2-19 【私が挑む場所】
タツミは、教会で得た情報とそれに対する自らの考えを一通りエリスに話した後、これからエリスにやって欲しい行動の内容を伝える。
「・・・という訳だ。頼めるか。」
エリスはコクリと一度頷くと「わかりました。」と一言答える。
「じゃあ次はハルベリアと交代でルーナを頼む。」
タツミがそう言うと、エリスはローブを羽織り一礼してから部屋を出た。
部屋の中では亜人であることを隠すことも無くなったエリスであったが、やはり外出時は亜人である証の耳や尻尾を隠せるローブは必需品なのだろう。
亜人であることがバレてしまえば簡単な買い物すら拒否されてしまうことだってある。
もっと自分に力があれば、エリスに、いやエリス以外にも沢山存在しているであろう善良な亜人達にも、せめてもっと気楽に買い物等の普通の生活を楽しめるような世界に変えられるのだろう。
エリスがタツミへと、有難い程に向けてくれている圧倒的な信頼感へ報いるにはそれくらいのことをしても足りない。
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされる。
「どうぞ。」
タツミが声をかけると、ハルベリアが「失礼します。」と一礼しながら入ってきた。
「この数分であの子にどんな印象を受けたかな?」
タツミは開口一番にハルベリアへとルーナの印象を聞く。
ハルベリアは成人の儀においてタツミと出会い、そこでタツミが自らの同期であるキースへと述べた言葉に打たれ、ウィルフレッド家の試練において圧倒的に不利な状況の中、タツミの配下へと加わってくれている。
だから、タツミはなんとなくだがハルベリアが人に対して抱く印象というものを参考にしてみたいと思った。
成人の儀において、たった数分にも満たない出会いの中で、ましてや会話すらしていないあの状況で、あの場にいたウィルフレッド家の血筋の人間四人の中からタツミを選んだ彼女の感覚を、タツミは割と信用している。
「そうですね。まだ数十分しか一緒にいなかったので、あくまでも表面的な感想になりますが・・・」
ハルベリアは顎に手を当てて考える仕草を見せる。
「落ち着きが無いようで一見幼いようなイメージを受けますが、それは興味があるものに対してのみ見せる行動であって、知っているもの、興味が無いものにはほとんど同等の様子を見せないところを見ると幼いのではなく知識に対して貪欲。なのだと感じました。」
「ふむ、なるほど。」
タツミがルーナに対して抱いている印象とほとんど同じ答えが返ってくる。
「そして彼女は、その貪欲に求めた知識を良くも悪くも純粋に受け止めているような気がします。見た物を、見たままに。素直に受け止めるのと同様にそれは対外的にも同じで、彼女は思ったことを素直に言葉に出す傾向があるように思えます。」
「・・・」
タツミはハルベリアの意見に思い当たる節を感じて黙る。
「良く言えば素直、悪く言えば純粋、というところでしょうか。」
確かにそう言われてみれば、彼女は自らの意見を隠さず話すような気がする。シムスとの会話の時も、先程の聞かれてはマズい話をすると打ち明けた際も、不満を隠すようなことはしなかった。
「うん、ありがとう。参考になった。」
タツミは、自らが彼女に抱いたイメージと重なる印象をハルベリアの言葉によって改めて再確認し、確信に変える。
「さて、ここからはさっき言ってた聞かれちゃマズい話になるんだが・・・」
タツミは改めて、先程エリスにした懲罰委員会の話をハルベリアに話す。
「懲罰委員会、何度か父の口からその名は聞いた覚えがあります。」
ハルベリアは考える様子を見せながら答える。
「知ってるのか?マーリン様の話だとあまり知られてないってことだったんだが。」
タツミは、ハルベリアが懲罰委員会の存在を知っているという事実に驚いた。
「いえ、どのような組織か等の詳しいことは一切知らないのですが、幼い頃に兄が悪戯をする度に父が“懲罰委員会に連れていかれるぞ”と言って叱られていたのを覚えているくらいです。何か怖い人たちの集団だとばかり思っておりましたが、なるほど、特例的権利を持った王の私兵のような部隊でしたか。」
ハルベリアは一瞬、過去を懐かしむような優しい表情を浮かべるが、すぐにいつも通りの真面目な顔に戻ってタツミの言った内容を理解する。
「急に現れた魔物の討伐なども懲罰委員会の任務ということは、勇者アズリード様と同様に魔物退治で名を馳せることができる良い職場だと思います。おめでとうございます。」
タツミが、父である勇者アズリード・ウィルフレッドに憧れ、そして父を目標としていることを知っている。
だから真っ先に、タツミへと祝辞が浮かんだのだろう。
そして同様に、タツミはハルベリアが何に憧れを抱いているのか、何を目標としているのかを知っていた。
だから真っ先に、タツミはハルベリアへと質問をする。
「それで、どうだった。勧誘は来たか?」
ハルベリアはタツミの質問に目を伏せ、首を横に振る。
「いえ、私が目指している王城騎士からの勧誘はありませんでした。」
ハルベリアが目指す王城騎士は、基本的に男性のみで構成されている組織である。
過去に特例として数人、女性でも王城騎士となった人物は存在するが、それらは全て、やはり特別な才能を持った優秀な人物ばかりである。
