1-1 【勇者の子】
グレースが用意してくれた式典用の服に着替えた後、自室を出たタツミは自分の部屋へと足を進めようと廊下を歩きだす。
そこをすかさずグレースが先回りしてタツミの行く手を阻む形を取る。
「タツミ様、どこに行かれるおつもりですか?」
「まだ式が始まるまでには時間があるし着替えを終えて準備もバッチリな訳だから自分の部屋でゆっくりしてようかと思っ-」
「なりませぬぞ」
タツミが最後まで言い切る前にグレースはタツミの両肩を掴んでぐるりっと逆方向に、タツミの身体を反転させる。
「式典が始まってからでは遅いのです。式典が始まる前から皆、ウィルフレッド家の方々の品定めをしておられるのです。誰に付けば良いのか。誰と友好関係を気付いておくべきか。ウィルフレッド家同士の方々も、貴族や役人、有力町人のご子息達も皆、見極めようとしなさるのですから。」
熱心に弁を振るうグレースは、タツミが今回の成人の儀において、一人でも多くの有力者を味方に付け少しでもこれから行われる『試練』を楽に克服してほしいと心から願っているのがその眼から、身体から伝わってくる。
王都の王城の中で幼少の頃から面倒を見てくれていた唯一と言っていい程の温かな存在。それが副侍従長グレース・ホスピタリティなのである。
彼がいなければきっと今のタツミはもっと荒れていたに違いない。親のように慕っている彼の為にもその期待に応えたいところではあるのだが、
「グレース、だけど俺は-」
「おやぁ?大きなゴミが王城の廊下に落ちていると思えばタツミ君じゃないか。」
タツミとグレースの背後から嫌味な声が聞こえて振り返れば、そこには20人程の侍従団を従えた紫髪の男が立っていた。
「キース・・・君」
タツミが彼の名を恐る恐る発する。
「キース様だろうがぁ!このクソ駄馬が!」
するとすぐに激昂した返事が返ってくるのであった。
「どこの牝馬が親かもわからないようなゴミクズ風情が俺と対等に会話できると思うなと何度も何度も言ってるだろうがぁっ!」
タツミはその激昂したキースの姿に圧倒される
「す、すいません・・・」
タツミの思わず口からは謝罪の言葉が出てしまっていた。
それは長年にわたる習慣であり、ほとんど無意識に頭を下げてしまっているのが自分でも分かる。
「キース様、お言葉ですが」
その激昂を妨げるようにタツミを庇うグレース。
「本日は成人の儀であります故、これまでの王城内での生活や立場等まったく関係無く対等に一人前となる日でございます。」
「あぁ?」
「本日からは名前の呼び方一つでタツミ様が一方的に誹りを受ける云われはございません。」
タツミはからは頭を下げていて見えはしないが、自分の目の前でグレースが正面切ってキースを諫めているのが理解できた。
「グレース、貴様。勇者を父に持つこの俺に意見するか!」
「その父君によって取り決めなされた事であります。」
勇者の子が勇者の子であることを誇りにする以上、父は絶対であり、父が決定した事であるということは即ち勇者の子であろうと逆らうことはあり得ないことである。
それを持ち出されてしまっては激昂中のキースと云えども引かざるを得ない。
「・・・ちっ、どけよ。」
キースは言い合い中にも頭を下げ続けているタツミを見てそう吐き捨てると侍従団と共に式典会場へと歩き出す。
「お前程の男がどうしてこんな駄馬に肩入れしているのか理解できないぜ。グレース」
そんな言葉を残しながら。
「私はタツミ様こそが次代の器たると信じております。」
キースが見えなくなり、やっと顔を上げたタツミにグレースはそう言った。
「グレース、俺は-」
-そんな立派な人間にはなれそうにないよ。
先ほどの言葉を本気で信じて疑わないであろう老人の視線を感じ、辛うじてそんな言葉を飲み込んだ。
