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2-17 【機会】

タツミは目の前の巨大なナメクジのような生物を視界に捉えたまま、一度大きく呼吸を整える。


右手には短剣、そして左腕には身体を強張らせたルーナを抱えるタツミは冷静に状況の分析を始める。


「ピギィィィ!」


この巨大なナメクジのどこに発声器官があるのかわからないが、タツミに剣傷を付けられたその巨大な生物は、こちらを威嚇するかのように甲高い音を発し、タツミと睨み合う。


咄嗟にカーテンを開け、月明りによって相手の姿形を判断したことによって現在置かれている状況を把握することができたタツミだが、ここからどう行動するかを決めあぐねていた。


目の前の巨大なナメクジを見るに、おそらく魔獣や魔物の類であり、一対一で戦うのであればおそらくタツミは負けることは無いであろう。


と、いうのも先程から巨大ナメクジの動きを見ているが、特段動きが機敏であるという訳でもない。


先程タツミが剣傷を付けた時の感触から考えても、身体にとてつもなく強力な力を備えている訳ではなさそうであり、むしろ何らかの特殊な能力を使って戦いそうな雰囲気を醸し出している。


しかし、特殊な能力を使って戦う相手であるとすれば、魔人の様な知力を持っていない限りは、いくらタツミがルーナを片手で抱えながら戦ったとしても、敗北を喫することは無いだろう。


と、いうのが今のタツミの見解であるが、それは襲ってきた相手がこの巨大ナメクジ一匹だけだった場合の話である。


咄嗟に相手の姿を確認する為とはいえカーテンを開けたタツミであるが、それによって室内が外から見える状態になっている。


幸い、窓の外を見る限り怪しい動きをしている者の様子は身体能力を強化し、視力も強化されているタツミには確認できなかったが、もし外に他の敵がいるとすればこちらの動きが筒抜けとなってしまっている。


「このまま室内で戦うか、それとも室外に出るか・・・」


タツミは目線を落としてルーナへと視線をやる。


彼女はタツミの腕の中でギュッと目を閉じ、タツミを離さないようにとガチガチに震えながら今にも泣きだしそうにしている。


「考えている場合じゃないな。」


例え目の前の巨大ナメクジ以外に敵がいたとしても、とりあえずは目の前の恐怖を取っぱらってルーナを安心させてあげる方が先だと考えたタツミは自身に流す魔力の出力を上げる。


「ピギッ」


威嚇声を発しながらこちらをジッと見つめていた巨大ナメクジが、タツミの体内に流れる魔力の濃度に気付き、一瞬動きを止める。


(来るっ)


次の瞬間、巨大ナメクジが行動を起こすと察し、タツミが機先を制しようと踏み込む足に力を入れた瞬間、巨大ナメクジはドロリと溶け出す。


「!?」


溶け出したナメクジは、そのまま部屋に備え付けられてあった風呂場の方向へと割と速い速度で床を這って進んでいった。


「逃がすかっ!」


タツミは跳躍で一気に距離を詰め、溶けているナメクジの身体へと剣を一突きするも、最早ほとんど液体のその巨大ナメクジは全く効いている様子も無く、動きを止めず風呂場の排水溝の中へと姿を消した。


「・・・ここから出入りしたのか?」


タツミは排水溝を覗き込むも、最早巨大ナメクジの姿は見えず、振り返ればナメクジが床を這った跡が月明りに照らされ鈍く光っているのみであった。


タツミは周囲の物音や気配に集中し、相手が巨大ナメクジだけであったことに確信を持つと、ルーナの頭にそっと手を当てる。


「終わったよ。」


タツミの言葉にゆっくりと目を開けたルーナは、じっとタツミを見上げたまま問いかける。


「本当に?やっつけた?」


巨大ナメクジを倒した訳では無いので、その質問には「あぁ、ちゃんと追い払った」とだけ答えた。


タツミが戦闘態勢を解除した様子を見て安心したのか、ルーナの強張っていた身体に、ゆっくりと力が抜けていく様子が見て取れる。


「立てるか?」


左腕で抱えていたルーナを降ろしながら、身体強化の為に流す魔力を最低限にする。


「うん、なんとか。」


ルーナはそう答えて自分で立つも、まだ若干足が震えているのがわかる。


結果的に戦闘らしい戦闘を行った訳ではなく、タツミが踏み込んで巨大ナメクジを狙って床を一刺しした瞬間くらいしか物音を立てることも無かった為、おそらく今ここでタツミ達が襲われたということに気付いた人間は、宿舎の中に住んでいる管理人達であろうと気付いた者はいないだろう。


