2-2 【人の口に戸は立てられぬ】
遡ること二日前。
タツミが今日と同じように中庭において一人で訓練していた時に、タツミと同様に成人の儀の試練を受けた同世代のウィルフレッドの家系であるキースと、たまたま鉢合わせたのがきっかけであった。
キースはいつものように沢山の侍従達を従え王城内の廊下を歩いていた。
対するタツミは一人で訓練をする為に庭へと向かう最中であった。
「・・・・」
お互いに顔を合わせたまま無言の二人。
これまでであれば、開口一番にタツミを蔑ろにする言葉が出ていたキースが、少し気まずそうにタツミから目線を逸らす。
タツミも、きっと何か嫌味の一つでも言われるのだろうと思い身構えていたのであるが、そんなキースの様子を見て少し驚く。
「ちっ」
小さな舌打ちと、共に小声で-駄馬が-と聞こえたような気がしたが、キースはそれだけ言うとそのままタツミを通り過ぎて行く。
あの試練での一戦を経て、キースにも何か思うところがあったのか、それともただ具合でも悪いのか。
何にせよ、何事も起こらずタツミはほっと胸をなでおろし、再び庭へと歩みを続けようと一歩進んだ瞬間。
キースが振り返り、声をかけてきた。
「試練の内容が出回るにつれてチヤホヤされる気分はどうだ?」
やはり、彼は何か嫌味を言わなければ気が済まなかったのだろう、とタツミは思う。
「今頃はさぞ、色んなところから勧誘が届いてるんだろうなぁ。魔人を倒した勇者様のところにはよぉ。」
タツミが魔人を倒した、という事実をキース本人は気を失っていたか、その頃にはすでに試練を達成し、こちらの世界に戻ってきていた為、知らないはずであったが、彼がタツミにこのように言ってきたということは、おそらく誰かから聞いたのであろう。
「だが調子に乗るんじゃねぇぞ。たまたま貴様が倒しただけの話だ。俺様が戦っていれば俺様が勝ってた。お前との勝負もレオネルの裏切りが無ければ俺様が勝ってた。貴様はたまたま運が良かっただけだ。」
キースがそこまで言い終えると、タツミは振り返りキースの方を見た。
「!」
タツミがまっすぐにこちらを見ていることに対して少したじろぐキース。
「・・・」
そのまま無言でタツミはキースの前へと歩み寄る。
「お、おう何だ貴様!ここで俺とやろ-」
少し後ずさりするキースの手を掴み言葉を遮りながら、タツミは言う。
「やっぱそうだよな。そろそろ皆にも伝わってるはずだよな!俺の活躍!でもおっかしいんだよなー。どうして未だに一個も勧誘が来ないんだよー!」
今まで一切、どこからも勧誘が来ていないタツミは、もしかしたらタツミが試練で何をやったのか全く伝わっていないのではないかと、心配になっていた。
しかし、同じ勇者の子とはいえ、この期間はいわばライバルのようなものであるキースの耳にもタツミの活躍が伝わっているとなれば、耳聡い勧誘者の人達にはきっと伝わってるはずだろう、と嬉しくなってしまい思わずキースの手を取ってしまった。
「あ、」
駄馬が俺に触れるな!等と怒声をあげながらタツミの手を振りほどかれるのを覚悟し、声を発したタツミであったが、キースは面食らったような顔をしてキョトンとしている。
「一つも来ていないのか・・・?」
キースがキョトンとしながらタツミに問う。
「あぁ、未だに誰からも何所からも声をかけられてない。」
タツミが肩を落としながら答える。
「・・・か。」
キースがぼそっと何か呟く。
「え?」
タツミが思わず聞き返しキースの顔を覗き込もうとした瞬間、
パンッ とタツミの手がキースから弾かれる。
「そうかそうか。ふはははははははははははははは!やはりそうか!」
キースは水を得た魚のように一気に元気になり、大声を出して笑う。
「やはり駄馬は駄馬ということだ!ふはははははははははは!少しでもこの俺と対等だと感じたのが間違いだった!見るべきものが見ればやはり貴様は駄馬としか映らんのだ!ふはははははははははは!!」
