1-14 【実質一つの選択肢】
「何があった!?」
急いでダルミアンに駆け寄るタツミ。
ダルミアンを含め、配下の二人も裂傷や打撲が多くみられる。
「傷だらけじゃないか。」
とりあえずダルミアンを安静にする為に座らせようと周辺の葉っぱを集めて座布団のように敷く。
「傷だらけなのはお互いさまだろうタツミ。見た所君もかなり傷を負っているように見えるが。」
ダルミアンはそこに配下の二人を座らせ、自分は立ったまま周囲を警戒する素振りを見せる。
「まぁいい、話は後だ。すぐそこに洞窟がある。その中でキースが今回の『試練』達成の為に必要なグロリアスモンキーを沢山捕まえている。そこで一先ずキースと合流してから説明しよう。」
ダルミアンがそう言い、洞窟へ向かって進もうとする。
「いや、そのことなんだけど・・・」
「・・・?」
ダルミアンが不思議そうな顔をこちらへ向ける。
「さっき戦ったんだ。キースと。」
タツミはキースと戦闘を行ったこと、そしてその結末をダルミアンに説明する。
「・・・そうか。レオネル氏がここにいたからてっきりキースもいるものだと思っていたが。君はタツミに付いたのか。」
戦闘の途中でハルベリアがタツミの配下に加わったことを説明されたダルミアンは意外な顔を見せる。
「はい。元よりそのつもりでしたので。」
ハルベリアは答える。
二人の会話を聞いていると、どうやらハルベリアとダルミアンは面識があるらしい。
ハルベリアが王城の騎士長の娘ということを考えると不思議なことでは無いが、そう思いながらタツミは戦闘の理由をダルミアンに話す。
「・・・キースが捕まえたグロリアスモンキー、あれはこの森で神様として崇められている猿達の子供なんだ。それをキースが一匹残さず捕まえ親たちから奪った。だから猿等は街を襲ったんだ。」
ダルミアンは一瞬、何かを言いそうになるがタツミが話し続けるのを見て、それをやめる。
「だから俺はキースに全員残らず捕まえた理由を聞いたら、他の候補者の『試練』を達成できないようにする為だなんて言いやがったから俺たちは争いになった。」
「そうか・・・彼らしい行動だ。」
ダルミアンは目頭を押さえながらふぅ、と大きなため息を吐く。
「何かまずかったのか?」
タツミがダルミアンに問う。
「そうだな・・・まず二つほど訂正しておこう。タツミ。」
ダルミアンはタツミの前に腰を降ろし、言葉を続ける。
「グロリアスモンキーの親達が街を襲ったのはキースが集落にいた子猿たちを全員捕まえたからではない。」
「!?」
「そしてキースが集落の子猿を全て捕まえたのは他の候補者に『試練』を達成させないように、ではなく私の指示だ。」
「!?!?」
「私達が負っているこの傷のことも含め、それを今から順を追って説明する。」
ダルミアンはそう言うと、周囲一帯に魔法陣を展開。
温かな光が6人を包み込み、心なしか体内に熱が灯るような感覚を感じる。
「コディのように直接的な回復魔法は使えない。治癒力をほんの少し高めるだけの術式だが、これでも無いよりはマシだろう。」
話している間、少しでも身体を回復させようということなのであろう。
ダルミアンは術式を展開し終えると、再びこちらに身体を向け話を続けた。
「最初、誰よりも先にこの森に足を運んでいたのはキースだった。彼は情報を集めるなんてことはせずに直接、配下を十数人、正確に何人かは私も把握していないがそれらを引き連れこの森へと入って行った。」
「話を聞く限り、どうやらキースは配下の人間を三人一組に分け班を作り、森の中を班ごとに捜索させていたそうだ。自分の周囲に十人程残し、そこを捜索の本部として森の入り口に置いてな。」
やはり昔から多数の侍従を従え王城内を我が物顔で闊歩していたキースである。大勢いる配下の人間を効果的に扱うことに関してはタツミは感心するものがある。
