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05 学園の日常と皇帝無き帝国

 春休みが終わり、学園に慣れた僕等にとってはある種の日常が戻って来る。この国は東の亡国の文化が所々残っていて、大陸中央部では新学期が秋から始まる所を、この桜咲き誇る(という名目だが実際に入学式になると大半が葉桜になってしまっている)季節に始まる制度にされている。


 そんな暖かくなって来たこの季節。唐突に黄色のライトエフェクトが視界を掠め、何事かと顔を上げた瞬間に微量の雷が落ちた。


「――――ッ!?!?」


 余りに突然の事に目を白黒させていると、瞬間斜め前の席のメイが悲鳴を上げた。その声ですぐさま理解する。成程、コイツ授業寝てたな。

 いつもの事、と切り捨ててしまえばそれまでではあるのだが、3年に上がって早々に留年の危機、という単語を彷彿とさせる行動に忌避感は否めない。今まで、それこそ初等部の頃からギリギリの成績綱渡りしているのを知っているから尚更だ。今年こそは、という淡い期待を抱いてしまうのは矢張り僕がお人好しの部類だからだろうか。


「フォロート。私は言ったな、この授業で寝た者は容赦なく罰するぞ、と」

「……言われました」

「覚えてはいたのか。それは上々。だが出来れば行動に移して欲しい所ではあるな。――さて、この会話は何回目だったかな。あぁ、ローゼン、覚えているか?」


 そんな会話の最中、当の本人であるメイは恨みがましい目をして現代社会担当兼我が3-Cの担任教諭を睨んでいた。しかし流石はこの曲者揃いの学園でベテランと呼ばれているだけはある。担任はそれを氷の様に冷たい瞳で睥睨してから嫌味たらしくメイに訊ね、さらに追い打ちをかけるように僕へ話を流して来た。あたかもメイを起こす時の儀式の様になりつつある流れに、僕は小さく眉をしかめる。


「今年で5回目です。それと先生、これは3回目の主張ですが僕の名前はローゼンフォールです。長ったらしい上嫌味交じりの家名ですから一々呼ぶのが面倒なのは分かりますが、一応人前なのですからフルネームで呼んだ方が良いかと」

「自分の苗字なのに中々に辛辣だな。まぁ安心しろ、私の身分では侯爵家の子息を多少渾名で呼んだ程度では首は飛ばん。それでクビになっているようならそれこそフォロートに小規模とはいえ雷を落とす事なんて尚更無理だろう?」


 正論だ。だが納得出来る程の意見では無く、はぁ、と溜息をついて僕は今回も主張を通す事を諦めた。

 僕とメイは上級貴族――それもこの国に15しかない侯爵家の出自だ。更に言えば両家ともこの国で三大貴族と呼ばれている御三家に組み込まれている程には家柄が良い。これだけ言えば自慢のように聞こえるが、フォロートとは違い、その実全くもって自慢にならないのが我が家、ローゼンフォールである。過去にやらかした所業を全て公開したら、本気で国が混乱に陥りかねない。そう、少なくとも初めて喋る言葉が「らーゆ」である位には残念な家だ。


 頭が痛い事に、ウチが三大貴族に数えられる要因は経済力と人口も勿論の事だが、一番は、良く言えば奇抜な発想力、悪く言えば変な奴等の所為だというのはこの国の上層部では有名な話だ。実際その噂に違わない事は幾らでもやっている。

 淑女がドレス姿で標高1000mはある山を登っていただとか、ヨボヨボの爺さんが城下で泥棒を捕まえた、いきなり庭の土を掘り返す美男子が居た、等々貴族っぽくて変な人が居たらローゼンフォールだと思え、が貴族間だけでなく市民の間ですらまかり通ってしまうのだ。自分の家ながら信じられない。


「それに何より、だ。あの(・・)ローゼンフォール家がたかだか渾名程度で圧力をかけてくると思うのか?」

「……むしろ爆笑して先生を受け入れそうなイメージありますよね」


 後ろの席から怖い事が聞こえて来る。何の因果かアルが後ろの席になってしまった為、彼の鋭い突っ込みがしばしば聞こえて来るのはどうにかならない物か。たまに現実を突きつけて来て痛い。


「と、まぁ現実逃避したいのは分かるが、お前の実家なら無理だ。それとフォロート。お前は現実逃避するな。むしろ現実を見ろ。現実直視してそのヨーグルトの詰まった頭蓋骨の中身を少しでも多く脳ミソに格上げするよう自分を研鑽しろ。腐るだけなら蛆虫でも出来る」

