2-26 【過小評価】
「これでも私は宗教家だからね。祈りを捧げてるんだ。」
ルーナがエリスとハルベリアに向かって答える。
「祈り?こんな地下の隠し部屋のような場所でですか?」
ハルベリアが聞き返す。
「そうだよ。あの教会の池に魔力を供給してる元は二箇所あってね、一箇所は池の中の魔穴、そしてもう一箇所が病院の地下にあるこの水釜の中なの。」
「・・・その水釜の中、魔力の元と言うのを見せてもらうことは可能ですか?」
「だーめ。これは一般には公開されてない、秘宝みたいなものだからエリア教の関係者じゃない二人には見せることができないの。ごめんね。」
ルーナは笑顔で答える。
宗教組織において本尊を秘匿とすることは珍しいことではない。
宗教組織の教主の娘であるルーナにこう言われてしまえば、エリスとハルベリアには成す術は無い。
彼女らの仕える主、タツミ・ウィルフレッドは正式に懲罰委員会の一員では無く、捜査や調査の名目で情報を開示させる権限をもっていない。
そしてタツミはそれを自らの口でルーナへ語ってはいない。
故に従者であるエリスとハルベリアの口からそれを明かすことはない。
「・・・なるほどわかりました。その話の真偽は別としてルーナさんがここにいることは一応納得しました。で、その隣の白衣の方はどちら様ですか?」
ハルベリアが、今度は白衣の男性に問いかける。
「初めまして、私はこの病院の院長をしております、ベンゼエルマと申します。」
白衣の男は笑顔もまた、笑顔を作り二人に話しかける。
「何をしているのかと問われれば、そうですね。最終確認の最中・・・ですかねぇ。」
「最終確認?」
エリスが、ベンゼエルマの放った言葉の一端から不穏な様子を感じ取る。
「ちょっ、ここでそれを言うつもり?」
ベンゼエルマの答えにルーナが慌てて反応を見せる。
「何か問題でも?」
「だって・・・」
「この二人に知られようが知られまいが、我々が今からする行為に変更することは無いですし、変更させません。問題無いでしょう。何よりこの場面を見られた以上、我々としてもこのまま帰す訳にもいかない。」
白衣の男が真顔でそう言うのを聞いたルーナは大きくため息をつく。
「はぁ・・・。」
ルーナが大きくため息をついた後、何も言わないのを肯定と取ったのか、ベンゼエルマがエリスとハルベリアに対して話を続ける。
「何の最終確認か? そうですね、わかりやすく端的に説明するならば兵力の補充をしようと思っていましてね。」
「兵力・・・?」
「いや、我々もこちら側に来たばかりでして、こちらで活動するにあたってやはり数というものはとても大切なものなのですが、かと言って魔穴を開くのも中々骨が折れる。故に当面の手駒としてこちらの人達の手を借りようと思いましてね。」
「エリス・・・こいつは一体何を言っている?まるで--」
「えぇ、まるで魔界から来たかの様な言い方です。」
エリスとハルベリアは何時でもすぐに行動できるよう戦闘態勢を取る。
魔界から来ていること。そしてこの会話能力。
二人の脳裏に共通の認識が浮かぶ。
『魔物以上の存在』
目の前にいる白衣の男性。
今までのやり取りからこの生物に知性が宿っていることは明白である。
それもこちらの世界において、人語を理解し話すことが出来る程の知力。
魔物の中でも上位の個体であれば、それくらいの能力を持っていると聞いたことがある。
そしてもし、魔人ならば、それくらいの能力は持っていて当たり前とされている。
「さて、説明は今ので十分かな?」
ベンゼエルマが祭壇の上で二人を見下ろしながら、戦闘態勢を取っている二人に話しかける。
「・・・・っ」
思いがけない強敵である可能性のある相手に出会い戸惑っている二人を前に、ベンゼエルマは一度ニヤリと笑みを浮かべ白衣を脱ぐ。
「説明は十分のようですね。では説明責任は果たしましたので、そちらにもこの場を見てしまった責任を取ってもらうとしましょう。」
