04 武器を許された時代
三月下旬のまだ肌寒い朝。なんだか騒がしいな、と一回に設置された掲示板の方へ向かうと、何やら人だかりが出来ていた。一体なんの知らせだろう、と不思議に思い近づいてみると、僕よりも早く起き出していたのだろう。ネリアさんとソルトが必死になって掲示板を見ようと試みていた。
「おはよう二人とも。何書いてあるか見えた?」
「あ、リーンか。はよ」
「おはよう。どうも新中3生の希望者へ【形状記憶武器】の作成許可と所持許可、限定的な使用許可が下りたらしいわよ。作る作らないは自由らしいけれどね」
あぁそんな物もあったなぁ、と記憶の彼方に放り投げられていたソレを思い出した。【形状記憶武器】。30年ほど前に、軍事的理由で開発された武器の一種で、目的は武器の小型化だった。通常は20cm程の棒状で持ち運びの利便さを出しつつ、非常時には魔力と声帯認証で武器の形へ変形させられる道具である。値段はピンキリだが、今は確か安くても5万は下らなかった筈。つまり庶民が持つような物では無い。おまけに軍人・警察・貴族の要人等一部の例外を除いて声帯認証を担うのが持ち主でなく、国家免許を持つ役人。持つメリットの方が少ないのは‘武器’という性質上仕方ないのであろう。だが、設定してある魔力量をずらせば変換出来る種類が増える。勿論設定する武器の数を増やせば増やす程緻密な魔力制御が必要となってくるので、普通の人だと精々が付けても3種類だし、普通はまずそんな事しない。何よりも、どの武器も使いこなせる者などほぼ居ないから意味があるとも思えないが、武器の小型化、という点を求めた時の副産物なのだから言っても仕方がない。
「この学園の生徒なら格安で売ってるんだったっけ。声帯認証免許は殆どの教師が持ってるし」
「さっすが国立トップの学園……どんだけ良い環境整えてるんだよ」
「その分重圧が凄いって事よ。期待に応えられない生徒はポイ、ね」
「うへぇ……」
ソルトが苦々しい顔を逸らせると、丁度その視線の先にアルとメイが居たようだ。あ、という声を上げられた事で僕等もそれに気付く。ここでは確実に人の邪魔になるので僕等の方が彼等の方へ近づいた。そのまま壁際に連れて行く。
「おはよーさん……何コレ?」
「おはようございます。随分な人だかりで……」
さっきまでの僕とほぼ同じことを口にしたので、苦笑してまたもや同じ情報を彼等に与えると、アルは納得したように頷き、メイはキラキラと森を映したような色の目を輝かせた。因みに緑の目はフォロート直系の遺伝らしい。
「マジ!?作る作る!オレ絶対作る!」
「流石【剣の一族】。食いつきが凄いわね」
「まぁ身分的にも持った方が良いんだろうけどねー。三大貴族直系嫡子、しかも後継者内定だから」
僕等の中で最も格が高いのが(普段の様子からは欠片もそんな気がしないが)メイである。二番手は多分大手企業の社長令嬢のスゥさん。貴族と名乗っているが元平民階級の僕はそれよりもきっと下だ。
それだけ高い身分だと、社会的に色々とステータスが必要となる。ましてやフォロート、【剣の一族】である以上は【形状記憶武器】位持っていなければ拙いだろう。爵位を継承したら家伝の剣があるだろうけど、嫡男である内は自衛の手段も必要だ。
「今でも木剣は振ってるんだけどな、毎朝毎晩。でも本当の武器が使えなきゃ意味ないだろ?」
「確かに君だとそうでしょうね……リーン君はどうするんです?貴族として、というよりローゼンフォールの方として持った方がいいのでは?」
「ん、もう持ってるし」
「へぇ、持ってたんです……はい?」
今まで言っていなかったので案の定驚かれた。まぁ僕等の歳じゃまずメイほどの訓練を重ねていなければ早々使える代物じゃないのでその反応も当然と言えば当然か。
「え、持ってるの?貴方運動神経は兎も角、身体弱すぎて筋肉ないじゃない」
「体弱いと筋肉関係……あるか。確かに寝てたら衰えるけど。つか、そもそも僕はメイみたいな特攻は無理だしさ。素質が完璧に魔導士向きだし」
「あぁ、杖持って動ければいい、と」
