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06 革命の名残

「ありえない……マジこんなんねーよ……」

「仕方ないでしょう。あんなブラックボックスみたいな時代の資料そうそう残ってる筈無いですし」


 メイが図書室で呻いている横で、アルが辛辣な事実を突きつける。

 先程先生が言った宿題に頭を悩ませた約一名(勿論メイである)が取り敢えず革命期の資料を漁ろうと、図書室に突撃したのが10分前。検索機に‘皇帝革命’という名前で入力したのが大体9分前。同時に検索結果ゼロとも出て来たのにめげず、‘エインセル’と入力したのが8分前としたら、ちらほらと検索結果が出て来て歓喜したのが7分前。

 そしていざその本が眠っているであろうエリアへと移動したら、そのエリアが写真集の場所だった事に首を傾げ、取り敢えず本を漁ったら出て来たのが‘エインセル陛下の写真集’というトンデモナイ代物だと気付いたのが5分前。中身は煌びやかな10代の青年が延々写っているだけの、マジの写真集であった。あの人こんなもん出してたのかよ。僕も知らんかったわ。


「でも最悪経済学書とかさぁ!あの時期の事書かれた本が全く無いなんてありえないだろ!?寧ろこき下ろして革命起こした陛下万歳とか言ってる本位普通あるだろ!?」

「そこの学生!煩いですよ!」


 司書さんに怒鳴られて思わず肩を竦める。これ以上此処に居ても結果は分かっているので図書室の外へ2人を連れ出す。いや、僕は分かってたよ?こうなる事位は残念ながら。

 しかしこんな事情をごく一般的に過ごしている2人が知っている筈も無く。苛立ちに任せ舌打ちをするメイは、本当に貴族子息なのか首を傾げたくなるガラの悪さだ。


「たっく……おいリーン、どうするよ。実家に頼るか?」

「うーん、そもそも僕、資料なしでも書けるんだけど。因みに此処に一切の本が無い理由は多分、中等部生用の図書室だからね。大学付属の図書館塔なら多分その手の本もあるとは思うんだけど……」

「え、どういう事ですかそれ」


 珍しくアルの糸目が驚きの為にか開かれた。久しぶりに色が見える程開かれたな、と一瞬思ってから良く考えなくても何の為の情報規制なのかとふと思い返す。まぁ驚くかなぁ。てか、この事実考えると先生の宿題鬼だよなぁ……


「ちょっと前にフラッシュバック図書室で起こす生徒がちらほら居たらしいんだよね。偶々適当に取った本が革命系のだったりして。で、大学付属の図書館塔に全部移して、こっちには置かないようにしたんだってさ。まぁここまで綺麗さっぱり無くなってるのは予想外だけど」

「そんな所にまで弊害起こってたんですか……」

「えー、じゃあ今から図書館行けってか?此処から20分はするじゃねーか」

「資料が欲しいならそうするか、諦めて実家に連絡取るかじゃない?面白そうじゃん。貴族サイドから見た革命の実情とか。きっと先生に受けるよ、文章が真っ当だったら」


 げんなりとした表情を隠さないメイに、敢えてにっこりと笑ってフォロート本家に連絡取れと言えば、その顔は嫌そうなそれに変化する。嫌か、そんなに実家は嫌か。


「父さんに連絡とか、ぜってー成績云々とか、食事云々とか、周りへの迷惑云々とか言い出すだろー……かと言って母さんは革命期の政治とか分かんないだろうし」

「その気分は分かりますね……僕も両親に、というか母に連絡とかは嫌ですし……」

「それは……アルのお母さんがぶっ飛んでるからだよね?」


 ふふふふふ、と黒いオーラを醸し出しつつ陰鬱そうにアルが頷く。

 アルのお母さんはそりゃあぶっ飛んでいる。一度しか会った事無いけどあれにはドン引きした。妹ちゃんも若干アル母に近い感性を持っているようなので将来が末恐ろしい。前に会った時は、ちょっとぼんやりした感じの子だなぁとか思っていたらやっぱりアルの妹だった。更にアル母の子供だった。アル父は不憫だった。


「あの節は母が済みませんでした……まさか制服着てるのにリーン君を彼女と思い込むと―――」

「アル、抉ってやるな。幾らなんでも思い出させてやるこたねーよ」

「あはははは……悪かったね女顔で」


 更に彼女容疑を男だと言って晴らしたら、次はなんと彼氏(BL)容疑がかかった。当時はまだ小学生だった事もあり、アルは理解して無かったけどアル父が全力で止めて無ければどう暴走していたのだろうか。クラスメイトだった女子が2、3人目を輝かせていたが、あれは俗に言うお腐れ様というジャンルの女子だったのだろうか。だとしたら目覚めるの早いな、おい。


