2-18 【私の望む場所】
腹ごしらえを済ませたタツミとルーナが教会の門へと到着し、そこで昨日の夜に約束した通りエリスとハルベリアの二人を待とうという仕草を見せてすぐに、どこからともなく目的の二人が別々の方向から近付いて来た。
「あ、昨日の二人だ。おっはよー」
タツミより先にルーナが二人に挨拶する。
「早いな。もう少し遅く来ると思ってたんだけど、少し待たせてしまったかな?」
「主人を待たせる訳にはいきませんので」
ハルベリアがそう答えると、エリスが周囲を見渡しながら続ける。
「今のところ周囲に人はいませんが、ここで話してると目立ちますので場所を移動しましょう。」
猫の亜人であるエリス・シアンブルは普通の人間よりもかなり耳が良く、足音であればかなり先の音であっても拾ったり、近くであれば潜んでいる人間を、その呼吸音で把握することが出来たりもする。
まだ早朝ということもあるが、彼女がそう言い切るということはおそらく周囲に人はいないのであろう。
「とりあえず私達の泊まった旅館の部屋にでも案内しましょうか。」
エリスはそう言ってハルベリアの方を見る。
ハルベリアもその意見に同意を示したことによって、四人はエリス達の泊まっている旅館の部屋へと向かうことにした。
運良く道中誰にも会う事なく旅館の部屋へと到着した四人は、ひとまずそこで一息つく。
「さて、それじゃぁ先に紹介だけでも済ませておくか。」
最初にそう切り出したタツミはそのまま話を続ける。
「まずは二人から先に紹介するか。こっちの茶色いショートヘアーの方がエリス、エリス・シアンブル。」
タツミがそう言うと、エリスは立ち上がってヒラリとお辞儀をしてみせる。
「エリス・シアンブルと申します。頭の上にある耳を見てお気づきかもしれませんが、猫の亜人です。」
エリスがルーナへと挨拶している様子を見て、タツミはもうすっかり自分が亜人であることを臆すことなく名乗るようになったな、と感じた。
もちろん、世の中の亜人のイメージがこの半月の間にガラリと変わり、様々な人々から受け入れられるようになった、などということは無く、ただ純粋にエリスの存在を肯定してくれる存在がいることによって強くなっているということはタツミはまだ知らない。
「宜しくお願いします。」
エリスがそう言い終えると、ルーナが興味津々の様子でエリスを見つめ、
「すっごーい!亜人なんて初めて見た!かわいー!なんかあれだね。思ってたよりも、ううん、むしろなんか全然私達と変わらないんだね。」
なんてことを言いながらルーナの身体に触っている。
「ちょ、ちょっとそこはっ・・・あっ」
「すごいすごい、尻尾も生えてるんだね!」
エリスが恥ずかしそうに抵抗しているが、そんなことはお構いなしにルーナは自らの興味欲望を発散するかのようにエリスを触りまくっている。
「そのままで良いから聞いてくれ。私はハルベリア・レオネル。」
そんな二人を真顔で見ながらハルベリアは淡々と自己紹介を始める。
「そのままで良くないですぅ~」
エリスが抵抗しながら小声でツッコミを入れているのが聞こえる。
「私は王都の騎士団長の娘だが、特に家との繋がりはない。女性である私にレオネル家は大した恩恵を与えてくれることは無いからな。」
「かっこいい鎧着てるんだね。」
ルーナはハルベリアの着ている赤い鎧に少し興味を持った様子を示すが、やはり亜人であるエリスへの興味の方が強いのか再びエリスの身体をまさぐることを再開する。
「ひゃぁっ 耳もやめてくださいぃぃ」
「この鎧は唯一、成人の儀を迎えるにあたって父から頂いたものだ。」
ハルベリアはそう言って着ている赤い鎧を、何か大切な物を見るような目で見つめる。
「へー」
聞いているのか聞いてないのかわからないような空返事を返すルーナ。
「それで、さっきから落ち着かないこの子は一体どのような方なのでしょうか。」
ハルベリアはエリスをまさぐり続けているルーナを見ながらタツミに話しかける。
「この子はルーナ。ルーナ・デャングって言って水の女神アクエリアを祀っているエリア教の教主の娘らしくて、理由があって今はこの子の護衛をすることになっている。その理由っていうのはまぁ後で話すから今は割愛させてくれ。」
タツミは、マーリンによって懲罰委員会という組織に勧誘され、そこでの任務の一環としてルーナを護衛することになったという説明を、今ここですることを避ける。
