08 夢追い人
気だるいなぁ、と起きた瞬間思ったような春の朝。しかしこの程度で学校を休める程優しい環境でも無いので、のそのそと起き上がって食堂へと向かった。
「なぁ知ってるか?最近お宝狙いの盗賊が巷で増えてるんだとよ」
そんな時、メイが朝食の席で持って来た話題は唐突だった。基本寮なのでビュッフェ形式なのだが、彼は最大限にそれを利用し大皿3枚に山盛りにして持ってくる。それでも足りないと席を立つ事も少なく無いのだが、果たしてメイは何処に大量の食糧を仕舞い込んでいるのだろうか。
「あー、それ私も聞いたわ。城下にある規模の小さい博物館が一件と、ジェントリの屋敷が二件だったかしら?」
「盗まれたのは全部魔導具なんでしょ~?でもよく警備が厳しいそんな所から盗めたよね~」
「魔法を一切使って無い犯行だから警察も手を拱いてるらしいよ。軍が動く基準は第二級危険魔導具以上かAランク以上の魔術が発動された場合だから、軍は手を出せないって聞いた」
サラダを突っつきながら話題に乗るとへー、という気の抜けた返事が返って来た。警察には一切Sランクオーバーが居ない為、軍部からは舐められ気味らしい。しかしその実Aランクオーバーの数は警察の方が絶対的に多いので、中々に確執が深い。今回の一件は軍が手を出せないというだけで最初警察は高笑いしてたらしいが、一向に被害を食い止められなくて立場が逆転しているとか。
「ところでスゥさん。君の家もジェントリじゃありませんでした?大丈夫なんです?」
「ん、ウチは仕事が仕事だから魔導具って大したの無いんだ~。オール電化だしね~」
「そういやオレん家のマナーハウス大丈夫かな。結構魔導具保存してるんだけど」
各々が口先だけで心配するが、実際はそこまで考えて居ないのが丸分かりである。メイの屋敷に関していえば、幾らなんでもやり過ぎだろう、という程の防御魔法やトラップが仕掛けられているので心配するだけ無駄である。ヴィレット帝都一強固な屋敷は間違いなくフォロートのである。
「それこそ城は大丈夫なのか?警護は確かに固いだろうけど……」
「あそこに入り込もうとする猛者なんて居るの?居たら拍手喝采で讃えてあげるけど」
「でもよくネタで隠し廊下とかあるじゃん?あんな感じの無いのかなーと」
「メイ君……漫画の読み過ぎじゃないですか?」
「失礼な!」
もそもそとサラダを食んでいる間にもぎゃあぎゃあと話題は進む。若いって良いなぁ、と自分の年齢を放置して騒ぎを眺めていると、横からスゥさんが覗き込んで来た。その目に映る心配の色にはどうしても慣れる事が出来ない。
「リーン君、サラダしか食べて無いけど大丈夫~?」
「今日も調子悪いの?」
皿に乗せて来たのがまずサラダと果物だけ、というのは流石に目立ったか。彼女達が気付いた事で会話を止め、覗き込んで来る皆に申し訳無い事したと反省しながらも苦笑して肯定する。
「身体弱いのはもう諦めてるから大丈夫だよ」
「だからって無茶したら駄目ですよ。君は自分の限界を知るべきだと思います」
「もう何回授業中に倒れたっけなー」
「1年に4、5回位?」
「冬場は半分位休んでるもんね~」
本当に酷い言われようである。だが反論できない。倒れているのは事実だし、自分の限界を今一判っていないというのも間違っていない。取り敢えず黙ってそっぽを向いていると、仲間内全員からの視線が突き刺さって痛かった。これには流石に無視出来ない。
「……努力はするよ」
「ええ、是非お願いします。幾ら君が軽いとはいえ同い年背負って帰るの結構大変なんで」
「うぐ……」
「つまり背負われなきゃいけない位の無理を何回もやらかしてる、と」
ソルトの冷たい視線に全員が肯定を示す。付き合いの短いソルトが僕等の常識に呆れる事は今更なのだが、こうやって周りも呆れたような視線を向けて来るのは酷いと思う。誰だって好きでこうなった訳では無い。
「取り敢えず、その皿に乗せてあるモンは全部食えよ」
「……君の食事風景でお腹いっぱいなんだけど」
