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2-22 【溢れ出した蛞蝓】

「なるほどな・・・」


タツミは大聖堂で宿舎の配管図を見ている。


「何かわかったかな?」


同じく大聖堂で書類の山を前に作業をしているシムスがタツミに声をかけてくる。


「あぁ、ありがとう。」


タツミはそう言って手に持っている配管図を折り畳み、机の上に置く。


「ちょっと調べたいところがあるから行って来る。」


タツミはそう言って大聖堂を後にする。


「何か重要なことがわかったなら是非、私にも教えてくれると助かるよ。」


シムスがそう言って見送るのを尻目にタツミは歩を進める。


なぜタツミが大聖堂で宿舎の配管図を見ていたのか、その理由は先程、部屋の調査をしていた際にタツミが一つ、思い付いたことにある。






ある程度、部屋の調査を終え、ルークとマコンが部屋を出た後もタツミは一人部屋で考え事をしていた。


「ベッドの下に召喚魔法の陣・・・それも俺達がこの部屋に泊まることを予測できた人物。」


タツミは先程、他の空き部屋にも入り、全てのベッドの下などの細かい場所を調べてみたが、どこにも魔法陣が仕掛けられている様子は無かった。


全ての部屋に魔法陣を仕掛け、任意の部屋の魔法陣を発動した訳では無いのであろう。


「・・・どうやったかってのを考えてもキリが無ぇな。」


タツミが足元に目を移すと昨夜、巨大ナメクジが付けた粘液が光に反射して鈍い光を放っているのが分かる。


「そういや昨日排水溝に逃げて行ったんだったな。」


タツミは部屋の浴室へと、光る軌跡を追って進む。


排水溝の蓋が外されているのを確認する。


一応ルークとマコンの二人もここを調べたのだろう。


(・・・ここはどこに繋がってるんだろうか)


タツミはふとそう思い付いて部屋を出る。


そして大聖堂に向かいシムスに宿舎に走っている配管の図面を見せてもらっていたのである。






目標の場所へと到着したタツミは改めてその場を見渡す。


教会裏手にある本尊、大きな池を目の前にしてタツミは動き出す。


(えーっと確か、図面だとこっちだっけ)


先程、大聖堂で見せてもらった図面を思い浮かべ進んでいくと、池の畔の小屋の近くへとたどり着いた。


(あった、ここだ。)


先程見た配管の図面によると、宿舎から出された排水は一度この池の畔にある小屋の中に設置されている沪過装置を通して池へと流され、一部の水を再利用しているらしい。


タツミは池の上から図面通りの位置に宿舎から伸びているはずの配管を見つける。


(思ったより大きい管だな。)


池の上からだと、いかに澄んだ水とは言え水面に屈折して正確な大きさを推し計ることはできないが、それでも見下ろした配管の出口は人間一人くらいなら余裕で通れるくらいの大きさ程あるように思えた。


「・・・見てみるか」


タツミは服を脱ぐとその場に畳んで置き、バシャッと音を立てて池の中へと飛び込んだ。


ルーナの召喚した亀の背中に乗っていた時と異なり、今度はしっかりと冷たい水の感覚を全身で感じる。


小屋から池へと水を排出している管の出口は柵型の金属で池の中の生物等が入ってこないようにしてある。


(やっぱデカいよなこれ。)


間近で見ると、やはりその管は普通一般的な配管と比べるとかなり大きいように感じた。


タツミは一度浮上し、池の水面から顔を出し呼吸をする。


「ふぅ・・・」


そして一度目を閉じ、気を集中させると自分を中心にして魔法陣を水面に描く。


ルーナと一緒にいた際、タツミは一度感知魔法を使い、まったく別の方向から魔力源を感じたことを思いだす。


(もう一度っ・・・)


そのまったくの別の方向というのがまさにこの小屋の方向。


それをもう一度確かめてみる意味も込めて、タツミは展開した魔法陣に魔力を流し込む。


キィィィン


あの時の二倍以上の魔力を流し、精度を上げる試みをしてみるも相変わらず、魔力の流れを感じる先は小屋の下にある配管の奥、そしてルーナと一緒に調べた池中央の魔穴の方角の二か所。


「やっぱこっからも感じるんだよなぁ・・・」


もう一度、水の下に存在する配管へと目線を落とすと、今度は懐から短剣を取り出し、大きく息を吸い込むと短剣を口に加えてもう一度潜る。


人間一人は余裕で入ることができそうな配管の出口を塞ぐ柵の隙間に短剣を差し込み、同時に全身に魔力を流すことで身体強化を行い増幅した筋力を使ってテコの原理で柵の隙間をこじ開ける。


