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09 示す者と開く者

 じわりと広がる不快な熱にふと目を覚ました。

 滲んだ汗でべた付く服も布団も不快で早く脱ぎたいと思う反面、身体は動きたくないと訴える。闇を物ともしない左目で時計を捉えると時刻はまだ夜の10時過ぎ。学校から帰って即ベッドに倒れたから、何だかんだで6時間は寝ていただろう。その間にがっつり熱は上がったらしいが、それも予想の範囲内。

 そこまで認識してから、このままでは治る物も治らないだろうと、不調を訴える体を押して起き上がり、冷蔵庫に常備してあるスポーツ飲料を取り出した。一気に飲みたい所を耐えて時間をかけて嚥下するだけで気分は大分変わる。


「あー……薬貰っとけばよかった……」


 独り言を呟いても時既に遅し。解熱剤の類は前回で完全に飲みきってしまった上、面倒だからと取りに行かなかったのが災いした。寝てれば治る系のものでも、そもそも病気でも無い為にどうしようもなく、いっそ連絡をとって運んで貰うか……と、後が怖い事を考え始めた。



 瞬間。



「……なんてナイスかつバッドタイミング」


 今、正に結界が突破された(・・・・・・・・)。随分と久しぶりなお客さんだ、と飲み切った飲料を机に置いて着替えを始める。怠いなんて良い訳は効かない。此処に僕が居る限り、例え血を吐いていても果たすべき僕の仕事だ。汗の染みた服はその辺りに投げ捨て着替え、最低限の時間で必要な道具だけを持って窓から飛ぶ(・・)

 飛行魔術は【風】の中でもかなりの難易度だが、元来非常に魔力の強い風属性な僕にはそう難しい物でも無い。もう一つ、‘王宮’に伝令の魔術を起動できる位には。


「此方ヴィレット学園。応答せよ。繰り返す、此方ヴィレット学園」

『……リーン?どうした!?』


 聴こえて来たのは若い男の声。久しぶりのコールだった為か微かに焦りを含んだその声に内心で笑い、口では真面目に報告のみを返す。


「恐らく5体侵入。結界のレベルを上げるから、そっちからの連絡届きにくくなるかも。応援は要らない代わりに、2つ許可が欲しい」

『分かった、許可する』


 それだけで伝わるのは体調が宜しくない今はとても有り難い。手短に済ませた連絡を終え、他の生徒に見つからないように空を飛んでいると見えて来る黒い影が5つ……と、紫のナニか。土の魔法が影を抉って一体消滅した……と目視した瞬間頭が真っ白になった。あの紫は、アルではないか!


「ちょ、何でアル!?」

「ってリーン君!?何で此処に!?」


 思わず叫んで着地すると、向こうも此方の声に反応して驚愕を露わにした。そんな間にも黒い影――犬か狼のような形をしたソレはアルに迫り、真っ黒な牙を向ける。


「っと!アル、何で此処に、居るのか、聞きたいのは、僕の方なんだけど!」


 急遽展開したアーセナルで牙を止め、蹴りで影を吹っ飛ばしてから収束させた魔力の塊をぶつける。あっという間に消滅した所を見るとそう強い物でも無かったらしい。2体がやられた事で初めて警戒心を持ったのか、残り3体がジリジリと距離を詰めたのを見てから再びアルを垣間見た。


「で、説明」

「……アレを読んでしまったのは恐らく僕です。責任は取らなければ、と」

「は?【禁術】でも使ってたの?雑魚とはいえ【異端(ゼノ)】が発生するとか」


 奴等の発生は現段階の研究では不明瞭だが、強い負の感情が起こった場で比較的発生しやすいのではと言われている。学生同士の恨みや妬みが多いこの学園では確かにしばしば発生する代物ではあるが、前に発生したのが2年前だから、周期が若干早い。大体僕が知っている限りでは5、6年間隔らしい。長いと10年発生しない事もあるとも聞いた。

 それなのに発生するどころか、アルが呼んだ?どういう事だ。


「いえ、魔術云々では無く……僕が、アレを引き寄せる体質なんです。君が何故此処に来たかは知りませんが、巻き込んで済みません。やはり、国に管理された学園とは言え僕が一ヶ所に留まるのは不味かったですね」

「……どういう事」

「そのままの意味です。これだけ人が多い場に居れば、他の人にも危害が出ました。農村部だと作物に影響が出るので都会の土地を特に有効活用しない場所の方が、と踏んだのですが間違いでした」


 本気で申し訳無さそうなアルは、しかし警戒を解かずに何時でも魔術を放てるようにはしている。その様子を見るに、今までそこまで目立っていなかったが、随分と戦い慣れているようだ。しかも、対異端(ゼノ)戦において。色々と気になる点が多く目を細めると、アルの方が心配そうな声色で訊ねて来た。


