07 自分だけの武器
少しずつ、だが確実に春めいて来た頃。この学園の多くが待ちに待っていた【形状記憶武器】完成の日がやってきた。
「出席番号順に列になれー!不具合の確認もするが、問題があれば本日中に申し出ろ!それから、絶対に振り回すなよ!振り回した奴は反省文50枚+退学処分だ!武器も没収するからな!」
わいわいがやがや煩いのを掻い潜り、先生からの非常に痛い忠告が飛んでくる。武器と言う大変危険な代物を扱う以上、警備や防犯も気にせねばならない。そこらかしこに警戒した目を向けて来る先生が立っていた。少しでも使う動作をしたら即刻魔術が発動されるよう構えているのだろう。それでも冷めやらぬ生徒たちの熱、恐ろしや。先生達の視線に気付いていないのか。
「すごいねー、色々と」
「おう!ずっと楽しみにしてたからな!」
「あーうん戦闘狂は知ってたけど、他も案外そうなんだなーと」
もうコイツは安定過ぎて気にしない。めっちゃ目キラッキラさせてるけど気にしない。
僕が引いているのはテンションマックスがメイだけでなく他にも適応されてるという問題だ。武器ってそんな喜ぶものでしたっけ?随分物騒じゃないか。
「普通の人は持てねーからなぁ。一般市民からしたら中々の高級品だぜ?」
「しかもこの学園で作って貰うと統一デザインでしょ?将来的にも見た目でエリート扱いして貰えるって大事よね」
「要は使える使えないの問題じゃ無く、誇りとかプライドとか、虚栄心の問題でしょう。勿論メイ君のように実用性重視してる方も居るとは思いますが、それも軍や警察を目指す方が殆どでしょうし……」
一般市民ズから的確な回答が返って来た。そういや統一デザインだったね……白ベースに金でデザインされてるんだっけ?あと守護石が柄にはめ込まれてるとも聞いたな。成程、5万じゃ済まない。
「で、結局見れなかったリーンのはどんなのなんだ?」
「あー、この次の時間に否が応でも見れるからもうちょい待って」
「やっぱりこの後の時間ってそういうためなんだね~……武器振り回して遊ぶほど子供じゃないんだけどなぁ~」
皆がスゥさんのように大人なら何もしなくていいのだが、この隔絶された空間ではそうも行かない。大人が目を光らせないと、どうはっちゃけるか分からない怖さがある。事実我が家の人間は歴代やらかしてるし。
「次!バクスター!」
「あ、私の番。行ってくるわ」
呼ばれてネリアさんが軽い足取りで担任の方へ向かう。彼女は果たして何の武器を選んだのか。女子は基本的に杖や銃等比較的軽い武器を選ぶ傾向にあるが、何分ネリアさんといい、スゥさんといい、癖のある思考をしてるから何を持って来ても不思議じゃない。あぁでも、ネリアさんは水属性だからそう物騒な物は持ってこな―――
「ネリア、何であんな嬉々として鎌なんて選んだんだろうな……」
「大鎌とか、死神を連想させるんですけどね……」
「ネリアちゃんも何だかんだでゲーム好きだから……」
大鎌なんて使いにくい武器を厨二病的な理由で選ぶのはどうかと思う。青の短髪眼鏡委員長属性に大鎌が付属、と。色々濃い。ただ救いなのは、デザインの関係上鎌が黒でなく白いところか―――いや、寧ろ厨二感増してる。すっごい厨二。
そんな風に遠い目で彼女を見ているうちに、検査が一しきり終わり、ピッカピカの【形状記憶武器】を持って帰って来た。その顔は凄く満足そうである。うん……自分が納得するならいいんだけどね。振り回すの僕じゃないし。
「これ魔力伝導率凄い良いのね!学園に置いてある古い魔導具なんかよりよっぽど使いやすいわよ!」
「あぁ、うん。楽しそうで何よりです……」
僕の見た目も厨二と騒がれるけど、彼女にだけは言われたくなくなった。お前も十分厨二だ。
「フォロート!」
「オレか!」
凄くらんらんとして戦闘狂が駆けて行く。あ、走るなって怒られた。が、めげずに貰って早速展開する。すると現れたその刀身の独特の長さに、分かる人だけほう、と息を吐いた。
「バスタードソード、成程ねぇ……流石フォロート」
「メイの剣、なんか特殊なのか?」