勿論、エリスとハルベリアに対して隠しごとをするつもりがある訳では無く、ここでその話をルーナに聞かれる訳にはいかないからである。
「なるほど、昨日一緒に部屋にいたのは護衛していたからなのですね。」
身体のありとあらゆる部位をまさぐられ終えたエリスが息を荒げながら、納得した様子で首をうんうんと頷かせる。
「タツミ様が女の人と一緒の部屋で過ごされてたので、てっきりそういう仲だったらどうしようかと思いましたが、ただの護衛対象でしたか。」
エリスは少し安堵した様子を見せながら笑顔で答える。
『ただの護衛対象』という言葉に少しムッとした様子を見せたルーナがそれに反応する。
「そうだよー、一緒にお風呂に入って同じベッドで寝てるくらいのただの護衛対象だよー。」
と、言うルーナの言葉にエリスとハルベリアが少し驚いた顔を見せる。
「タツミ様、やはり今その護衛の理由とやらを聞かせていただいてもよろしいでしょうか。」
「お風呂ベッドお風呂ベッドお風呂ベッドお風呂ベッド・・・」
ハルベリアが真摯な顔でタツミに詰め寄り、エリスが小声で呪文のようにお風呂とベッドの二つの単語を繰り返し呟いている様子を見てルーナは楽しそうに笑う。
「あははははは、何となく三人の関係性はわかったかなー。」
「わかったかなー、じゃなくて変に誤解を招く言い方をするな。」
タツミは二人に風呂は禊の浴場での話、そしてルーナが夜を極端に怖がった話をすることでなんとかその場を収める。
「関係性はわかったけど、どうしてそんな二人がタツミと一緒に行動してるの?」
ルーナは疑問符を浮かべたような顔で問いかける。
「ウィルフレッド家の成人の儀はご存知ありませんか?」
タツミから説明を受け、落ち着きを取り戻した様子のエリスがルーナの質問に答える。
「あぁ、なるほど。そういうことね。」
勇者の血筋であるウィルフレッド家が主催する成人の儀の内容は流石に有名であるようで、ルーナへ改めて説明する必要は無かった。
「さて、これでルーナへの説明は終わったな。何か質問はあるか?」
タツミはルーナの顔へと視線を移し、ルーナが首を振ることで彼女の疑問が解消されたことを確認すると、今度はエリスとハルベリアの二人へ身体を向ける。
「ルーナ、俺は二人と話したいことがある。少し席を外してくれるか。」
タツミの提案に眉間を狭めて不満を表すルーナ。
「えー、私もここで聞いてちゃダメなの?」
「・・・そうだな。聞かれちゃマズい話なんだ。」
タツミは少し考えた後、正直に理由を話す。
たった一日一緒に過ごしただけではあるが、ルーナに対して無理に隠そうとすれば逆に興味を引いてしまうことを理解していた。
ならば逆に正直に、聞かれるとマズいということを話すべきだと思った。
「安心してくれ、その間ルーナを一人にするつもりも無い。話をするのは片方ずつだ。常にルーナには護衛を付ける。」
説明を続けるタツミへと、不満そうな顔を見せつつもルーナは立ち上がる。
「むー、わかった。タツミが聞かれちゃまずいって言うのなら聞かない。」
教会でシムス相手にゴネていたルーナを見ているので、もう少し粘られるかとタツミは思っていたが、思ったよりもスムーズにルーナが部屋を出る意思を見せた。
興味のある物に対して強い執着を見せる彼女であるが、自分が納得さえできれば興味があることでも引き下がるのかもしれない。
「・・・感謝する。」
素直に部屋を出る意思を見せたルーナに、タツミは感謝を伝えると同時にハルベリアへと声をかける。
「ハルベリア、ルーナを頼む。」
「畏まりました。」
ハルベリアはそう言うと、ルーナの傍へ移動する。
「この旅館の入り口にあった休憩室でお待ちいたします。」
ハルベリアはそう言うと、ルーナと共に部屋から出る。
「・・・さて」
二人が部屋から出たのを確認した後、最初に口を開いたのはタツミだった。
「マーリン様からどこまで話を聞いているんだ?」
タツミの質問にエリスは答える。
「マーリン様の組織にタツミ様が仮加入したと、そして今は任務でこの街の教会にいると、要約するとほとんどこれくらいです。詳しいことはタツミ様に聞けと言われましたので。」
「・・・なるほどな。ほとんど説明されてないってことか。」
この街に来る馬車の中で、マーリンへ二人への勧誘をどうするかと問われた際に、タツミは声だけかけてくれれば良いと話をしている。
おそらくマーリンはタツミの要望通りに声だけかけてくれたのであろう。
