2-23 【心の距離】
「巨大なナメクジ!?」
シムスがタツミの方を見ながら叫ぶ。
タツミはそれに頷き、肯定を示す。
「昨夜、俺達を襲った魔獣だ。」
そして先程、謎の石造りの部屋で遭遇した大群と同じ種類の魔獣。
あれが街に溢れかえっているということは--
タツミは街で買い物をしていたはずの三人を思い浮かべる。
--ルーナ達が危ない。
タツミはそう考えると全身に魔力を流す。
「信頼できる人間に任せてきたから大丈夫だとは思うが、ルーナ達の様子を確認してくる。」
タツミはシムスにそう告げる。
「ガルディード神父。視察中でゴタゴタしている最中ではあるが、この教会に街の被害者を受け入れることは可能か。」
シムスはタツミの言葉に返事をする前に、ガルディードへと話しかける。
「もちろんです。この教会と、目の前にある病院とで、このくらいの規模の街ならほとんどの人間が避難できるはずです。」
ガルディードはシムスの問いかけに答える。
ガルディードの答えを聞いたシムスは一度コクリと頷き、空中に魔法陣を展開する。
「では、これよりこの教会と病院とで避難民を受け入れる体勢を整える。ルーク、マコン、ソーは敷地内に向かって来る魔獣の処理を、ガルディード神父らは集まって来る信者らと共に受け入れの準備を。私は病院の方に話をつけに行く。母様の愛したこの街を絶対に守ってみせる。」
シムスはそう言うと、タツミへと視線を向ける。
「妹は任せる。街の方へ向かうのなら、この教会へ人々を誘導しながら向かってくれ。」
「わかった。」
タツミは返事をすると、全力で駆け出した。
ルーナ達がどこにいるのかを把握している訳ではないが、ルーナ、ハルベリア、エリスの三人が日も暮れ一日中歩き回った後、タツミと合流するつもりであったのならおそらく、三人はエリスとハルベリアが宿泊していた宿へ戻っているだろう。
タツミはそう考え、迷うことなく一直線に宿へと向かう。
道中、出会った逃げ惑う人々に教会へ向かうように誘導し、数匹の巨大ナメクジを魔力を込めた木棒で叩き潰して進むと、ほんの数分程で目的の場所へと到着した。
「・・・なっ」
一瞬、タツミは道を間違えたのかと錯覚する程、その場所の景観は変わっていた。
活気に溢れていた宿前の道の舗装はドロリと溶け、所々に地面が見える。
道の端々で快活な声を上げて商品を売っていた露店は見る影も無く破壊され、エリスとハルベリアが宿泊していた木造の宿は、周囲の建物を巻き込むような形で無残に倒壊している。
さらに建物のあった場所一面には鳴き声を上げる無数の軟体魔獣。
先程見た石造りの部屋にいた数に匹敵する程の密度で巨大ナメクジの群れが蠢いていた。
この場所に到着するまでにも何匹か巨大ナメクジを倒し、被害にあった様子を目の当たりにしてきたが、この場所ほど酷くはなかった。
最早、朝に見た景色は見る影も無い程に巨大ナメクジによって溶かしつくされている状況。
まるでこの場所が被害の中心のような、そんな印象を受ける。
「エリス!ハルベリア!ルーナ!」
タツミはナメクジの群れに向かって叫ぶ。
あまりにも多いナメクジの群れが邪魔で宿屋周辺の視覚での確認ができない。
声を上げ、反応を待つことでナメクジの鳴き声が氾濫する中で聴覚での確認を試みる。
「~~」
タツミの耳が、大群のナメクジの鳴き声が響く中に目当ての声を聞き取る。
「あそこか。」
声のする方向に目線を向けると、土で作られた壁に大量の巨大ナメクジが群がっているのが見える。
全身にさらに魔力を流し、木棒の先を進行方向へと向ける。
「ハルベリア!思いっきり壁に魔力を込めろ!!」
タツミは大声で叫ぶ。
(あの土壁がハルベリアのものなら・・・)
ダンッ!!