「追い払ったとはいえ、もうこの部屋で寝るのは危険すぎるな。」


そう言ってタツミは寝る前に管理人から借りたマスターキーがあったのを思い出し、取り出す。


「要る物だけ持って部屋を移ろう。本当は宿舎から出て別の場所に移動したいんだが、この夜暗い中を土地勘のない俺達が走り回るのは逆に不利になるからな。」


そう言ってタツミは自らの道具を入れている大巾着と木棒を持つ。


「う、うん」


ルーナもタツミの案に同意し、必要な荷物だけ持ってタツミと一緒に部屋を出た。


夜の宿舎の廊下は薄暗いもので、申し訳程度にある窓から入る月の光だけがその概要をほんのりと照らしていた。


「廊下は大丈夫そうだな。」


タツミは廊下に気配を感じないことを確認しつつも、最大限の警戒をしながら先程までタツミ達が寝ていた部屋から少し離れた部屋の扉にマスターキーを差し込む。


「ここにしよう。」


ガチャリ


中を警戒しつつ、ゆっくりと扉を開く。


ルーナが部屋に入ってすぐにある部屋の照明のボタンへと手を伸ばすが、タツミはそれを手で制する。


「どしたの?」


ルーナがタツミの行動の意図を問いかける。


「明かりは付けない方が良いな。本来は無人のはずだからな。俺達がここに移動したってことが外から解ってしまうかもしれない。」


ルーナはこくりと頷き、照明のボタンへと伸ばしていた手を引っ込める。


タツミはそれを確認した後、ゆっくりと部屋の扉を閉める。


暗闇の中、先住人が教会の視察の影響で外にいるはずの無人の部屋の中の安全を確かめると、やっとタツミは身体強化を解除して一息つく。


「ふぅ、まさか寝てる最中に襲って来るとはな。」


「また目の前で死んじゃうかと・・・」


落ち着きを取り戻したルーナは力が抜けたようにその場に座り込む。


「・・・こわかった・・・本当にこわかった。」



声を殺して咽び泣くルーナの隣に寄り添うようにタツミは座りこむ。


「そうだな。でも、俺は勇者の息子だからな。偶然とは言え魔人だって成人の儀で倒したことのある男だ。ちょっとやそっとじゃ死なないから安心していい。」


普段、自分のことを自分で褒めることの無かったタツミであったが、精一杯ルーナを慰めようと声をかける。



「・・・うん。」


ルーナは、一言返事をした後もそのままの姿でジッと座っている。


結局、ルーナが泣き疲れて眠るまでの間、タツミは体勢を変えることなく隣で寄り添い続け、持っている大巾着を広げてルーナの身体が冷えないように被せる。


「そういや昼間、シムスさんからエリア教について教えてもらえるって話してたけど、すっかり忘れてたな。」


ボソリと呟くと、眼を閉じる。


タツミはそのまま一睡もすることなく周囲の警戒を続けながら朝を迎えるのであった。















「やぁ、昨日はゆっくり眠れたかな?」


朝になってタツミ達が大聖堂へ入ると、そこには教会の事務所から回収してきたのであろう山積みになっている資料や書類関連にひとつづつ目を通しているシムス達の姿があった。


