21 春の味覚
五月に入ればウィンザーやゼラフィードは大分温暖になってくる。夜になるとガッツリコートを着ないと寒くて仕方が無いが、昼間は一枚上着を羽織れば丁度いい位だ。花もかなり咲き誇り、学園のガーデンでは色とりどりのチューリップが並んでいたし、城の裏庭に植えてある桜も僅かに花開き始めた。もう少ししたらブルーベリーやライラック、そしてアイリス―――アヤメも満開に咲くだろう。
ここよりも暖かいローゼンフォールの方からは、やれラディッシュを収穫した、今年の苺は豊作だ、川カマスが美味い、と料理方面の報告が多数来ていた。食に煩いのがウチの領の特徴で、僕もそう長くあそこで生活していた訳ではないが旬や美味しいものには何となく気をつけるようになった。が、ここは生憎食に最も関心が無いウィンザーの郊外。市へ出れば美味しそうな‘素材’はあれど、いざ家庭で調理されると非常に残念なものが出来上がる。
「御馳走を食べたいのならローゼンフォールのレストランに、手軽に味わいたいならフォロートの軽食屋に行け。食事をしたければ絶対にウィンザーへは行くな」がこの国の食文化の標語なのだ。アフタヌーンに出される軽食―――主に甘いモノ―――は発展したのに食事そのものは貧相なのは如何してかな。最近リス肉を使ったパイが一部で流行しているようだが、果てさて本当に美味しいのか……
さて、何故こんなにも食について考えているかというと、メイ宛にフォロート侯から連絡―――というか荷物が届いたからである。
「なんか父さんが『リーン君なら調理出来るだろう。今年は此方も忙しくてメイを帰らせる訳にはいかないからそっちで旬のものを楽しんでくれ』とか言い出して……わりぃけどリーン、これどうにかしてくんね?」
「……フォロート侯に『お気遣いいただきありがとうございます。そして本当にお気遣いなくお願いします』って返しといて」
心底困った顔でメイが僕の部屋へ運んできた段ボール。随分と大きいからずっしりと春野菜や果物が入っていることが推測される。メイがこの部屋に来た時たまたま軍関連のことでアルを呼んでいたので、少し驚かれたが、まぁ僕等が互いの部屋に行くのは比較的よくあること。目を見開いたのも一瞬で、早速本題に入られた。が、随分と急で一方的だな……
「美味しそうですね。流石フォロートから届いた野菜」
いつの間にやらハサミ片手に段ボールを開けていたアルが目を輝かせた。中にはそろそろ出ているなと思っていたばかりのシュパーゲル(要は白アスパラガス)や先程言っていたラディッシュ、サラダ菜、レタス、新じゃが、バターとチーズ数種類、ルバーブに苺、ラズベリーもぎっしりと入っていた。旬と言うには少し早いものばかりが詰められている気もするが、色はしっかりついているし艶も良い。成程、これは確かに美味しそうだ。けど。
「うーん……この量となると三人じゃ消費しきれないよなー。となるとやっぱいつもの面子呼んで来るか?」
今日は土曜日。特段試験が迫ってる訳でも無く、新たな学年(一名は学校そのもの)に慣れてきた頃だ。予定が入っているとしてもそう重要な事じゃないだろう。ましてやこんな良いもの、食べなきゃ勿体無い位だ。試しに苺を三つ洗ってきて二人に分け、自分も一口齧る。ヘタの方が甘味が少ないというのが苺の特徴だが、これは十分甘いし程よい酸味もある。多分これエンスが普段食べてるモノ並の品質だ。若干形が不格好なものもあるが、その位は許せる味だし。
「うわ、甘い」
「美味ぇな。加熱するの勿体無いだろコレ」
侯爵家生まれのお坊ちゃんの舌にも認められたこの苺を含めた食材、どうやって調理しようか。仕事が忙しいのは事実だがそっちは脇に置いといて、半日使って料理に専念しようとさえ思える。これはフォロート侯に後でお礼の連絡ガチで入れないと。
「今からじゃランチには間に合わないからな……アル、メイ、3人に伝えて来て。夕飯ここでご馳走するよって」
「え、今日で良いのか?急なのに時間は?」
「こんな新鮮なモノをわざわざ明日まで放置するなんて愚行を犯す位なら、一日書類と手紙を放置する方がマシだね」