分かっていないソルトが訪ねて来たので肯定すると、女子2人も興味津々な様子を見せた。アルは知ってるらしく、当初から感心した様子を見せている。
「あれ、片手半剣の一種。両手でも片手でも使える代物だから、専用の訓練必要なんだよね。だから先生達は元々使える人相手じゃなきゃ全力でお勧めしない。下手すりゃ先生も使えないから」
細身で刃が長い剣なのでクセもある。手入れの楽さから言えばエストック、軽さならツーハンデッドソード、白兵戦目的ならマインゴーシュ。他にも色々ある中で、敢えてあれを選んだのはフォロート家伝の剣がバスタードソードだからだろう。流石直系。
「先生が使えないって、それ言ったら鎌だって使える先生居るのか……?」
「棒術の先生が一応使えるらしいわよ。それに私なんてまだまだ奇抜さには負けるわ。上には上が居る」
「上は上でも斜め上かなそれ……」
ほくほくと、満足ですと顔に書いてあるメイが戻って来るのを眺めながらこの学園、及び我が家の変人度を思い返す。あぁ、確かに鎌位普通だ。鎌なんてかわいいかわいい。
「すっげー!重さまで完璧に調整されてるんだな!これ!」
「重さまで完璧に要求する中学生早々居ないと思いますけどね。満足そうで何よりです」
「おう!ウチの剣と全く同じにしてもらった!」
それ、宝剣。データあげちゃって良かったのか?まぁ、実際籠められてる能力とかは復元されてないから良いのか。まだまだ改良の余地ある武器だから、【属性付与】は技術的に出来ないし。
「ヘルダーリン!」
「ちょっと行ってきます」
アルも剣って言ってたな。先生から軽い説明を受けて、アルが展開するとその手の中には異様な刀剣―――流石アル、えっぐい。
「アル君のアレ、何~?」
「フランベルクだな……えぐー……」
「まぁ形からして禍々しいけど、何がそんなにえぐいんだ?リーンもすげー顔してるし」
「ソルト……よく覚えときな。アルはドSだって事を……」
「は?」
炎にすら見れる波打った刀身。しかも巨大両手剣使用とは、全くもって恐れ入る。それにしても、アルも一体どこへ行く気なんだろう……
「フランベルク―――ローゼンフォール語だとフランベルジュっつーんだが、アレ、完ッ全に痛めつける目的の剣なんだよ。【死よりも苦痛を与える剣】って言われる代物」
「止血しにくくて殺傷能力高い上、戦場で放置しようものなら破傷風とかかかるっていうね。アレで斬られたら即回復魔法か、せめて徹底的に傷口護るか消毒しないと色々ヤバい。下手すりゃ手足腐り落ちる」
「えぐ~……」
魔力が多い衛生兵が居ない場所であれを使われたらひとたまりもない。まぁ現代の戦い方は質量兵器とレーザー兵器、それよりも重要なのがSランクオーバーによる大規模攻撃魔法による一撃必殺系だ。戦場に勿論兵士は居るが、正直そんなに重要じゃない。革命の時のように市街地とか、滅殺目的じゃなきゃ重要ではあるが。兎も角、今なら早々フランベルジュが生きる戦場なんて無いからタダのネタ武器半分である。対【異端】戦でも普通の武器として使えるには使えるけど、そうなるとフランベルジュの持つ機能が十全には生かされない。
「つまり、そんなドS心擽られるような武器を嬉々として撫でてるアイツは相当ヤバい、と」
「私達の中で怒らせちゃいけない人ナンバー1よ、彼」
これまた上機嫌です、と言わんばかりのアルに全員が遠い目をする。そんな僕等に不思議そうに首を傾げながら戻って来るが、僕としてはどうしてそう育ったんだろうという意味でアルこそ不思議な存在である。腹の中が真っ黒黒助とはこれ如何に。
「スゥさん、次ですから言って下さい。先生が呼んでますよ」
「あ~……うん、行ってくる~」
微妙な顔で貰いに行くスゥさんにアルがどうしたんですか?と訊いてくる。どうしたじゃねーよ。君の所為だよ。言わないけど。
「なんかこのグループ、キワモノばっか集まってるんだな……」
「否定はしないわ。スゥだって何だかんだ言いながらアレだし」
「アレって?」
「アレよ」