僕は剣の腕は無いが、魔術の行使にはそこそこの自信がある。だから【形状記憶武器】を銃、ないしは杖に設定すれば良かったのだ。完全に魔術補助機能特化の武器に。
「そゆこと。第一、持ってる理由が国の【形状記憶武器】改良のテスターとかも兼ねてるからだしね。ローゼンフォールの伝で」
「そういう理由なら納得だけど……なぁ、後で見せてくれよ!先生捕まえてさ!」
「使用許可は確かに今日出てますから、危ない事をしなさそうなリーン君なら問題無く許可されそうですね」
メイの爛々と輝く目が期待を全力で表している。うーん、本当に武人家系の人間だなぁ……
その心意気は本気で認めるが、だが一つ。彼等は重要な事を失念している。いや、自覚もしてないのか。空気を壊すようで悪いが、本気で武器を持ちたいなら自覚してもらわなければならない。
若干の罪悪感はあるが、致し方ないと判断する。ふぅ、とはしゃぐ彼等を見据えて重たい口を開いた。
「僕だから許されるんじゃない。僕等だから、そう易々許されないんだよ」
「え?」
戸惑った視線を僕へ向ける彼等へ、笑みを浮かべて穏やかに伝えようと思うも、へにゃりと歪んでしまう。握った左掌に視線を落として、ふ、と目を瞑る。思い出そうと思えば鮮明に瞼の裏へ浮かび上がる、地獄の光景。
「僕等はさ、【薄氷の世代】なんだよ」
「薄氷、の世代?何かの比喩か?」
聞きなれないであろう言葉に全員が胡乱気な表情を浮かべる。そうか、メイも知らなかったのか。恐らく財閥にコネがあるスゥさんなら知っていただろうが、生憎と寝坊癖のある彼女はまだ起きてきていない。知って欲しいけど知って欲しく無い言葉だと僕は思っているので、一瞬教えるか躊躇ったが、これは知らなきゃいけないことだろう、と口を開いた。
「軍や警察で使われてる用語だよ。死体を見慣れ過ぎた、地獄を見慣れ過ぎた今のヴィレット社会の中で、それを覚えている最後の世代。僕等が7歳の時だったからね、あの革命。今の小学生以下の殆どは血の匂いを知らないか、覚えていない。つまり、幼少期に精神を崩壊させてしまった危険性の高い、ある意味問題視される最後の世代って見られてるのが僕等だよ。それでもって、輝かしく未来という名の光に照らされ輝く一方で、何かのきっかけ一つであっという間に‘薄氷のように壊れそうな世代’、って意味でどこぞの元偉い人が言ってたらしいよ」
「そ、れは……」
目の前で親を甚振られた。兄弟姉妹が餓死した。雪に埋もれて凍死した人も少なく無い。それだけそこらに死体が転がっていて、それが‘当たり前’と思っていた歪んだ時代はそう昔じゃない。
「先生達も勿論その時代を生きてるけどね。でも思春期から下の年代が革命前に受けた精神ダメージはもう既に事件の数が物語り始めてる。だから大人は必死なんだよ。僕等が道から外れないように、少しでも真っ当な大人になるようにってね」
「だったら……そもそもアーセナル普及なんかさせないで、市民に武器持たせなけりゃ良かったじゃねーか」
「ソルト、それだと革命前と同じだよ?一般市民から武器も知識も財産も取り上げたから、あの時代は。そのどれか一つでもまだ取り上げてたらヴィレットにはまだ何かが燻ってたと思うよ」
権利を求める人たちのエネルギーは、上から見たらとても怖い物だから。現上層部の人間が先導したという事実も確かだが、「立ち上がれ」という一言だけでギラギラと目を光らせ、犂や鍬片手にあらゆる貴族の館を襲った平民達の様子は、未だに腐敗していた貴族へトラウマを植え付けている。平民がそんなに激怒する程義務を果たさなかった、あの愚か者達が悪いと言えばそれで終ってしまうのだけれども。
一気に重くなってしまった空気に少しの申し訳無さを抱きながら、一呼吸を置いて、努めて明るい声を出した。
「ま、僕等はあくまでそういう扱いもされてるんだよーって程度で考えりゃそれでいいと思うけどね。考え過ぎても解決しない問題だし」
「おいおい、今の暴露の後にその態度は無いぜ……オレ一応貴族だけど全くそんなん聞かされてねぇぞ?」
「当たり前じゃん。だって君【薄氷の世代】の年齢層には入ってても実際に飢餓とか死体とか虐殺とか拷問とか見て無いでしょ?」
「ぎゃっ!?ごっ!?」
