2-8 【護衛~セワガカリ~】
差し伸べられた手を取り、タツミはシムスと握手をする。
「今回の視察、本来は私とルークの二人で来る予定だったのだがルーナがどうしても付いてくると聞かなくてね。」
シムスはタツミの手を握ったまま、話をはじめる。
「勿論、そんな駄々を聞くつもりは無かったのだが、見ての通りのお転婆妹だ・・・私たちが出発する馬車に忍び込み、隠れていたことに気付いた時にはすでに道半ば、道中一人で降ろす訳にもいかずここまで連れてきてしまった。」
シムスは、「困った妹だ」と言わんばかりの目線をルーナ・デャングへと向けるが、当の本人である彼女はそんな目線などお構いなし、という具合に今はタツミ達が乗って来た馬車の馬に興味津々のようであった。
透き通った青色をしている綺麗なセミロングの髪をした、黙っていれば間違いなく美人であるルーナではあるが、確かに好奇心が旺盛で落ち着きのなさそうな振る舞いがタツミにも見て取れる。
「元気なのは良いことです。」
タツミはそうシムスに答える。
「元気すぎるのも困りものだ。成人の儀を終えたばかりだと言うのに、そろそろ落ち着くことも覚えてもらいたいものだ。」
シムスは心配そうな顔をしながら目線をルーナからタツミへと戻す。
「そこで、君には我々が教会に視察で訪れているこの十日間、ルーナの護衛をお願いしたい。」
「彼女の護衛・・・ですか。」
タツミはルーナの方を一瞥し、そして再びシムスへと目線を向ける。
「私もルークも、こう見えて戦闘に自信が無い訳では無いのだ。それにマーリン殿から護衛の依頼を断られたこともあって、本部からも腕利きの護衛を二人連れてきている。我々四人がいれば正直な話、君の力を借りずとも今回の視察を無事に終えられるだろうと私は確信している。」
シムスはおおらかな笑顔でタツミへと説明を続ける。
「しかし、ルーナがいるとなると話が変わってくる。あの子はまだ成人の儀を終えたばかり。エリア教の関係者ではない君に詳しくは言えないのだが、エリア教の戦闘技能の習得は成人の儀以降、と決まっていてね。彼女はまだ一人前とは言い難い力しか持っていないのだ。あの子の御守りをしながらの視察となると、今回は内容が内容だけに無事に終えられる確証が無い。」
ここまで言ってシムスは、握っているタツミの手をさらに強く握る。
「だが勇者様の血筋である君が、彼女を守ってくれるというのであれば我々も心置きなく視察を行えるということだ。どうかな、頼まれてくれるかな?」
おおらかな笑顔を崩さず、握る手の力も緩めず、シムスはタツミの目を真っすぐ見つめる。
「・・・わかりました。お受けします。」
シムスの視線から目を逸らさず、握られた手を強く握り返しながらタツミは答える。
「あぁ、本当に感謝するよ。タツミ・ウィルフレッド君。これで我々も視察に専念できるというものだ。」
タツミの答えを聞いたシムスは、嬉しそうに声を少し大きくして喜ぶ。
そんなシムスの様子を見つつ、タツミは考える。
(そう来たか・・・)
護衛任務とはいえ、本来この場所に来るはずの無かった女性ルーナ・デャングを対象とした依頼。
シムスの口ぶりからも、おそらく彼はルーナを今回の視察からできるだけ遠ざけたい様子であるように思える。
つまり、彼女の護衛を引き受けたことでタツミが本来目的としている教会の悪い噂に関する情報がほとんど入ってこない可能性があった。
いや、恐らくではあるが彼はエリア教の部外者であるタツミへ、極力情報を流したくないのだろう。
マーリンとシムスの二人は、どうやら知己であるように思えるが、そのマーリンの紹介だからと言って現れた初対面の人間を簡単に信用することはできない、ということなのだろう。
ただでさえエリア教の本部である教会から支配下の教会へと、教主の息子である二人が護衛二人を伴い『視察』という名目で十日間も派遣されてきているのである。
