1-22 【帰路】
グロリアスモンキーのボスに背負われ、ベイドンの街へと帰還したタツミ達一行。
コディやその配下達が一瞬、グロリアスモンキーのボスを見て戦闘態勢を取るが、その背に負われているタツミの姿を見て警戒を解く。
「あら、また傷だらけになってますのね。」
ボロボロのタツミへと言葉をかけるコディ。
「面目ない」
タツミは申し訳なさそうな笑みを浮かべ、ボスの背中から降りながら答える。
「折角傷を癒してあげたというのに、この短時間でまたボロボロになって帰ってこられては困りますわね。」
そう言いつつ、タツミの治療を始めようとするコディに対し、
「先に皆の傷の手当てをしてやってくれ。俺は後でいい。」
とタツミが言うと、そのままコディはタツミに大外刈りを決める。
「ぁいだっ!?」
驚きと痛みで思わず声を上げるタツミ。
「非力な私の攻撃程度で尻もちをつく程ボロボロなのに何が後でいいですか。街の人間はもうほとんど全て治療を終えています。残ってるのは軽傷者と貴方達のみ、そして貴方たちの中で最も傷の程度が酷いのはアナタです。大人しく治療を受けなさい。」
コディは怒りを露わにしながらタツミに治癒魔法をかける。
「少しは自分の立場を考えなさいな。勇者の子、タツミ。そんなことですから貴方はゴミクズなのです。」
もっと自分を大切にしろ。と怒るコディを尻目にタツミは目を瞑りながら言う。
「いつも怒らせてばかりだな。」
「そろそろ怒らせないことを学んで欲しいところですわね。」
もっともだな。とタツミは思い、目を開いた。
「そういやキースがここに運ばれてきたと思うんだが、姿が見えないな。」
森の中でタツミと戦い、意識を失ったキースを思い出しタツミはコディに問う。
「えぇ、彼の配下が運んできましたわ。そして治療が終わるとほぼ同時にダルミアンが連れて行きました。」
「ダルミアンが?」
タツミはコディに問い返す。
「えぇ、ダルミアンは私たちに森の中で起きている一部始終を話してくれました。森に魔人がいて、今から王都へ戻って試練を達成し、王城へ戻り援軍を呼んでくること。貴方が時間を稼ぐために森で残って戦っていることを。そして、この街にいれば、貴方が時間稼ぎに失敗した際とても危険だから一緒に王城へ戻って避難した方が良い、とも言われました。」
「・・・」
ダルミアンはタツミを信じていなかった訳では無いのであろう。
しかし、タツミが時間稼ぎに失敗した場合、次に襲われるのは間違いなく森から一番近いこの街であることは明白。
そしてこの街に勇者の子である人物が二人もいるとなれば、それを失わせる危険に晒す訳にはいかない。
ウィルフレッド家への被害は最小限に抑えるべきだという判断からダルミアンはそうしたのであろう。ということは理解できた。
ダルミアンがそういう人間であることは充分に理解していた。
少し寂しさを覚えるタツミであったが、ダルミアンは何も間違ってはいない。
むしろウィルフレッド家の生存という点からすれば正しい判断である。
「今頃は二人とも王城へ戻って試練を達成し、援軍を連れてこちらへ向かっている頃合でしょう」
淡々と治療を続けながら語るコディ。
「・・・あれ?じゃぁなんでコディはここに残ってるんだ?」
タツミがコディへと問う。
今の話の流れならばコディも一緒に王城へと戻るべきなのである。
しかし、現にコディはここに残っている。
「私もウィルフレッドの名を継ぐものです。自らの役割を果たしていないのに撤退する訳にはいきません。私がここを去れば誰が街の人の治療を続けるのですか。少なくともこの街の人間を全て治療しきるまではここを離れるつもりはありませんでした。」
さらにコディは続ける。
「それに貴方が時間稼ぎに失敗すれば次に襲われるのはこの街。ということは、私が去れば誰もこの街を守る者がいなくなります。それが私が残った理由です。」
本当はこれに加えて、タツミが瀕死の状態でこの街へ逃げ込んでくる可能性や、残っているのが最も立場の低いタツミのみである場合、タツミ一人くらい、街一つくらい 犠牲にしても構わない。と軽く見られ、援軍が送られてくるのに少し時間がかかってしまう可能性も僅かながらに考えられたので、自分もここに残ることで少しでも援軍をスムーズに送ってもらえるように、等と考えていたが、それは言わなかった。
「さて、とりあえず動くのに支障は無くなったでしょう。さぁ次は配下のエリスさん、おいでなさい。」
「あ、は、はい。」
不意に声をかけられたことと、名前を憶えてもらっていたことに驚きエリスは同じ方の手足を同時に出しながらコディの方へと歩いていく。
「ふふっ・・・」
それを見て、ハルベリアが笑い、釣られてエリスも笑う。
そんな光景を見て、やっとタツミは何とか魔人の脅威を退けたことを実感するのであった。
コディに傷の治療をしてもらったタツミ、エリス、ハルベリアとそしてグロリアスモンキーのボスは、コディ一行と共に王都へと戻ってきていた。
「そういえばコディは、試練を達成する為のグロリアスモンキーを手に入れたのか?」
タツミは石の壁に包まれている王城の前に立ちながらコディに問いかける。
「えぇ、ダルミアンがいつでも撤退して王城へと帰れるようにと一匹子猿を置いて行ってくれました。」
そう言ってコディ配下のエミールを呼び寄せる。