きっとタツミがキースと同じような人数の配下を従えていたとしても、分担して探すなんてことは考えずに集団で行動していただろう。
と、そこまで聞いて一つの疑問が浮かび上がる。
「あれ?やっぱり数十人の配下を引き連れていたんだよな?俺と戦った時はハルベリアを合わせて5人しかいなかったが」
「タツミ、最後まで話を聞かないのは君の悪い癖だ。それも順を追って説明する。と、言ってもまだこのあたりの説明はそこのレオネル氏の方が詳しいだろうが。」
当初、タツミに会うまでの間キースの配下として行動していたハルベリアが無言で頷く。
しかし口を開こうとしないのは、おそらく勇者の家系であるダルミアンが話している途中で割り込むことを良しとしないからであろう。
タツミの傍で話を聞いているエリスも同様に、さっきから黙って話を聞いている。
「話を続けよう。キースが配下を森へと放ち、順調に森の地形や生物系の情報を集めている最中に、異変が起きたらしい。」
「異変?」
「森の奥、とある方向へ向かった班だけがキースのいる本部へ帰ってこなかった。そこでキースは今度はその方向へ3つの班を差し向け、様子を見に行かせた。が、新しく向かった3つの班も誰一人、本部へ帰ってくることは無かった。」
「その方向で向かった先で何かが起きたってことか・・・」
「その通りだ。それに気付いたキースは、森の他の方向へと進んでいった班全員の帰還を待ち、異常の起きていると思われる方向へと向かうことを決心する。そのタイミングで私はキースに追いついた。」
「森の入り口に集団で屯しているのだ。私も不自然に思いキースにそれとなく情報を聞いてみた。もちろん、私がこれまで王都や道中で仕入れた情報と引き換えにな。そこで今君たちに話したのと同じ内容の話をキースから聞いた。故にここまではキースからの伝聞なのだが、相違はないかな?レオネル氏。」
ダルミアンにそう問われ、ハルベリアは短く「ありません」と答える。
その反応に頷きで答え、ダルミアンは話を続ける。
「そしてここからの話は、私も実際に体験したことになるのだからより確実になるのだが、キースから話を聞いた私は、配下が帰ってこない方向が森の中に存在する祠の方向と一致することに気付く。」
タツミが森の中の情報を得るよりもかなり早く、ダルミアンは森の祠の情報を得ていたことに、タツミは流石と感心する。
「元より祠の方向へと向かう予定であった我々を先頭に、キースとその配下達は異変の起きた方向へと向かった。」
道中、見つけた数十人分の足跡はその時に着いたものだろうとタツミは考える。
「そして他の方向へと向かったことのある班の人間が、この方向だけ妙に静かだと気付いた。その話を聞いてから冷静に周囲を観察してみると、この方向だけ、虫も、動物も何一つ存在していないことに気付かされた。」
「・・・」
そういえばタツミ達がこの方向へと進んできた時も、道中で動物や虫に出会った記憶が無い。
元々、そういう生き物が少ない森なのかと思っていたがそうではないらしい。
「明らかに異変が起きていると感じ、我々は戦闘態勢を取りつつ、先へと足を進めた。そしてこの洞窟前へとの広場へと到着する。」
先程タツミとキースが戦闘を行い、今はダルミアン達が休憩をしているこの広場を指しながらダルミアンは言う。
「タツミ、私はそこで魔人を見た。」
「魔人!?」
思わぬ報告にタツミは声をあげて驚愕する。
魔人とは魔王の住む世界の住人。
魔獣や魔物よりも数こそ圧倒的に少ないが、その知力、魔力、能力ともに魔物や魔獣とは比べ物にならないほどの力を持っている、上位に位置する種族である。
「黒い全身に、赤い脈を表皮に纏った禍々しい気を放っていた魔人の周囲には、この場所を集落にしていたのであろうグロリアスモンキー達が倒れており、倒れている中にはこちらの方角へ向かったキースの配下も全員いた。皆、意識はあるようで行動だけが縛られていたようだった。」