「さて、話は戻して。メイ君どうするんです?僕は目当ての本借りて来れたのでぶっちゃけもう図書室に用は無いんですけど」

「ホントにぶっちゃけたなオイ!?にしてもえー、あー……仕方ないから家に連絡するかぁ。本なんて絶対読んでられないのは分かってるしな」

「何で軍学書はサラッと読めるのにそれ以外は無理なんですか……」

「興味の差」


 なんとも簡素かつ納得の行く回答か。メイは成績的には馬鹿でも実際頭の回転悪い訳でも無いのに、こういった部分でその才能を貶めている。勿体無い。

 端的過ぎる回答に頭を抱えるアルを横目に、寮への帰途を辿る。まだ風は冷たいけれど、空気は確実に暖かくなって来たからか、花壇に植えられた花々は段々と咲き始めている。実に春らしい。


「んでさ、リーンは革命期何してたんだ?書けるって言ってたけど」

「僕?革命ん時はローゼンフォール陣営の一員としてウィンザーで配給やってたけど」

「激戦区で子供使うのかよローゼンフォール!?」


 ヴィレット帝国帝都ウィンザー。現在は経済の中心として動く大都市だが、たった7年前は飢えた市民や屍が蔓延る寂れた都市であった。行政はウィンザー郊外に位置するウィンザー城(この辺一帯が‘ウィンザー地方’だったからこの名前が付けられてる訳なので城が市壁外にあろうが同じ名前)で行われていた為、本ッ当に市壁内は無法地帯だったのだ。民兵(ブルジョワ)だって食べ物が無きゃ動けない。警察なんてそもそも機能すらしてなかった。

 更に最悪な事に、所謂宮廷貴族というヤツの為に物資の大半を城へ運んでしまうから市民には殆ど行き渡らなかった。市壁内は正に飢えた狼の巣窟である。そこに、まだ両手程の年齢にも達していない子供を突っ込む。しかも恨みの籠った貴族の。まぁ危険だった。


「ローゼンフォールも主戦力は城で反乱起こしてたり自分の領守ってたからねー。魔力がそれなりに使えれば老若男女関係無し、ってなっておじーちゃんおばーちゃん達も主戦力だったから残りはマジ子供だらけだったんだよね……そういうのに回れるの。勿論大人も居るには居たんだけどさ」

「流石変人一族ローゼンフォール……」

「そういや父さん革命の後暫くして、ようやく帰って来たと思ったら遠い目してたな。どうしたんだ?って聞いたら「ご老人無双と視界の暴力」って訳分からん事しか言わなかったけど、今考えるとアレローゼンフォールの人か?」


 そんな単語が出て来るのがローゼンフォール以外に居たら逆に怖い。あんな家が2つも3つもあったらたまったもんじゃない。常識が破壊されつくされてしまう。


「と、まぁそんな訳で僕はネタを持ってるんだよ。僕もあんまり思い出したくない事だらけなんだけど、意図が分かってるから如何にかして書き上げなきゃなぁ……あぁでも都合の悪い部分は捏造しなきゃ……」

「貴族って大変ですね……あとせめて捏造じゃなくて隠蔽にしてくれません?前者は宿題として問題がありますよ?」


 真っ当に書いても問題しかないんだよ。とは言えずに目を逸らして誤魔化す。とはいえ、アルが現在僕の右側に立っている為そもそも視界に入って居なかったのだけれども。眼帯で覆われた右目のお陰で僕の視野は人の半分しかない。お陰で気配というものが分かるようにはなっているのだが。


「あー、ウチも公表しちゃ拙い事あんのかなー。オレそんなん区別して作れねーし」

「大丈夫だよ、メイがそんな事出来るとは誰も思って無いからそういう情報はきっとフォロート侯も隠すでしょ」

「……なぁ、オレ怒っていいの?泣けばいいの?」

「事実として受け止めればいいと思いますよ」


 学力事情ではどうあがいても僕等に勝てないメイが唸って不満を表すが、僕等はそれをスルーする。いや、魔術と武術方面は‘天才的’なんだけどね?そっち方面へはドMかと思う程の努力を重ねる癖して、机に向かう事へは滅法弱い理性である。リアル脳筋族。


