エピローグ ~それからとこれから~
4人の勇者の子等が大広間を後にし、歓声も冷めやらぬ中アズリードがマーリンへとぽつりと呟く。
「で、実際のところどうだったのだ?」
それはとても小さな声。
アズリードとマーリン以外の周囲の誰もが聞こえていないであろう音量。
そんなアズリードの問いにマーリンが笑みを浮かべながら答える。
「喜ぶといいアズリード。今年の子には中々に面白いのがいたよ。」
「ほう・・・」
顎の下に生える髭に手を当てながら、アズリードが嬉しそうに反応する。
「が、詳しく報告する前に・・・アズリード、君は今年もまた『バッカス』の加護を与えたね。」
マーリンは口元の笑みはそのまま、厳しい視線だけをアズリードへと送る。
「はっはっは、いくつになっても我が子は可愛いもんだ。長い間接触を禁じられていたとしてもな。」
アズリードは視線を意に介さないかのように笑って誤魔化す。
「とは言え、加護を与えるかどうかを判断するのはバッカス自身だ。私が試練の前に参加者全員に、身体における状態の異常を正常のままに維持できるバッカスの酒を飲ませたのは確かだが、効力を享受できた者なんて1割いるかどうかのものだろう。」
アズリードは、純白の手袋をしている自身の左手の甲へと視線を落としながら続ける。
「実際、バッカスの加護でもなければ、成人の儀に出たばかりの皆があの魔人に出会った場合、逃げるのも一苦労なもんだぞ。」
「そう、それだよアズリード。君の与えたバッカスの加護でもなければ、あの魔人ケサルガと出会ってしまった場合、逃れることも難しいだろうと私も思っていた。だが今年は面白いのがいる、と言ったのは他でもない。バッカスの加護でケサルガの神経毒を無効化し、あろうことかケサルガを倒してしまった者がいる。」
それを聞いたアズリードは愉快とばかりに手を叩き声をあげて笑う。
「はっはっはっはっはっは!あのケサルガをか!そうかそうか!」
「無論、単体で奴に勝てる戦闘力を持っていた訳でもなく、君のバッカスの加護を含めた少しの偶然が重なった結果でもある。が、あれを倒したのは事実だ。やれやれ、ケサルガを倒されてしまったから、来年は別の魔人を捕まえてきて、あの世界に閉じ込める必要がでてきたよ。」
「そうさなぁ、バッカスが気に入りそうな奴と言えば・・・魔人を倒したのはタツミってところか?」
マーリンはその問いに肯定も否定もせず、しかしそのまま会話を続ける。
「彼は昔の君に似ているところがあるね。」
「当たり前だ。我が子だぞ、似ないでどうする」
アズリードが少し嬉しそうに語る。
「さて、それでは私は少し失礼するよ」
マーリンはそう言うと、ゆっくりと足元の影の中へと沈んでゆく。
「もう行くのか」
アズリードが消えてゆくマーリンへと声をかける。
「あぁ、君と同じで私にも立場というものがあってね。色々と忙しい身なのだよ。まぁ、君ほどでは無いけれども」
マーリンは含んだ目をアズリードへと向けながら、さらに続ける。
「君からすれば久方ぶりの親子の再会の時間だったのだろう。君ほど子供がいると、一人一人の子達にどれだけ愛着があるのかはわからないけれども。まぁ君はゆっくりしていくと良いさ。まだ予定が残っているのだろう?」
マーリンはそう言って姿を消した。
「相変わらず自由な奴だ。」
アズリードはマーリンの消えた後の影を見ながら呟く。
「まぁ、私も人のことは言えんか。」
そう言うと、アズリードは笑うのであった。
大広間から退場した三人は、一先ず王城内のタツミの部屋へと向かった。
そして、その場所にて、子供時代からタツミの従者として仕えていたグレースと出会った。
「まずは試練の達成、おめでとうございます。」
初老の紳士の様であるグレースが、タツミへと祝辞を述べる。
「残念ながら順位は最下位だったけどな。」
タツミは少し残念そうに、しかし最下位だったこと事体にはすでに未練は無さげに笑顔で答える。
「そして試練の最中、タツミ様を支えて下さったお二方にも感謝の意を述べさせていただきたい。」
グレースはエリス、ハルベリアの両名にも深々と頭を下げ、礼を言う。
「いえ、私はそんなお礼なんて」
「自分の心に従ったまででございます。」
エリスは謙遜し、ハルベリアは真っすぐと各々答える。
「さて、ここからの流れを少し説明させていただきます」
グレースは三人へとそれぞれ言葉を述べた後、話を続ける。
「これからひと月の間に、タツミ様の元には多くの勧誘が届くことでしょう。」
「勧誘?」
タツミはグレースの説明に対し、聞き返す。
「ええ。成人の儀とは勇者の家系のみならずこの国の有力な貴族や名族が開催する儀式みたいなものでして、その儀式に臨む様を見て、観客席にいた王国の要人、要職、あるいは民間の有力者達が自分の勢力へと勧誘する場でもあるのです。勇者の家系が行う成人の儀においては、あまり民間の有力者からの勧誘は見られませんが、本来はそういう場でございます。」