そもそも、王城騎士とは王族の住む城を守護する専用の軍隊であり、それを構成する面々は各方面で結果を出した選りすぐりのエリート達で構成されており、成人の儀を終えたばかりの人間に勧誘を送るような組織では無い。
そして、何より現王城騎士長が、ハルベリア・レオネルの父親であり、その人物は女性が騎士となることを良しとしない思考を持つ人物である。
彼女の目指す目標は、ともすればタツミよりも難しいのかもしれない。
タツミがそんなことを思っていると、ハルベリアは話を続ける。
「しかし、私は諦めてはいません。あの日、成人の儀においてタツミ様が言った言葉に胸を打たれ、そして試練において、キース様を打ち倒し、誰もが不可能だと思っていた魔人の討伐を成したタツミ様の行動に勇気をいただいてここまで来ました。そして今、タツミ様は懲罰委員会という道を選び、目標へと一歩ずつ進んでいかれようとしております。」
成人の儀において、母親の身分が王城内において、ウィルフレッド家同士での身分差を決定づける一因であるが、タツミは自らの母親の身分の低さを恨んだことも悔いたことも無いと言い放ち、同期であるキースに殴り飛ばされている。
その言葉を聞いて、ハルベリアは幼い頃より憧れを抱いていた王城騎士への夢を女性として生まれたということだけで諦めない気持ちをさらに強くしたのだと、試練が終わった後にタツミは聞いている。
「そんなタツミ様をこの半月近くの間、間近で見ていてどうして夢を諦められましょうか。」
ハルベリアはそう言って、片膝を付き忠誠の意を表しながらタツミの手を掴む。
「私を懲罰委員会へと勧誘して下さい。私はそこで、タツミ様の手となり足となり、そして名を馳せ、王城騎士へとなってみせます。」
赤い鎧を着ているその女性の眼は、どこまでも真っすぐにタツミの両眼を見つめている。
「決めたんだな。」
タツミは問いかける。
ハルベリアにも、エリスと同様に、無理に自分に従うことは無く、好きな職場で練磨してくれて構わないと伝えている。
「元より王城騎士の職以外で、タツミ様の下を離れるつもりはありませんので。」
ハルベリアはそう言って、自らの指に輝く銀の指輪を見る。
「ははっ、俺から言うつもりだったんだけどな。まさかハルベリアの方から勧誘してくれって言われるとは思わなかった。」
タツミは笑って、ハルベリアの手を強く握り返す。
「私が挑む場所への指標ですから。」
ハルベリアがそう言って立ち上がると、タツミはこれからの予定をハルベリアへ話すのであった。
「はっはっはっはっは。珍しいじゃないか。」
男が大きく笑い声を上げながら、楽しそうに肩を叩いてくる。
「昔はよく俺がこうやって呼び出されてたもんだ。そしてその傍らにはいつもお前がいた。」
笑っている男性の名はアズリード・ウィルフレッド。
この国、いやこの世界において勇者と呼ばれている男性である。
「私達はよく無茶をしていたからね。主に君のせいであるけれども」
肩を叩かれていた女性、マーリン・M・シルベスターはアズリードの手を払いのけて答える。
「あの当時もよくこうやって、何かする度に中央から呼び出されていたなぁ。」
アズリードはしみじみと腕を組んで頷く。
「君一人だとどんな失言をするかわかったものでは無いからね。いつも私か、ノルンウェストのどちらかが君の為に弁解に付き添っていたものだ。」
マーリンとアズリードは会話を続けながら王城内の通路をゆっくりと歩き進んでいる。
「それで、君はどうして私と一緒に歩いているんだい?アズリード。」
マーリンはアズリードに問いかける。
「どうしてってそりゃアレだ。いつも何かしでかして呼び出されるって言えば俺か、筋肉バカのバーニスのどちらかだったのに、今日は珍しくお前が呼び出しの対象だって聞いたからな。」
「野次馬根性とは趣味の悪いことだ。」
アズリードの答えにマーリンは呆れた様子で答える。
「野次馬根性が無けりゃ勇者にゃなれねぇよ。」
そんなマーリンの言葉に、アズリードは自慢気に答える。
「そうだな。気が付けば率先して面倒ごとに首を突っ込んで行き、その先々で問題を解決していった結果が今の君の立場だ。」
さらに呆れた様子でマーリンは答える。
「で、今回は何をしでかしたんだ?」
そんなマーリンの様子を気にしない様子でアズリードは問いかける。
「・・・ふぅ、やれやれ。私が何かをやらかすことがあると思っているのかな。」
マーリンはそう言ってアズリードへ笑みを見せる。
「何もやらかしてないってことは・・・ははぁ、なるほどな。」
そんなマーリンの答えにアズリードはニヤリを笑みを浮かべる。
「じゃぁ一体、何の邪魔をしてやったんだ?」
アズリードの問いかけと同時にマーリンは立ち止まる。
マーリンの目の前には大きく重厚な両開きの扉があり、その扉の装飾からかなり上位の身分の者しか入ることが許されていない部屋であることが理解できる。
「さぁ、一体何の邪魔をしたのだろうね。それをこれから探りに行くのさ。私はただ、優秀な新人を私の組織へと迎え入れただけにすぎないさ。」
そう言ってマーリンは、目の前の大きく重厚な両開きの扉を開く。
「ははっ、そりゃ尚更、野次馬しておかないとな。」
アズリードはそう言って、扉の先へと歩を進めるマーリンの後を追った。
仕事が休みの今週中にあと1話くらい書きたいなと思っています。
頑張ります。