「ところでリーン君、君体調は?」

「熱酷くて最悪かな。とっとと終わらせて薬取りにでも行き――!?」


 空気が異様なほど重くなった。ゾッとする程の濃い魔力が目の前でとぐろを巻き、目前で形作られる。ライオンのような形を取ったあれも、【異端(ゼノ)】なのか。


「最悪……何あの超強そうなの」

「リーン君、辛いなら後ろに下がってて下さい。アレは本気でマズイですよ」


 言外に足手纏いだと宣言したアルトにムッとして思い切り睨みつけようと思ったが、それもアルの開かれた瞳を見て霧散した。紫の瞳の奥に在る、明らかに異質な紋章。それを見て気付かない程鈍感では無い。


「獅子型……レベルⅣですか。急所は腹の奥の核のみ……魔力の密度が邪魔して中級魔術では到達するかどうか……」

「アル――?」


 ひくり、無意識に呼吸を止めてしまい喉が鳴る。熱を持っている筈なのに、酷く冷たい汗が背筋を伝う。


「―――その目、まさか」


 【聖痕(スティグマ)】?という言葉を呑み込むが、言わずとも分かったらしく寂しそうに笑って頷くアルに、大きく心臓が跳ね上がる。

 【聖痕(スティグマ)持ち】、それもまた理論が分からない能力を持った人間を指す呼称の一つだ。魔力と異なる力を使い、魔力では再現できない威力、技術を呼吸するのと同じように使う異能の力。その能力は現在60程見つかっていて、同じ能力者は同じ時代に絶対生まれないという法則性を持つ。つまり何かしらが原因で――この要因を魂の転生と考える動きがあるが――次の人へと能力が移ろうのだ。


「お察しの通りです。コレが、【異端(ゼノ)】を惹き付ける原因ですよ」


 その言葉の衝撃に、息を吸う事すら忘れた。半月のみが地を照らす為酷く薄暗いのにも関わらず、紫の瞳の奥に潜む紋ははっきりと映る。まさか、という感情が心を占めて今がどんな状況か完全に忘れ去っていた。【異端(ゼノ)】が動き出すまで。


「おっと!」


 地面に魔術をかけて動きを封じようと試みたアルの姿に、漸く頭が動き出した。今はこうしている場合ではなかった。植物が腐食してきているのを食い止めなければ。


「アル、アーセナルは!?」


 確かアルは前に申請出して、この前受け取っていた筈だ。普通に考えてこの場には持って来ているだろう。


「持ってますけど、使用許可降りてませんから、解放出来ません!」


 その場から動かない異常な【異端(ゼノ)】以外は雑魚なので早めに片付けようと、アルの応援に魔術を幾つか放ちながら訊くが、返って来たのは当たり前の解答。失念していたが、普通は許可下りなきゃ無理だった。仕方ない、と一瞬で思考を回転させその場で叫ぶ。


「アル!リーンフォース=ローゼンフォール二等空尉の名の下にアーセナルを臨時使用許諾する!」

「は?」


 アルのポーチに刺さっていたアーセナル二本を抜き取り、臨時使用の為に設定されている魔力量を注ぎ込めば、それは簡単にカチリというロックが外れた音を鳴らした。唖然とするアルに返して自分の杖を持ち直す。汗で滑って仕方が無い。アレは並大抵の事では打破できそうもないので、久しぶりに本気でやらないと拙そうなのだが今の体調でどこまでやれるかは疑問だ。


「え、二等空尉ぃッ!?」

「そゆこと。アル、君の能力何」

「え、あ、【示す者(クルスス)】です。別名《見透かす目》」

「成程、この状況にはお誂え向きな能力だ」


 唐突な質問にも対応してくれるアルの適応力はとても有り難い。雑魚も全て消滅し、残るは相変わらず動かない一体のみ。だがじわりじわりと腐食が進む所を見ていると、刻一刻と拙い状況に進んでいるのは間違いないだろう。先に許可をとっておいて良かった、とチョーカーに手を伸ばして装飾に見える石を探す。


「アル、此処に結界張るから。魔力汚染起こさないよう気を付けて」

「魔力汚染って……え、リーン君BBBランクですよね!?アレってAA以上の人じゃないと起きない筈じゃ?」

「そーなんだけど……って、あれ?」


 カチカチとその石に触れても魔力を通しても何も起こらない。不思議そうなアルとは裏腹に、段々と焦りが募る。まさか、と思わず呟いて先程展開していた連絡用の魔術を発動させる。何をしていると聞きたそうなアルも一旦放置だ。今はこの地味な危機を乗り越えたい。


「此方ヴィレット学園、応答せ――」

『っだー!馬鹿なんですカ貴方!リーン君の許可コード無くシタァ!?』

『だから悪かったと言ってるだろう!リーンが気付く前に早く見つけてくれ!』

『うわ、ちょっ、書類が崩れた!』

『それ明日までの山だったんだが!?』


 ――何というか、阿鼻叫喚だった。アホの集い、と頭を抱える横で、範囲指定していない術式だった事も相まって、思い切り向こうの会話を聞いていたアルがポカンと呆けて、一瞬アーセナルを落としかける。慌てて警戒態勢に戻ったが、何というか台無しだ。あまりの酷さに普段より低い声が自然に唸り出た。


