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2-3 【深呼吸】

そうと決まればタツミの行動はとても早い。


城を出た数分後には王都の外れをタツミは一人で歩いていた。


「・・・」


タツミはふと、城の方を振り返る。


「前は確かこの辺で城にでっかい石の壁が降り注いだんだっけな」


つい半月程前にタツミが経験した試練の内容を思い返しながら、タツミは目線を前に戻し、歩を進める。


街から少し離れた街道とはいえ、王都へと通じる道である。


人が通りやすいように整備されており、人通りも少なくない。


その点はマーリンの作った架空世界と比べると異なる点ではあるが、道中に生えている木や草、更には岩や地層さえも細やかにそっくりそのままの形で摸されている。


思えば、この半月の間、城から出て街へと繰り出してはいたが王都から出るのはこれが初めてである。


タツミは行き交う人々の往々の様を楽しみながら、架空の世界で辿った道を記憶を頼りに進む。


ゆっくりと周囲の景観を楽しみながら進んだタツミがベイドンの街へと到着したのは、タツミが王都を出発してから三時間後のことであった。


「へぇ・・・」


ベイドンの街を見て最初にタツミは思わず感嘆の声を上げていた。


あの時タツミが見ていたベイドンの街はグロリアスモンキーの群れに襲われ、黒煙を上げて崩壊していた。


今、目の前にあるベイドンの街は人々の活気で溢れ、賑やかさが満ち満ちていた。


「やぁ!兄さん!王都から来たのかい?」


男性が元気よくタツミに声をかけてくる。


「そうですけど、何でわかったんですか?」


タツミは王都からこの街に来た人間であるということを一瞬で見破られて不思議に思い聞いて見る。


「そりゃ兄さん!兄さんみたいなお洒落な服装をサラリと着こなす人なんて王都から来たお洒落ボーイに決まってるじゃないですか!」


「は、はぁ」


男性の答えに納得のいかないタツミを余所に、男性はさらに続ける。


「ところでお兄さん、今日のお宿は決めてます?今ウチの宿だと一泊分のお値段で次の日の朝食までセットで付いててお得なんですよ!」


急に声をかけてきて何が目的だったのかと思ったタツミであったが、なるほど、呼び込みが目的だったか。と納得し、答えを返す。


「いや、今日は宿泊の予定は無いんだ。また今度、宿泊の予定がある時は頼むことにするよ。」


「あらららー残念でございます。それではまたの機会に・・・あ、そこのお姉さん!もしかして王都から来たんじゃないですか?」


タツミが断りを入れると、男性はすぐさま別の人に声をかけに移動した。


先程は、なぜ自分が王都から来たとわかったのかと不思議に思ったタツミであったが、この様子を見ると全員に王都から来たのでは?と問いかけているのだろう。


この街、ベイドンはタツミ達が今住んでいる城のある王都と、国で一番大きな漁港のある街キノタヌミドリの丁度真ん中程に位置し、昔からキノタヌミドリと王都とを往来する人々の為の宿場町として発展した街である。と、試練を終えてからタツミは調べていた。


宿場町ということもあり、見渡す限りの宿屋がそこらかしこに所狭しと並んでいる。


数多いる客引きを潜り抜け、人々の往来を縫って進み、宿場町のメイン街道から少し南下したあたり、人々の気配もほとんど無くなった街の離れまでやってきて、タツミはやっと歩を止めた。


「たしかこの辺に森があったんだよな」


あの時目の前に広がっていた大森林は、タツミの前には影も形も無く、ただ草原が一面に広がっていた。


草原を撫でるように優しく、風が一瞬吹き、タツミは思いっきり深呼吸してみる。


「すぅ・・・・」


胸いっぱいに広がった草の香りを感じ、試練において魔人と戦った森が現実に存在しない、ということが残念でもあり、それと同時にあの殺戮が現実では無かったと思うと嬉しくも思う複雑な気持ちを息と一緒に一気に吐き出す。