そして詳しい説明をタツミに託したということは、おそらくエリスとハルベリアの二人を懲罰委員会へ勧誘するか否かも、タツミに任せるつもりなのだろう。
そう考えると、タツミはエリスに話を始める。
「マーリン様から聞かされてると思うが、俺は王国魔導機関の最高顧問、そして王立魔導学校で校長をしているマーリン様の職場から勧誘を受けた。」
「王国魔導機関と王立魔導学校両方に所属するってことですか?」
ルーナは質問をする。
「いや、今は王国魔導機関の一員ってことになっている。」
「今は?」
「ここから先がルーナに聞かれちゃマズい話になるんだが、本当は違うってことだ。仮に王国魔導機関の一員って身分を名乗っているだけで、俺が勧誘されたのはマーリン様の裏の職業である懲罰委員会っていう組織なんだ。」
「懲罰委員会?」
エリスは初めてその名前を聞いたような顔を見せる。
それもそうだろう、実際タツミもそんな組織はマーリンから聞かされるまで知らなかったくらいである。
タツミはエリスに、マーリンから聞かされた懲罰委員会の内容を説明する。
「なるほど、王様お抱えの即応隊ってことですね。」
「大体そんなとこだと俺は理解している。そして懲罰委員会で俺が今就いている任務がこの教会が不穏な動きをしているらしいから、その噂の真偽を確かめるっていうこと。ルーナを護衛しているのは、任務の成り行きなんだ。」
タツミは自らの置かれている状況を説明する。
「とりあえず俺からの報告は一旦ここまでにして、エリスからの話を聞かせてくれ。」
タツミはエリスを勧誘する前に、エリスの話を聞いておこうと考えた。
もし、タツミと離れている間に王都で職種を決めていたのなら、あえて勧誘することで迷わせることも無い。
「私もハルベリアちゃんも昨日の朝は勧誘を受けていた職業の説明を聞きに行っておりました。私は王室御庭番という職業から勧誘を受けていたのですが、そこでタツミ様も一緒にと提案してみた所、妙な話をお聞きしたのでタツミ様に伝えておこうと思い、王城へ向かっている最中にマーリン様と出会って先程の説明を受けました。」
「妙な話・・・」
エリスの話にタツミは思い当たる節があった。
「もしかして、結構高い位の人が俺への勧誘を邪魔しているって話か?」
「え、ご存知だったのですか?」
タツミの予想外の答えに、エリスは驚いた表情を見せる。
「いや、もしかしたらそうなのかもしれない、って話を勧誘を受ける際マーリン様から聞かされていたんだ。そもそも俺が勧誘を受けたきっかけが、その高位の人間の鼻を明かしてやろう、っていうマーリン様の提案だしな。」
エリスの話を聞く限り、どうやらマーリンの予想は当たっていたようである。
「しかし王室御庭番って言えば王が持つ土地の管理を受け持ってる組織だろ。そんなとこにまで影響を及ぼせるような人がなんでわざわざ俺への勧誘を邪魔するんだろうな。」
タツミは自分に対してそこまでする理由がまったく思い当たらず、腕を組んで考える。
「ですので、タツミ様を一緒に勧誘することはできないと言われましたので、お断りしてきました。」
「え?断ったのか?」
タツミは驚き、さっき組んだばかりの腕を解いてしまう。
「勧誘に来て下さった方もとても良い人そうでした。亜人である私にもとても気を使って下さっていて、お断りするのは心苦しかったのですが・・・」
エリスは申し訳なさそうな表情を見せる。
「俺を気にせずに好きなところに行っていいんだぞ。無理に俺に付き従うことも無いんだから。」
タツミの返事に、エリスは自らの右手の人差し指に填められている銀の指輪をタツミに向けながら答える。
「私の好きなところが、タツミ様の下なのです。無理にでも付き従いたいと思っています。」
そう笑顔で答えるエリスの顔を、タツミは思わず照れながら見つめてしまう。
「そうか、ありがとう。」
とても正直に、真っすぐ見つめるエリスの言葉に、照れながらもそう返したタツミはなんとか話を続ける。
「今はまだ仮入隊の立場で、正式に懲罰委員会の一員って訳じゃないからあれなんだけど。」
タツミは改めてエリスの眼前に立ち、右腕をエリスへと差し出して問いかける。
「懲罰委員会からの勧誘、受けてくれるかな?」
エリスは差し出された右腕を取り、笑顔で答える。
「はい、喜んで。」
やっと休みを頂いたので、この一週間で3話くらいは更新できればなと思っています。
先週は急な出張でお休みさせていただいたので、その分も書ければと思います。