2-4 【罪を犯したモノ】
「えっと・・・私のところっていうのは」
タツミが唐突な提案に目を丸くしながら問いかける。
「これも言葉通りの意味だよ。タツミ少年。」
マーリンがそう言うと、タツミの目の前に一対のティーカップとソーサーが現れた。
「・・・」
急に現れたカップへと紅茶が注がれていくのをジッと見つめ、声を発しないタツミにマーリンは続ける。
「急な提案で混乱しているのかな。タツミ少年。」
「えっと、その、はい。そうです。」
タツミは正直に肯定する。
王国で最高の魔法使いであり、父親である勇者アズリード・ウィルフレッドの仲間の一人として、共に魔王を退けた女性である、ということ以外の情報を全くと言っていいほど何も持っていないタツミは、マーリンからの提案を正直に受け取って良いものかという不安が頭をよぎっていた。
そもそもタツミは、王国内においてマーリンがどういった立場の人物なのかを知らないのである。
「こういう場で正直に返事できるのは良いことだ。タツミ少年。それではまず私の自己紹介から始めようか。」
タツミの前に置かれたカップへと紅茶を注ぎ終えるとマーリンはミルクと砂糖をタツミへと差し出す。
「ありがとうございます。」
タツミは差し出された砂糖を少しと、ミルクを多めに紅茶へと注ぎ、自分の好みの味へと調節する。
「・・・」
自己紹介から始めようと言ったマーリンが、それ以降全く話す気配も無く、ただタツミの行動をジッと見つめている。
無言の時間が続くことに気まずさを覚えたタツミは紅茶を口へと運び一口飲み込む。
ズァッ・・・
「!?!?」
その瞬間、おそらくマーリン自身がタツミへと伝えたいであろう彼女自身の情報が瞬く間にタツミの脳内を駆け巡った。
「マーリン・M・シルベスター。
王国最高の魔法使いと呼ばれて久しい貴女は、普段は王国内の魔導学校において校長という立場と王国魔導機関の最高顧問を兼任している・・・」
脳へと直接、次々に浮かんでくる情報を思わず声に出して呟くタツミ。
「そして、今挙げた役職を表の顔とし、裏の顔として魔界対策部隊の副隊長、そして懲罰委員会の会長を兼任している・・・懲罰委員会?」
タツミは自ら放った単語に聞きなれない言葉が混ざっていることに違和感を感じ、再度繰り返して唱えつつマーリンの方を見る。
「聞き慣れないのも無理はないさ、懲罰委員会というのは一般的には知られていない役職であり、その構成員の名前や総数、活動拠点等も対外的には一切伏せられている組織さ。公となっていることがあるとすれば、その長が私である、ということくらいなものだからね。」
マーリンは笑みを崩さずに答え、そのまま話を続ける。
「活動の内容は単純明快、罪を犯したモノの処刑を目的とした組織さ。」
「罪人の処刑・・・?王都治安隊に代表されるような治安部隊の仕事ではないのですか?」
タツミの問いにマーリンが答える。
「あぁ、そうだね。彼らも似たようなことをしているが、彼らが罪人を処刑するのは、王国の法の名の下に罪人を処刑するのさ。一方で懲罰委員会の処刑は、王の名の下に罪を犯したモノを処刑する、いわば王様お抱えの殺し屋さ。」
「王様お抱えの殺し屋・・・」
タツミは今の説明を聞き、なんだか知りたくない事実を知ってしまった気がした。
そんなタツミの顔を見て、マーリンは笑う。
「ふふっ、やはりタツミ少年、君はそういう反応を示すのだね。」
マーリンの問いかけに、やはりタツミは正直に答える。
「必要な組織なのだろうとは思います。おそらくその懲罰委員会とやらでしか殺すことのできない悪人というのもいるのでしょうが・・・なんか、上手くは言えないけど好きじゃないです。」
そんなタツミの返事を聞いたマーリンは何故か満足げな顔をしてタツミに言う。
「王様お抱えの殺し屋という呼び名は、懲罰委員会という組織の存在自体は知っている数少ない人が抱いているイメージの話だ。よくそういう風に喩えられるのさ、嫌味を交えてな。」
「・・・?」