何が原因で、何を目的とした視察かはまだタツミには全く明かされてはいないことではあるが、おいそれと部外者に立ち入ってもらっては困るような内容なのだろう。
故にシムスは、本来ここへ来るはずも無く、戦闘能力も持たず、視察の邪魔となる可能性の高いルーナの護衛、という役職をタツミに与えることで二人を今回の視察から遠ざけようとしているのかもしれない。
と、いう考えがシムスの護衛を頼まれた際にタツミの頭によぎっていた。
しかし、あの場面でシムスの依頼を断る訳にもいかない。
引き受けざるを得ない依頼を受けたことによって、本来の目的である情報の収集をどのように達成するかを、タツミが顎に手を当て考えだした瞬間、目の前の教会の扉を開いて一人の初老の男性が姿を表した。
「これはこれは教主様の御子等、そしてその護衛の皆さま、ようこそおいで下さいました。」
老眼鏡をかけ、白髪混じりの髪、ぽっちゃりとした体型のその初老の男性は深々と礼をする。
「私がこの街のエリア教の教会支部で神父長を務めております。アンドレ・ガルディードでございます。本日は遠いところからようこそおいで下さいました。」
アンドレ・ガルディードと名乗ったその男性は、全員一人一人の手を握り、握手をしていく。
「さぁ、外で立ち話をするのもなんですから、どうぞ中へお入りください。ご案内致します。」
アンドレ・ガルディードはそう言って教会の扉を開き、中へと手招きする。
「すまない、十日間世話になる。」
シムスはそう言い、誰よりも先んじて一歩前に踏み出す。
その際、シムスはタツミの耳元へボソッと小声で
「妹を頼む。」
と呟き、教会の中へと入って行った。
シムスに続き、その弟であるルーク、そして護衛の二人が順に入った後、マーリンが一瞬、タツミへと意味ありげな笑みを向け、四人の後を追うようにして教会の中へと足を踏み入れる。
(可能な限り、ルーナ・デャングを兄であるシムス・デャングやルーク・デャングの傍へと誘導しつつ、この教会に関する情報を入手していかないとな。遠ざけられて何も情報を得られないで十日間を終えるのだけは避けないと。)
タツミはそう考えをまとめ、自らの護衛対象であるルーナの方向へと振り返る。
しかし、そこにルーナの姿は無かった。
「!?!?」
教会の入り口を見ながら考え事にふけていたので、ルーナが教会の扉の中へと入っていないことは間違いない。
慌ててタツミが周囲を見回すと、入口の扉と離れた教会の裏手の方へとセミロングの綺麗な青色の髪をはためかせ走っていく人影が見えた。
「嘘だろ・・・?」
元気すぎるのも困りものだ。――先程シムスが言っていた言葉がふと、タツミの脳裏に蘇る。
「どうかされましたかな?」
アンドレ・ガルディードが不思議な顔をしてタツミへと声をかける。
どうやら彼は、ルーナが教会の裏手へといつの間にか走って向かっていたことに気付いてない様子であった。
もしかしたら、彼が現れた時にはすでにルーナは教会の裏手の方へと向かっていたのかもしれない。
そうだとするならば、彼がルーナの行動に気付いていないのも頷ける。
(どうするべきか・・・)
タツミは少し考え、答える。
「どうやら馬車へ忘れ物をしてしまったみたいです。後で向かいますので先にあの方々の案内をお願いします。」
そう言って、タツミは馬車の方へと歩きだす。
「わかりました。それでは失礼致します。」
アンドレ・ガルディードはタツミの背後から、そう声をかけゆっくりと扉を閉める。
扉が閉まったのを確認したタツミは急いで引き返す。
(ルーナ・デャング・・・エリア教の教主の娘だか何だか知らんが絶対一言文句言ってやるからな!)
ルーナ・デャングの護衛という任務。
体よく遠ざけられたのではないか、と考えていたタツミであったが、もしかしたら割と本気で、とてつもなく世話が焼ける彼女の世話を、シムスはタツミにお願いしたのではないだろうか。
などと考えながら、タツミは教会の裏手へと走るのであった。