表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

23 糧への感謝

 アンボワーズ領、現在はローゼンフォールに併合された地域であるが、あそこは一言で示すと「元王家の居住地」である。王家といってもヴィレット家ではなく、ローザンヌの、だが。


 当然それ相応の地であり、葡萄畑が並び10の城が鎮座する美しい街――だったそうだ。革命よりずっと前の時代、主流だった信仰とは異なる、つまり異端とされる宗派がアンボワーズで流行り出した事をきっかけに、小さくのどかで美しい王の鎮座する町は、死臭にまみれた王無き寂れた場へと大変貌を遂げてしまったのだ。その後、王家が戻って来る事は無く、ローザンヌ王国ははヴィレット帝国へ併合。そして革命のイザコザを理由にうちの領に組み込まれ、今に至る。城自体は美しい為、今でこそローゼンフォールが修復し観光地へと発展しているのだが、僕が居た頃は三大貴族領以外と同じように、生きる事すら困難な状態だった。


 というか、領主から見放された領だったから、ただでさえノブリス・オブリージュがガン無視された時代の中でも特に悲惨だった所である。何せ主要な町(と言っていいか悩む場所)ですらインフラ壊滅してた位だ。古代の技術をふんだんに使われた筈の道路のアスファルトですら亀裂走りまくってたから、多分アレじゃ車は通れない。つまり商業活動の停滞を通り越して最早死滅していたのである。


「ま、そっから追い出されて移動してるうちにローゼンフォールに入ってたらしいんだけどね。拾われたのはローゼンフォールの森の中だし」

「通りでヤバめの生活体験してるような発言が多い訳よね……ローゼンフォールなのにって思ってたんだけどそれで解決したわ……」

「今でこそ綺麗な場所ですけどねぇ。自由が効くうちに行ってみたいと思う位には」


 しみじみとアルが頷くのも無理はない位今は綺麗なんだよなぁ。革命頃はずっとヴィレットに滞在してたし、復興してからは学園で生活していた事も相まって、僕も行った事は片手の数位だ。だけどあそこはローゼンフォール屈指の観光名所と断言できる。城を修復する際に地元の石を切り出したから景色に良く馴染んでいるし、丘の上に作られてるから川や田園風景を一望できるし、白亜の壁とオルヴィエート式の庭園がとてもマッチしている。少々交通の便が宜しくない事に目をつぶれば夏のバカンスには最適だ。いや、春夏秋冬楽しめる。あぁ、久しぶりに行きたいな――いや。

「今度行こっか。アンボワーズ」

「……ローゼンフォール家直々の御招待ですか?凄く行きたいですけどお願いですから平民向けにして下さいね?三食マナー必須な場所とか勘弁して下さいよ?」


 コイツ(アル)はうちを何だと思ってるんだ。普段からそんな贅沢してるわけ無かろうに。あの(・・)ローゼンフォールが。





 話はここで一旦止めて、本格的に料理に取り掛かる。さて、まず何から作らなければならないのか。とりあえずはリュバーブか。シュウ酸が多い葉は既に取り除かれているので安心してそのまま使う。皮を剥き、ざく切りにするだけで、爽やかな中にほんのりと甘さが薫るのがたまらない。ボウルに入れ、砂糖をまぶして一旦放置。余分な水分をこうして出して、次の作業に。


「おー。ルバーブいい匂いすんなー」

「ね。本当ならタルトにしたいんだけど、苺があるから今日は諦めた」

「じゃあ苺のタルトがデザートで?」

「うん。タルト・オ・フレージュ……と、言いたいけどラズベリーも一緒に使っちゃおうかなぁって。ちょっとデザート二品にコンポートまで作る余裕は無いし」

「私今日絶対太るわ……聞いただけでお腹空いて来た」

「お昼食べたばっかだよ~?」


 ちなみに昼は余りもので絶望のパスタことペペロンチーノと、さっきの段ボールに入ってたほぼレタスオンリーのレモンサラダにしていたりする。野菜が多すぎて夕飯のサラダに回すにも限界があったし。


 そんな感じで下ごしらえが必要なものから処理していき、生のままで食べるつもりのものは食べれる状態まで手を加えてから冷蔵庫へ。今日ばかりは殆ど何も入っていないスカスカの冷蔵庫に感謝する。寮暮らしだから作る必要も無いのだが、仕事関連でつい食べ損ねたりする身としては最低限買い置きしておかなきゃ、とは思うのだが――買い置きする時間も惜しみたいほど切羽詰まってると、気付けば一日一食になってるよね。うん、だから僕の伸長はぜんっぜん伸びないんだ。知ってた。


 皆が良く分からない話題で騒いでるのを聞き流しつつ、野菜と格闘する事早二時間近く。あらかた前菜とその他処理が終わってふと外を見ると夕日が射していた。昼が軽い分、育ち盛りの彼等――特に男3人――はそろそろ空腹を訴え始めてもおかしくない時間だ。


 ――同い歳なのに何故こんなにも胃袋が違うのか。丼1杯をオヤツと称すメイのようには食べれない身が今だけ恨めしい。作る事は本当に楽しいけど、匂いでお腹いっぱいになって殆ど食べれないだろう未来が見える……


