2-1 【不可解】
最近、色んな人から声をかけられるようになったなぁ。
猫の亜人であるエリス・シアンブルは、思った。
亜人だと忌み嫌われ、人々から避けられ、同時にエリス自身が人々を避けるように生活していたことを思えばそれはもう人生が百八十度ひっくり返るような変わり様である。
今もエリスの眼前には、エリスを自らの勢力に勧誘しようと声をかけてくれている女性、名前をエッセ・バーンという王室御庭師を称する人物が自らの職業をアピールしている。
エッセが言うには、王室御庭師とは、王家が所有している領地の全ての庭の管理・維持を任されている組織であり、勇者の家系であるウィルフレッド家が主催する成人の儀において、タツミ・ウィルフレッドの下で多大なる活躍を見せたエリスに、是非とも加入して欲しい、とのことである。
王家が所有する領地の全ての庭の管理・維持を任されている組織である王室御庭師というものが、一体どれだけスゴい組織なのかはエリスには全く想像もつかないが、今までのエリスならば、そんな組織に声をかけられることすら無かったであろう。
最も、今までのエリスであれば、声をかけられるだけで畏れ多いと逃げていたであろう事案ではあるが、支えると決めた勇者の血を引く男性、タツミ・ウィルフレッドの配下という立場となった彼女が、それをする訳にはいかない。
少しでも彼の助けになるよう、彼の名に泥を塗ることの無いよう、今慣れない他人との会話というものを一生懸命にこなしているところなのである。
「それでね、王様の庭っていうのはとっても広いから私達はいつだって人手が足りてないの。」
そう語るエッセはエリスの手を取って話をする。
「でも王様の庭って誰でも入れて良い訳じゃないでしょ。身分がしっかりした人じゃないと・・・だから簡単に人手を増やせないの。でもアナタなら勇者の血筋であるタツミさんに正式に認められた配下な訳でしょ。」
エッセはエリスの手にはめられた銀の指輪を見ながら話を続ける。
「身分の保証は勇者の家が保証してくれるようなものだし、それに・・・」
エッセの目線がエリスの頭部、亜人であることの証明である猫耳に向けられる。
「っ・・・」
少し前のエリスならばその目線に畏怖を感じていただろう。
しかし、タツミと共に試練を乗り越えたエリスは、タツミに認められた今のエリスは違う。
咄嗟に耳を腕で庇いたくなる衝動を我慢し、その目線がエリスの眼へと戻って来るのをゆっくりと待つ。
「猫の亜人だってことは、庭中を駆けまわれそうじゃない。」
エッセが無邪気に言う。
「あ、ごめんね。あんまり猫の亜人に詳しくないから今のは想像で喋ってるけど」
などと、すかさずフォローも入れてくる。
エリスが思うに、彼女はタツミと同様、亜人にあまり嫌悪を抱いてない人なのかもしれない。
こんな人が所属している組織なら、私も上手くやっていけるかもしれないなぁ。
と、エリスは少し考えるも首を横に振った。
「お誘いはとても嬉しいのですが、今、私はあの方の、タツミ様の為に働きたいと思っています。ですからこの話は・・・」
エリスが勧誘を断ろうとするのを遮ってエッセは続ける。
「えー、ほらー、ちょっとだけでも興味ない?見るだけ、とかやってみない?どう?職業体験とかほら?ね?やってみてから決めても遅くないでしょ?」
今までエリスに勧誘をしてきた人達は、一度断ると素直に引き下がっていったが、どうやらエッセはそうではないらしい。
なんとかして少しでも興味を引こうと熱心に勧誘を続けてくる。
それほどまでに人手が足りてないのか、それともよっぽどエリスを加入させたいのか、もしくは他の意図があるのか、
いずれにせよエリスの人生において、今までこれほどまでに他人に求められたことのない彼女にはとても嬉しいことであった。
故にエリスはエッセに一つの提案をしてみる。
「今の私はタツミ様の下で働きたいと思っていますが、もしそれでも、と仰るのでしたらどうでしょう。タツミ様を勧誘なさっては。あの方が王室御庭師へと入るというのであれば・・・」
エリスが言い終えるより前に、再びエッセはそれを遮る。
「ごめんなさい。--それはできないわ。」
