02 宮殿のような寮
学園の中に宮殿が建っていた。
「……え」
「……これが、寮、ですか?」
「いやいやいやいやちょっと待て!?何かローゼンフォール本邸並の規模じゃね!?流石に外観あそこまで凝ってないけど十分学生寮の域超えてね!?」
「あー、フォロート本邸は宮殿じゃなくて城だもんねー……重厚な石作りで機能美の代表みたいな。比較対象にはならないよなー」
「ローゼンフォール本邸はウチとは逆に芸術と文化の塊みたいな宮殿だよな。豪華絢爛と言うか」
「メイんとこは質実剛健が似合うよね、熟語なら」
現実逃避に互いの家について語り合っても目の前の宮殿―――に見える寮―――はそびえ立ったままである。誰か嘘だと言っておくれ。今日は四月一日じゃないんだけれども。
「名称、ローランド寮……‘国の誉れ’とは随分御大層な名前の寮ですね」
「いいんじゃないの~?昨日まで住んでたフロスト寮とか寒かったもん……」
「あそこも外観は良かったけれどね……」
ヴィレット=フォロート建築の代表と言える木材と赤煉瓦の建物を白と金で引き立てたそれは間違っても子供の為に用意する‘家’では無い。確かに僕やメイのような貴族も居るには居るが、この学園は能力重視なので身分ガン無視、の暗黙の了解があった筈だ。じゃなきゃ先生達が出来の悪い生徒を叩いたりなんてする訳無いし。
「取り敢えず、中に入りましょうか。いつまで此処に居ても現実は変わりません」
「アル、そう言いつつも目が死んでる」
「だって僕こんな所に住んだことなんてありませんよ!?庶民舐めないで下さい!」
「大丈夫、こんなお屋敷に住めるのは貴族とかスゥみたいなご令嬢クラスだけだから……普通は」
「普通は、ね~」
学校って常識も教えなきゃ駄目じゃ無かったっけ。これは本格的に上に直訴すべきなのか、と悩みながらも建物内部へ入るとホテルのロビーかと突っ込みたくなるような赤いカーペットとシャンデリア。……ってかこれ、見覚えがあると思ったらミラベル領のシャンデリアじゃないか。国内最高級品。
辺りを見回すとどれもこれもに金がかかっていて、この国大丈夫かという懸念さえ浮かび上がるが、今の国王は浪費は絶対しないだろうから多分大丈夫なのだろう。アレか、雇用とか経済とか貴族との関係が絡んだ結果なのか。
「で、三年生は四階、右が男子で左が女子だってさ」
「あ?一階は?」
「風呂や食堂、共同スペースとして使われてるようですよ」
学校から配布されていたプリント片手に登っていくが、何故学年が上がると上の階になるのだろうか。若さが有り余っている年下が上の方が良い気もするのだが。
「にしても何でこんな金かけたんだろうな。エインセル陛下ってあんまり派手なの好きじゃないんだろ?城の内装も革命終わってから最低限の物残して売ったって聞いたぜ?父さん引き攣った顔して帰って来たし」
「て言っても権威を示すには見栄が一番必要だって諦めて本人妥協しまくったらしいけどね。この国が財政難になったら幾らでも売り払う気だと僕は思うよー」
僕等が七歳の時、革命が起こった。首謀者は当時第三王子だったグレイ=エインセル・アンバー・ヴィレット。父親が余りにも無能だった上、貴族を抑えられない人物だったのを反面教師に、カリスマ性溢れる指導者(尚、当時16歳)として反国王派の軍人・貴族を纏め上げ起こした―――と、いうような内容がどこぞの本に書いてあった。確かにこの世界で何故か六大帝国の王族にしか生まれない‘銀’の髪を持つ人物だし、有能である事は間違いない筈だ。ただし実物を見た事がある僕から言わせれば『仕事中毒』なだけであるが。72時間働けますかを地で行くから恐ろしい。
「あー……やりそう。あのお方ならぜってーやりそう」
「アンタ等貴族から見る陛下ってどんなのなのよ……」
え、どんなってそりゃ……ねえ?