なんとかタツミ一人入り込めそうな程の大きさの穴を開いたところで、一度呼吸をする為に浮上した後中へと進んで行く。


灯りもなく真っ暗な配管の中を魔法によって作り出した小さな光の珠を眼前に作り出し、手探りで泳ぎ進むタツミ。


小屋の中の浄水器が水を沪過して池へと流している分、少し流れはあるが身体を強化したタツミが進めない程の勢いではない。


体感ではあるが、かなりの距離を流れに逆らって進むと、配管が下へと伸びているのに気付く。


(下・・・?浄水器のある上じゃなくて・・・?)


配管に沿ってさらに下へと進んでいくタツミ。


魔力によって心肺機能も強化されているとは言え、流石に苦しくなってくる。


(あーこれはやばいかもしれないな。)


一度引き返すかどうか迷いながらも進んでいると、今度は配管が上へと向かって伸びているのに遭遇する。


そこから見上げてみるとほんの僅かではあるが灯りが確認できる。


一度引き返して考えを纏めようにも、おそらく戻るまでに肺の中の空気の量が尽きる。


最早、迷っている場合ではないタツミは灯りの方へと浮上していく。


僅かな灯りが段々と確信に変わっていくも、タツミの浮上を再び柵が阻む。


水回りの配管入り口と出口の両方に柵が設けられていたのか、と思いながらも口に加えた短剣を柵の隙間に差し込む。


「ごぼぉっ」


タツミの呼吸もほとんど限界に近い。


先程の小屋の下でやった時とは異なり、物音が立つのも構わず全力で柵の隙間の穴をこじ開ける。


ギギギギギギギギ・・・ガゴンッ


柵をこじ開けたタツミは隙間に身体をねじ込んで水面へと浮上する。


「はぁっ・・・はぁっ・・・・はぁっ・・・」


頭を上げればそこは大きな石造りの広間となっていた。


「なんだここ・・・?」


教会の大聖堂程の広さはあるその石造りの部屋、その最奥の祭壇のような場所に水釜が置いてあり、その水釜の中でタツミは周囲を見渡していた。


石部屋の中に人は誰一人おらず、近くに人の気配すらしない。


「普段は使われてないのか、それともたまたま今は人がいないのか・・・」


タツミがそう言って水釜から出ようとすると、何かがコツンとタツミの足に当たったのに気付く。


浮上した際は呼吸するのでいっぱいいっぱいで気付かなかったが、タツミ程もある金属の檻が水釜の底に沈んでいるのが見える。


「檻・・・?」


その檻の中に人の大きさ程の何かが閉じ込められているのが、水から顔を出しているタツミに理解できた。


タツミはそれを目を凝らしてよく見る。


「なっ・・・これは・・・女の人!?」


檻の中に閉じ込められているのが人間だと気付くのに時間はかからなかった。


タツミは急いで水釜から飛び出て、さっきまでタツミが入っていた直径十メートル程あるその巨大な水釜の底を見下ろす。


檻の中の女性は動く様子も無い、おそらく生きているような様子は感じられない。


と、すれば死体か何かなのだろうとも思うが所謂、水死体のようなおぞましい状態にその檻の中の女性はなっていない様子だった。


普通、水の中にある死体は身体中が腐敗によるガスで膨張し、皮膚はふやけてぶよぶよになり、直視するのも辛いような原型を留めない状態となっていることが多いが、その女性はむしろ、とても綺麗な状態で檻の中に全裸で横たわっており、まるで水の中で眠っているお伽噺の中に出てくる姫か何かのようであった。