既に二皿消化してるのはどうかと思う。メイの胃袋は四次元にでも繋がっているのではないかという疑念は年々強まるばかりだ。此方は食欲が減退していてこの通りあっさりしたものですら喉を通りにくいというのに、食欲魔人の彼が命じた言葉は今の僕にとっては拷問だ。
そうは思っても実際食べなければ動けないのは分かっているので、泣く泣く果物にフォークを突き刺した。
◆ ◆ ◆
そんな状態で午前の授業を終わらせたが、案の定昼になれば具合は輪をかけて悪くなっていた。
「おーい、保健室行くか?」
「……ソルト」
昼食の為に皆机を動かす中一人突っ伏していると、痺れを切らしたように切り出された。重い頭を少し上に動かすと、ソルトだけでなくスゥさんとネリアさんも覗いていたらしい。朝と同じ光景が繰り返されている、とぼんやりとした頭でふと思った。
「あー……いい。出席日数ヤバくなる」
「去年もギリギリだったからね~……」
2年であっても色々と大変だったのだ。一応義務教育最終年の今年、出席日数は更に厳しくなるだろう。一番体調を崩す冬場の為にも今のうちに日数を稼いでおかなければ拙い。今年はやる事がかなりある予定なので尚更だ。
「午後の授業は苦手属性の使用訓練らしいですから、リーン君はきっと免除されますよ。既に全属性戦闘レベルまで使用可能なんでしょう?」
「一応ね……火と土はあんまりだけど」
「使える奴に言われたかねぇけどな」
この間漸く風を習得したばかりのメイでは実戦には使えないだろう。この年齢であれば本来三属性使えたら十分過ぎるというのに、僕という高みがある所為か今年は張り合う生徒が多い、と先生が何時だったか喜んでいたものだ。僕はアレなのだろうか、馬の目前にぶら下げられた人参。
「で、昼は食べないの?食べるようなら運んでくるわよ」
「ありがとう。でも食べられそうには無いかなぁ」
この調子では育ち盛りの為に出される昼のメニューは受け付けられないだろう。好意は有り難いのだが、この学園の収容人数分を考えるとそう易々と一人一人のメニューは変えられないだろうし、変えられたとしてもアレルギー用だ。過去に何回かこうなった事があるから重々承知している。
「ま、食べれなくなる事は見越してあったから買い置きしておいたゼリー持って来たし、大丈夫だよ。流石に何も食べないとエネルギー不足でガチで動けなくなるし」
「慣れてるとそういう所にも思考回るのな。最早経験論?」
「残念ながらその通りだよ」
こんな経験論無い方が良いに決まってるのに、虚弱とさえ言える僕はこういう些細な点に気を配らなければ生きていけない。めんどくさがって救急車呼ばれるなんてのは御免被りたいし。
皆がガヤガヤと昼食を取りに行っている間に、特売やってた賞味期限ギリギリのカシスゼリーを鞄から引っ張りだして、少しげんなりする。買った時は安いし珍しいと思って手に取ったけど、いざ体調悪いと量多い。
そして皆が机に戻って来てフォークを取った時点で諦めてゼリーを口に含んだ。酸っぱい。
「ところでリーン、お前のソレって風邪じゃないよな?原因何なんだ?」
「そう言えば聞いた事無かったね~」
「今まで全然治る気配無かったし、まさか原因不明とか?」
「それだけ聞くと薄幸少年出来上がりますね」
好き勝手に憶測を飛ばすのは構わないが、悲劇の少年を作り上げるのは止めてほしい。少なくとも不治の病では無いのだから。
「原因は一応分かってるよ。治療法もね」
「え、なら……えーと、治すの難しい病気?」
「というか……病気、なのかな?」
どちらかと言えばアレルギー?と首を傾げてみた物の、自分の答えも何か違う気がする。抗体が云々、という話では無いのにアレルギーと言うのも変な話か。体質とも少し違う。
「なんかあやふやだな」
「んー、治療、ていうか……あー、身体にある毒素が問題でそれを常に抜ける環境にあれば治る、とは思うけど」
「毒素?」
「うん、毒素」
つるりと喉を通る筈のゼリーですら飲み込むのが億劫だ。これじゃあ今晩辺り熱でも出るかな、と自分の事ながら諦観していると、隣に座っていた女子たちが話している内容が耳に入った。女子の声は弱った身体によく響いてしまう。
「えー、学園ってそんな凄い所なの!?」
