2-13 【水源~本尊~】
「視察するったって、一体どうするつもりだよ。何か考えがあるのか?」
タツミはルーナの後を追いながら問いかける。
「もっちろん!途中でバッタリ会うのだけは避けたいから、ガルディード神父が言ってた順番の逆から回ろうと思うの。」
「逆から?」
ルーナの提案に、タツミはアンドレ・ガルディードの言葉を脳内に思い返す。
確かにあの大聖堂を出る前に、回る順番をシムス達に説明していたような、そんな気がする。
タツミ達に向けて言われた言葉では無かったので、聞き流していたが確か事務室から宿舎、そして本尊の池、最後にそこを管理している小屋、だったと思う。
「ってことは小屋からか?」
タツミは、教会の裏手にあった池と、そしてその隣に建っていた大きな木の小屋を思い出す。
「そう、順調に行けばきっと本尊の池までは調べられると思う。上手くいけば宿舎の途中までならいけるんじゃないかな。」
ルーナは自分の考えを述べる。
「なるほどな、確かに事務所なんてのは色んな書類でごった返しているだろうし、それを調べるとなるとかなり時間がかかるかもってことか。」
タツミがその意図を汲み、ルーナの意見に納得する。
「そう、だからまずはあの小屋に向かいましょ。」
ルーナはさっき通って来た道を、シムス達視察中の一行に出くわさないように慎重に引き返す。
一度通って来た道を戻るとはいえ、まったく迷う様子が感じられないことといい、部屋から出る前にガルディードが、自分達以外に向けて話していた言葉を覚えていたりと、ルーナ・デャングという女性はお転婆、という言葉で片づけるには、少し足りてない気がする。
もしかしたら彼女は、色んな物事に対して興味を持って行動するが故に、落ち着きがないようにも見えるが
、しかし興味を持った一つ一つに対し、軽んじることなく自分の中にしっかりと積み上げることが出来ているのではないかとも思える。
今でこそ、その落ち着きの無さを見て「これで自分と同じ年齢なのか」と思うことのある彼女ではあるが、
一つ一つ、しっかりと積み上げられた彼女の知識が、目に映る彼女の興味の対象が、それぞれ彼女の中で飽和したその時には、ともすれば数年後には「これで自分と同じ年齢なのか」をまったく別の意味で彼女に対して使うことになるかもしれない。
と、タツミがルーナに対しての評価を改めている間に、二人は教会の裏手である池へと到着した。
「しかしまぁあれだ。なんて言うかでっかい池だな。やっぱりこんなでっかい教会の本尊ともなれば、これくらいの大きさの池になるのか。」
来た時に一度、ルーナを追いかけてる最中に見た大きな池を見てタツミは言う。
「エリア教の本尊として大切なのは水の質だから別に大きさはどんなのでも関係無いよ。」
ルーナはタツミの発言に訂正を加える。
「水の質?綺麗か汚いかってことか?」
「ううん。水が輝いているかどうか。」
タツミが発した疑問に、ルーナは即座に返す。
そういえば、最初ルーナとこの池の畔で会話した際も、水が輝いているとかなんとか言っていたことを思い出す。
「その水が輝いてるって表現、やっぱり俺にはわからないんだが、やっぱ宗教家じゃないと理解できないものなのか?」
もしそうだとするならば今ここでエリア教に入信でもすれば俺にも水が輝いて見えるのかもしれない。
などとタツミが考えながら問いかける。
「そんな訳無いじゃない。分かる人には分かるよ。輝いてる水っていうのはね、多くの魔力を帯びてる水のこと。多分、タツミは感知系の魔法の才能が無いんじゃないかな。だから感じないんでしょうけど。自然界に数多く存在している湧き水の中でも魔力を帯びた状態で自然発生してる水じゃないとエリア教の本尊となり得ないの。」
ルーナはタツミが魔力に関して、感知に疎いことを見抜きつつ答える。
魔力の感知に長けた者であれば、その魔法陣を一目見ただけで繰り出される魔法が何を目的とした、どのような魔法であるかを瞬時に判断できたり、魔法の発生にいち早く気付くことが出来たり、魔法によって生み出された物体や空間に気付くことができたりする。
実際、成人の儀において、マーリンの作り出した世界の中で同世代で魔力の扱いに一番長けていたコディが試練の世界に違和感を感じていた際、タツミは最後まで気付くことなく試練を終えている。
最も、タツミ自身にそういった才能があまり無いことは、タツミ自身が王城内の生活の中ですでに理解できていることであり、事実の指摘に際して特に反骨心を抱くことのないタツミは純粋にルーナの言葉に驚きを示す。