「幸い私たちは魔人の後方から広場へ近付けたこともあり、魔人はこちらに気付いてはいなかった。故に息を殺し、気配を絶ち、そのまま私たちは観察を続けた。何しろ相手は魔人だ。話だけは王城内でも聞いていたが、下手に正面から挑めば一瞬で全滅させられる可能性もある。」
それほどまでに恐ろしい存在であると聞かされ続けていた存在である。
ダルミアンやキースまでもが慎重になるのも頷ける。
「私たちが観察を続けていると、魔人は何か詠唱を始めた。すると倒れていたグロリアスモンキー達が起き上がり、同じように倒れていたキースの配下達を・・・」
そこで一瞬ダルミアンは言葉を濁す。
「喰らい始めた。」
「!?!?!?」
「生きたまま食われ、悲鳴をあげる彼らをキースは手を震わせ、逸る身体を押さえつけながらジッと耐えて見ていた。そうしている間に魔人は猿達を操り、今度はその子猿達をも操った親に食べさせ始めた。」
「なっ!?」
「そこで彼、キースの我慢は限界に達したのだろう、魔人へと跳びかかって行ってしまった。」
実にキースらしい判断である、とタツミは思った。タツミからすれば配下の人間が喰われ始めた際、少しでも我慢していたというのが信じられないくらいである。
昔からよく衝突した相手である。どうすれば怒り、どうすればそれをぶつけるのか、それをタツミはよく知っている。
「もちろん、キースが飛び出したことで彼の配下の者達も前に出た。そして戦闘が始まった。」
魔人、そして猿達とキース率いる軍団とがこの場所で激突したのである。
この場所に近づくにつれ、無数の戦闘痕を発見したが、おそらくはそれが原因なのであろう。
その戦闘痕から、かなりの規模の戦闘であったことが窺い知れる。
「当初より、戦いは魔人達が優勢であった。数でも力でもあちらが上なのは明白だった。しかし-」
ダルミアンは続ける。
「戦いにならない程、一方的な戦いという訳でも無かった。魔人本体にそれほど力があるようには思わなかった。故に私達も戦場に出た。みすみすキース達を死なせる訳にはいかないからな。」
「・・・」
タツミは、お前は最初から、キースと共に前に出なかったのか。とダルミアンに問うのはやめにした。
彼はそういう男であることも充分に知っていたからだ。
常に冷静で、常に戦況を見つめ、勝利する。その為に無駄なことは行わない。
相対した当初は相手の戦力がわからなかった為、戦場に出て戦うことは愚策としたのであろう。が、キースと戦っている魔人を見て倒せる、もしくはキース達を救えると判断したから戦場へ参加した。
ダルミアン・ウィルフレッドはそういう男である。
非情で、冷静で、そして一番優秀な男。それがダルミアン・ウィルフレッドである。
「私達は3人がかりで魔人を猿達から引き離し、1対3で戦闘を行いつつこの場から離れて行くことを選択した。キースに、残ったグロリアスモンキー達を保護するように命じてな。」
「そこからのこちらの戦況はレオネル氏の方が詳しいだろう。」
ダルミアンはそう言うと、ハルベリアの方へと目線を向ける。
「話してくれるか、ハルベリア」
タツミがそう言うと、ハルベリアは口を開いた。
「ダルミアン様が魔人を引き連れた後も、キース様と我々はグロリアスモンキーの子等を保護しながら戦闘を続けますが、全方位から迫りくる彼らの攻撃に我々も一人、また一人と倒れ人数が減っていきました。
故にキース様があの洞窟に入り、攻撃の来る方向を絞って迎撃を続けました。」
ハルベリアは淡々と、その戦場の様子を口にする。
「迎撃を繰り返すうちに、猿達も諦めたのか姿が見えなくなっていました。私たちは警戒を続けつつ、洞窟の中でやっと、一息ついておりました。気付いた時にはキース様と私を含め、洞窟の中には5人と、捕まえたグロリアスモンキーの子供たちしかいない状況になっておりました。」