エミールは両手でグロリアスモンキーの子を抱え、それをコディへと手渡す。
コディはその子猿を肩に乗せ、石の壁に包まれている王城の門へと足を踏み入れる。
「では、お先に失礼しますわ。」
コディがそう言うのと同時に彼女の姿は石の壁の中に消えて行った。
コディの配下達もその後を追って次々と石の壁の中へと進んでいく。
「・・・やっぱ俺達以外にはこの石の壁は見えてないんだよな?」
タツミは目の前に聳え立つ石の壁を指さして問う。
「石の壁・・・ですか?そこにあるのですか。」
ハルベリアは目の前の空間を見つめ、逆にタツミに問う。
「出発する前にも城を見て何か気にしておりましたね。」
エリスはタツミが出発前に城の方を見て何か気にしていた様子を思い出して答える。
「俺達ウィルフレッドの人間にだけに作用する魔法なんだろう。グロリアスモンキーを連れて帰らなければ通れないように物理的に壁を作ったんだ。」
タツミは初めて石の壁を間近で見るが、視覚といい触覚といい本物の石と見分けがつかない壁を前にして、父親の仲間である王国最高の魔法使いの魔法はこんなこともできるんだな、と感心する。
「さて、この壁を抜けるにはグロリアスモンキーと一緒に行かなきゃいけないんだが・・・」
タツミはここまで背負って運んでくれた群れのボスである巨大な白いグロリアスモンキーの方を振り返って頭を抱える。
「流石にお前をコディみたいに肩に乗せて通り抜けるのには無理があるな。」
タツミは笑いながらボスの個体に話しかける。
「身体強化して肩に乗せて行きますか。」
エリスが真面目な顔でそれに答える。
「いえ、別に肩に乗せずとも抱えるなり背負うなりでも可能なのではないでしょうか。」
ハルベリアもそれに対し、顎に手をやり真面目に考える。
「グォ・・・」
グロリアスモンキーのボスさえもが頭を捻って考え出す。
「ははははははは」
それを見て思わずタツミは笑ってしまった。
「?」
急に笑いだしたタツミを見て二人と一匹が何事かとこちらを見る。
「はははは・・・・いや、すまん。遠回りに言ってしまったせいで伝わらなかったみたいだ。」
タツミはボスの目の前に立つ。
「俺が乗せて行くのには無理があるから、乗せてってくれないか。そして城の皆をビックリさせよう。」
タツミは目を輝かせながら提案する。
今までタツミの立場を軽く見ていた城の人達を、そして今まで自分を育て、教え、導いてくれたグレースを、何より城で試練の結果を待っているであろう父を。
タツミは自らの手で勝ち取ったこの結果を見せて驚かせたかったのである。
「皆、驚くでしょう。」
「そうですね!」
ハルベリアもその提案を肯定し、エリスも笑顔で頷く。
「グォウ!」
グロリアスモンキーのボスもそれに応えるように意気揚々とタツミに背中を向ける。
「よし、そうと決まれば善は急げだ。俺達を助けに来る為の援軍が出発してしまう前に早く帰って試練の結果の報告をするとしよう!」
タツミはボスの背中に飛び乗り、そのまま真っすぐ石の壁へと進む。
ポゥ・・・
石の壁にグロリアスモンキーが飲まれ、それと同時にタツミの身体も飲み込まれていく。
全身が光に包まれ、一瞬の浮遊感を感じたかと思えば
強烈な光がタツミの視界を遮り、それに目が眩んで刹那、目を閉じる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
途端に大歓声がタツミの鼓膜を揺らす。
「なんだなんだ!?!?」
それに驚いて目を開いたタツミは、自分が今どこにいるのか一瞬理解できなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
タツミの周囲を取り囲んでいる人々から湧き上がる大歓声。
周囲に見えるのは豪華絢爛であり煌びやかな装飾で彩られた大広間。
「・・・成人の儀が行われた大広間?」
タツミが立っているのは成人の儀で試練の内容を知らされた大広間であり、
タツミの手には空になったグラスが握られていただけであった。
「え?あれ?」
タツミが乗っていたグロリアスモンキーのボス姿等はどこにもなく、一緒に石の壁をくぐったエリスやハルベリアの姿も見えない。
代わりに目の前にはダルミアン、キース、コディの三人の勇者の子等が、タツミに背後を向け立っており、その三人の目線の先に佇む男がタツミに声をかける。
「ははっ、一番最後か。タツミ。」
そこには勇者であるアズリード・ウィルフレッドが笑って立っていた。
「さぁ諸君!今年は全ての我が子等が試練を終え、無事に帰ってきた!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
鳴りやまない大歓声の中でも響く大声を上げ、アズリードが拳を天井へと突き上げる。
「ここにウィルフレッド家の『試練』の終了を宣言する!さぁ宴といこう!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
殊更大きな大歓声が大広間中に響き渡る。
「何が・・・・どうなってんだ・・・?」
タツミは空になったグラスの底をじっと見ながら、今起きていることを理解できずにただ立っていた。
年末の税関連の作業で忙しかったのですが、クリスマスに連休をいただけたのでなんとか続きを書けました。
予定では次の話で終わります。