1-17 【有り余る理由】
森の中を駆け回り、適度に振り返っては攻撃、を繰り返すエリスとハルベリアの二人。
「この戦法を繰り返し続けていけば、全滅はさせられないものの時間を稼ぐことはできそうですね。」
エリスが、ひとまずは順調に自分たちの目的を達成できそうな様子である今の戦闘方法を評する。
赤い髪を靡かせ、防御魔法を展開しつつ襲い来る狼を5匹ほど吹き飛ばしながらハルベリアは答える。
「単純に逃げ続けるだけでは奴らが追ってくるのをやめてしまうかもしれんからな。適度に立ち止まりつつ迎撃を繰り返せばなんとかなる。」
動物の群れから、距離を取りすぎても獣達が追いかけてくるのをやめてしまう可能性がある為、二人は獣達から着かず離れずのギリギリの距離感を保ちながら森の中を進んでいる。
「キィィ!!」
猿達の甲高い声が響くと共に、木の枝や小石が投擲されるのを躱す二人。
数は圧倒的とは言えども、一対一での戦闘力では圧倒的にエリスやハルベリアの方が上である為、攻撃を躱すことは比較的簡単なことでもある。
「グルルルルルルル」
しかし、順調に時間稼ぎを進める二人の進行方向から狼の群れが押し寄せてくるのを確認。
「なっ、先回りして回り込まれた!?」
何度か折り返し、蛇行しながら走る二人の逃走パターンを読まれたのか、進行予定の方角から迫りくる動物の群れ。
「っ・・・こっちです!」
エリスはハルベリアを連れて咄嗟に方向を90度変換。そのまま走り続ける。
「森の大まかな地図は一度見てますので、まだ逃走ルートは確保できます。」
エリスはそう言いながら、こちらに追いついてきそうな数匹の鹿を風の弾丸で蹴散らす。
「逃走パターンを読んで先回りするような知恵が奴らにあるとは」
ハルベリアは走りながら驚いた様子を見せる。
「操っている魔人の指示なのか、それとも操られた動物の知能が上がるのかは定かではないですが、このままこっちの方向に走り続けるのはまずいのでどこかで右側に方向転換します!」
エリスがそう言って自分たちの進行方向右側へ目線をやる。
「ピィィィィィィィィィ」
そちら側には鹿の大群が横に群れを成し、こちらへと駆けてきているのが見える。
「くっ、右側からもやってきたか!」
ハルベリアは右側から突進を仕掛けてきた鹿を見えない壁で防ぎ、走りながら叫ぶ。
「もしかして、誘導されてる・・?」
エリスは嫌な予感を感じる。
「このまま行けば何がまずいのだ!?」
ハルベリアはエリスに問う。
「この先は沼地になっているはずです。このまま行けば沼地に足を取られ、移動速度が低下してしまいます。」
エリスは答える。
実際、段々と二人が踏みしめる地面が少しずつ柔らかくなってきているのは感じていた。
「しかし進むしかあるまい!」
二人は獣の群れを迎撃しつつ、進み続ける。
三匹のグロリアスモンキー達の連携攻撃を長棒で受けつつ、反撃の機会を待つタツミ。
繰り出される流れるような連携は、タツミに全く反撃の隙を与えない。
まずはサブリーダーらしき三匹のグロリアスモンキーを何とかする。
タツミはそう考え行動していた。
「それくらいならまだ対応できる!」
連携の合間を縫って、タツミが前進。
「何よりもまず一匹倒して数を減らす!」
しかし、三匹に集中しているタツミへと
「グォオオオオオオオオ!!」
ボスの個体が遠距離から、落ちている岩を投擲。
パァン!