「銀髪碧眼、眉目秀麗、才色兼備、博学多才、公明正大、有言実行、自由奔放、大胆不敵、我田引水、奇想天外、馬耳東風……」
「後半どんどん酷くなってますけど大丈夫ですか?君の立場的な意味で」
「リーンどこ見たらそんな回答になるんだよ……ふつーに凄いお方だぜ?頭の回転早いらしいし、国民第一で考えて行動してくれるし、馬鹿貴族共が調子にのるのも押さえてるし」
「抑えるのは無理だしいけどねー」
「君達も貴族の括りなんだけどね~……」
無駄に煌く現22歳を思い出しながら階段を登れば最上階、つまり三年生のフロアに辿り着く。にしても中央のホールに光を取り入れる為にステンドグラス使うってどういう事だ。下手な貴族の館よりも豪華だぞ、これ。
「じゃあまた後で、夕飯の時にでも会うでしょ」
「そうだね~、じゃ、また~」
左側に消えた女子2人組を手を振って見送りつつ、僕等は逆に右手へ向かう。金と白で飾られた扉が並んでいて、ホテルみたいな風景だ。
「んで、部屋何処?」
「自分で確認して下さいよ!?えーと、リーン君が一番端の……なんか悪意あるのかって位端っこですね。で、隣が恐らく新入生。リーン君の向かいの部屋がメイ君で、僕はその更に隣、ですかね」
仲が良い人同士で固まったのは学園側の気配りとして(仲悪いのが隣になるとストレスとかでヤられる人が出て来る。閉鎖社会の恐怖)、貴族二人組(この学年に居る貴族は6人、内伯爵以上は僕等だけである)は最悪外からでも逃げられるように窓が他の部屋よりも多い角部屋をチョイスしたのだろう。難点は階段から一番遠い事か。遅刻常習犯のメイ、大丈夫か?
「角なぁ……冬場は寒そーだな」
「いや、ここまでしっかりした建物なのに隙間風とか多分無いですからね?あの寮がオンボロすぎただけです」
「築400年は確かに無いよねー。オール魔導具の建物って辺りが古さを醸し出してたし」
因みに現在、オール魔導具の建物なんて多分存在しない。寮なんていう、お金もそんなにかけたく無く、重要でない、子供達だけが集まる場所だからこそ残されていたのである。あの寮は多分壊されずにそのままどこかに移されて、重要文化財とかいう名前でも付けられるのではないだろうか。革命前に破壊された建物も国王が修復命令を出しているものがいくらかあった筈だ。
そうしてホテルのような廊下を延々―――一学年約100人と考えると、男女と左右があるので25部屋分以上―――先へ進むと漸く端が見えて来る。突き当りの窓は、アンティーク調でここも金と白で統一。ところでこの金、本物じゃないだろうな?
