2-6 【王国最高の魔法使いによる試み】
当初、マーリンとタツミが戦い始めた時の二人の距離は二十メートル程であった。
しかし現在、二人の距離はその倍近い四十メートル程に広がっている。
「はぁっ、はぁっ」
息を切らしつつもマーリンの一挙手一投足に全神経を集中させるタツミ。
マーリンの周囲に浮かぶ無数の魔法陣が七色に輝いているかと思えば、一瞬だけ強く緑色の光を放つ。
(来るっ)
タツミは全速力でその場を離脱。そこから更に数メートル程後ろに後退。
その瞬間、先程までタツミが立っていた場所へと魔法陣から凄まじい速度で木のムチが叩き付けられる。
ゴァッ!!
その威力たるや、おそらく魔力によって防御力を最大まで高めたタツミの肉体すら粉々に破壊できるほどのものであることは、巻き上がる大地の抉れ様から容易に判断できる。
マーリンからの攻撃を避けるとすぐ、タツミは前へと進み再び四十メートル程の距離を保つ。
攻撃を行った木のムチが、魔法陣へと戻っていく様子を見つつ、タツミは思案を巡らせる。
(この距離が、おそらく俺が反応できるギリギリの距離。全力で反応速度と機動力を上げてもこれより前でマーリンの攻撃を確実に避けることはできない。)
すでに数発、タツミはマーリンの攻撃を受けている。
最初の数発は、おそらくマーリンがタツミへ攻撃を『見せる』為に敢えて威力を落とした攻撃を行っていた。
『故に今、タツミは生きている』
この距離をタツミが把握するまでの間に、すでにタツミは六発、マーリンの魔法攻撃を受けている。
タツミが受けた六発のウチ、四発目までは全て衝撃により吹き飛びはしたものの、身体強化しているタツミへのダメージは実質的には無いようなものであった。
タツミが四発目を受けた後、マーリンは次の攻撃を放つ際にこう言った。
「急に君に戦闘を強いることとなったからね。身体慣らしの時間は与えたつもりだ。少年。ここからは本腰を入れたまえ。」
マーリンの攻撃を受け、彼女の攻撃の威力を把握し、そろそろ反撃を。と、思っていた矢先であったマーリンの発言。
その次にタツミへと行われた炎の攻撃は掠めただけでタツミの左腕の自由を奪っていた。
念のために、と回避行動を主体として動いていたことが幸いし、攻撃は掠めるだけに留めたが、その威力はただ掠めるだけで左腕が持って行かれたかのような感覚を受けた。
この威力の攻撃を何度も受ける訳にはいかない、と十メートル程下がったがそれでもまだ、マーリンの攻撃を完全に躱すことは不可能であった。
マーリンの周囲へ浮かぶ七色の魔法陣が、今度は一瞬白い輝きを放つ。
(来た・・・)
次の瞬間、数多の魔法陣から無数の風の刃が放たれる。
ダダダダダダダダ!!
先程の木のムチとは比べ物にならない程の速さ。
タツミが三十メートルから四十メートルまで下がることを強いられた原因。
一発一発がいとも簡単に大地を穿ってゆくその風の刃は、放たれてからタツミの元へと届くまでの間に思考を挟んでいる時間は無い。
タツミは先程これを一撃受けており、その際身を護るための防御に使用した強化短剣が一つ使い物にならなくなっている。
体感で言えば、この風の刃が一番威力の無い攻撃のように思える。
もっとも威力が無い攻撃のように思える、とは言ってもこの短剣が無ければ、今頃はタツミの胸の衣服を染めている汗が全て血の色に変わっていたことであろうが。
「そういえば少年の勝利条件を説明していないな。そうだね・・・・私に一撃入れてみたまえ。少年。」
マーリンがそう言うとマーリンの周囲へ浮かぶ無数の魔法陣が今度は赤く輝く。
輝いた魔法陣から炎の柱がタツミへ向かって襲い掛かってくる。
タツミはそれを、周囲に広がる熱風の熱さに視界を奪われないようにと風上の方へと回避する。
掠めるだけで左腕の機能を奪われる程の威力の炎の柱。
跳躍する際に吸い込んだ空気が炎で焼かれ、肺いっぱいに熱を感じる。
「はぁっ、はぁっ」
息を切らし、攻撃を躱すだけで精一杯のタツミに、再び巨大な木のムチが空を割いて襲い掛かる。
しなやかに撓ったその巨大なムチは轟音を上げて大地を穿ち、タツミはそれを寸でのところで躱す。
「くそっ、手加減しててもこれか。」
感じるのは圧倒的実力差。
マーリンは先程からずっと木のムチ、風の刃、そして炎の柱の順でしか攻撃してこない。
ただその三つを繰り返すだけの攻撃であるのに、タツミは全く反撃できないでいる。
現状、タツミはこの距離を維持し続けることができ、マーリンが新たな魔法を使うようなことが無い限りはマーリンの攻撃を受けることは無いだろう。
おそらくこの状況はマーリンが意図的に、タツミに作り出させたものであるということも何となく理解はできる。
その証拠に、先程からマーリンの攻撃を躱し続けるタツミを見て、彼女は若干満足げな顔をしている|(ような気がする)。
タツミからすれば凄まじい威力と速さの攻撃ではあるが、マーリンからすれば『この程度』の攻撃。