淡々と話していたハルベリアが、少し悔しそうな口調に変わった。
「そして少ししたら俺たちが来た・・・って訳か。」
そこから先の経緯はタツミの知る所である。
「そしてタツミとキースが戦って今に至る。という訳か。」
ダルミアンもそこで話が繋がったと言わん顔をして頷く。
「逆にこちらは、魔人と戦いながらこの場から離れ、なんとか隙を見つけてここまで後退してきたところだ。」
ダルミアンは傷だらけで休んでいる配下の二人に一瞬目をやり、続ける。
「さて、タツミ・ウィルフレッド。君を勇者の子だと思って一つ協力してもらう。本来はキースに頼む予定であったが、この際仕方ない。選択肢は二つある。君はどちらをやり遂げる自信がある?」
指を二本立て、タツミに向かって問うダルミアン。
「一つは、今ここで、洞窟の中のキースの配下の彼女に説明し、子猿を連れて森から撤退。王城へ戻って試練を達成した後、魔人がいることを父上と王へ報告。討伐隊を森へと差し向けてもらう。」
「魔人がいると分かれば父上が直々にこちらに向かって下さるかもしれん。実際、それほどの相手だった。」
ダルミアンの配下二人は、すでに満身創痍気味であることはタツミにもわかる。
話している姿からは想像できないが、もしかすればダルミアンはこの配下の二人以上にダメージを負っている可能性だってある。
無論、そのような素振りはまったく見せないのであるが。
本来ならこの場所まで後退してくるのもかなり辛い程の傷であることは簡単に見てとれた。
「もう一つは?」
タツミはもう一つの選択肢をダルミアンに聞く。
「もう一つは、その討伐隊が来るまでの魔人の足止めだ。奴は今頃、私を探しているだろう。そして、すぐにここまでやってくる。ここに来るまでに血を流し過ぎたからな。できる限り痕跡は消してきたが、血の痕に気付かれればすぐにでもこちらに追いついてくるだろう。奴は、今はこの森にいるがいずれ住処を変えるだろう。次はまたどこに現れるかわからん。そして、その度に動物を操り、生態系を狂わせ、街を襲わせる。それを見過ごすわけにはいかん。奴は必ずここで討伐せねばならん。勇者の子として。」
タツミはその通りだと頷く。
自分の目の前でこの世界の脅威が暴れていると知った今、勇者の子として、ウィルフレッドの家の者として、ここで逃がす訳にはいかない。
「問おう、どちらならばやり遂げる自信がある?自信のある方を君に頼みたい。」
ダルミアンはそう、タツミに問いかけるのであった。
「そうだな。身体強化を使って全力で走れば、俺の方が王城へ着くまでの時間は短いだろうな。少なくともこっちは失敗することは無いと思ってる。」
タツミは真っすぐ、自信に溢れた目でダルミアンへ返答する。
「ほぅ、ではそちらをタツミに・・・」
「だけど!」
ダルミアンが話を続けようとするのを遮ってタツミは続ける。
「今、俺の目の前には傷だらけの人間が三人もいて、俺が討伐隊を呼びに行ってしまったらその三人が再び魔人と戦わなければならない。」
自信がある訳では決して無い。
タツミよりも優秀であるダルミアンと、その彼が選んだ優秀であろう配下二人がほとんど傷だらけになりながらもなんとか逃げてきたような相手である。
そんな相手にどれだけ時間を稼ぐことができるか、全く想像もつかない。
だが、それでも-
「だったら答えは決まってる。ダルミアン。魔人と戦って気付いたこと、特徴、何か効きそうな攻撃、何でもいい情報をくれ。」
長棒を構え、腰に木刀を挿し、ダルミアンの治癒魔法で若干楽になった身体を動かした後、タツミは答えた。
「俺が止める。」
一文抜けてる箇所があったので訂正しました。急にタツミが話を始めて違和感まるだしだったのはそういう理由です。すいません。