「そういう辺り、やっぱり君もローゼンフォールですね……」
不味いと有名な我が軍の元軍用食(今は味も改良されてきてる)でも十分食べられるしものによってはそう不味く無いと思える程度の味覚を持っているが、やっぱり美味しいものはより美味しく食べたい。
「あー、あと暇ならマルシェで幾つか買い物してきて。食費は僕が出すから。多分一番この中で金あるの僕だし」
「わー、それ普通の人に聞かれたら殴られそうな台詞ですね。ところでマルシェってマルクト……あー、マーケットですよね」
「あ、ごめん。そうそう、市場」
多言語国家ヴィレットあるある。無意識に出身地の言葉が出て通じない、が発生してしまったらしい。この程度の単語だから通じているが、たまに酒場の喧嘩でお互い何言ってるか分からず一時口論が中止される、なんてこともあるとか。ローゼンフォールだとマルシェ、フォロートだとマルクト、ウィンザーならマーケット、と同じ「市場」を指すのも大変だ。
「市場って、大学のエリアにあるアレだよな?何必要なんだ?」
「ちょい待ってよ。まず何作ろうね……あー、塩、は流石にあるな。粉砂糖はマスト。それにパンはどうしようか」
これから呼ぶ人含め、ウィンザー・ゼラフィード地方出身が3人、フォロート二人、ローゼンフォールは僕一人。パンも地方を強く映すものなので好みが大分分かれてしまう。けどウィンザー・ゼラフィードはそもそも主食という概念が薄いから、あんまりパンを食べなかったりする。となるとミッシュブロート(ライ麦と小麦を混ぜたパン)でいいか。
瓶はどれだけあったかなー、と棚を漁ったり、ここ最近料理なんてめっきりしてなかったものだから砂糖やら油やらが足りない事に舌打ちをしつつ、必要な材料と器具をメモに書いていく。と、随分と重そうだな……
「この量二人で持つには辛いよねぇ……まぁ暇そうならあの3人も買い物連れってって買って来て」
「そうですね……流石に2人で砂糖やら瓶やらとなるとちょっと。多分どこぞの二人はゲームしてるだけでしょうし、ソルト君も用事なんて多分ないでしょう。じゃあ行ってきます」
「女子寮どうやって行くかなー……端末で呼び出すか」
「ん、よろしく。お昼ご飯食べる頃には帰って来てくれると助かる」
メモを片手に部屋を出て行った二人にひらひら手を振りながら見送って、さて、と部屋を見回す。流石にこの重要機密溢れる書類が山となった部屋に一般人は呼びたくない。となれば書類を退かさねばならないだろう。まぁたまにはこういう日があってもいいよね、と頬を緩めて端末を取り出し、エンスを呼びだした。
『リーン?珍しいな、何か問題でも起きた、という訳ではなさそうだが』
「ん、ちょっと書類をそっちの僕の部屋に転送したくてね。テレポート許可出して」
『部屋に誰か呼ぶのか?』
一年に片手の数あるかないか程度だが、時折こうして部屋に誰かを呼ぶ時は城にある僕の部屋を書類の避難所として使う。そのためには当然テレポート―――城の中に突然ものを入れる、という方法を使っている。当然これは本来侵入者を招き入れかねない大魔術であり、許可なく使える訳もない。本来ならたかだか人を呼ぶためだけにこんな事をすることすら許されないのだが、僕の立場、即ち隠密に学園を守護するため潜入任務を負っている、という肩書により特例許可されたのだ。
「フォロート侯がメイに大量に春の味覚を送ってきてね。僕はその調理役。どれもこれも新鮮だから仕事放置して今日のうちに調理しちゃおうと思って」
『そういえばシュパーゲルが出回る時期だったな……どうもウィンザーに居ると旬なんて考えない癖がついてしまうが』
「それウィンザー云々じゃなくて仕事でろくに外出てないからでしょ……息抜きできるなら軽く庭でも回って来れば?いい感じに春の花が咲いてきてるよ」
『ああ、回廊を歩いているだけで花の香りが凄いしな。これからもっと凄い事になるのは経験則で知ってはいるが』
今でも十分過ぎるほど甘い、と苦笑するエンスにこちらも笑ってしまう。エンスの執務室は春の庭―――つまり春に咲く花が主に植えてある場所の近くにあるので、この時期辺りが最も香りが凄いのだ。