「でもほら、フォロートは基本フォロート周辺貴族とごたごたしてる以外で問題そう起こらないから、後ろ暗い事そう多く無いでしょ。ローゼンフォールはあの変人共が四方八方に無意識に喧嘩の特売やってるから揉み消さなきゃいけない事多いけど」

「いや、うちは歴史的に見ると泥沼の争い結構あるからヤバいらしいぞ。それこそヴィレット併合前のヴォルトシュタイン帝国時代にだけど、確か100年位オルヴィエートの教皇交えてバトってたし、それ以降も仲良くはならなかったしなー」

「聖俗任命権闘争とか4000年前ですよねそれ……」

「マジで?じゃあオレん家そん位から1000年以上ずっと泥沼やってたんだなー。最近また仲悪くなってきてるらしいし」


 そう言ってカラカラと笑ってるコイツが4500年近く続く元帝国、現侯爵家の末裔とか本当に世も末という奴だ。フォロート家の前身であるヴォルトシュタイン帝国はその昔、聖職者の選定を行える程の宗教的権威を保持していた、そりゃもう名門中の名門。もっともあの国は血統原理があまり働かず、基本的に選挙で王様選んでた国なのでフォロート家だけが凄い、という訳ではないが十分過ぎる格の筈である。


 一方ローゼンフォールは元はローザンヌ王国という、それこそフォロートよりも古い家ではある。国としては5000年弱前に成立、今のローゼンフォール家の祖にあたる家も3400年前に王として即位して以来途切れる事無くどうにか続いている。世界全体から見ても十指に入る古い家の筈である。筈である。大事な事なので二回繰り返した。どうしてこうなった。


 更に言うなれば、現王家であるヴィレット家、及び代理王家として君臨するゼラフィード公爵家は約3300年前に成立した。つまり現在のヴィレットは化石のように古臭い家に支えられているも同然だ。いや、伝統があると言えばカッコイイ。古狸の魔窟とか考えちゃダメだ。

 もひとつ付け足すなら、この3つの家、昔は‘銀’が生まれたらしいが、今はヴィレット家かゼラフィード家からしか生まれない。これが統一国家が出来た原因でもある。


「とは言え最近は反国王派のめんどくせー奴等以外は落ち着いてるっぽいし、平気か?革命期までくればそんなに目立った問題引きずってなかったと思うんだけどな……」

「フォロート侯有能だもんね。三大貴族唯一の良心」

「ゼラフィードも問題あるんですか?」


 うちは言わずもがな問題児(爺婆も含むが)の集まり。フォロートは良心。そしてゼラフィードは―――


「徹底した秘密主義が色々と、ね。今この国に唯一しかいない王子の顔も名前も公表しないから、燻って来てるよ。殿下は存在すらしないんじゃないかって」

「もしくは姫君なんじゃ、とか頭に問題があるんじゃ、とかもな……ったく、くっだらねーったらありゃしねーよな」


 酷く不機嫌そうにメイが地面を蹴るのに僕も賛同する。確かに殿下については色々不自然な点もある。少なくとも10年近く一度も国王が殿下に会いに行った事がなかったり、殿下が領の外へ出歩いた痕跡もない、‘銀’を継いでいるという事以外に見た目の情報は皆無。産まれた時に国中に報告は巡っているし、5歳以下のならちらほらと情報と言えるか微妙なものが流れているが、それ以上の年齢になると本当に‘噂’しかない。


「メイ君は殿下の存在肯定派なんですね。その様子だとリーン君もですか?」

「あー……まぁ、肯定派ではあるな。つか居ないとか言ってる奴等馬鹿だなーって思ってる」

「僕も、陛下筆頭に重臣たちは居るって言ってるみたいだしね。滅多に嘘付かない人とかもそう言ってるから、いるのかなー程度で」


 存在否定派まで居る始末だから恐ろしいまでの情報規制だ。だから最近のゼラフィードは少し気味が悪い。ゼラフィード公は実に良い人なのだが、殿下の面だけ見ると少し不安になる。勿論、普段はそんな事欠片も意識しないし、ゼラフィード公本人を目の前にすると良い人過ぎてそんな感想浮かばなくなるのだが。


「なるほど、貴族の間ではそういう扱いなんですか。巷では殿下の墓を探せ、とか下らない企画やってる人もいるんですけどね」

「……おい、何でソイツ等不敬罪で捕まんねぇんだよ」

「平民には甘いからなぁ、今のヴィレット」


 世が世なら首から上が行方不明になっているであろう。しかし今それを行えば、また7年前に逆戻りだ。世の中ままならないものだ、と呟けば、横に立つメイも首を縦に振った。

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