2-11 【青装束】
そもそも、勇者の子というものは基本的に、その人物の有能無能に関わらず人材としての価値が他者と比べて圧倒的に高い傾向にある。
対内政においては、勇者の子だからという理由だけで統治する都市住民の不満度が一気に下がることもあり、対外交においては、勇者の子だからという理由だけで交渉が円滑に進むことも少なくない。
一般的な企業としてであれば、広告塔として顧客を呼び込むことに絶大な力を発揮し、国の機関としてならば、行う事業に対しての民臣からの理解を得やすくなったりもする。
それほどまでに、この世界において勇者アズリード・ウィルフレッドが行った行為というものは凄まじく、圧倒的な影響を及ぼしているということなのであるが、それ故に勇者の子を自身の組織へと加入させる行為にはある種の緊張感を生むことになる。
王から、勇者から、国臣から、人民からの興味を良くも悪くも集めてしまうのである。
基本的に、表舞台への干渉が嫌いだと周囲に理解されている女性、マーリンが今回になって急に、それも他の一般的な組織に対して、一切の勧誘行為を禁じてまで注目していた人材を引き抜いた。
勿論、その一切の勧誘行為を禁じる命令が、マーリンにまで出されていなかった。
ということもあり、マーリン自身がその命令に違反した訳でない為、罪に問われることも無いだろうが、その真意は一体何なのか、と探りを入れてくるのは当然のことである。
基本的には表舞台での活動を最小限に限っているとはいえ、彼女もまた勇者の一行の一員なのである。
マーリンの持つ影響力もまた絶大なものである以上、注目を受けるのは――。
「当然と言えば当然か。」
等とマーリンが窓に広がる木々の景色を眺め、考えを纏めてボソっと呟く。
馬車はすでに街を離れ、人気の少ない山道へと進もうとしている。
「何か言いましたか?」
運転席の男性が、マーリンの放った呟きに反応を示す。
「いや、なんでもない。それよりもどうかな。ここら辺で一服でも。」
マーリンが笑みを浮かべ、運転席の男性へと提案した。
「まだ街を出たばかりですし、もう少し行ってからの方が休むのに向いていると思いますが。」
男性はマーリンの提案に首を傾げる。
「休むのに向いてない地形の方が良いのさ、地形が多少崩れても誰も文句を言わないからね。」
スッ・・・
青い装束に、仮面を被った一団の、その先頭に立って進んでいた人物が片手を上げる。
その合図に反応し、後続していた集団が一斉に前進を止める。
「・・・?ここで跡が途切れている。」
先頭に立って進んでいた人物が、地面に残っている車輪の痕を指す。
「隊長、あれを見て下さい!」
後続の一人が空中を指差し、その指先の空間に集団全員の意識が集中する。
「あれは・・・なんだ・・・?」
青装束の一人が指差した先には、空中に浮いたまま停止している馬車の姿があった。
それは間違い無く、自分達が先程まで追っていたハズの馬車であり、その運転席には誰も乗っておらず、ただ、馬車だけが空中に浮いて静止していた。
「どうして馬車が空中に・・・」
先頭の男がそう言い終えるのと同時に、空中に浮いている馬車の客室の扉が開く。
「おやおや、そんなに大勢で山へピクニックかな?」
客室の扉から、マーリンが楽しそうに青装束の集団を見下ろし声をかける。
「・・・・・・」
青装束の集団の誰一人として、言葉を発さず戦闘態勢に移行する。
「やれやれ、物騒なことだな。その姿でただの山賊という訳でもないだろう、どこの差し金かな?」
マーリンの問いに、誰一人として答えることなく、青装束の集団全員の足元に魔法陣が浮かび上がる。
「・・・問答無用。やれ!」
先頭の人物の号令に合わせて、青装束の集団の足元に浮かんだ魔法陣が輝きを放ち、全員がその光に飲まれたかと思うと、青い輝きを纏い襲い掛かってくる。
「ほぅ、水の身体強化魔法か。」
マーリンは一瞬で青装束の集団がどのような魔法を使用したのか見破り、笑顔のまま向かって来る集団の一人に指先を向ける。
「束縛」
パッ
マーリンが言葉を唱えると同時に指先から高速で発射された魔弾に触れた瞬間、青装束の一人が勢いを失い地上に落下する。
パッパッパッパッパッ
そのまま指先だけを動かし、自らへ向かって来る人物の一人一人を撃ち落としていく。
地上へと落とされた人間は、何かに縛られたかのようにその場で動けずにもがいている。
「ぐぅっ・・・」
最初にマーリンへと襲い掛かった一団が撃ち落とされたのを見て、先頭の人物が片手を上げて攻撃の停止の指示を出す。
指示を出した瞬間に、残った青装束の集団は先頭の人物を中心に戦闘隊形を取ったまま待機する。
「くっ・・・流石は王国最高の魔法使い。我々の身体強化では奴に近付くことも奴の攻撃を躱すことも難しいか。」
そんな集団を尻目に、マーリンは身動きのできない青装束の集団のうちの一人へと目線を向ける。
「とりあえず剥いてみようか。」
マーリンはそう言うと、目線の先の人物の転がる大地へ魔法陣を描く。
「ひっ・・・」
魔法陣が輝き、描かれた陣の真上で身動きの取れない青装束の人物が悲鳴をあげるのと同時に、魔法陣から空へと真上に向かって火柱が上がる。
ゴォォォォォォォォォォォォ!!
