミはハルベリアの近くに移動し、短剣を懐にしまいつつ長棒を構える。
「ありがとう・・・ございます。」
助けに来てくれたタツミへと、なんとか声を発して感謝の意を示すハルベリアをゆっくりと壁にもたれさせながらタツミは答える。
「何言ってんだ、ハルベリア。 それは俺の台詞だ。」
「?」
「よく俺が来るまで一人で耐えてくれた。ありがとう。そしてもう大丈夫だ。」
そう言うと、タツミはハルベリアに背を向け、リリスとルーナへ向けて長棒の先を向けながら戦闘態勢を取る。
「あとはそこでゆっくりと見物でもしていてくれ。お前の主の、勇者の息子の戦いってヤツをな。」
月曜日までに投稿するつもりでしたが、急な仕事が入って出来ませんでした。
今度こそもう一話、月曜日までに更新する予定です。
急に仕事が入ってこなければ・・・ですが。