「……侯爵家を蛆虫扱いするの、絶対先生だけっすよね」


 ポジティブ人間メイも、蛆虫とヨーグルト扱いには思う所があったらしい。物凄く苦々しげな顔で呟いていたが、その内容は実に的を得ていると思う。世の中こうも精神の図太い人は多く無いだろう。


「さて、授業を続けるぞ。何処まで話したか……あぁ、次は現代ヴィレットの礎だったか。ふむ、ならエインセル陛下についてから入るか。あの方の人生は今までの歴史のツケみたいなものだからな」


 何事も無かったかのようにメイの不満を聞き流し、次の内容へ進もうとするがこれまた面白い取り上げ方をする。確かにあの国王の人生は碌な事が無かったと断言できるが、敢えてここから入るとは。若干驚きながらペンを持ち、先生の書く案外流麗な、女性らしい文字が黒板へと綴られていく様を眺める。


「御年22歳。即位は……ある意味即位式を行っていないが、一応15歳としておこう。お前達と同じ年齢だな。が、問題はここに至るまでの過程だ」


 ガツン、と叩かれたチョークから僅かに白い粉が飛ぶ。


「まずあの方が生まれた当時の国内情勢だが、【異端(ゼノ)】の増加が目立っていた。つい10年程前までは治まらなかったからな、覚えている者もいるだろう」


 【異端(ゼノ)】は聖典『四大礼讃』によれば世界の闇から生まれる存在だ。未だに詳しくは解明されていないのは、実体を構成しているのが魔力である為だろう。空気と同じく、一定の場所に入れるには密封する為の特殊な入れ物にでも入れなければいけない為捕まえるのは酷く困難だ。その上発生場所はほぼランダムなので、非常に捕獲は困難を極める。お陰で研究は一向に進まず、世界に害悪をもたらすモノ、という以外は殆ど分からない。アレが現れた後は植物が向こう十年は生えない呪われた土地となる事だけは、嫌と言う程知れ渡っているが。


「因みに見た事ある者は?」


 先生の質問で、ちらほらと手が上がる。アル、ソルト、ネリアさん、そして僕もそれに含まれているが、これはやはり暮らしていた環境だろう。


「ローゼンも見た事あるのか?ローゼンフォール領なら万全に結界が張られているだろう?」

「僕領内に居た期間かなり短いんで。平民時代に餓死しかけて森の中うろついてたりしましたし、そこそこ見る機会ありましたよ?」


 各領主は、平民の納税義務の対価として生活の保護義務を負う。賊からの保護、孤児の育成、飢饉の際の穀物庫解放・免税、そして【異端(ゼノ)】の発生を防ぐための結界と、発生時の退治だ。だがこれはついこの前まで主流とされていた法律、教会法の所為で、殆ど機能しなくなっていたのだけれども。


「あぁ、あの時代は片っ端から土地がやられて凶作続きだったからな……兎も角、見た事のある者は分かるだろう。アレがいかに異常なのかとな。ここの学園が攻撃魔法を教えるのは、各地方に帰っていく生徒が有事、つまりアレが発生した際に戦力となるようにだ。まかり間違っても人相手に使ってくれるなよ。毎年その手の問題が浮上して此処は存続ギリギリの綱渡りなんだからな」


 人は力に溺れやすい。ましてや、魔法を使って虐げられてきた人々は、逆にその力を手に入れると虐げる側に回りやすいから困る。何故自分の事を思い出してくれないのか。


「そして、そんな時代が……恐らく6、7年前後続いていただろうか。凶作に続き、その討伐にかかる費用も要り様で重税、更に法の変質―――上流階級への教会法の浸透で、保護義務の決定権は領主にあり求める権利は平民には無いという風潮が強くなっていき、平民への対応は悪化する一途だった。因みにこれを【恩情(グナーデ)】と言う」


 本来の領法では保護を怠る領主は契約を解除し、新たな領主を据えて良いという風になっていたが、それすらも守られない時代だった。今の子供は殆ど知らない、暗黒時代である。


「この領主反動として起こったのが、7年前のあの革命、【皇帝革命】だ。エインセル陛下は当時は未だ第三王子だったにも関わらず三大貴族とその属領、そして最終的には全国の平民を味方につけてたった3日で革命を成し遂げた。故に3日革命と呼ぶ人も居るな。その初日で王を倒し、王冠を被り城のバルコニーから姿を現されたそうだ。私が取り敢えず15歳、と言った原因は此処だ。戴冠式をすっ飛ばして戴冠されていたからな」