「ぎゃああああああああああ・・・・あれ?」
しかし、火柱に包まれた青装束の人物は、無傷。
代わりに纏っていた青装束と、仮面のみが燃え、煤となって剥がれ落ちる。
「なるほど、大体理解したよ。」
衣服を燃やされ、ほとんど裸同然となった男性の腕には波模様のタトゥー。
胸から下げているのはガラス細工の珠を抱きかかえる銀の女神の姿を模したアミュレット。
それらが示している事実、それは彼らの所属している勢力。
「エリア教・・・か、先程の教会の手先といったところか。」
エリア教の信者の特徴として、身体の一部に水の流れを模した波模様のタトゥーを入れる風習があり、そして水に見立てた透明度の高い珠状の石を抱く女神アクエリアスを模したアミュレットを身に着けていることが多い。
マーリンに自分たちの勢力を見破られ、青装束の集団に動揺が広がる。
「私がこっちにいる間は動かないのかと思っていたが、案外簡単にボロを出すのだな。」
マーリンは青装束の集団を見降ろし、笑みを見せる。
「くっ・・・最早我らの正体を隠す必要は無くなった。あれを使って一気に終わらせるぞ!」
「「はっ!」」
青装束の先頭の人物が、他の団員に声をかける。
すると、青装束全員が何かの詠唱をはじめると共に、彼ら全員を包むほどの大きさの魔法陣が、彼らの足元に浮かび上がる。
「「大いなる世界に満ちる麗しき水の女神よ、その偉大なる御代に溢れる加護ある水よ―――」」
詠唱が進んでいくと共に、彼らの足元に浮かぶ魔法陣の輝きが増してゆく。
「ほぅ、これは相当大きいな」
浮かび上がる魔法陣を見て、マーリンは彼らがやろうとしている行動を理解する。
「「―――その御力を我らに分け給え。」」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
詠唱の終わりとともに、魔法陣の輝きが一気に増し、同時に全身が水で構成された巨大な蛇が魔法陣の中心から出現する。
「「上級召喚魔法『水女神の蛇』」」
小さな城一つくらいなら簡単に飲み込むことができそうな巨大な口。
水で形作られていても、その形状から危険だと理解できる巨大な牙。
冷たい二つの蛇の眼が、空中に浮かぶ馬車の中に立っているマーリンを見据える。
「ここで消えてもらう!マーリン!」
先頭に立っていた青装束の人物の動きに合わせて、魔法陣の中にいる集団が召喚された巨大な蛇を操りマーリンを襲わせる。
「こんな大きな召喚魔法は久しぶりに見たな。」
しかし、マーリンは馬車の上から一歩も動こうとせず、ポツリと呟くと上空に向かって指を向ける。
「なっ・・・なんだあの巨大な魔法陣は!?」
青装束の一人が、マーリンの指し示した上空を見上げ、驚愕の声をあげる。
そこには青装束の集団全員が水女神の蛇を呼び出した魔法陣よりもさらに巨大な魔法陣が、遥か上空に浮かび上がっていた。
「大王の御前だ。控えよ。」
マーリンがそう言うと同時に、上空の巨大な魔法陣が黒い炎で燃え上がり、上空の巨大な魔法陣から出現した無数の縄が巨大な水の蛇を縛り上げる。
「「あああああああああああああああ!?!?」」
同時に、縄を伝って黒い炎が蛇へと燃え移り、魔法陣の中にいる青装束の集団が苦しみだす。
「熱いかな?それとも痛いかな?その黒い炎は全てを燃やす。」
マーリンは黒い炎に包まれる青装束の集団を見下ろし、そして無数の縄で縛られ動けなくなっている大蛇へと目線を向ける。
「ほら、水の女神様に祈ってみたらどうかな。君達の信心が足りていれば消して下さるかもしれない。」
マーリンは叫び声を上げてのた打ち回る集団へと告げる。
「あああああアクエリアス様ああああああああああああ私を私を私をおおをををおおおおおおおお」
そんな信者達の様子を見て、彼女は上空を指していた手を一度広げ、今度はゆっくりと握り拳を作る。
「信心が足りてないようだな。残念だ。」
パァン!!
縄で縛り上げられていた水の大蛇が、締力に耐えきれずに破裂。
周囲に多量の水をまき散らしながら、跡形も無く消え去った。
それと同時に、青装束の集団も全員、叫び声をあげなくなり、まったく動かなくなる。
「やれやれ、まさかこの程度の戦力で本気で私を殺せると思っていたのかな。」
マーリンが、指をくるりと動かすと、無数の縄が上空の魔法陣へと戻っていき、燃え盛る黒い炎は揺らぎと共に姿を消す。
同時に、空中を浮かんでいた馬車がゆっくりと地面の上へと降りる。
「それとも別の意図があったのかな。ふふ、君はどう思うかな。」
マーリンが、戦闘が終わるのを客室の中で座って待っていた運転手の男性に問いかける。
「全員殺さずに、数人程生かしておいて情報を吐かせるべきだったのではないでしょうか。」
運転手の男性はマーリンの問いにそう答える。
「ふふ、調査に関してはタツミ少年に任せているからね。彼からの報告を受ける時に新鮮味が欲しいだろ?だからそういうことはしないのさ。」
「・・・そういうものですか。」
「そういうものさ。」
マーリンはそう言うと、客室の扉を締め、再び座席へと腰かける。
「さて、それじゃぁ休憩も終わりだ。王都へ向かうとしよう。」
マーリンを乗せた馬車は再び王都へと向けて走り出した。