「へぇ、魔力を多く含んだ水なんて自然界に存在しているんだな。」
「数はとても少ないけどね。」
王城での生活では知りえなかった色々なことが、成人の儀を終え外に出ることができるようになったここ半月の間でタツミの知識に彩を加えていく。
タツミにはそれが、とても新鮮なことであり、同時にとても嬉しくもある。
「勿論、魔力を多く含んでるのには大抵理由があるけどね。」
ルーナは説明を付け加える。
「一番多いのは、水源が魔界である場合、水がわき出てる元を辿ったら魔穴だったってことが一番多いかな。あっちの水は魔力を多く含んでるらしいから。」
魔穴、魔界とこちらの世界とを繋ぐ穴。
生物が通ることのできる程の大きさの穴を開くには莫大な魔力が必要となる為、それを行える者などそうそうおらず、こちらの世界でも1人でそれを行うことができる者など3人もいるかどうかであるが、水が流れる程の小さな穴であれば、そこまで難しいとこではなくなる。
とは言っても、それでもおそらくタツミが10人いたとしても不可能な程の魔力が必要とされ、たったそれぽっちの魔穴を開いたところでやれることも少なく、労力に見合ってない感は否めない。
そういえば昔、王城でのタツミの教育係であったグレースから、針の先ほどの大きさの魔穴程度であれば極稀に自然発生することがあると聞いたことがある。
魔法を使った際に生まれることのある空間の歪みがうんたらかんたらと言っていた記憶があるが、ちゃんと理解できそうになかったので流し聞きしていたのを思い出す。
「後は水源の近くに高密度の魔力を含んだナニかが在って、それが原因で水に魔力が多く含まれるってこともあるかなー。」
「高密度の魔力を含んだナニか?」
タツミの疑問にルーナは答える。
「例えば魔法石とかかなー、それなりの実力者が使ってた魔法石で作られた武器や防具なんかが水源近くに埋まってたりするの。もちろん原石が埋まってることもあるし。」
「なるほど、俺の父上がまだ魔王を退ける前に魔界の勢力と戦って命を落とした人たちの装備品が、たまたま影響を及ぼすこともあるのか。」
今でこそ魔人や魔獣、魔物という生き物をこちらの世界で見ることは少なくなっているが、勇者アズリード・ウィルフレッドによって魔王が退けられるまでは頻繁に魔界の勢力との戦闘があったとグレースから教えられたことを思い出す。
「そうそう、昔勇者様がバッタバッタと倒して築いた魔人の死体の山を埋めた場所がたまたま水源の近くだったことがあって、それが魔力を含んだ水になったっていう話も聞いたことあるわ。」
ルーナは笑い話のような感覚で話す。
「うわぁ。それはなんだか・・・嫌だな。」
「でしょー?エリア教も当時、流石にその水を本尊として扱うのはどうか、っていう議論があったみたい。」
それはもっともな議論だな、とタツミは思った。
「へぇ、それでどうなったんだ?」
「エリア教の女神、アクエリアス様は水を司る神様。その教えの根底にあるのは『循環』。『水は流れて空へと還り、空を渡って水へと孵る。』っていう祝詞があってね。つまり簡単に要約すると清濁併せた姿を持つのが水だと、そういう解釈がされてる言葉なんだけど、それに従ってその水も本尊として扱い、そこに教会を建てたって聞いたな。」
「なるほど。」
綺麗なことにしか目を向けないイメージを、宗教に対して勝手に持っていたタツミであるが、案外そうでもないのかもしれない。
少なくともエリア教においてはそんな気がした。
「まぁ、原因不明で魔力を帯びてる場合もあったりするんだけどね。」
最後にルーナはそう付け足した。
「・・・原因不明な分、そっちの方が怖いかもしれないな。」
「それも全部、清濁併せた姿だからねー。本尊本尊。」
タツミとルーナの会話がキリの良いところで終わる。
「さぁ、それじゃぁこの本尊の池の魔力の源でも調査しちゃおうか。」
そう言いながらルーナは袖を捲る。
おそらく直接水に触れたりするから、衣服を塗らさない為の配慮であろう。
そう考え、タツミも自分の服の袖を捲る。
「・・・・・・」
袖を捲っている最中に、自分の腕を凝視しながら動きを止めたタツミを見てルーナは問いかける。
「どしたの?止まっちゃったりして。」
「いや・・・その、あれだ。」
先程、タツミは大浴場で身体を洗っているが、おそらく元を辿ればここの水なんだろうと考える。
「魔人の死体があったら嫌だな、って思って。」
そう言って二人は笑った。
文章の引き算。中々意識していても難しい技術だと思います。どうしても書きたい衝動に駆られちゃう・・・