「そう言えば皆、お酒飲める?」

「は?酒?オレは勿論飲めるぜ」

「食前酒位なら飲んだことあるけど〜?」

「……金持ちだとこの歳で酒飲めなきゃならねぇのかよ」


ソルトはメイ、スゥさん、僕の3人を纏めて金持ち扱いしてるようだが、実はアルの親もかなりの資産家だと知ったらどうするのだろうか。僕等が金持ちなのは否定出来ないのだが、そこに見える僻みにも近い感情に苦笑しか湧かない。僕の場合は一応自分で稼いだ金だからなぁ…いや、それだけの才能を持っている事すらやっかみになる事すらあるのか。


「私達の歳位まで来れば、せめて食前酒は飲めないとパーティで笑いものにされちゃうかな〜」

「ワインなんて水と一緒だっつー文化の名残だけどな。階級が上な程規則にはウルセェから」

「まぁ事情があって飲めないオーバーAの人達は流石に免除だけどね」

「飲めない?」


 きょとんと丸くなったヘーゼルの目が眼鏡越しに僕を捉える。ネリアさんとアルも首を傾げてる辺り、これは上流階級の常識だったらしい。平民育ち主張してる割に、自分も貴族階級に慣れ過ぎてるなと痛感した。今度市井に紛れて感覚取り戻した方が良いかもしれないな。そんなこと出来る時間があるか謎だけど。


「魔力ってさ、取り込み方が2パターンに分かれるんだよね」

「外部から吸収した魔力をそのまんま自分の物に出来るか、自分用に変換させるかってヤツか?」

「流石ソルト、話が早い。魔力が多い人って極端にその傾向が顕著だから、吸収型は魔力含んでるもの口にすると色々回りやすいんだよね。変換型なら一回魔力分解させるから平気なんだけど」

「でもワインって別に魔力含有してないわよね?」


 ネリアさん、勉強し直せ。治癒特化型の天才であるネリアさんは感覚でどうにかしてしまってるので、この学園の生徒としては知識が薄い。お陰で頭脳・魔法共に‘天才'の烙印を押されてる僕等はつい生温い目で彼女を見てしまう。


「ネリアちゃん、座学もーちょい頑張ろうよ~。そもそも地面の下――地殻は魔力の塊だよ?」

「地殻の魔力が地上に漏れだしてるから、こうして俺等が取り込めるだけの魔力がその辺にあるんだよ。んでもって、地面は空中より魔力が濃いから、そこから栄養を吸収する農作物はどうしても魔力を含んじまう」

「なるほど。その上お酒は宗教性も持ってるから問題なんですね。魔法というのは人の願い、感情、空想の権化。それを実現させる為のエネルギーである魔力を含んでて、かつ宗教、つまり願いの為の媒介であるお酒は特に吸収しやすい、と」

「魔力含んだもの食べてるからこその食事による魔力回復だしなぁ。これが体力回復と魔力回復が必ずしもイコールにならないっつー最大の理由だな」


 その通り。推測ではあるが完璧な説明をしてくれたアルとお馬鹿達に解説してくれたソルトには肉多めに盛ってあげよう。喋りながらも調理していたため、早速メインも一品出来上がりだ。フライパンから皿に移しつつ、話に興じていく。

 それにしてもついニヤニヤしてしまうのを止められない。最近アルが頭いいって認識するたびに頬が緩まるのが自分でも分かる。いやー、書類仕事用の良い生贄が捕まってとても嬉しい。


「リト、あー、リトスが典型的な吸収型でね。アルコール飛んでる筈のヴァン・ショーでぐらんぐらん。皆位の魔力だとそこまで顕著じゃ無いと思うけど、純粋に飲めない人も居るからさ」

「おいおい、飲み慣れてるオレ等は兎も角こいつ等に飲ますのは拙いだろ。てか学園内禁酒じゃねぇの?」

「バレなきゃいいのさ!」

「「「おい!」」」」


 男三人衆の声が重なる。はっはっは、赤信号は皆で渡れば怖くないのさ!なんて冗談はさておき。


「僕等と関わってる以上、どっかでお酒を知って貰わなきゃ拙そうだからね。今回は出さないけど、その内飲んでもらおうかなあと。勿論一口分しか出さないし、何かあったら全面的に僕が責任取るよ?これでも本当は滅多に頭下げちゃいけないだけの身分持ってるんだ。いざという時にしか使えないこの身分をもって償わせてもらう」

「いきなり随分重い事言いだしたわね……にしても、君等?と関わってる以上ってどういう事よ。説明しなさい」

「話は簡単。貴族は親戚付き合いで成り立ってる。で、親戚一同から『学園のお友達紹介しなさい?』みたいな事たまに言われるからさ」


 僕等貴族は血族社会で生きている。故に親族付き合いというのを蔑ろには出来ないのだ。また、この学園に居る程の人間なら社会で成り上がる義務がある。その為には貴族とのコネというのも非常に重要だ。そして、彼等を成り上がらせる地位を持つ僕やメイは、彼等にそれを与えるきっかけとならねばならない。