「で、許可は?あと良ければリュバーブをコンポートにしたの少しそっち送ろうか。流石に今日全部は食べきれない量だからこれだけは皆―――いつもの5人に配っちゃおうと思ってたついでに」
『あぁ、許可は出そう。ルバーブは……一応メイ君のものなのに良いのか?貰えるなら食べるが』
「この位調理してあげるんだから許されるでしょ。それに「こくおーへーかにリュバーブ送っていい?」って聞いたら二つ返事でOK来るでしょ」
『そりゃあ駄目だと言う人間はそういないと思うが……逆に恐れ多いとか言われた事もあるにはあるか』
でもこれだけ良いものなら多分言わないと思う。なにより、折角フォロートが誇れる食材を国王に食べて貰えるなんて光栄かつ、フォロートの農産物の宣伝には絶好の機会だろう。ローゼンフォールもそうだが、フォロートも食糧生産地として有名な領の一つだ。だからこその豊かな領なのだから。工業があれば収入は増え予算も潤沢になるが、農業があればこその強い領だ。地産地消だけでなく、国内外にまで輸出が出来れば文句なし。逆に領内に行き渡らせないで輸出重視すると市民の懐的に痛いし、貧富の差の原因となり得る。が、勿論そういう領も幾つかある。ああ頭が痛い。
「ま、駄目って万が一言っても無視して送るけどね。折角収穫初めの真っ赤なリュバーブ送ってくれたんだ、コンポートにしないで何にしろとって感じだし?」
『タルトでも良いとは思うが、初めのはコンポート、というのが風習だからなぁ。どうせ食べるなら伝統に則った方が良いと私も思う』
ですよねー。という訳で偶々部屋に残っていた空き瓶を出して来る。メイ達が買って来るものと合わせて煮沸しないと。元々は苺のジャムが入っていた瓶を太陽に透かして見ると、所々汚れていた。む、先に洗わないとダメか。コトリ、とキッチンのシンクの中へ瓶を置き、再度エンスへ声をかける。
「んじゃ、転送入らせて貰うね。【封印具】解除お願い」
『了解した。CODE:ac maguna memoria mergitur』
「omnibus oblivio」
緊急時の解放方法ではなく、規則に則った一時的な解放のための句―――解放されてから10分で自動封印される―――を唱えれば、カチリと両腕のブレスレットから何かが外れたような音がする。急速に体が軽くなり、ほぅ、と息を吐いてから続いてテレポートの詠唱に。
『目指すは彼方 我が目の届かぬ先 時は棄却する 望む先は未だ来ぬ時ではなく 現し世に在る地』
この術のメンドクサイ所は転送先の固定にある。魔法はイメージの産物だが、この術を含めた【無属性魔法】は理論で固めて発動させなければならないものだ。だから無属性という【属性】を持つ人間が居ない。魔力量で左右出来るものではなく、純然たる技術が求められるのがこの属性の特徴だ。
『求むは在りし場 去らぬ時 我が焦がれる地への導を!』
場を固定し、そこへ物を転送できるだけの魔力を注ぎ、転送する物を選別。人間よりも物の方がこの選別にかかる負荷―――というか量が多く、ズキリと頭の奥が痛んだ。しかしそれも一瞬で、発動して転送してしまえば残るのは術を使った感触と、僅かとは言い難い魔力が減ってしまった事への虚脱感のみ。とはいえ、多分一時間もすれば回復する程度だ。我ながら化け物級である。
「ふぁー……ありがと。多分届いてる筈」
『今晩辺りまたそちらに戻すんだろう?悪いがついでにやって欲しいものもお前の部屋に置いておくから』
「え、まだ増えんの!?今日は夜までやる気ないのに!?」
『一昨日申請があった新しい刻印型の術式の解析を頼みたいんだよ。風属性のようだし、私が見ていても少し理論が怪しそうなんでな』
「うへぇ……りょーかい。積み上げといて……」
エンスが見ても怪しいって、それどう考えてもアウトだろ。禁術か?それとも無茶苦茶ぶっとび理論か?頼むから前者は止めてくれよ、必要な書類が三倍になるから。
どうしてある意味ただ料理するのに必要だった許可を取るだけが仕事増やされてるんだろうか、と画面の向こうのエンスを見て溜息が漏れた。