「ぐぁっ」
岩はタツミの右足に高速でぶつかり、衝撃で粉々になる。
まるで岩の砲弾。
身体強化によって、筋肉や骨も高質化されているタツミであるが、強化されたタツミよりも圧倒的な筋力を持つボス個体の岩の投擲は、タツミの足へとダメージを蓄積させるのに充分な威力を持っている。
右足を岩で撃たれ、バランスを崩したタツミの首筋にサブリーダーの一匹が鋭利な爪を向ける。
「くそっ・・・」
首を攻撃される訳にはいかないタツミは咄嗟に左手をグロリアスモンキーの方へと突き出す。
ズンッ
鋭利な爪を立てた手刀の突きを、突き出した掌で受けるタツミ。
首筋への攻撃は防いだものの、掌を爪が貫通する。
「にゃろぅ・・・」
ギリ・・・ギリ・・・
そのままサブリーダーの手を、爪が貫通したままの掌で握り、握力を強めていく。
「ウキ・・・キキキギギギギギァァァアアアアアアア!!」
手刀を爪ごと握りつぶされていくサブリーダーの一匹が叫び声をあげる。
全力で振りほどこうとするが、サブリーダーの力よりはタツミの力の方が上であり、タツミはまったくビクともしない。
プシュッ
爪が貫通している手の甲から血が流れて行くのを感じる。
「一匹は捕まえた。二匹ならまだ対応しやすくなるだろ。さぁ、俺と痛みの我慢比べといこうぜ!」
タツミは相手の手刀を掴んだまま、他の二匹のサブリーダへ右手で持っている長棒を向ける。
「キィイイ!!」
一匹のサブリーダーがタツミへ攻撃を仕掛ける。
その攻撃に対し、タツミは左腕をぐいと引き、捕まえているグロリアスモンキーを引っ張り出し、タツミの前に移動させる。
「キィ!?」
一瞬、攻撃が止まる。
「へっ・・・」
その隙を逃さず攻撃を止めたサブリーダーのウチの一匹の顎を長棒で一撃。
「安心したぜ。操られてるとはいっても心はそのまま残ってるんだろ。エリスが悲しみや怒りを感じたくらいだ。攻撃をためらうってことは少しは操られることに対して抵抗できんじゃねーか!」
顎に一撃を入れられた個体は吹き飛び、木に激突する。
「ギィィ!!」
「僕が操るのはあくまでも身体の動きだけだからね。心までは自由にできないのさ。」
魔人が語気に笑みを交えながら声を出す。
「本当はやりたかねぇが、コイツを離さなずに戦えば、そのボスの動きも若干鈍るだろ。」
少し離れた後方から聞こえた魔人の声にタツミは振り返る。
「っ!?」
しかしその離れた場所にいたのは魔人のみ。
肩に乗っているものと思っていた魔人が、ただ一人で少し離れた後方でこちらに向けて声を出していた。
「あれ?あいつ、どこに・・・」
タツミの全身が黒い影に覆われる。
「グォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
タツミの上方。木の上からボスの個体が両腕を振り上げ、ハンマーのように振り下ろしてくるのが見えた。
「なっ・・・こいつ、仲間ごと!?」
咄嗟に猿を捕まえている腕を離し、腕を頭の上で交差し、全身に力を込めて防御の姿勢を取るタツミ。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオン!!
とてつもなく巨大な衝撃が大地を揺るがす。
土煙が舞い上がり、周囲に衝撃が走る。
「ははっ、油断したね。別に肉体の支配を強めることだってできるのさ。さっきサブリーダーの一匹が攻撃を躊躇ったのは、そこまで支配を厳しくしてなかったからだよ。」
魔人は笑い声を上げて説明する。
「まぁ・・・聞こえてないか。」
土煙が晴れた先には悲しそうな顔をして立つボスの個体。そしてその足元には、さっきまでタツミに腕を捕まえられていたサブリーダーが血を流して倒れている。
さらにその横に、倒れているタツミの姿があった。
|(・・・あー、やべえなこれ)
ボス個体の全力の振り下ろしをまともに防御し、地に足をつけて踏ん張ったことで衝撃を逃がせずにそのまま全身に強烈な一撃を受けたタツミの意識は朦朧としていた。
(身体に力が入んねぇや・・・)
全身がひどく痛み、もはやどの部位が無事で、どの部位がまったく動かないのかすらわからない。
もしかしたら、もう身体なんて吹き飛んでしまったのかもしれないな。なんてことを考える。
ブブブブブブブブブブブブブ
耳元で何か高速で擦れる音が聞こえる。
(虫かな?)