それをギリギリではあるが、躱すことができるくらいの実力はある、程度には見せられているだろう。と、考えるタツミであるが、同時に一つの問題点を生じている。
マーリンとタツミとの間、四十メートルもの距離を攻撃できる手段がタツミには乏しい。
魔力の放出を苦手とするタツミにとって、この距離での戦闘は一方的に攻撃されるだけの間合いとなってしまう。
唯一、遠距離の相手に向かってタツミができる攻撃といえば、成人の儀の試練中にも何度か行った木棒の投擲、くらいのものである。
が、しかしその行為は、一本しか木棒を持たないタツミにとって外すことが許されない諸刃の剣。
その投擲を絶対必殺の一撃としなければ、先程短剣を失ってしまったタツミの攻撃が素手のみと限定されてしまうことになり、今よりもさらに攻撃手段に乏しくなってしまう。
高速で襲い掛かる風の刃を躱しながら、タツミは思案を巡らせる。
タツミが勝利する為には、どこかしらのタイミングでマーリンに近づき一撃を入れる。
若しくは絶妙なタイミングで木棒の投擲を成功させ、マーリンへの一撃とする。
の、どちらかを成功させる必要がある。
どちらかの行動にせよ、単独で行えば対処される可能性が高まる為、何かしらの行動の最中に織り交ぜることで成功率を高める必要がある。
以上のことを踏まえ、タツミはさらに十メートル程距離を取る。
(このまま避け続けてても勝ち目は無い。ならばいっそ、まだ余力の残ってるここで仕掛ける・・・。)
「ほぅ・・・ここで、さらに退がるのか少年。」
先程まで避けることに集中していたタツミが、思案していたかと思えばさらにマーリンとの距離を取ったことで、何か仕掛けてくるであろうことがマーリンにも用意に予測できた。
しかし、彼女の目的はあくまでもタツミを試すことであり、今までの行動パターンを変えるつもりはマーリンにはまったく無い。
先程、風の刃を放ったので今度は炎の柱を放つ為、魔法陣を赤く輝かせる。
(眼と、足におもいっきり魔力を集める。)
強化の魔法を眼と足に全力で注ぎこむ。
ググッ・・・
マーリンの周囲の魔法陣が赤く輝いたのを見て、タツミは足に力を込める。
(度胸を見せろよ、俺。)
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・」
肺一杯に吸い込んだ空気を吐き出し、覚悟を決める。
ゴァアアアアアアアアア!
魔法陣から巨大な炎の柱がタツミ目掛けて放たれる。
「行くぞ!」
ダンッ!!
タツミはマーリンの方向へと全力で駆ける。
「ほぅ・・・」
マーリンはそれを嬉しそうに眺めている。
必然的に炎の柱へ自分から距離を詰めることとなる為、タツミへと迫ってくる炎の速度がさっきまでの何倍にも感じられる。
(ここだっ!)
全力で強化した眼で、タイミングを見計らい、紙一重のところで炎の柱を横回転で躱す。
その際、左足を焼かれた気がしたが、全力で強化しているからなのか、集中しているせいなのかはわからないが、痛みは感じない。
それにまだ踏ん張りも効く。
(今は足はいい、もう機動力は必要ない。)
マーリンとタツミとの距離は、もう二十メートル程。
距離は十分に詰めることができた。
そして、炎とタツミがすれ違う頃には、タツミは完全に槍を投擲する構えに移行していた。
「全っ力っでっ・・・!!」
狙うはマーリンの身体。
ただその一点目掛けて、タツミは全力で木棒を投擲。
「だぁああああああありゃあああああああああああああああああああああああ!!」
高速で放たれるタツミの全力の投擲。
「ほぅ」
マーリンが笑みを浮かべながら、ヒラリと身を翻し、その投擲を躱す。
「なっ!?」
思わず漏れるタツミの声。
「あともう十メートル程近くでやると良い。タツミ少年。」
マーリンの周囲の魔法陣が緑に輝く。
ズキンッ・・・
「ぐっ・・・」
降り注いでくる巨大な木のムチへ対応する為に、タツミは足に力を入れるが、先程の炎の柱を受けたせいか一瞬遅れてしまう。
「今ので終わりかな?少年。だとすれば残念だ。」
そこへ、容赦なく巨大な木のムチが降り注いだ。
ゴォォォォォン・・・・・
大地を抉る程の威力の衝撃。
周囲に飛び散る砂煙の量がその威力を物語っている。
もしかしたら今の攻撃でタツミ少年は死んでしまったかもしれない。
そんなことを考えながらもマーリンは攻撃の手を休めない。
木のムチを引っ込めつつ、魔法陣が白い輝きを放つ。
土煙に向かって風の刃を放とうとしたその瞬間---。
「これが本命です。」
マーリンのすぐ後ろ。
僅か数センチ程の背後でタツミが声を放ち、マーリンの肩へと手を置く。
「この至近距離で、それも素手で貴女を攻撃するのは勘弁してください。敵じゃない人を殴りたくはないです。」
瞬間、マーリンは何が起きたのか全てを察した。
「攻撃してこないのは気に食わないが・・・いいね。少年。合格だ。」