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二人の理屈じゃない想い

 ――莉子と大上は、知り合ってまだ日が浅い。

 知らないことはもちろんある。むしろ、知らないことの方が多いだろう。

 けれど一つ、分かったことがある。

 大上樹はウソをつく。

 平気な顔で、ウソをつけるということ――



 翌日の放課後。校門前に立つ莉子を見つけると、大上は一瞬、変な顔をした。今度は、苦手な食べ物を前にした子供のような顔だ。

「⋅⋅⋅嬉しいな。昨日の今日で、また会いに来てくれるなんて思わなかった」

「嬉しいっていうわりに、テンション低めだけど」

 昨日は駆け寄ってきたのに、今日は足取りも重い。距離を縮めるのが憂鬱みたいに。

「今日、一緒に帰ろ」

「え?莉子ちゃんの方から放課後デートのお誘い?やだウソみたーい」

「デートじゃないし、誘ってもない。これはあくまで強制なの。大上君が嫌がっても、絶対家までついてくから」

「切り返し早いよね~。そゆとこも好き」

「そっちも、いちいち口説くね」

 いつもの調子で軽口をたたくが、無理しているのは明らかで、会話が続かない。結局大上は、疲れたように口を閉ざした。

 普段よりずっと物静かな大上だったが、それでもすれ違うたくさんの人が声をかけた。また明日、と手を振る者、一緒にカラオケに行こうと誘いかける者。女生徒なんかは明らかに莉子を値踏みするので辟易したが、転校して三ヶ月程度でこの人気ぶりはすごいと思った。正直莉子より友達が多いだろう。

 大通りから住宅街に入り、ひと気が少なくなったところで本題を口にした。

「昨日の話だけど。私はやっぱり警察に相談するべきだと思う」

 真面目に話しているのに、大上は莉子の真剣さをかわすようにおどけた。

「でも、心当たりないしぃ」

「なくても。短期間に二度もひかれそうになるなんて、絶対おかしい。ケガがないから対応してもらえるか微妙だけど、まずは行ってみようよ」

「心配してくれるの?あ。もしかして、そろそろ俺に夢中?」

「そうやって、はぐらかそうとしないで」

「⋅⋅⋅⋅⋅⋅ホント、容赦ないねぇ」

 大上は空にため息を放った。何を考えているか分からない横顔をもどかしい思いで見つめる。やはり彼は、まともに取り合うつもりはないようだ。それでも莉子は食い下がった。

「大上君、犯人は――」

「もういいよ、莉子ちゃん」

 強い口調で遮られ、思わず口を閉ざす。物柔らかに話す大上から、こんな厳しい声を聞くのは初めてだ。立ち止まって見上げると、無機質な視線とぶつかった。莉子に対して何の感情も宿っていない瞳。

「莉子ちゃんてもっとクールな子だと思ってた。そこがよかったのに。俺、追いかけられるのあんまり得意じゃないんだよね~」

「⋅⋅⋅それは今、関係ないじゃん」

「一緒にいるのしんどい。つーか正直冷める」

 明確な拒絶の言葉とともに、大上はいつもの笑顔を見せた。この場面にはあまりに不釣り合いな、人懐っこい笑み。だからこそ、一層突き放されたように感じる。

「バイバイ」

 去っていく背中を追いかけられなかった。彼の言葉が、地面に足を縫いつけているみたいに。

 莉子は、動かないつま先に目を落とす。無様なほど膝が震えていた。目をつむって涙をこらえる。 

 ―ダメだ。ここで手を離しちゃ、ダメ。

 震える足を、一歩踏み出す。ゆっくり、また一歩。

「⋅⋅⋅大上君、分かってない。全然、分かってない」

 呟きはかろうじて、遠ざかる背中に届いた。大上が怪訝そうに振り返る。

「急に、未来が視えるようになって⋅⋅⋅私、頭がおかしくなったのかと思った。気のせいだって、何度も自分に言い聞かせても――やっぱり視えて。怖くて、親に相談したら⋅⋅⋅おかしなことを言うなって、注意されるだけで」

 危険な予知を視た時、無視されようと、気味悪がられようと声をかけ続けたのは、正義感からだけじゃない。莉子はただ、信じてほしかった。おかしくなんかないと、認めてほしかったのだ。誰かに一言、信じると言ってもらえたら、それだけで十分だった。

「大上君がまともに聞いてくれたのは、そもそも危ない目に遭ってたからだよね?予知なんかなくても知ってたから。そんなことは、もう私も分かってる。それでも」

 どんな理由であれ、話を聞いてもらえただけで莉子がどれほど救われたか、彼は知らないだろう。

 大上と話すたび、ばらばらに砕け落ちた心を、大事に拾い集めているような心地がした。

 出会って間がなくても、莉子の心は確かに救われたのだ。

 ―今も、ほら。どうでもいい他人の話なんか、黙って聞いてることないのに。やっぱり大上君は優しい。

 彼の優しさに触れるたび、莉子はなんだか泣きそうになる。大切に、大切にしてあげたくなる。

「私はあなたに救われたから。だから、決めたの。大上君のウソには、絶対騙されないって」

 大上はウソつきだ。平気な顔でウソをつける男だ。

 けれどそのウソは、いつだって誰かのための優しいウソ。人を傷付けない、守るためのウソ。

 そのウソで、大上自身が傷付かなければいいと思う。苦しんだり、悲しんだりしなければいい。

「お節介だって言われても、ごめんね、大上君」

 ―無理やりにでも、あなたの心をこじ開ける。

 莉子はすうっと息を吸い込んだ。両足に、ぐっと力を込める。

「犯人、知ってるんでしょう?」

 一晩中考えた。もし大上が本当に狙われているのなら、それを警察に相談しないのはなぜか。

 心当たりを聞いて『全然ない』と答えた大上。予知の話をはぐらかそうとする大上⋅⋅⋅。

 彼は、犯人に心当たりがあるのだ。命を狙われる原因にも。それなのに口を閉ざすのは、彼の性格から考えると、おそらく――

「あなたは知り合いだから、犯人を庇ってる」

 大上は答えない。どんな表情も浮かべず、莉子を静かに見つめるだけだ。

「私の意見は変わらない。警察に、相談しよう?もう予知なんて関係ないの。私が、あなたの傷付くところ、見たくない――」

 ふと、大上の背後の白いワゴンに目が止まった。なぜだろう。見覚えがある気がした。

 ―そうだ。さっきの曲がり角にも、同じ車が停まってた。

 ワゴンには人影があるのに、車は動いていない。ライトも点いていなかった。だがそれくらいで不審車とは言えない。それなのに、何かが引っ掛かった。

 夕暮れが去り、夜のとばりへと向かっていく景色。もっと他にも、どこかで見たことがあるような――

 考えているうちに、ワゴンのヘッドライトがパッと点る。同時に閃いた。

 これは、予知で視た光景そのものだ。

 エンジンをふかして車が急発進する。莉子たちが見えないはずもないのに、ブレーキをかける気配はない。

「大上君――!」

 咄嗟に大上の前に進み出た。

 運転席はよく見えない。ライトをハイビームにしているのか、視界が白く焼ける。

 真っ白な闇の中にいるみたいだ。そうぼんやり考えながら、莉子は目を閉じた――。


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