「成程、貴族と仲良くするなら貴族社会と交わるのも必須って訳ね」

「確かにそう言われると慣れて貰わなきゃオレ等も困るな……貴族に醜聞は禁物だし」

「飲めない友人をそれ相応の場には連れてけないという事ですね。いやぁ、メイ君もこう見えて難儀な世界に生きてるようで」

「一言余計だっつーの」


 からかい口調のアルを肘でどつき、ぷくりとあからさまに拗ねた姿を見せるメイは妙な所で年齢不相応だ。これで今年15になる男だと言うのだから、純粋培養怖い。周りへの影響を考えて敢えて柔らかい口調を心掛けている僕と違い、素の筈なのに。口調は確かに荒っぽいが、動作が裏切るのだ。性格は大雑把な癖に、矯正されたであろう優雅さが端々に見える。因みに僕はその逆で、細かい所に気付く割にざっくばらんだと何度もエンスやリトに矯正されてたりする。多分まだ治ってないけど。


「で、そんな難儀な世界で生きてるメイによって貰えた新鮮かつ一級品の品々を使った料理がこちらになります。あと20分位で全部作り終わるけど、前菜だと思ってサラダ食べ始めてていいよ。昼軽かったからお腹空いたでしょ」

「待ってた!!超待ってた!!」

「ワリィな、全部やらせちまって」

「久々に趣味楽しめたから気にしなくていいよ。これでも料理は好きなんだ」

「普段やらないのにね〜」


 それはやらないんじゃなくて、やれる余裕が無いんだ。最近僕の仕事量を知ってしまったアルの口の端が引き攣っているのに内心で減点1を追加する。僕等は影で守るのが仕事なんだから、顔に出すな。


「ゴホン!無駄なこというスゥさんの皿から生ハム抜いておくね」

「あぁ〜!ごめんなさいごめんなさい生ハム下さい〜!出来れば増量して!!」

「謝罪と見せかけて何増量頼んでるのよ」

「生ハム塩分高いから高血圧になるよ?」

「そしてリーン君は何この歳で血圧なんて気にしてるんですか」


 担当医から有難いお話を散々聞きまくったからです。アズル怖いよ。僕もエンスも頭上がんない。主に不摂生が原因で。


 なんて漫才気味の会話のキャッチボールをしつつ、下拵え済のものを次々火にかけていき、皿へ盛る作業を繰り返す。向こうから美味しい〜!と独特の間延びした声が聞こえて、あの舌の肥えたスゥさんすら認める辺り流石フォロート、と感心する。これで一流シェフに作らせれば更に美味しくなっただろうが、生憎ここにはそんなもの居ないので僕の実力で我慢してくれ。ローゼンフォールに感化された舌で作ってるからそう下手は打ってない筈だ。最近全然作って無かったから勘は鈍ってるけど。


「はいメインの鶏とジャガイモのバルサミコ炒め。フロマージュとデザートあるから考えて食べて――って、何か偏った減り方してんの気のせいかな」

「白アスパラうめぇ」

「ラディッシュ美味し過ぎて塩だけでイケるわ」

「……これ僕調理する意味あった?」


 下処理だけとか、茹でただけとかのものが大人気で心が折れそうだ。楽しかったけど、これは流石に酷い。


「あ、いやリーンの料理美味いぜ?けど白アスパラなんて食うの初めてだからさ……」

「うん分かってるからそれ以上僕の心をべキバキに破壊するのやめて。今度があったらオランデーソースちゃんと作るから……」


 ごめん。調理するもの多いからって市販のマヨネーズ付け合わせにして本当申し訳無い。メイとスゥさんが死んだ目で一心不乱にシュパーゲル食べてるソルトを見てる。ネリアさんは生のラディッシュカリカリするので忙しいらしい。アルは平常運転で野菜のグラタン頬張ってる。コイツ強い。


「いやぁ、こうして見ると生まれた所の地域って学園入って暫く経ってても出るんですねぇ。ネリアさん、もしかしなくても故郷のご飯美味しく無いですね?」

「んむ。そうね、素材の味が無くなるまでくったくたに煮込まれてるとかザラだから。デザートは美味しいんだけれども、料理となると茹でるか焼くしか無くて。まぁそれが懐かしいから、こうしてついラディッシュに手を伸ばしちゃうんだけどね」

「アングレーズ……」


 三つ子の魂百までというヤツか。故郷の料理が懐かしいというのは理解出来るが、素材の味で食べるのが懐かしいと言うのは形容しがたい虚しさを覚える。ゼラフィード文化は悲しい位食が劣っているのだと痛感できる食事風景だ。


「それよりそろそろリーン君もそろそろこっち座りなよ~。メインまで運んだんだから~」

「そうだね。このままだと一部食べれなさそうだし」


 確かに残りはもう少し後で運べばいいだろう。皿が綺麗にならなければフロマージュは運べない。ひとまず席に着き、フォークを手に取る。さて、久々の休息だ。色々思う所は一旦忘れ、今はこの最高の糧に感謝をして。


――いただきます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