「さて、あとは部屋に入るだけ……だけど」
「中、どうなってるんでしょうね……あはは、平民舐めてないといいですねー」
「ムリじゃね?今までの装飾的に」
不安を口々に、装飾に見せかけた魔力認識装置に若干の魔力を流し込むと、カチャと小さい音を立ててドアが開く。恐る恐るそれを開けてみると、目前に広がったのは段ボールの山。
「―――成程、こう来たか」
「中はちょっと豪華ですけど案外普通ですねー」
「なんか新築のアパートみたいな内装だな」
背後からは内装に感心したような声が上がるが、僕の前には内装なんて殆ど見えて無い。人一人通れる程度の廊下の隙間と、向こう側にある窓だけだ。
「……二人とも、ちょっと部屋見せて」
「え?どうせ寮なんだから内装なんておな―――」
メイの沈黙が痛い。アルも何事かと振り返り、僕の部屋をみて天を仰いだ。
「流石リーン。期待を裏切らない」
「いや、僕も予想外だよ十分過ぎる程……つか僕をローゼンフォールの括りにするのやめてくんない?割と本気で落ち込むから」
おー、と謎の感動の声を上げるメイを尻目にアルの部屋を覗かせて貰う。陽射しの関係上僕の部屋(と言っても隙間から見える程度)と比べ薄暗いが、昼間は普通に生活出来る程度だろう。第一僕等が部屋に居る時間は基本夕方から夜だけだから、照明使わない時間の方が少ない。それに木材の色と白で清潔感を出された部屋は、新築の今なら非常に好感を持てる。古くなって壁紙の色が薄汚れたら話は別だが。
「こうなってるんだー……僕の部屋、こうなるのかな……」
「僕の部屋の片付けが終わったら手伝い―――も、出来ませんね。書類とかアウトです」
あまりのお先真っ暗感に思わず顔を手で覆う。見られちゃヤバいモンも入ってるからヘルプ要請すら出せないではないか。おまけに書類は日に日に増えて行く。処理しながら片付けなんて出来るのだろうか。いや、出来ない(反語)
「あー……頑張れ?」
「なんで嫡男よりも非嫡男の方が忙しいんだ訳が分からない」
「拾われたのがローゼンフォールだったのが運のツキだな」
確かに今は亡き父親に拾われた時からそう感じてはいた。あ、ハズレだ、と。いや、ローゼンフォールの血族は良い人達ではあるのだ。貴賤関係無く平等に接するし、女性に優しいし、情は深いし、根に持たないし、堅実だし。だが同時に、時間にルーズで妙にプライドが高く、KYで言い訳が天才的な上皮肉屋、捻くれていて頑固で自己主張が激しく無駄口大好きというマイナス面が強すぎるだけだ。という旨を前に二人ににぼやいた所
「お前の事言ってたんじゃ無かったのか」
「リーン君、君もプラス面全てとマイナス面の時間とKYと自己主張と無駄口抜かしたローゼンフォール家の方ですよ」
と生温い目で見られた事がある。解せぬ。
「ほら、君は一刻も早く部屋の片付け始めた方が良いですよ」
「じゃあ夕飯で落ち合うか。いつもの時間で」
「そだね……じゃあ後で……」
無意識で溜息をついて、改めて部屋へと足を踏み入れる。段ボールで狭くなって廊下は蟹歩きで進み、無事に広い部屋へと出ると、確かに落ち着いた雰囲気を醸し出していた。角部屋だった為、普通の窓が前にあるだけでなく横にはバルコニーが設置されていて、道理で僕がこの部屋になった訳だと感心した。試しに壁を確認してみると防音加工までされていて、完全に国王が‘事情’を考えて建築させた事が分かった。
「こんな所に気を使うなら荷物整理の業者でも呼んで欲しかったっつの……」
到底表では言えない国王への愚痴を零しつつ、目印を付けてある段ボールを次々と開封していく。書類以外の物は、日用品としての使用頻度が高いものしか持っていないから今日中に出せなければ後々困るのが目に見えている。
そうやって一通り仕舞い終わった所で、ふと隣の存在を思い出した。新入生君に挨拶した方がいいのだろうか。一応頼まれたし、今日やるべき事は最低限終わってる。時計を見ると夕飯の予定時間20分前で、どうせなら誘ってもいいかもしれないと思った。寮での食事は最近城下で流行を始めたビュッフェ形式だが、一般庶民にはまだ馴染まない物だろう。あと流石に食べ盛りの学生が集う場所なので、食べたい物をもう一度取りに行ったらすっからかん、なんてのもザラだし。
隣の部屋の前に向かうと、在室の印にランプが微かな光を放っていた。それにほっと一息ついて、ベルをならす。
「はいはい、どちらさんで?」
そうして顔を覗かせたのは案の定、先程爆ぜろと呪いをかけたイケメン系眼鏡男子だった。