ベンゼエルマが白衣を脱いだ瞬間に、ベンゼエルマの周囲の魔力の濃度がぐっと高まったのを感じ取る。
「なんだこの魔力は・・・」
白衣を脱いで戦闘体勢を整えている最中のベンゼエルマと同じ部屋にいるというだけで体から汗が滝のように流れてくるのを感じる。
「魔物クラスなら・・・なんて思ってましたがこれは・・・」
戦わずとも相対するだけで理解できるほどの魔力の奔流。
一体で街を一つ滅ぼすことすら可能と言われる魔界の階級『魔人』であると本能で理解する。
「貴方たちにも我々の手駒になっていただきましょ--」
「ちょっと待ってストップストップ。」
ベンゼエルマが動き出そうとした瞬間、ルーナがそれを制する。
「どうかしましたか?」
行動を制されたベンゼエルマはルーナの方を振り返りながらその真意を問いかける。
「その二人はちょっと縁があって、その、知らない仲じゃないからさ、ほら。」
「まさか見逃せ、なんて言いませんよね?」
とても冷たい目線をルーナに送り、ベンゼエルマは問いかける。
「ははっ、まさか。」
その質問に、笑いながらルーナは答える。
「今から兄様達を含めたこの街の全員を殺そうとしてるのにそんなこという訳ないでしょ。私にやらせてってことよ。」
「「!?!?」」
ルーナの言葉にエリスとハルベリアの表情が強張る。
「・・・なるほどそれもそうですね。わかりました。では手短にお願いします。」
ベンゼエルマはそう言うと、脱いだ白衣を再び着直し、祭壇の上に腰を降ろした。
「ありがと。」
ルーナはそう言うと、胸のアミュレットに手を当て魔力を込める。
ルーナの身長以上もの長さのある水色と金色の装飾が施された長い杖がアミュレットから出現し、それを両手に持って祭壇の上からゆっくりと降りる。
エリス達と同じ高さまで降りたルーナは一度杖の柄部分をトンッと床で打ち鳴らすと、上空から無数の巨大ナメクジが部屋中に落ちてくる。
「見覚えあるでしょ?さっき街を襲ったからちょっと数は減っちゃったけど、これの犯人私なんだ。」
ルーナは悪びれもせず告げる。
「ルーナさん・・・」
「そうか。」
心配そうな顔を向けるエリスとは対照的に、ハルベリアはなるほどと納得した様子を見せる。
「あれ?案外驚かないんだね。」
「いや、驚いたさ。ただ納得できない話ではなかったというだけだ。私達の部屋に急にその魔獣が出現したのも君なら仕込めるだろうし、街中に魔獣が現れたのも今日一日私達と一緒に買い物をして歩き回っていた君なら問題無く仕込めるなと、そう思った。」
ハルベリアは淡々と答える。
「操られている可能性はありますか。」
エリスは戦闘態勢のままハルベリアに問いかける。
「わからないな。祭壇の上にいるあの魔人が彼女に何かしている可能性も十分に考えられるが・・・」
ハルベリアがエリスにそう返すのを遮るようにルーナが答える。
「全然操られてる訳じゃないよ。エリスちゃん。これは自分の意思でやってることだから。」
「・・・もし操られているのなら、それも言わされている可能性だってあります。」
「そうだな。だがどちらにせよ、この場は彼女を止めねばならんだろう。」
ハルベリアはそう言いながら祭壇の上で腰を降ろし、まったく動く様子の無いベンゼエルマを確認する。
「・・・そうですね。ここは二人で--」
「いや、エリス。君は急いでタツミ様を呼んできてくれないか。」
「えっ?でも」
「あの祭壇の上でニヤニヤしてこちらを見下ろしている男が相手ならば二人がかりでも勝てない相手だと思ったが・・・」
ハルベリアがそう言ったのを聞いてエリスが祭壇の上へ目線をやるが、こちらの会話を興味深そうに聞いている様子はあるものの、やはり白衣の男性まったく動こうとする様子は無い。
「幸いにもこの場を彼女に任せるつもりのようだ。それならば今のうちにあの白衣の男を倒せる可能性をこの場に。これは勘だが、この場を逃せばおそらくもう彼女らを止める機会は無い気がする。」
「・・・」
ハルベリアの勘についてはエリスも同意見であった。