おそらく、ダルミアンが言っていた動物を操る羽虫を魔人が飛ばしてきているのだろう。
(俺を操ろうとしてるってことは、俺にまだ首は付いてるんだな・・・ははっ)
なんてことを思い、自嘲気味に笑うタツミ。
そのまま眼を閉じ、考えることをやめようとした瞬間、
脳がゆっくりと、その機能を取り戻し始める。
(っていやいやいやいやいやちょっと待てちょっと待て)
手に、足に、そして身体に力を入れると鈍い痛みが脳へ返ってくるのを感じる。
次に、首の裏にチクりと、何かが刺さった感触。
「さっ・・・」
ガシッ
タツミは首の裏に腕を回し、そこへ針を突きさしていた握り拳大程の大きさの虫を捕まえる。
「せるかぁあああああああああ!!」
そのまま上へと虫を引き抜き、同時に立ち上がり魔人を睨みつける。
「ブブブブブブブブブブブ」
手に握っている羽虫は、その小さな羽を高速で動かし手から逃れようとする。
腹部に付いている針に、タツミの血が付着。
それに反応して針から術式が輝いているのが見える。
「針を媒介にした魔法で操ってるのか。」
タツミはグシャリと音を立てて羽虫を握り潰す。
「おおお!今のをまともに受けて立つのかい!すごいね!君は頑丈なんだね!」
魔人が嬉しそうな声をあげて喜ぶ。
「それとも僕みたいに、身体が液体で構成されてるのかな?こっちの方では、そんな特徴を持った君ほどの大きさの生物はいないと思ってたけど」
なんて嬉しそうな声で分析までしている。
「もう一発、耐えれるかな?」
魔人が嬉しそうにボス個体へ指示を出す。
「ちっ!」
落としていた長棒を拾い、全力でその場から跳躍。
「痛っっっでぇえええええええあああああ!」
全身に痛みが走るのを声を上げて我慢しながらボス個体と魔人との距離を取る。
「そんなに動けるのはビックリだけど、もうまともに戦えるとは思えない。」
魔人はタツミに向かって声を発する。
「諦めて僕に支配されなよ。身体は全部楽になるからさ。」
もしかしたら身体のどこかの骨は折れて砕けているかもしれない。
もしかしたら身体のどこかの筋肉が、健が断裂しているかもしれない。
もしかしたら身体のどこかの内臓は潰れてしまっているかもしれない。
しかし、幸いなことに強化されたタツミの身体は動いてくれている。
口の中は、もう血の味しかしないが、長棒を握る指の先に力は入る。
「まだまだぁ!!」
絶対に時間を稼ぎ、『試練』を無事に突破して、父であるアズリードと一人前になってゆっくりと会話をするまでは。
母の身分が低くても今日まで何とか下を向かずに生き、成人になって勇者となることを夢見てきたことの意味を、
父とゆっくり話し合って充分に感じられるまでは。
王城内で唯一、親身になって身の回りの世話をしてくれたグレースに、『試練』を終えて一人前になった姿を見せて、感謝の言葉を贈るまでは。
立場も低い、経験も浅い、並外れた才能がある訳でもない、そんな自分を支えると決めてくれたエリスとハルベリアにせめて何か恩返しをするまでは。
「誰が諦めるか!!」
タツミは巡らせている魔力の流れを確認。
身体全身に巡っているのを感じ取り、息を吐き呼吸を整える。
「諦められねぇ理由が俺には有り余ってんだ・・・」
タツミは長棒を構え、前を見据える。
「かかってこいよ!!クソ魔人が!」
そろそろクライマックスです。
予定では後5、6話くらいかな。
予定通りに行くと良いのですが・・・。
なんとか書ききれるように頑張ります。
読んで下さっている皆さんが何よりの原動力となってます。ありがとうございます。
※誤字を見つけたので修正しました。