「え!?じゃあもしかして最下位だった俺って、一番勧誘が少ないんじゃ・・・」
タツミはグレースの説明を聞き少し危機感を抱く。
「一般的にはそうでしょうな。」
グレースは白髪混じりの顎髭を指で弄りながら笑顔で答える。
「そうでしょうな・・・って、笑うところなのか。」
タツミはその姿を見て、笑って答える。
済んでしまったことは、どうしようもない以上、それに対してグダグダと悩んでも仕方がない。
そう考えるタツミであるからこそ、笑えるのである。
「しかし、勇者の家系の儀式は少し特別でしてな。」
グレースはそんなタツミを見て、さらに続ける。
「観客から一切、試練の内容が見えない。わからない。試練に挑んだ人々がどのような行動で、振る舞いで、試練を達成したのかがまるで見えないものとなっております故、勧誘者達は皆、試練の内容を知りたがります。」
「勇者の子等はどのようなことを成し遂げて帰ってきたのか・・・故にエリス殿やハルベリア殿にもこれから試練の内容や勇者の子等の行動、振る舞いを聞こうと、何人か接触してくるでしょう。もしかすると他の人々から内容や振る舞いを聞いた勧誘者がお二人を自分の勢力へと勧誘してくるかもしれません。」
「なるほど、成人の儀で誰にも仕えなかった人達はどうするのか、って思ってたけど。あの場は勇者の子相手だけでなく他の職への求職の場でもある訳か。」
タツミが納得した表情で呟く。
「勇者の子等の主従の関係も様々でございます。配下の人間とは別の職に就き各々の道を進みながらも有事の際は手を貸し支える関係もあれば、仕えると決めた方と同じ職へと進む配下の方もございます。もし、勧誘を受けたのならばタツミ様と一緒にどうするかを考え、受けてみるのもまた一つの形でしょうな。」
グレースはエリスとハルベリアの二人へ視線を移して説明した後、もう一度、タツミへと視線を戻すと、さらに続けた。
「基本的にウィルフレッド家の者は王城の兵職に就かれる方が多いです。タツミ様も最下位ではありましたが、おそらく試練の内容を聞いた王城の兵職関係の勧誘者から勧誘を受けることでしょう。」
「俺にも来るかな?勧誘。」
タツミはグレースへと問うてみる。
別に本当に不安視していた訳ではない。
ただ少し、グレースに後押しして欲しかっただけの問い。
その問いにグレースは、タツミの希望通りの答えを返す。
「もちろんですとも。私も試練の内容は把握しておりませんが、何もせずに最下位になった訳ではないのでしょう。それはタツミ様の試練を終えた時の様子、試練の結果として名前を最後に言われた時の表情や振る舞いでわかりますとも。」
「・・・」
わかっていたことだが、やはりグレースに自分の行いを肯定してもらえたことにタツミは喜びを覚えた。
「何年タツミ様のお世話をしていたとお思いですかな?」
グレースはそう言って笑う。
「それもそうだ。」
タツミも同様に笑う。
これから先、自分がどのような道を進むのか、まるで見当もつかない。
尊敬する父、アズリード・ウィルフレッドへと少しでも近づくことはできるのだろうか。
敬愛するグレースに対し、恥じることのない人物へとなり得るのだろうか。
信頼する二人の仲間に、その信頼を受け入れるだけの器を示し続けることができるのだろうか。
未来の自分がどうなっているかなんて予測することはできないが、少なくとも試練の中において、タツミは自分が信じることをやり遂げた。
それに対しては全く何の未練も後悔も無い。
作り物の世界の中の小さな街や森であろうと、それが壊されるのを身体を張って阻止したことで、試練の達成が一番最後になってしまったことを恥じるつもりも毛頭無い。
試練の結果が、どのような状況を招こうが今の自分なら、いや、自分達なら
乗り越えて行けるだろう。
と、思えるようになったことで、やっと『成人の儀』において試練を成し遂げたことを実感するタツミであった。
終わりました。ここまで読んで下さった皆様 本当にありがとうございます。
皆様におかれまして、なんとか少しは楽しめる内容であったなら、幸いでございます。
これにて『父親が~』を終わらせ、また別の作品を書くことで文章を書く練習をしよう。と意気込んでおりましたが、ここで活動している名称とSNSで普段から呟いているアカウントの名前が同じことから、友人に身バレし、「練習もいいけど、この作品はこの作品で、このまま続けて欲しい」と嬉しい声をいただきましたので、これまでの内容を一章とし、続編として二章を書かせていただこうと思っております。
出勤や帰宅時の電車やバスの中、家事の合間の憩いの時間、就寝前の一服などなど
また皆様の時間を少しばかり頂けると幸いでございます。
仕事の合間にゆっくりと書き続けていこうと思います。
これからもまた、『父親が~』をよろしくお願い致します。