キースの高笑いに合わせ、キースに付き従う侍従の人達もクスクスと笑いを漏らす。
「っ・・・」
実際に、現状一つも勧誘が来ていないタツミにはキースの言ったことを否定できる材料を持ち合わせておらず言葉を失う。
「ふはははははは!安心しろ。このことは誰にも言わないでおいてやる。」
キースは心から楽しんでいる笑顔を浮かべながらタツミの肩に手を置く。
「しかし、俺の侍従達は別だがな。」
侍従達は相も変わらずクスクス笑いを続けている。
「人の口に戸は立てられない・・・駄馬でもこれくらい理解できるだろう?」
タツミはすでに視線を床に落とし、キースをまともに見れないでいた。
「まぁ精々、勧誘が来るように祈っているんだな。ゼロのタツミ君?ふはははははははは。」
そう言ってキース達が目の前から去って行ったことをタツミは思い出していた。
「・・・もうこんなにも噂が広まってるのか」
パオロの従者であるシーペに『ゼロがうつる』と揶揄されたタツミは遠ざかっていくパオロとシーペの後姿を見つめながら、そう感じていた。
タツミに来た勧誘が未だに一つも無いということを、積極的に嬉々として周囲に言いふらしているキースの姿が簡単に目に浮かぶ。
事実として、タツミに来た勧誘の数が一つも無い以上、その噂が広がることに対しては何とも思わないし、試練の場において自分が取った行動が間違っているとも思っていない為、それを恥ずかしいとも思ってはいない。
ただ、試練においてタツミが取った行動を知った上で、勧誘者達がタツミを評価していないということだけは悔しさを覚える。
「あぁ、だめだな。こんなことばっかり考えてると気が滅入ってしまう。」
タツミは今まであえて考えないようにしてきたその悔しさを意識的に振り払う。
「今日は気分を変えて出かけてみるか。」
タツミはそう言って腰を上げた。
城にいてもいなくても、勧誘が届く時は届く、届かない時は届かない。
それならばいっそのこと、気分を変えて外出してみるのも悪くない、とタツミは考えた。
成人の儀が執り行われるまで、タツミ達勇者の子等は基本的に城外へと出ることを禁じられていた。
それは父であるアズリード・ウィルフレッドが、自分の子供たちが成人するより前に国を取り巻く政争や職場競争に巻き込まれないようにと決めたルールであり、絶対順守の掟でもあった。
しかし、成人の儀を終えた今、タツミの行動に足枷をはめるものは存在しない。
試練を終えてからというもの、タツミはちょくちょく暇を見つけては外出するようになっていた。
自由に城の外へと出ることができるようになってまだ半月程しか経っていないタツミであるが、未だに初めて経験することや、初めてみるモノへの感動や驚きが絶えないものであった。
タツミは訓練用の服を脱ぎ、動きやすいラフな服装へと着替える。
前に一度、王城内で着ている、いわゆる“私服”で外出したことがあったが、服飾の素材の良さが目立つのか民衆の注目の的となってしまって困惑したことがあるタツミは、飾りっ気の何も無い簡単なものを外出の際には着るようにしている。
黒を基調とした、飾りっ気の無い服の上に目立たない灰色の上着を羽織り、腰に数日前に外出した際に市場で買った短剣を差し、背中に使い慣れた木棒を背負い、外出の準備を整える。
今日はどこへ向かおうかと少し思案を巡らせ、ふと壁に貼ってある城周辺の地図へと目線をやるタツミ。
半月程前にタツミが達成した試練において、タツミが向かった地図に描かれていない森林地帯のことをふと思い出す。
「ベイドンの街・・・あっちの世界ではグロリアスモンキーを猿神様って崇めてたけど、現実の世界では一体どうなってるんだろうか」
そんな考えがタツミの頭によぎる。
「行ってみるか。現実のベイドンに。」
タツミの向かう先が決まった。
前の話を投稿した際、初めて感想というものをいただきました。
すごく嬉しかったです。これからも、たくさんの方から感想をいただけるように精進していきたいと思います。