ベンゼエルマが言っていた最終確認、という言葉が真実であればルーナとベンゼエルマが起こそうとしている何かしらの行動のタイムリミットはそんなに残されていないだろう。
「エリスの方が鼻も利く、怪我をしているとはいえ足もある。そして私の方が防衛は得意だ。君を追わせはしない。」
ハルベリアが構えた剣の切っ先をルーナへと向ける。
エリスはルーナとベンゼエルマの二人を警戒しつつ一歩後退し、そのままこの部屋へと至った経路を全速力で逆走し姿を消した。
「意外だな。追わないのか?」
ハルベリアがルーナに問いかける。
「追っても追わなくても結末が変わらないもん。追う必要無いでしょ?」
ルーナは笑顔でその質問に答える。
「エリスちゃんがタツミを連れて来ても無理だよ。勇者様の子供なだけあって昨日の夜の内に殺すことはできなかったけど、その代わり戦うところをずっと観察してたもん。でもダメね。彼の強さ程度じゃこの計画は止まらない。だから追わないよ。」
そう言ってルーナは、長杖を担いだまま部屋の壁に向かって歩いて進む。
「それよりもなんかちょっとショックだな。確かにベンゼエルマは私よりもすっごく強いからエリスちゃんとハルベリアちゃんの二人がかりで挑んでも勝てないっていう戦況分析をするのはわかるけどさ、私をハルベリアちゃん一人で止められると判断されちゃったってのがショックだよ。」
そして壁に無数に存在している、五桁の番号の書かれた小さな窓程の大きさの金属製の扉の取っ手に手をかける。
「タツミは知らなかったみたいだけど、ハルベリアちゃんは知ってるのかな。宗教家の戦闘方法は召喚魔法だってこと。だから今この部屋にいるこの数の召喚獣を見てこれならいける。とでも思っちゃったのかな?」
キィィィィ・・・
ルーナが手にかけた扉をゆっくりと引くと、扉の中から現れたのは人間。
眠っているように安らかな表情をしているように見えるが、おそらく生命活動を停止している死体であろうことは血色が悪くなって青黒くなった肌の色から何となく察することができた。
「死体・・・?」
「この召喚獣達ってね、戦闘用じゃないんだよ。当たり前だよね。あれだけ弱いんだもん。じゃぁ一体何のためのこの子達なのかっていうとね・・・」
ルーナが長杖を介して死体に向かって魔法陣を展開させる。
すると部屋に溢れている巨大ナメクジの群れの中から一匹が飛び出し、壁の扉から現れた死体の口の中へと飛び込む。
「なっ・・・!?」
巨大ナメクジに口から侵入された死体はみるみるうちに血色が良くなったかと思うと、むくりと起き上がり自らの足で立ち上がった。
「すごいでしょ? 死体操作。この部屋にはこの街で今まで生まれ育った沢山の戦闘に長けた人達の死体が保管されてあるんだ。」
キィィィィィィィィ
ルーナがそう言うのと同時に、壁にある小窓程の扉一つ一つに魔法陣が展開され、巨大ナメクジの群れが次々と自ら扉を開き、中に保管されている死体の中へと入ってゆく。
「魔法で土で壁を作って戦ってたのは見せてもらったけど、この部屋は残念ながら石造り。土はどこにも無いよ? さて、ハルベリアちゃん。これでもまだその身一つで私を止められるなんて思っちゃう?」
かなり広い造りとなっている石部屋の殆どが死体だった者達で埋め尽くされる。
「なるほど。これが君たちの言う『兵隊を増やす』の意味か。ふむ、確かに私は君の戦力を過小評価していたようだ。」
ハルベリアはそう言うと、構えた剣を石部屋の床に突き立てる。
ゴンッ!!
すると床石の一部が裂け、蠢く死体の数体を巻き込んで圧壊する。
「だが君も私とエリスを、そして何よりタツミ様の戦力を過小評価しているな。 私にはそれがショックだよ。 すぐにエリスを止めておかなかったことを後悔することになるだろう。 ルーナ・デャング。」
「へぇ・・・別に石でもいいんだ。やるじゃん。」
ルーナがそう言い終えるのと同時に、ハルベリアは剣を構えルーナとの距離を詰めた。
先週更新できなかった分も、近いうちに投稿する予定です。