力強く一歩を踏み出し、木棒を大きく横に振りかぶる。
最初の一歩の勢いを殺さないまま土壁まで跳躍、その反動を利用して真横に一閃。
「だぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」
ゴゥゥゥゥゥゥゥン!
土で構成された壁に木の棒が当たったとは思えない程鈍い音が響く。
一閃の衝撃によって壁に群がっていた巨大ナメクジ達が一部吹き飛ぶが、土の壁はビクともしていない。
「「「ピギィィィィ!!」」」
急に攻撃を仕掛けてこられたナメクジ達が一斉にタツミへと標的を変える。
巨大ナメクジが身体から液体を噴出してくるのを、スウェイバックで躱し反撃の木棒で一突き。
巨大ナメクジの顔面を潰し次の個体に備える。
今まで何匹かの巨大ナメクジと戦ってきて分かったのは、この巨大ナメクジ達はあまり俊敏ではなく、強力な攻撃を持っている訳ではない。
ナメクジを攻撃した時に飛び散る体液には、体液以外の役割を持っている様子は無い。
故に浴びても問題無いが、口なのかどうかはわからないが、そのように見える器官から噴出される液体には強酸のような効果があるらしく、その液体がかかった場所はジュワッと音を立てて煙を上げているのが分かる。
巨大ナメクジはこの強酸を吐き出す攻撃と、大人の人間一人分ほどある巨体を生かした体当たりの二つにだけ気を付けていれば問題ない。
先程の石造りの部屋のような空間で大量に囲まれると対処するのも難しいが、この場所のように外の開けた地形で戦闘するのであれば百匹相手でも負けることはない。
「邪魔だぁぁぁぁ!!」
再び大振きく木棒を振りかぶり、横に一閃を繰り出し、タツミは土の壁周辺の巨大ナメクジ達を掃討していく。
「・・・ふぅ。」
視界から巨大ナメクジが消え去った訳では無いが、とりあえず土の壁に群がる大量の巨大ナメクジを一通り殲滅し終えると、タツミは土の壁に向かって声を上げる。
「もう大丈夫だ。土の壁を解除してくれ!」
タツミが声をかけると土の壁が崩れ、中からハルベリアが姿を現す。
「タツミ様、助かりました。」
ハルベリアの背後には、十数人程の町人達が身を寄せて震えているのが見える。
ハルベリアであれば巨大ナメクジと戦って倒すのも問題無いはずであるが、あえてそうせずにこの場所で壁を張って守っていたのは十数人程いる町人達を護る必要があった為なのだろう。
流石にこの数の町人を護りながら巨大ナメクジを大量に相手にするのは難しい。
相手の能力が分からなかったとは言え、タツミはルーナを護りながらたった一匹を相手にするのも苦労したくらいだ。
「タツミ!!」
ハルベリアの背後から、ルーナがタツミ目掛けて走ってくる。
「無事だったか!」
タツミはルーナを受け止め、無事を確認する。
「うん、でも・・・でもエリスちゃんがっ!!」
ルーナが涙を流しながら町人達のいる方を指差す。
「なっ!?」
そこには膝から下の脚が爛れ、痛みに耐える表情を浮かべながら倒れているエリスの姿があった。
「エリスっ!!」
タツミはエリスの近くへと駆け寄る。
「最初、宿屋の部屋にいた時にどこからともなく部屋に表れた巨大ナメクジに襲撃を受け、その際エリスがルーナ殿を庇って脚にナメクジの吐く液体を浴びてしまいました。」
ハルベリアがタツミに状況を説明する。
「それから少しの間はエリス殿も一緒に町人の皆さんを護って行動していたのですが、時間が経つ毎に段々とエリスが痛みを耐えることができなくなり、この場所で土の壁で防護壁を張って助けを待っていた次第です。」
「私を庇ったせいで・・・」
ルーナが申し訳無さそうに視線を落として語る。
「そんな顔・・・しないで下さい。ルーナさん。」
エリスが弱弱しく声を出す。
「エリスちゃん!」
「元はと言えば・・・私達が魔獣の攻撃を受けるまで接近に全く気が付かなかったのが原因なのですから・・・」