 先程書いていた15歳、というのをぐりぐりと囲みながら説明していると、メイがだらしなく頬杖をついたまま手を挙げた。


「先生、しつもーん」

「なんだ、フォロート」

「いつも思ってたんすけど、なんで皇帝革命なんです?陛下、まだオルヴィエート教皇から戴冠受けてませんよね?」

「なるほど、珍しく良い質問だ」


 先生が満足気に頷いたのを見て、メイは逆に不貞腐れた。珍しく、という言葉が気に食わないなら日ごろから勉強して、授業も寝ずに起きてればいいものを。


「現在の陛下の立ち位置はあくまでもヴィレット帝国の国王であり、宗教上の権威は無い。宗教権威を持つ者、即ち皇帝になるには宗教国家オルヴィエートの王、宗教方面で指し示す場合は教皇と呼ぶが、あのお方手ずから戴冠される必要がある。これを受けて王は【神の代理人】つまりは【皇帝】という扱いを受ける訳だ。だから今は貴族権力が強く、又貴族権力が強いままである状態を保つ為に貴族連中が陛下が国外へ出るのを全力で止めているザマだな」


 つまりは、神の代理人となられると、なんだかんだで宗教心を植え付けられたヴィレットの国民はそう強く出られない訳である。だからそうさせまい、とアホ貴族共は教皇の下へ国王を近づけさせないのだ。全くもって馬鹿共は、自分しか勘定に入れてない。


「おかげで世界的に見ると現在のヴィレットは大国(笑)という扱いだ。領土支配権(レガリア)を持たない皇帝と笑われている訳はここだな。が、国内から見ると貴族権力はこれまでよりもこれでも随分抑えられている。権力的には絶対的一歩手前、という理由で、願掛けと嘲笑二重の意味を込めての【皇帝革命】だ。他に質問あるか?」


 今度はどこからも手が上がらない。にしてもこの先生、口頭で「かっこわら」って言ったぞ。なんて似合わないんだ……


「では続けよう。そうして即位なされたのはいいが、前々王や前王がやらかしたツケが政治に大分残っていてな……不作解決の為に領土拡大を狙っていた前王の政策、西奪政策用に徴税していた莫大な費用を利用してここまで復帰出来たから良かったものの、金が無かったらどうなっていたか考えるだけでおそろしいな」


 ヴィレットの‘国庫’は革命直後、地味に金持ちであった。理由は重税と、重商主義政策である。使う前に革命が起こったから、溜めておいた費用は全て再建に回せたのだ。まぁ最終的に国民に還元出来たから良かった、と考えられなくもないが、それにしても酷いものだった。インフラ全滅、生活が一気に4世紀分は退化したと言われる程の、何もない時代だった。


「そこでまず、西奪政策を唱え始めたアホ貴族を抑える為に出した政策が―――」


 カラーン、カラーン……

 終了の鐘に先生の言葉が遮られる。それに先生がチッと舌打ちをし、チョークを置いた。


「仕方ない。次回続きを話す。今日の課題は自分の出身領が革命期どんな状況だったのかをレポート用紙2枚以上に纏めて来い。その時期に他の領へ移っていたようならそちらについてでも構わない。フォロート、ローゼンフォールは実際目にしていないようなら資料の内容だけでも構わん。以上、今日は終わりだ」

「うぇーい……」

「了解でーす」


 先生が教室を出て行く後ろに幾人かが嫌そうな声を上げる。勿論その中にはメイも入っていた。


「なんで革命期なんて、最近の事から始めんだよ。しかもわざわざレポートにしてまで思い出させるとか、嫌がらせかっつーの」

「メイ君に激しく同感~。かなりエグイ事されてる子も居るんじゃないの~?」


 机に突っ伏して不平不満を漏らすメイに、スゥさんも同意を示す。まぁ、気持ちは良く分かる。普通に考えたらトラウマほじくりされる事なんてやりたくないだろうし。が。


「御二人とも、これは最初の方の授業で敢えて現実を突き詰めるつもりの授業ですよ。要は「あんな酷い世の中二度と作らないようにこれから考えていきやがれ」という先生からの激励みたいなものです」

「そーそー。一応僕等、義務教育最後の年だし?万が一ここで社会に出る生徒がいたとしても、社会であの惨劇を繰り返さない様にしっかり教育しなきゃいけないってね。教育省でそういう風に規定されてるんだよ」

「この学園だと、中等部卒業でもギルド参入は可能らしいしな……」


 ソルトのありえない、と言わんばかりのげっそりした表情に、この学園に慣れている僕等は苦笑を零した。

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