ソルトが目を瞬かせるのでネリアさんが顎をしゃくってスゥさんを示す。丁度渡されて展開した所だったが、おおう……彼女も際物だった。その手にあるのは弓である。正直、銃が発展してきてるから時代遅れこの上ない武器だ。
「スゥさん、使う気あるんですかね」
「アイツ多分弓構えるより前に手が出るよな」
「あぁ、苛めっ子の髪引っ掴んで燃やすような子だもんね」
「随分物騒だなアイツも!?」
弓を選んだ理由はどう考えても厨二ですねありがとうございました。女子二人は折角の5万越え、一生モノの武器をそんな理由で決めて良かったのか。アルはある意味実戦向きっちゃ実戦向きだからこの際放置しておく。使ってる人今まで見た事無いけど。
「弓は【形状記憶武器】本体ですけど、矢は魔力ですかね」
「だろうね。銃も弾は魔力固めたモノだし、その要領じゃないかな。そういう意味でも使いにくい武器だよね」
「魔力で矢の形作らなきゃならねーのか。いや、『炎矢』とかのノリでいけるか?」
ソルトが小さな矢を魔力で作り上げてふぅん、と興味深そうな声を上げた。指のサイズの矢を作るとは、存外魔力の運用は器用そうだ。―――少ないからコントロール楽とも言うかもしれない。僕の魔力量だとこのサイズはちょい辛そうだ。
「ただいま~!本当にエルダーソードクロニクルの武器再現してくれるなんて思って無かったよ~!!ひゃっは~!!」
「それゲームの中で出て来る武器ですよね!?ちょっとそれはどうなんです!?」
テンションマックスで帰って来たと思えばまさか過ぎる発言に先生達までギョッとしてこっちを見た。デザインまで完全にゲームにしていたとは恐れ入る。因みにスゥさん、実家がゲームにも手を出している大企業なせいで重度のゲーマーである。ネリアさんにもその気はあるが、スゥさんの恐ろしい所はゲームばかりしていても尚学年上位30位から外れた事の無い頭脳だ。ネリアさんは若干遊び過ぎて学力下げてる。委員長気質な癖に変な所でやらかす人だ。
「大丈夫!ちゃんと実用的なデザインだって事はゲームデザインの時点で会社でしっかり確認してるから!」
「ダメだコイツ。コネ使って無駄すぎる情報仕入れてやがる……」
メイが片手で顔を覆っているのにもめげず、エッヘンと胸を張るスゥさん。最近アニオタなるジャンルが城下で確立しだしてるって事も、その人たちが随分と本気でふざけた行動取ってるのも聞いてはいるけれども身内がここまでだとは流石に考えて無かった。はっちゃけって凄い。
「レーニング!」
「あ、俺か」
僕等の中では最後のソルトが呼ばれ、さて何を選んだ、と注目する。先生と二言三言交わしてから、彼の手に力が籠り【形状記憶武器】が展開する。その手に収まったのは、身長より長い槍だった。
「王道っちゃあ王道な武器か」
「ソルト君火属性だっけ?確かにそれなら槍も相性いいわね……というか、水属性の私に合う武器が少なすぎるけど」
それを言っちゃ僕の風属性なんて論外である。
ソルトやスゥさんの火属性は最も発現数が多い属性で、人口の3割以上がこの属性だ。アル、メイの土属性も3割位。この場ではネリアさんしか居ない水属性になるとそれよりも少ない2割ちょいで、僕の属性、風は1割居るか居ないかという少なさである。この数字のバラツキは扱いにくさが原因じゃないかとも囁かれている程で、実際風属性の魔術は他と比べ段違いにメンドクサイ。見えない事がどれだけ制御しにくいか、という訳である。
「水ならそれこそ銃とかが王道なのにね~……」
「アンタにだけは言われたくないわよ」
女子sがお互いにげんなりしている所でソルトが戻って来たが……何か、雰囲気が他と違う?
「どうしたの?武器に納得出来なかった?」
「え、あ、いやそうじゃねぇよ。ただ……やっぱり槍選んじまったなーって」
「……何かヤな思いでもあんのか?」
「いや、って言うか……血は争えないってやつだなーっていう諦観?」
苦笑するソルトに皆で顔を合わせたが、それ以上は聞かない事にした。
僕だって知られたくない事だらけだ。こんな世の中じゃ、深く探る事はご法度、という意識もある。言いたくなれば言えば良い。僕はそう思って、そっか、とだけ返しておいた。