「噂でしょ、王殺しの魔剣なんて。何処にあるのよそんな物」
「魔法で隠されてるとか、代々校長が守ってるとか色々聞いたけど」
「そんな魔導具あったら革命期に既に使われてるでしょ」
「……王殺しの魔剣、ねぇ」
何処から聞いたのだろうと考えながら甘酸っぱいゼリーを無理に飲み込んで溜息をつく。カップに残された残りは半分。食欲の無さを痛感して、本気で食べきれる自信が無くなって来た。が、それを此処に居る友人達に伝えたら絶対零度の視線が来るのをよくよく理解しているので問われても誤魔化す。
「どうかしましたか?リーン君」
「んー……それこそさっきの話じゃないけど一旦毒素抜きに行かないと拙そうかなぁと」
「病院行くの~?」
「明日休みだし行こうかなぁ。薬も切れてるし……」
行ったら多分主治医に怒られそうだが、行かなければあと数日の内に確実にかなり拙くなるのも目に見えている。これ以上悪化したら文字通り血反吐を吐きそうだ、と予想以上の速さで悪化する身体に溜息をついた。知ってはいたが、年々酷くなっていくこの身体は如何にかならないものか。
「行ってこい行ってこい。お前から病院行くなんて言い出すの珍しいしな」
「大体が行こうとした日に急遽予定入れられて、行けずにぶっ倒れるってパターンなんだけどね」
これでも忙しいんだよ、と言っても笑われて流された。全くもって人の事信じて無いな、こいつ等、ときつい目で睨んでやれば思い切り顔を逸らされる。確かに中学生が忙しいと言っても普通は精々習い事レベルだろう。この学園で習い事はほぼ無理だが。
「で、リーン君。病院行く決意は君にしては素晴らしい物ですが、その前にお願いですからゼリー位完食して下さい。真面目に君は食べなさすぎです」
「体調悪く無いって宣言し筈なのに食ってる量がお子様ランチレベルだもんなぁ」
「……その言い方止めてくんない」
お子様ランチと比較されるのは幾らなんでも傷つく。げんなりしてスプーンを置いたら、横から更に訳の分からない説得が来た。
「リーン、お子様ランチって全部作ると馬鹿にならない値段になるモンばっかだから悪いモンじゃねぇぞ」
「ごめん意味が解らない」
ソルトの思考回路は一体どうなっているのだろうか。皆と友人になり4年目となった今は彼等の思考回路も分かるようになったのだから、ソルトもあと3年位付き合えば分かるようになるのか、と本気で考えたが想像するのは止めておいた。碌でも無い解答が返ってきそうだ。
「……で、リーン君。食べないの?」
「…………ハイ、頂キマス」
ネリアさんの口調が何だか怖かった。食べたくないと言う本能を抑えつけて無理矢理に口へと運ぶ。それに満足気な様子を見せた彼女を見て、もし此処で食べないと宣言していたらどうなっていたのかとゾッとした。無理矢理スプーンを突っ込まれていた可能性すらある。あれは絶対他人にやってはいけない。下手をすればえづいて吐く。
「それにしても午後は魔法かー……戦いたい」
「君と互角に戦える生徒なんてリーン君位しかいませんから諦めて下さい戦闘狂」
「まず殆どが武器使った事ないでしょ。無茶言わないでよ戦闘狂」
「テメエの剣の相手なんぞ絶対したかないわ戦闘狂が」
「そんなに人を痛めつけたいの~?戦闘狂」
「お前ら酷くね!?」
全員が認めた戦闘狂はデザートに取り掛かろうとしていたのを止めて叫ぶ。だがしかし、戦闘狂に本当の事を言って何が悪いのだろうか。中学生で戦闘狂レベルまでの実力を持っている人などいないと分かってるだろうに。
「戦闘狂はとっとと士官でもしたら?」
「……やれるモンならやってる」
ネリアさんの投げやりな提案に、むくれながらも肯定した。彼が軍に入りたがっているのは知っていたが、随分と本気のようだ。
「え、お前士官希望なのか?」
「まぁな。なりたいモンがあるし」
「なりたい物~?軍で~?」
「おう。かなり無理があるけどな」
「君の実力ならのし上がれそうですけどね」
パクリと最後の一口を食べたアルがしれっと返すと、メイは彼には全く似合わない表情で笑った。
「のし上がるだけじゃ、ダメなんだ」
その一言は、何故かとても重かった。