タツミは満足げな顔を浮かべながら話すマーリンを見る。
「もちろん、実際にそういうことを行うこともある。それは事実だよ。しかし、王が懲罰委員会という組織を作ったのはそれが目的ではないのさ。」
「と、言うと?」
タツミはマーリンの含みを持たせた言葉に疑問をぶつける。
「タツミ少年、私は君に懲罰委員会という組織を何と説明したかな?」
「えっと・・・確か、王の名の下に罪を犯したモノを処刑する組織だったかと。」
タツミは記憶を辿り、先程マーリンが言っていた言葉を思い出しながら答える。
「そう、言葉の通りだよ。タツミ少年。罪を犯した『モノ』を処刑する組織なのだ。王の名の下に。」
マーリンはそう言って、白い椅子に深く腰をかけタツミを見る。
「王国には城があり、城には軍隊がある。街には治安を維持する部隊もある。しかし、この国では軍隊を動かす為には王国議会の承認が必要になる。街の治安部隊を動かすには、街の議会の承認が必要となる。と、いう取り決めがされているのは小さい頃に侍従のグレースから教わったかと思う。」
マーリンからグレースの名が出たことに驚きはしたが、タツミは無言で頷く。
「さて、それではタツミ少年。君が試練の時に直面したように、どこかで急に魔人や魔獣、魔物が現れたとしよう。それも、街以外の場所で。街ならば街の治安部隊が動く。街の議会は比較的小規模なことが多い為、これは迅速に執り行うことができる。しかし街の外であれば街の治安部隊はそれを討伐する権限を持たない。それを討伐するのは軍の役割になる。各々の街が所属する城へと要請を出し、その要請を受け議会がそれを承認し、初めて討伐軍が編成される仕組みになっているのが今のこの国だ。」
「そして、あの王都の議会を初め、今この国の要地に点在する城に所属する議会はほとんど機能していないのだ。残念なことに。」
「・・・え?」
タツミは議会が機能していないというマーリンの話に驚きを見せる。
「タツミ少年。君は成人の儀の際、ユグドーラ王が挨拶の後、あまり発言をされていなかったことに気付いたかな?」
タツミは半月前の成人の儀が開催された状況を思い返す。
「そういえば、挨拶した後は試練の説明を父上に任せっきりだったような。」
そう答えて、タツミは目の前の紅茶をもう一口、と口に含む。
「・・・王は今、大病を患っておられる。」
「!?」
急に告げられた事実に、タツミは口に含んだ紅茶を吐き出しそうになるのをぐっと堪える。
「別に隠すことでもない、健在の頃の王の様子を知っている人なら誰もが察しがつくものさ、故に議会は今後継者の派閥争いでほとんど機能していない。よって、魔物や魔獣達の対応への遅れが目立つようになった。対応が遅れればその分、被害が増える。人口の多い街ならばまだ自衛の手段があるが、人が皆、街に住んでいる訳ではない。そういった人々は対応が遅ければ遅い程、蹂躙されるより他なくなる。それを憂いた王が立ち上げたのが懲罰委員会、という訳さ。名前が『懲罰』と騒々しいのは派閥争いで機能が低下した議会への皮肉を込めて王が名付けたものだ。」
マーリンはそう言い、静かに目を閉じて話を続ける。
「最近は激化の一途を辿っている各勢力の勧誘合戦もひいてはこの後継者争いに端を発している。昔はあんなに大規模なものではなかったのさ。成人の儀というものは。」
そういうと、マーリンは閉じていた目を開け、タツミをまっすぐに見ながら言葉を続ける。
「もう一度言おう。懲罰委員会の活動内容、それは『罪を犯した魔人・魔獣・魔物』を処刑する組織。王の名の下に。迅速に。」
先程とは打って変わって明るい表情を見せているタツミに、マーリンは問う。
「どうかな?興味が沸いたかな?タツミ少年。」
父である勇者アズリードのような人間になることを目指すタツミにとって、魔人や魔物、魔獣を迅速に倒し人々を護る、というのはこれ以上にない程願っていた職であった。
「はい。」
二つ返事で答えたタツミのカップの中身は、いつの間にか空になっていた。