数多の女性を愛する勇者、アズリード・ウィルフレッドと肉体関係を持ち、子を身籠った女性は皆、例外なく王都の中のアズリードの屋敷へと身分を問わず住まわされることとなる。
そこで産まれたアズリードの子達は皆、6歳となるまでアズリードの屋敷で母親と共に過ごした後、6歳となってから16歳に成人の儀を迎える日まで王城内で奉公をしつつ、自らを研磨し王城の敷地外へと出ることなく過ごす。
アズリードの子供たちは普段、王族や、王城にて奉公する侍従達にのみ接することができ、成人の儀にて大衆の目に触れるその日まで基本的に王城外の人間と接することは無い。
成人の儀において大衆の目に触れた彼らはそこで初めて外の人間と触れ合い、気に入った者を従者とし各々が課せられた『試練』へと向かい、見事乗り越えた者が一人前の『勇者の子』として扱われ、王国における数々の重要な責務を担っていくこととなる。
故に、成人の儀に参加するウィルフレッド家以外の人々は皆、そこで彼らを見定め誰の配下となれば自分たちに有利となるか、誰に恩を売っておけば勢力を伸ばすことができるかを推し計り、自分が見定めた勇者の子と共に『試練』を乗り越え、信頼を勝ち取り、将来の安泰、ひいては安寧を勝ち取るウィルフレッドの家名を持つ者が外と触れ合い最初に経験する一種の政略戦争の縮図となっているである。
そしてその政略戦争は、一般大衆には、勇者の子達が初めて外の人間と触れ、自らの人となりを示し、配下を集める成人の儀より始まる。と考えられているが実のところそうではない。
王城の中で幼少期より勇者の子達は、共に学び、共に鍛え、共に奉公する。そう、彼ら勇者の子達はすでに出会っているのである。
そして彼ら同士の中でのヒエラルキーは、学んだ知識の量、鍛えた身体の冴え、奉公における貢献量、さらに何より【自分の母親の身分】によって決定される。
そしてタツミ・ウィルフレッドの母親の身分は【ただの町娘】なのであった。
「それではタツミ様、ご検討を祈りますぞ。」
気付けば式場の入り口に到着していた2人は、そこで一旦足を止める。
ここから先はお付きの者の入場でさえ許されない。
成人の儀に参加する者以外は皆、たった一人で臨まなければならないのである。
「グレース。」
声が震えるのを感じながら、それでもせめて自分を信じているという侍従に不安なそぶりは見せまいと振る舞う。
「俺、できるだけ、やれるだけやってみるよ。」
そんなタツミを見てグレースは優しく抱きしめる。
「心配なされますな。1階の成人の儀のフロアで参加することはできませんが2階の来賓席より見守っております故」
「ありがとう。」
精一杯の笑顔で応えるタツミの手に、グレースは黒く重厚な作りで拵えられた小さな木箱を手渡す。
「これは・・・?」
その小さな木箱を開けると中には銀の指輪が4つ収められていた。
「タツミ様にお仕えする侍従が私一人故、4つしか用意できませなんだ。このウチ何個お使いなされるかはわかりませんが、タツミ様の御心に沿ってお使い下さいませ。」
「あぁ、大切に使わせてもらうよ。」
そうこうしている内に入口近くで立ち止まっている彼らの周囲にも段々と人が増えてくる。
入り口前で今回の成人の儀におけるメインと言っても過言ではない勇者の子の内の一人が立ち止まって会話をしているのである。
今はまだ遠巻きに見ている人がチラホラいる程度で済んでいるが、このままではすぐに人で溢れてしまうのは明白である。
「じゃぁ俺、行ってくる。」
タツミは早々に会話を切り上げ入口へと一人、足早に進んでいった。
「せめて一人でも、タツミ様の優しさに、人柄に、気付いて下さるのを願っております。」
これ以上騒ぎが大きくならないよう、できるだけ迷惑がかからないようにと不安な心を押しやって一人進んでいく彼の後ろ姿を、グレースは見えなくなるまで見送っていた。
-タツミ・ウィルフレッドの成人の儀が始まる。