「宿舎に帰ってこないと思ったらこんなところにいたの?」


ルーナが驚いた様子で声をあげる。


そんな彼女の表情には昨日の夜に見せていたような面影は無く、夜が特段苦手であるだけのことなのだろう、と改めてタツミは感じる。


「キリの良いところで終わろうと思っていたのだが、もう少し、もう少しと進めていくうちに朝になってしまったようだ。」


起きて書類を整理しているシムスの背後には、相変わらず周囲への警戒を怠らない護衛のマコンが眼を光らせており、タツミとルーナを一瞥した後も無言で佇んでいる。


「あれ?ルーク兄は?」


ルーナが周囲をキョロキョロと見渡す。


「奥の長椅子で寝ているよ。」


シムスがそう言ってルークが寝ている長椅子へと目線をやると、そこにはルークと共に護衛のソーが毛布を被って眠っていた。


ルークはタツミと出会ってから、基本的に無口であり、さらにその大柄な体格とも相まって怖そうに見えていたが、こうやって寝顔を見ているとなんら普通の少年と変わらないような印象を受ける。


「さて、それでは折角だ。朝食でも取りながら宿舎の調査の報告でも聞かせてもらおうかな。」


シムスはそう言って持っていた書類の束を机の上に起き、タツミ達の方を見る。


時間的にはまだ早朝であり、食事をとるには少し早い時間ではあるが、タツミ達が訪れたこの機会を逃すと今度は寝るタイミングどころか朝食のタイミングまで逃しかねないと思い、護衛のマコンへと目配せをする。


「畏まりました。」


マコンは一言返事をすると、部屋を出て行った。


おそらく朝食の用意を宿舎の管理人か、アンドレ・ガルディードに頼みに行ったのだろう。


「宿舎の調査のこともそうなんですが、報告と提案があります。」


タツミはそう言いながら、座っているシムスの机の前へと移動する。


「聞かせてもらおうかな。」


シムスは腕を顎の下で組みながら返事をする。


タツミはそこで、宿舎の管理人や教会の清掃員、そして技術者の四人から話を聞いたこと、そして管理人からマスターキーを預かり、今日から本格的に宿舎の調査に入る予定だったこと、昨日の夜に謎の巨大ナメクジに部屋を襲われ撃退し、咄嗟に部屋を変えて朝を迎えたことを話した。


「巨大なナメクジのような生物・・・か、ふむ。アクエリアス様に仕える精霊にそのような類の生物はいなかったように思う。」


シムスはタツミの報告を受けてそう答える。


宗教家の戦闘方法は基本的に召喚魔法。という話をルーナから聞いていた為、もしかしたらアンドレ・ガルディードがエリア教の女神であるアクエリアスに仕える巨大ナメクジのような精霊を召喚して二人を襲わせたのではないかと疑っていたが、教主の息子であるシムスがその存在を知らないということになると、タツミは自分の考えが外れていたのだろうと思った。


「と、すればやはり魔獣や魔物の類ですか。」


「その可能性の方が高いね。問題はそれが偶然だったのか、それとも故意に差し向けられたのか、ということになるが。」


会話を聞いて、昨日の夜のことを思い出したのかルーナの表情が少し強張っているように感じる。


「えぇ、なので今日から視察の期間は教会の宿舎ではなく、この街の宿泊施設を転々としようと思っています。」


「なるほど、常に宿を変えて警戒するということか・・・」


シムスは少し考える仕草を見せるが、すぐに快諾してくれた。


「よいだろう。ただし、毎朝この大聖堂に顔を出して、私に安全を確認させてくれること。そして、その際にその日に宿泊する予定の宿の名前を報せること。この二つが条件だ。毎朝姿を見せてくれなければ、仮に何かあったとしても、それをこちらが把握することが難しくなる。そしてその日に宿泊している宿が何所なのか知っておかないと、こちらに何かあった場合に君たちに報せることができなくなってしまう。」


シムスの提案をタツミは承諾したところで、丁度宿舎の管理人が護衛のマコンと共に朝食を持って大聖堂へと現れた。


「さて、まずは腹ごしらえといこうか。」


深く炒られたコーヒーの温かな香りが大聖堂の中を漂うのであった。





金曜日更新だったのが、深夜になり、日付が変わってからになり、土曜日の朝になり、そして段々と土曜日の夜に更新されつつある今日この頃。

五月は私の仕事が忙しい時期なのでいつも待たせてしまい申し訳なく思っております。

仕事がひと段落したらGW代わりの休みがもらえる予定なので、その休日を利用して金曜日(土曜日)以外でも不定期にはなりますが、更新できればなぁと思っております。


その際は是非、よろしくお願い致します。

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