虐殺とか拷問とか言いたかったんだろうな。うん、生粋のお坊ちゃんがそんなR-18なモン見てる筈が無い。僕等アレが当たり前だったけど。まぁそんな訳で先生達はメイへの対応がある意味雑なのである。カウンセリングとか絶対要らないだろうし。元来の性格がまずあっけらかんとしてるし。
「確かにメイ君じゃあねぇ……先生達楽なんでしょうね、そういう意味では」
「だからどの先生にも良くも悪くも目つけられてたんですね、メイ君。違う意味で頭悩ませる存在ですけど」
メイの成績はお世辞にも良いとは言えない代物である。いや、魔術とか、社会系の科目は問題無いのだ。寧ろ魔術は学年トップレベルだし。しかし問題はその他科目である。国語、はまぁ文法は問題無いけど古典が全滅。数学はまぁまぁでも理科系統瀕死。魔術理論は下手をすれば片手で十分な点数を取って来る。この間久しぶりにフォロート侯(メイのお父さん)に会ったが、その手の話に流れた瞬間に目が死んでいたレベルに酷い。先生達にとっても違う意味での胃痛の種だろう。
「因みに此処は国立だし、国内最上位の教師と施設とその他補助要素が整えられてるから表だってないんだけどね、今ある意味最もなりたくない職業の一つに上げられるのが公立の中高の教師なんだって」
「知りたくなかったわよそんな情報!貴方私達の事貶めたいの!?それとも傷抉りたいの!」
「ね、ネリアさん落ち着いて下さい。それどっちも似たような意味ですから」
ふと思い出した事をついでに言ってみたらネリアさんに半ギレで迫られた。いや、出来心だったんです。ちょっとどんよりした雰囲気流してみたかったもので。
「あーもう、話全く進まねぇってかズレまくってんじゃねーか。んで、結局【形状記憶武器】の話はどうなったんだ?」
「「「「あ」」」」
完全に話が脱線していた。ええと、たしか僕のを見たいって話だっけ?
「あー、まぁ許可は下りるでしょ。というか実物どんな物か示す為に先生達がそのうち声かけて来ると思うから、否が応でも授業で見れると思うよ?学校始まって二日目で授業始まるし……」
「まぁ寮生活ですから、手続きとかは皆前もって済ませられますしね。そもそも此処、文字通り【天才】レベルの能力を持った人が集められた学校ですし、1に勉強2に魔術、3・4に勉強5に魔術って具合ですからねー」
「ここのスケジュールヤバいよなー……何で小テストで赤点があるんだよ……」
「え、普通無いの?」
「ねーよ!」
小学校から入学していたネリアさんは外部の事情にとても疎い。メイもそうだ。小2で途中編入したらしいアルも途中編入の理由が「内乱期で学校行けなかったから」である時点で似たようなものだが、妹ちゃんが一応普通の学校に通っている為、他の内部生よりは、ある程度は察しているらしい。かく言う僕も小4からの編入だったし、それまではごたごたの所為で学校に通った事が無かったのであまり詳しくはないのだが。
「俺、小テストの赤点で必ず補習あるって聞いたんだけどマジか?」
「おう、オレなんか毎回引っ掛かってるぜ!」
「メイ君それ誇れる事じゃ無い。寧ろ格好悪い」
ネリアさんの一蹴でメイが崩れ落ちる。ネリアさん、男子に格好悪いは禁句だよ……
「まぁそう言うネリアちゃんも成績良く無いよね~」
「ちょ、スゥ!?」
いつの間に起きて来たんだか、スゥさんが横でほけほけと笑っていた。柔らかそうな髪に若干寝癖が残ってしまっているのをネリアさんが気付き、ただでさえ吊り目なのをさらに吊り上げて手櫛で治そうとする。実にいつも通りの光景だ。
「で、何で成績の話なの~?」
「あー、小テストの赤点で補習って点が流石此処だなーっつー話?」
「あぁ、それでメイ君いじけてるんだ~。大丈夫だよ~、復習ちゃんとしてれば6割は取れるから~」
「それで6割しか取れねぇの!?」
それがこの学園の無情な所である。授業聞いて復習するだけなら凡人でも出来る、という発想らしいが、何かに特化して入学した者にとっては地獄以外の何物でもない。メイのように。
「ソルト、僕から出来るアドバイスは一つだけだよ。予習しろ」
それを伝えた瞬間生温い視線になった全員に、ソルトがガックリと肩を落とした。