「ええ、申し訳ありませんがこの話は受けることはできませぬ。」
赤い髪、赤い鎧をまとった女性ハルベリア・レオネルが本日三回目の勧誘の断りの返事を告げ、勧誘への感謝と断りの謝罪の意を込め頭を下げる。
「そこまで意思が固いのであれば仕方ないね。君を諦めることにしよう。」
歳はハルベリアより少し上くらいの若い男性はそう言って席を立つ。
ハルベリアはその若い男性がそのまま部屋を出ていくのを黙って見送った後、ふぅと一息つく。
「女性である私にでもこうやって声をかけていただけるというのはとても有難いのだがな。」
彼女はすでに自分がどうありたいか、どうすべきなのかを決断していた。
彼女の目標。それは彼女が幼い頃より憧れ、尊敬している父が務めている職、王城に所属する全ての騎士を束ねる長である、王城騎士長となることである。
故にそこへと繋がる王城騎士からの勧誘以外は全て断るつもりであった。
幼き日より憧れ続けた父に、そして王城騎士長になることだけはどうしても諦めきれなかったからだ。
そのことは今、彼女が仕えているタツミ・ウィルフレッドにも許可を得ていた。
「昔からの夢を追わずに俺に従ってほしい。なんてことを言える立場に俺はいない。俺だって昔から父親に憧れてるし、今も勇者を目指してるんだから。」
と、タツミは快諾してくれている。
しかし、彼女はその勧誘が自分の下には決して来ないであろうことも重々承知していた。
王城騎士長である父が、女性を決して騎士としないことを知っているからである。
彼は女性は戦場に出るものではなく、家庭を守るものである。という考え方をしていることを彼女は嫌という程理解している。
ハルベリア・レオネルは自分の望んでいる王城騎士からの勧誘が来ないものと知りつつ、それでも、もしかしたら、ひょっとしたら、と思い勧誘が来る度にその担当の人間に会い続けていた。
ここ半月の間にハルベリアの下には沢山の勧誘が届いていた。
民間の傭兵団や貴族の護衛隊等色んな方面から勧誘は届いており、中には王都の治安を守る組織である王都治安隊なんて部隊からも勧誘は届いていた。
そして勧誘してくる組織が大きく有名になるにつれ、彼女が、彼女と共に行動したエリス・シアンブルが、そして彼女等が仕えると決めたタツミ・ウィルフレッドが、成人の儀の試練において何をしていたのかを理解していた。
流石に大組織は大組織なだけあって、基本的に外部から情報が掴みにくいとされている勇者家の成人の儀の試練の内容であっても把握するほどの情報網は持っているということなのであろう。
それも、驚くべきことに先程述べた王都治安隊に至っては、タツミが魔人を倒した、ということを、その経緯を含めてまで知っていた。
タツミと行動を共にしていた自分やエリスですら、タツミがどのようにして魔人を倒したのかを知らない。
魔人の影響下にあった森の獣達が、一斉に統率を失い、こちらへの攻撃の意思を失くした後、合流したタツミが魔人を倒したことを告げたことでそれを実感したにすぎない。
「ふむ・・・」
ハルベリアは考えを纏め、一度小さく頷いた。
おそらく、存在するのだろう。
あの試練を受けた三百人近くの中に、元より誰の下にも付くつもりもなく、試練で何を成す訳でもなく、ただひたすらに『見る』ことに徹していた人物、所謂情報屋というものが。
タツミが最終的に一人で、魔人と向き合っていたはず、ということを鑑みれば、魔人をどのように倒したのかを知る者はタツミ以外に存在しないはず。
あの場にいたタツミやハルベリア、猫の亜人の特性を持つエリスにも感知できないような、それほどの実力を持った情報屋が送り込まれている成人の儀。
それほどまでに注目されていたあの場において、魔人の討伐という快挙を成し遂げたことを知っている者もいる中、
その配下であるエリスやハルベリアですら沢山の勢力からの勧誘が届いている現状において
--一体なぜ
「タツミ様にはひとつも勧誘が届いていないのだ。」
ハルベリアは次に会う勧誘者に会うまで少し時間があることを確認しつつ、ぼそりと呟いた。
ハルベリアの赤色は、なんかこう赤漆のような深い色のイメージですが、それに対してエリスは青みがかった白みたいなイメージしてます。