「ふぅ・・・」


この半年の間、どこからも勧誘を受けていないことで感じていた多少の焦りを、今の深呼吸で一緒に吐き出せた気がした。


別に立場が変わる訳でもない。


これまでも同年代の中では母親の身分が一番低いことを理由に最も低い評価を受けていたのだ。


成人の儀で一人前になったからといって、それまでの過去が消える訳でもない。


別に背伸びして、良く見せようとする必要は無いのだ。


ただ、誰に恥じることなく胸を張って生きられれば、それで構わない。


「ちょっと焦りすぎてたのかもしれないな」


そんなことを思って草原を見渡していたタツミへ、聞き覚えのある人物の声がかけられる。


「おや、こんな所で立ち止まって誰かと思えば」


声をかけられたタツミが驚き振り返ると、そこには全身を黒に統一した装束を纏った女性、マーリンの姿があった。


「久しいな、タツミ少年。」


「あ、えっと、お久しぶりです。」


思わぬ人物の登場に、内心驚きつつもマーリンへと挨拶を返すタツミ。


「どうしたのかな、こんなところに一人で立ち止まって。まだ黄昏の時間には少し早いだろう。」


などと冗談を言いつつタツミの方へとマーリンが近寄って来る。


「この時期は皆、忙しいはずだろう?こんなところでおサボりかな?」


いつの間にか、どこから出してきたのか、マーリンの横には白いテーブルが一つと椅子が二つ置かれており、そのうちの一つの椅子に腰かけながらマーリンはもう一つの椅子へとタツミを促す。


「いや、その・・・実は」


タツミは試練を達成してからこの半月の間にまったく勧誘が来ないこと。


そのおかげで時間を持て余していること。


そんな胸のもやもやを解消しようと、試練の際に訪れたベイドンの街を越えて大森林のあった場所へと来てみたことを包み隠さず話した。


マーリンがいくら試練の際に面識のある王国の凄い人である、とはいえ


先程、深呼吸と共に気持ちを吹っ切っていなければここまで開けっ広げに話すことはできなかっただろうな、とタツミは話しながら自分が穏やかな気持ちになっていることに気付く。


「そうか、君に勧誘が一つも来ていないか。ふふっ、これは面白いな」


マーリンが笑いながら白いテーブルの上で手を握る仕草をすると、その手にティーカップが現れる。


そのティーカップ目掛けて、これまたどこからか現れたティーポットが紅茶を注ぎ、マーリンの手の中のティーカップには湯気が立ち上る。


「・・・」


最早、息を吸うように魔法を使っているマーリンを見てタツミは、つい返事をするのを忘れてしまう。


注がれた紅茶の香りを一瞬楽しみ、そのまま口へとカップを運び一口紅茶を飲み終えたマーリンが口を開く。


「ああ面白い。」


マーリンが再び、笑みを浮かべながら言うものなので、ついタツミも


「俺は面白くないですけどね。」


と答える。


「ふふふ、あぁそうだな。タツミ少年はそうだな。面白くないな。ふふっ」


マーリンが目線をタツミへと向ける。


「今年の勧誘者達の見る目が無い訳ではないよ。架空の世界での話とは言え、魔人ケサルガを倒したのは間違いなく君なんだ。」


「!?」


笑っていたマーリンがタツミを値踏みするように向けた視線を外さない。


まるで蛇に睨まれた蛙のようにタツミは身動きが出来なくなる。


「そんな君をどこも欲しがらない訳が無い。恐らく誰かが裏で糸を引いているのだろう。君に勧誘が行かないように・・・とかね。」


「・・・え?」


タツミはマーリンから告げられた言葉に衝撃を受ける。


「よっぽど君が欲しいのだろうな。その誰かさんは。 確実に君を自分の勢力に引き入れようとライバル達に牽制をしているのだろう。 そしてその牽制によって今まで一つの勧誘も来ていないということは、それはそれはよっぽど高位の人間が君を欲しがっているに違いないな。」


「それは一体・・・?」


タツミは思わず、マーリンに言葉の真意を聞く。


「言葉通りの意味だよ、タツミ少年。」


「・・・それはつまり、このまま待っていれば、そのよっぽど高位の人間とやらが俺を勧誘しに来る。といことですか?」


「そういうことさ」


マーリンはタツミの疑問を肯定してもう一口、紅茶を口に運ぶ。


「わざわざそんなことをしなくても・・」


タツミは不満気な顔をして不貞腐れる。


「おや、不服かい?」


マーリンはタツミから目線を逸らし、口に笑みを灯しながら問いかける。


「なんか、あんまり好きではないです。そういうのは」


タツミがそう言うと、マーリンは、ほぅと少し驚いた顔をし、そしてすぐさま何か閃いたかのような表情をタツミへと向けた。


「ではこういうのはどうかな?」


「?」


突然の提案にタツミはマーリンの顔を見る。


「そのよっぽど高位の人間とやらの鼻を明かしてやろう。私のところに来たまえ。タツミ少年。」



マーリンは笑みを浮かべながら、そう答えた。





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