「……ねえ、さっさと解除してくれない」

『――ッ!?リ、リーン何時から』

「『バカなんですか貴方』辺りから。無くした事も全部丸聞こえなんだけどとっととしてくんない。こっちはかなりヤバいんですけど」

『わ、分かってる今3人掛かりで探して――』

『ありマシタァ!』

『それをこっちに!』


 シリアスムードが完全に壊れ、コミカルムード一直線だ。多分体調不良が原因ではないであろう頭痛が酷い。これが‘軍上層部’の人間達だと世間一般に知られたら、果たしてどうなるか。夢は確実に壊れるだろう。社会問題に発展しない事だけを祈る。

 そうやって頭を抱える事数十秒、騒がしい音が響かなくなり、‘彼’の許しが下りた。


『サードまで解除した!奥の手使いたいなら――』

「はいはい、後で連絡するかもね」


 それを最後に通信を切った僕を見て、アルが言葉で表現しにくい顔になる。戸惑いと疑問と、他諸々も含まれているだろう。混乱したままで戦われても此方が困るし、今度こそ放置は良くないだろう、と腹を括って僕はアルに語りかけた。


「アル、詳しくは後で――僕が回復したら話してあげる。今は手短に済ますけど、僕はさっきの肩書通りで、軍上層部の人間だ」

「……みたい、ですね」

「で、僕の能力なんだけど……」


 カチリ、と今度こそ首輪が解き放たれた。連動してブレス二つも解除され、抑えられていた莫大な魔力(・・・・・)の一端が辺りにまき散らされる。それだけでもアルは驚愕を露わにするが、もう一つの力を解放すれば、それは絶句へと変わった。


「な……ッ!?」

「【封印具(リミッター)】解除したからこれでAAランク相応。ついでに僕も君の仲間だよ、アル」


 否が応でも視界に映る、純白の巨大な翼。人体にある筈の無いそれの印は、項のチョーカーで隠された部分に在る。羽を彷彿させる緑の紋様は、風属性の【聖痕(スティグマ)】の証。


「つ、ばさ……まさか!?」

「その通り。僕は【開く者(アミュレット)】だよ」

「……ッ成程、通りで……これで僕も、この能力を理由に逃げられなくなりましたね」


 現在見つかっている【聖痕(スティグマ)】には能力名が名付けられている。が、アルの納得はよく分からない。怪訝な顔をして直視すると、理解してくれたようで苦笑しつつも教えてくれた。だが、少し泣きそうな笑顔のようにも見える。


「僕一人ではあんな高位な【異端(ゼノ)】は流石に来ません。僕等の能力が相乗して呼び寄せてしまったのでしょう。君までそうだと言うのなら、僕はこの能力を理由に何処かには逃げられませんね」

「……僕は護るどころか、敵を呼び寄せてたって事?」

「いえ、どっちみちこの学園の【場】の関係上来ていたと思いましたよ。多少時が早まった気もしますが、護り無しに襲われたよりは余程此方の方がマシでしょう」


 その言葉は僕の心を軽くさせた。誰かを危険にさらす事は怖い。誰かを守れない事はもっと怖い。そんな僕にとってアルの言ってくれた言葉はとても有り難いものだった。アルがこんな所でお世辞を言わないのを知っているから、尚更。


「そっか……本当に、良かった……」


 安堵の吐息を漏らし、しばしこの安心感に浸る。が、それも何かを引き摺るような音がして冷めた。

 視線を上げると【異端(ゼノ)】が少しずつ此方へ接近している。今まで止まっていた事がそもそも奇跡のような事だが、何がしたいのかがよく分からない僕としてはこの後どうなるか、点で検討が付かない。


「リーン君、アレの腹の奥に核があります。魔力でないと攻撃は通りません」

「アルは剣に魔力纏わせられる?」

「問題無く」


 という事は、あまり気乗りはしないがアルに前線を頼むしかない。この身体で激しい運動は無理だ。後方支援に徹するしか出来ない自分に歯痒ささえ感じるも、悔いた所で遅いのだ。


「じゃあ、悪いんだけど前線よろしく。援護射撃と――そうだな、【場】を移そう。少しだけ時間稼ぎを頼んだ」

「分かりました。何するかは全くもって分かりませんが、早めにお願いしますよ」


 徐々に、徐々に近づいてくる敵に低く腰を下ろして待機する。アルは狙いが分からない状態で闇雲に突っ込むタイプでは無い。そして、僕の方も杖を地面に突いて詠唱を始めた。


『閉じし世界 開きし世界 無限の時は夢を見る』


 まずは【場】の形成。視界に入る位置全てを読み込み、情報として術式にインプット。


『空は蒼を映す されども何も写さず』


 次いで【場】の展開。詠みこんだ情報をトレースし、全く同じものを全く別の場所に作り直す。が、これをやるだけで一気に魔力が吸い取られる。【封印具(リミッター)】ギリギリの放出量になるよう調整しながらなので中々に体への負担が大きい。ぐらりと大きく揺れた視界に思わず息を詰めるも、締めの為に魔力を絞り出した。


『っ……空は見る 時が無限に続く姿を 時は見る 空が映りゆくその様を しかし誰も 私を見る者は無く!』


 世界がぐにゃりと歪み、しかし目前には全く同じ【世界】が広がった。


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