「・・・魔力か」


それを可能にしているのは、おそらくこの水が含んでいる高濃度の魔力なのだろう。


そうタツミは感じた。


高濃度の魔力を含んだ水の正しい効能をタツミは知らないが、おそらく一種のホルマリンの効果のようなものがあるのかもしれない。


この大きな水釜に、ただ一体だけ檻に入れて沈められている女性を気にしつつも、タツミは祭壇の様になっている高台を降り、石造りの部屋を調べる。


石造りの部屋の壁には無数の金属製の棚の様な扉があり、全ての扉には赤字で五桁の番号が不規則に書かれているのに気付く。


この部屋の正式な出入り口はおそらくただ一つ、とても厳重に幾重にも鍵を掛けられている鋼の扉があるだけで、他に人間が出入りしそうな大きさの扉は無い。


壁にある無数の棚状の扉は横幅こそタツミより少し大きいが、縦の幅が五十センチも無く、人間が出入りする用とはとても思えない上に、流石に数が多すぎる。


とりあえずその中の一つ、赤い数字で一〇八〇三と書かれている扉の取っ手に手をかけ開いて見ようと力を入れた瞬間、


ボトッ・・・


石部屋の床に何かが落ちた音がした。


「・・・?」


タツミが音のする方を振り返ると、そこには昨夜見た巨大ナメクジがこちらへと触覚を向けて佇んでいた。


「なっ・・・」


ピギィと小さく泣いたその巨大ナメクジはタツミに対して警戒を露わにしている。


「こんなところにいやがったか。」


全身に魔力を流して身体強化しつつ、短剣を構える。


いつも使っている木棒は潜る際に邪魔になるので小屋の畔に置いてきたが、今回は守るべき護衛対象(ルーナ)もいない。


短剣一本あれば充分に戦える相手である。


「昨日は逃がしたが今日はそうはいかな-」


タツミが話している最中、ボトッと音を立てて再び巨大ナメクジの近くにもう一匹、巨大なナメクジが落ちてくる。


「・・・え?」


タツミがふいに上を見上げると、石造りの部屋の天井を埋め尽くす限りの巨大ナメクジ達が蠢いているのが見えた。


ボトッ、ボトッ


一匹、また一匹と天井から落ちてくる巨大ナメクジ達。


「「「「ピギィィィィィィィィ!!!!」」」」


魔獣の鳴き声が石部屋全てに響き渡る。


「くそっ・・・流石にこれはマズいか」


そう判断したタツミは身体を強化したまま、唯一の出入り口であろう幾重にも鍵がかけられている鋼の扉の方向ではなく、タツミがやってきた水釜へと駆け出す。


気付けば部屋のほとんどが巨大ナメクジに埋め尽くされつつあるのを、タツミは動線上に存在するナメクジだけを手に持った短剣で切り倒しながら進む。


「ピギィ!!」


跳びかかってきたのか、それとも天井から降って来たのかはわからないが、タツミの目の前に巨大ナメクジが着地。


躱すのは最早不可能なタイミング。


タツミは短剣の切っ先を巨大ナメクジへと突き立ててそのまま勢いよく突進。


ナメクジを真っ二つにし、大量の粘液を浴びながらも何とか水釜へとたどり着く。


「すぅーーっ」


思いっきり息を吸い込むと、短剣を口に加えて水釜の中へとダイブ。


檻の中で綺麗な姿で横たわっている全裸の美女の死体のようなものを尻目に、タツミはナメクジ達が追ってこないうちに元来た配管の中を通って教会の本尊である大きな池へとたどり着くのであった。


「はぁっ・・・はぁっ・・・」


タツミが池の畔へと出た時にはすっかり日は暮れて夜になっていた。


「とりあえずっ・・・ここから離れよう。」


タツミは脱いで置いてあった衣服や木棒、道具を持って教会の入り口の方へと駆ける。


「ふぅっ・・・ふぅっ・・・」


息を整え、脱いでいた服を着ていると教会の外にいる人々が慌ただしく駆け回っていることに気付く。


(なんだ・・・?)


「あぁ、君かね。」


慌ただしく駆け回っている人々を見ているタツミに声をかけたのはアンドレ・ガルディードであった。


タツミは一瞬、警戒して全身に魔力を流すも、その場にシムスやルーク、マコン、ソーさらには宿舎の管理人や清掃員といった、教会にいる人々全員が揃っているのを見て警戒を解く。


「何が・・・あったんです?」


「わからない。先程から教会の外が騒がしいので我々もこうやって様子を見に来たのだが・・・」


シムスがタツミにそう答えると、一人の男性が教会へと駆けこんできた。


「ガルディード神父!魔物が・・・・魔物がっ」


おそらく視察の期間中教会の外で寝泊まりをしている信者の一人であろう男性が、恐怖の相貌を浮かべながらガルディードへと叫ぶ。


「落ち着きなさい。さぁ、ゆっくりとまずは深呼吸をして。」


ガルディードが慌てる男性を諭し、落ち着かせ、次の言葉を待つ。


「巨大なナメクジのような魔物が街中に溢れかえっています!」


「!?!?」


平穏だった街は、静かに大混乱へと陥るのであった。



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