エリスは痛みに耐える表情を見せながら上半身を起こす。
「エリス、無理をするな。」
タツミはエリスに駆け寄り声をかける。
脚が爛れ、痛みに耐えつつもエリスはタツミに笑顔を見せる。
「タツミ様・・・申し訳ありません。」
最初に脚を酸で攻撃された後も痛みに耐えながら町人達を護る為に奮闘していたのだろう。
よく見るとエリスは脚だけではなく、腕や指先、頬にも少し酸を浴びているようで皮膚が一部爛れているのが分かる。
亜人であることを隠す為にエリスが被っていたフードは酸で溶けてしまっており、最早その態を成していない。
「謝ることは無いさ。お陰でルーナも、そしてここにいる町人達も皆無事なんだ。胸を張っていいくらいだ。」
タツミはエリスの頭にぽんと手を置く。
そんな様子を町人達が少し離れたところからじっと眺めているのがわかる。
町人達を護る為、痛みに耐えながら戦闘していたとはいえ、エリスは亜人である。
流石に多少は気にする素振りを見せはするが、基本的に亜人とは忌み嫌われている存在である。
彼らにしてみれば、巨大ナメクジも目の前で倒れている猫の亜人も同様に『恐怖』の対象なのだ。
その意識がこの場で倒れているエリスと、遠巻きにこちらを見ている町人達との間に存在している距離となって表れており、存在している心の壁なのだろう。
タツミはぐっと拳を固く握り締める。
(あぁクソ。自分の力の無さに心底腹が立つ。)
町人達の態度に怒りをぶつけるつもりは無い。
それがお門違いな怒りであることはタツミも理解している。
ただ、自分の配下に肩身の狭い思いをさせてしまっているという、ただその事実にタツミは怒りがこみ上げている。
「・・・ハルベリア」
タツミはハルベリアへと呼びかける。
「はっ。」
「この場所の全員を俺が往復で護衛しながら教会へ運ぶ。その間さっきまでと同じように土の壁を作って皆を護っていて欲しい。」
「畏まりました。」
タツミはハルベリアの返事を聞くと、目の前のエリスを御姫様抱っこの形で抱える。
「あのっ、脚を痛めていますがその場での戦闘くらいならできますので私は最後で構いません。」
「この中で一番重症なのはエリスだ。そう言われて、はいそうですか。と重症の配下を置いていくような奴を俺は勇者だと思わない。治癒魔法を扱える人間がここにいない以上、一刻も早く俺はエリスを病院に届ける。」
タツミはそう言ってエリスの反論を黙らせるとルーナの方を向く。
「優先順位の高い重症のエリスと、護衛対象であるルーナの二人を先に連れていく。ルーナは俺の背中に飛び乗ってくれ。」
「わかった。」
タツミは腰を少し屈めてルーナに首から腕を回させ、背中の上に体重を乗せさせ、脚をガッチリとホールドさせて掴ませる。
お腹側にはエリスをお姫様抱っこし、背中側にはルーナを負ぶっている状況。
身体能力を強化しているタツミからすれば大した問題ではない重量である。
もし途中で戦闘が起きた場合、両腕も前後両側も塞がっているので戦うことはできないが、その場合は完全に逃げることだけに重点を置く。
「しっかり捕まっててくれよ。」
タツミはルーナにそう言うと大きく跳躍、その場を後にして走り出す。
なんとかルーナを教会のシムスの元に一旦預け、エリスを病院に運び込み治療をお願いした後、再び街に取り残されている町人達を迎えに駆け出す。
「何とかひと段落はついたか。」
ハルベリアと共にあの場に残していた十数人を何度かに分けて教会まで運び終えた後、街中にまだ取り残されている人々がいないかの捜索の為に街中を一通りくまなく探し回り、それらを全て終えてタツミが拠点である教会へと戻ったのはすでに真夜中を過ぎてからのことであった。
先週、仕事の都合で投稿ができなかった為、明日か明後日に次話を投稿する予定をしております。
宜しくお願いします。